フランちゃんは引きこもりたかった?   作:べあべあ

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妖怪に対して一人二人などといった風に、人に使用すべきものを妖怪に使ったりしますが使わないと非常にやりづらいので勘弁してください。


第1話

 大きな館があった。

 林の中にぽつんと建っている。

 特徴的なことといえば、窓が見られないことであった。

 夜になると、エントランスの先に広がる庭園の草花が月に照らされ、魔性を感じさせる幻想的な風景になった。

 

 

 

 館のとある一室。

 薄い黄色の髪をした少女が一人。

 少女は床に置かれた本を覗き込むようにして見ている。

 

「フランー? ご飯ですってよー?」

 

 フランと呼ばれた少女のいる部屋に、一人の少女が訪ねてきた。薄い水色混じりの銀髪が特徴的である。どちらも幼い外見である。

 

「ごめん、お腹痛いからいいや」

「そ、そうなの? 大丈夫?」

「うん、ほっとけば治るから。お姉ちゃん食べてきて」

「……わかったわ」

 

 フランには家族が三人いる。父と母と姉の三人である。

 仲は悪くない。が、親密とも言えなかった。疎まれているわけではない、ただフラン自らが少し距離をとっている。

 

 フランは耳を澄ませ、扉の向こうの気配を探る。

 姉が去ったことを確認出来ると、再び本に注意を向けた。

 

(ごめん、今いいところなんだよね)

 

 再び本を覗き込むと、背中から伸びている七色の結晶を持つ翼がゆらりとゆらめいた。

 フランと呼ばれた彼女の名前は、フランドール・スカーレットという。生まれたころはそうではなかったが、ものごころついたころから病弱になった。

 病弱になった彼女はたびたび体の不調を訴えた。

 例えば部屋から出るような時や、部屋から出る時、そして部屋から出るような時などである。

 

 ――仮病である。

 

 といってもまったく部屋から出ないわけではない。例えば、父の書斎に向かう時や、空腹に耐えかねた時など、部屋から出ることは多少あった。

 

 これには彼女の前世の記憶といえるものが関係している。

 彼女は生前、部屋にこもりパソコンに噛り付いて生きていた。だが、ある日我慢の限界がきた家族に家を追い出され、その日の内になぜかフタが無かったマンホールに落っこちて打ち所が悪く死んでしまった。そして気が付くと今の体になっており、自分の姉の姿に見覚えがあった。そして、情報と記憶をたどり一つの答えにたどり着いた。

 

 四九五年引きこもれるのでは? と。

 

 しかしその目論見は、すぐにほころびを見せた。

 

 別に狂ってる気がしないけど? と。

 

 はたから見れば、前世の記憶などといってる段階でだいぶ狂ってるが、口にしても恥をかくだけと思ったのでなにもいわなかった。その代わり採用したのが病弱設定である。

 

 だが誤算があった。

 半ひきこもり状態になったあと、超絶暇になった。

 

 パソコンがない! と

 

 当然である。

 そんなわけで、彼女は消去法で本を読むことにした。

 しかし、文字が分からない。

 文字が読めないのは死活問題だと、時間を忘れての猛勉強に励んだ。それから家族との交流はだんだん少なくなっていった。とはいえ、両親も気にかけている言葉をよくかけたし、また姉はそれ以上であった。

 彼女の姉は交流を図ろうと、半ば強引によく近づいてきた。

 

「――フランは物知りなのねー」

「……別に、そういうわけじゃないけど」

「いいえ、すごいわ! さすが私の妹!」

 

 そういうと、彼女をぎゅっと抱きしめしばらく離さない。

 そんな姉を抱きつく癖があるんだなぁと彼女は思うだけであったが、実情は少しでも妹に構いたかった姉の心理であった。

 

 妹であるフランに抱きつく彼女は、フランが妹というだけでとにかく可愛く思えた。だというのに、一緒に住んでいるというのに、どうしてあまり会えないのだと、そう思うと体が勝手に抱きつきにいった。そんな姉、レミリア・スカーレットの最近のお気に入りは、表情の薄い妹の笑顔を見ることである。構いたおせば最後には笑顔が見れることを経験的に知ったレミリアは、少々そっけない妹の対応にまったくめげずに妹の元に通い詰めた。

 どうしてあまり会えないのと嘆いているレミリアは、実は毎日妹に会っていることに気づいていない。

 

 

 

 あれからしばらく本を読んでいたフランは、そういえば今日はまだ姉が来ていないと思い、じきに部屋の中にまで来襲するであろう姉を想像してキリのいいところまで読み進めてしまおうと、読むスピードを上げた。

 だんだん姉の対応をすることに楽しさを覚え始めていること、それにまだ気づいていないフランドール・スカーレットである。

 

 そして今日もやってきた。

 

「フランー?」

 

 フランが適当に返事をすると、レミリアが部屋に入ってきてすぐ隣に座る。いつもの流れである。

 

「今日はね――」

 

 そしてその日あったことをレミリアは嬉しそうに話すのである。

 はじめは小さな女の子の話すことにうまく反応が出来ずに困っていたフランは、必死に話すレミリアを悲しませまいと最後に笑顔を作るだけだったのだが、最近では話の内容なんて関係なくなった。

 

「それでねっ――」

 

 話が進み昂ったのか、レミリアは体全体をせわしなく使って表現しようとする。動きに合わせて、薄い水色がかった髪を揺らし、妹と同じ赤い瞳を輝かせる。

 話を聞くフランは、ただレミリアが頑張って話している姿を見ているだけで、作らずとも自然と笑顔が出るようになった。

 

「――レミリア、フラン? そろそろ日が昇る時間よ?」

 

 母親の声。

 延々と続きそうなレミリアの話も終わる時がきた。

 

「わかりましたわ、お母さま」

 

 そういうとレミリアは立ち上がり、フランに一度抱きついたあとに、部屋を立ち去った。

 フランと同じ薄い黄色の髪を腰まで伸ばした女性は、優し気にフランに微笑んだ。

 

「夜明けまでずっと話していたのね。お姉ちゃんは好き?」

「……うん」

「それはよかったわ。お体の事もあるけど、なにかあったらすぐにいってね? 私じゃなくてもレミリア、それにお父様だっているのよ?」

「……うん」

「それじゃあ、お休み」

「うん、お休み」

 

 母親が去っていくと、フランはほっと安堵のため息をついた。

 苦手、そういうと少し違う。困っている、戸惑っている、そういった言葉の方が合う。

 前世の記憶を持つフランドールにとっても彼女は間違いなく母親だったのだが、フランドールに内在する精神は見た目のままの小さな女の子ではない。つまり、見た目相応でいるには演技が必要になるわけだが、羞恥心が邪魔をして出来なかった。だからといって自然体だと、かなり不自然である。

 そういったわけで、言葉数が少ない。

 

 彼女の一日の主な出来事は、読書と寝ることと姉との会話くらいなものであった。

 寿命の長い生き物の多くは、時間というものに対してのんびりしているもので、フランはこの生活を十年続けることが出来た。

 十年、これはそういった長命な生物にとっては、たったという形容がつけれる程度の年月であるが、人としての心をまだ持っているフランにとってはそこそこに長く感じられるものだった。

 そんな十年間、フランは本を読み続け、魔法にも手を出して数年が経っていた。

 すぐに魔法を使わなかったのは、記憶に自身の能力の事があったからだ。充分に魔法の知識をつけてからと思ったからである。

 

 しかし、家の蔵書は10年もあればある程度は読み切ってしまった。

 引きこもって本ばかり読んでいればそうなるのだが、それよりも屋敷に本がそこまで多くないのもあった。

 諦めきれずに、どこかに本が隠されてないか館の中を練り歩いたりもしたが、その都度レミリアに絡まれるので、ほどなくして諦めた。

 

 それはさておき、いざ魔法に手を出してみるとこれが思いのほか面白かった。それだけでなく、実践を経ることによって、一度読んだ本の内容が深く理解出来るようになり楽しくてしょうがなかった。屋敷の本は量より質であったらしく、フランはひたすら読み込んだ。同じ本なのに魔法の理解度が深まった後に読み直すと、まったく違うものに見えて面白かった。なにより自分の成長を強く感じれて嬉しかった。

 さらにまだある。

 当然といえば当然だが、魔法の才能がピカイチだった。

 特に自身でもその才能を感じたものは、目の良さである。例えば、指先から火を出そうとして失敗した場合、その良すぎる目がすぐさまその原因を特定し、改善点を発見出来た。トライ&エラーの回数がとにかく少なかった。

 やればやるほど上達する魔法に、当然のごとくフランはのめり込んだ。

 

 しかし、いかに時の流れに頓着しないといっても時が流れる速さは変わらない。

 力のある吸血鬼が定住していれば、その存在を危ぶんだ人間はやってくるのである。


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