ロアナプラ鎮守府   作:ドラ夫

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 “何故私があの御方について話すとき、例えを用いて話すのか。それは至極単純な理由だ。あの御方の素晴らしさが、この世の言語の遥か彼方にあるからである”




              ──不知火


06 鳳翔

 今日の秘書艦は鳳翔さんだ。

 鳳翔さんは母性に溢れている船で、しばしばお艦なんて呼ばれている。後、規模の大きい鎮守府なら、小料理屋や居酒屋を開いてることもままあるという。

 性格は控えめ。母性に溢れていて、家庭的。正に完璧な大和撫子だ。

 さて、この鎮守府の鳳翔さんはというと──母性に溢れすぎている。母性がカンストしてしまっている。

 なんだ、母性が溢れているだけなら問題ないじゃないか。なんて、この鎮守府を少しでも知っている人なら、もうそんな事は思わないだろう。

 鳳翔さんの母性は、全てを包み込む。その結果、知性の低い虫や動物、はては現世に留まっている悔いある魂をも呼び寄せてしまうそうだ。何を言ってるのか分からないだろう。実は僕もよく分かっていない。

 普通の空母や軽空母は弓や式札に艦載機を込めて発艦させるけど、鳳翔さんは霊を込めて放つ。何を言ってるのか分からないだろう。実は僕もよく分かっていない。

 まあとにかく、鳳翔さんは幽霊的な何かや知性の低い虫、動物を従える事が出来る、という事らしい。

 

「旦那様、お探しの書類は此方ではないですか?」

「ああ、それだ。ありがとう」

 

 無駄にバカデカイ純金製の机の端にあった書類が、ふわりと宙に舞いがって僕の方へと泳いでくる。もちろん、誰も触れていないし、窓もドアも閉まっている。

 ちなみに鳳翔さんは、何故か手にお盆を持って、僕の右真後ろに控えている。ていうか近い。時たま首筋に吐息が当たる。それに、子供の声や走る音がその辺から聞こえてくる。怖い。

 

「いえ、いえ。旦那様のお手伝いをするのは、妻として当然の務めですから」

「それは個人の夫婦感によると思うけど、とりあえず鳳翔さんは僕の妻じゃないからね。だから今回は、お礼を言っておくよ」

「うふふふ。旦那様ったら、お戯れを」

「はははは。冗談を言ったつもりは無いんだけどね」

「まあ。それでしたら、私も冗談を言った覚えはありませんよ」

 

 うーん、話が通じないなあ……

 いつも思うんだけど、この鎮守府の艦娘達は、クスリのやり過ぎか何かで、幻覚や幻聴を引き起こしてるんじゃないだろうか。

 鳳翔さんは僕の事を旦那様と呼ぶ。それに時たま、『子供』の話が出てくる。

 もちろん僕は子作りはおろか結婚すらしていない。いやそれどころか、ケッコンカッコカリすら未実装である。理由は言わなくても分かると思うけど……これ以上練度が上がらないように、だ。

 ケッコンカッコカリをすれば、練度の最大値が100から155に──つまり、約1.5倍になる。そんな恐ろしいこと、例え両親を人質にとられたってやりはしない。両親いないけど。

 おっと、話が逸れたかな。

 とにかく僕と鳳翔さんとの間には、何も無い。少なくとも艦娘と提督以上の事はね。にもかかわらず、鳳翔さんは僕のことを旦那様と呼ぶし、たまに居もし無い『子供』の話を楽しそうにする。怖い。

 これが他の艦娘であれば、他の艦娘から袋叩きにあって終わり、となるんだけど……

 鳳翔さんは強い。この鎮守府にしては珍しく、あまり戦いを好まないけど、戦うとクッソ強い。もうほんと、ドチャクソ強い。

 鳳翔さんが使役する霊──鳳翔さん曰く頼んで力を貸してもらってるだけらしいけど──は向こうからは干渉出来るが、此方からは干渉する事が出来ない。つまりは、向こうの攻撃は防御不可で、こっちの攻撃は通らないということだ。強い。

 それに軽空母達は、鳳翔さん──ついでに僕も──を絶対の神として崇めている。だから鳳翔さんと敵対すれば、軽空母全員と敵対する事になる。

 この鎮守府の賭け事を運営している隼鷹を敵に回す事を喜ぶ艦娘は、残念ながらほとんどいない。

 まあそんなわけで、鳳翔さんにたてつく者は少ない。精々他の筆頭と、旗艦くらいのものだろう。その筆頭達も、互角に戦えるというだけで勝てるかどうかは分からない。

 結局のところ、僕の事を旦那様と呼ぶのはおーけー。直接触れるのはえぬじーとなったらしい。この鎮守府では、力こそ正義だ。

 

「ん〜〜! 今日の仕事終わり!」

「お疲れ様でした」

 

 コトリと、鳳翔さんが僕のバカデカイ机に湯呑みを置いた。湯気がたってるけど、いつの間にお茶を淹れたんだろう。ずっと僕の後ろにいたはずだけど……

 いつも気になるんだけど、結局いつも聞きはしない。怖いからね。

 

「……少し、散歩にでも行こうか」

「それでしたら、宴会にご参加されてはいかがでしょうか? 今日は空母筆頭、赤城さん主催の宴会が行われているはずです」

「宴会かぁ、宴会かぁ……」

 

 正直、宴会に参加するのはちょっと遠慮したい。

 それは別に、大学生の頃無理矢理飲まされて死にかけたとか、宴会芸を強要されて嫌な目にあったとか、そういったわけじゃあ無い。

 この鎮守府で行われる宴会には、宴会芸がつきものだ。

 “アタリ”の宴会芸を引けば、実はかなり楽しい。

 良くも悪くも、この鎮守府にいる艦娘達はその能力がぶっ飛んでる。

 例えば那智の、装填数が六発の拳銃で、空中に投げた空き缶を下に落ちるまでにリロードしながら百回射抜く宴会芸は、見ていてとても楽しかった。

 他にも島風の超高速での移動による分身を利用した一人演劇、不知火の絶望と希望を謳った詩の朗読、愛宕の豊乳、どれもこれも他ではちょっと目に出来ない。

 だけどその一方で、“ハズレ”を引いたときは悲惨だ。

 例えば瑞鶴の超回復をいかした自身の腸での縄跳び、金剛のTNT爆薬わんこ蕎麦、夕立の深海棲艦踊り食い、龍驤のまな板、どれもこれも他ではちょっと目に出来ない。したく無い。

 まあでも、鳳翔さんが提案してくれたんだし、折角だから行こうかな。

 

 

 宴会が行われているのは、鎮守府を出てすぐの更地にいつの間にか建てられていた旅館だ。

 ちなみにこの旅館は、鳳翔さんが運営している。

 鳳翔さんは規模の大きい鎮守府だと小料理屋や居酒屋を開いていることがあるって言ったけど、ここの鳳翔さんはその辺を飛び越して旅館を運営している。

 一番安い部屋で二〇〇万から、一番高い部屋は……ご想像にお任せする。

 そんなにバカ高いのにリピーター続出なのだから、侮りがたし鳳翔さん。侮ろうとしたことなんて無いけど。

 田舎にある無駄に大きいショッピングモール──を優に超える超巨大サイズの旅館に近づくと、爆音と騒音が聞こえてきた。

 普通なら注意するところだけど、近隣に人は住んで無いし、まあいいか。たまの宴会くらい、ハッチャケてやるべきだ。

 ……いや、いつもハッチャケてるな。

 

「むっ。旦那様、おさがり下さい!」

 

 僕は言われた通りに、全力で後ろに下がった。僕の艦娘達の言うことは、いつも正しい。

 一際巨大な破壊音が響いた後、旅館の天井を突き破って、伊勢が降ってきた。僕がついさっきまで立っていたところに突き刺さっている。砂煙が舞い、少し咳き込んでしまった。

 あとちょっとで死ぬとこだったなぁ……

 いや、いざとなれば潜水艦達が助けてくれてたか。

 

「ぁ、ぁああ……ああああアアアア!!! わ、わた、私の愛しき君であられる旦那様のをぉ、お、お、おお、御御足に泥がァ! た、たたた、タダでは許さないいいぃぃィィッ! 虫に内臓を食わせ、動物に生きたまま餌にした後に、あ、あり得ないほどの苦痛を与えた上で、この世で最も悍ましい霊の贄にしてやるゥうえしゃらァ!」

 

 ひょえ。

 

「ま、まあまあ落ち着いてよ、鳳翔さん。ちょっと泥が足についただけだし。こんなの、洗えばすぐ落ちるよ。そ、それよりホラ、伊勢を掘り起こしてあげなきゃ」

「はあ、はあ、はあ、はあ……。だ、旦那様がそう仰るのでしたら。──あっ、嫌だ私ったら、こんなに興奮してハシタナイ。申し訳ありません、旦那様。旦那様の御前でお見苦しところを」

「いや、いや。僕は気にして無いから大丈夫だよ。それより、伊勢を掘り起こしてあげてよ」

「──ああ、そうでしたね。伊勢、伊勢ですか。まあ、ご命令とあらば」

 

 鳳翔さんがチョイと指先を動かすと、直ぐに伊勢が引っ張り出された。そのまま引っ張れていき、空中10m程度のところまで持ち上げられて、落っことされた。

 嫌な音がしたあと首が変な方向に曲がっていたが、それも直ぐに治る。

 

「いたた……長門のやつぅ!」

「大丈夫かい、伊勢?」

「!? こ、これは提督閣下! お見苦しところをお見せしました! お心遣い、ありがとうございます。幸い、閣下の所有物に目立った外傷はありません」

「伊勢さん。先に謝罪が先では無いでしょうか? 貴女は旦那様の御御足に、泥をつけたのよ」

「も、申し訳ございません! 直ぐに私の命でもって──」

「いや、大丈夫だよ。僕は特に気にして無いから」

 

 地面が陥没するくらいの勢いで、伊勢が頭を地面にこすりつけた。

 僕がそれを止めるよう言って、手を持って立たせてあげると、伊勢は感動して泣き始めた。鳳翔さんも「なんと慈悲深い……」と目を潤ませている。

 ああ──もう──大袈裟だ。

 

「……それより、どうして伊勢は飛んできたの?」

「はい。長門と手押し相撲をしておりまして、その……負けてぶっ飛ばされました」

 

 悔しそうに言う伊勢。

 いや……えっ? 手押し相撲ってあの手押し相撲? お互い手だけで押し合って、足が動いたら負けのあれ? 何がどうなったら、手押し相撲で天井を突き破ることになるんだ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 伊勢も連れて、僕らは三人で旅館に行った。

 旅館に着くと鳳翔さんが先に入って、三つ指をついて「お帰りなさいませ、旦那様」と迎えてくれた。だから旦那様じゃないって。

 伊勢は僕の靴を磨くと言って、玄関に残った。

 旅館の一階にある『宴会場』の前に立つと、ガヤガヤ──というレベルを遥かに超えた、怒鳴り声にも近い何かが聞こえてきた。

 

「一航戦加賀、歌います──『爪爪爪』」

「Hey、武蔵ィー! 前から思ってんデスけど、貴女のその格好はナンナンデスカー? bitchにもほどがあるネー」

「ほう? お前の目は節穴か? このサラシはな、シルクで出来ているのだぞ」

「な、ナンデスッテー!?」

「おっ! おっ! おっ! おっ! お゛お゛お゛おぉぉおおおお!」

「で、デター! 島風さんの超高速での分身を利用した、一人レズセ◯クスだぁー!」

「おい龍驤、なんか面白いことやれよ」

「よっしゃ! お前をおもしろオブジェに変えたるわ!」

「睦月ちゃん、如月といいことしましょう?」

「にゃしい! ──とでも言うと思った? 如月ちゃんをにゃしいって喘がせてあげるよ。ほら、ね?」

「にゃ、にゃしいィ!」

「喰らえ! 『天龍流剣技・弐ノ型・黒天』!」

「甘いわ! 『陸奥流柔術・落チ葉・枯葉桜』!」

「おい筑摩、ワシの服が無いんじゃが……」

「ゴメンなさい、利根姉さん。私が食べてしまったわ」

 

 うーん、今日の夕ご飯は何にしようかなぁ……

 おっとと、そんな事を考えている場合ではなかったね。うん、でも、まあ……そうだね、なんでもいいんじゃ無いかな?

 

「……旦那様に、相応しくありませんね」

「えっ?」

「申し訳ありません、暫しお待ちを」

 

 鳳翔さんは袖をめくりながら、宴会場へと入っていった。

 そして一際大きな物音と、悲鳴。──無音。

 ガラガラっと襖が開いた。再び、鳳翔さんが三つ指をついて迎えてくれる。

 

「ご用意が出来ました」

「ああ、うん。ありがと」

 

 宴会場に入ると、全員が敬礼──ではなく、三つ指をついて迎えてくれた。

 クールを装ってるけど、僕も男だからね。実は内心、ちょっと嬉しかったりもする。

 

「楽にしてくれていいよ。今日は無礼講だ。どうせ迷惑をかける人も居ないんだし、好きに楽しんでよ」

 

 万が一何かあったときは、僕が責任をとるしね。

 ……取れるかなあ。この子達が起こした問題の責任、取れるかなあ。

 

「旦那様、お酒はいかがなさいますか?」

「お酒、お酒かぁ。実は僕、あまりお酒は得意じゃないんだよね」

「──なるほど、配慮が至りませんでした。謹んでお詫び申しあげます」

 

 ……ゴメン、なにが?

 

「あー、ごほん! 提督様もお越しになられた事だし、そろそろ恒例の、宴会芸大会行っちゃいますか!」

「「うおおおおお!!!」」

 

 今夜の主催──隼鷹が、宴会芸大会開催の音頭をとった。いつも思うけど、歓声が女の子のそれじゃ無い。野太い。

 

「と、その前に! 我らが提督様と鳳翔様に、我々が生存している事を感謝するお祈りを捧げようと──」

「不敬だ! たかが艦娘ごときと提督閣下を同列に扱うとは、不敬だぞ!」

「──あぁん? それはちょっち、聞き捨てならんなあ。提督様と鳳翔様はご夫婦、それなら立場は互角とちゃうんかぁ!?」

「頭に脳の代わりに深海棲艦(クソ)でも詰まってんの? このクソ軽空母がァ! 提督閣下は誰ともケッコンカッコカリなされて無いでしょ!」

 

 上から隼鷹、那智、龍驤、曙ね。

 鳳翔さんと僕を神と崇める軽空母達と、その他の船種達との間でケンカが始まった。いつもの事だ。

 ちなみに僕は、比叡の後ろに隠れている。余波でさえ死ぬからね。危ない、危ない。

 

「──みなさん、落ち着いて下さい。それと隼鷹さん、くれぐれも私などと旦那様を同列に扱わない様に」

「……はい。申し訳ございませんでした」

 

 見かねた鳳翔さんが場を鎮めた。あのままだったら他の筆頭が戦いに参加する可能性があったし、流石良い判断だ。

 不用意な発言をしたせいで、真っ先にボコボコにされた隼鷹が、鳳翔さんに促されて謝罪した。とりあえず、溢れてる内臓をしまって欲しい。

 

「それでは改めて、提督様にお祈りを──」

「いや、いや。その必要は無いよ、隼鷹。言っただろう? 今日は無礼講だ」

「畏まりました。提督様のお言葉を軽んじた私がご不快でしたら、如何様にも」

「いや、大丈夫だよ」

 

 一瞬、提督閣下のお言葉を忘れるとは何事か、という声が上がった。しかし、それでも尚敬意を払うのは当然だろう、という声が上がってすぐ鎮静化された。

 

「それじゃあ改めて、宴会芸大会始めるぜ! トップバッターはこの人、空母筆頭、一航戦赤城だ! ヒャ──」

「ヒャッハー!」

「!?」

「一航戦赤城、心を込めて歌います。──『THIS IS IT』」

「!?」

 

 その後、普通に宴会芸大会は盛り上がった。

 個人的にMVPは、早霜と朝霜のラップバトルかな。

 ちなみに宴会芸大会は、この後四日間ぶっ続けで行われた。最後は比叡が味が薄いと、塩を振った枝豆が大爆発した事でお開きとなったけど……あのままやっていたら、一週間くらいは続けていたんじゃ無いだろうか。怖い。






 活動報告で番外編で取り上げる艦娘のアンケートとかしてます。良ければ書き込んでやって下さい。

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