ブラック・ブレットif ー深淵に堕ちた希望ー   作:縁側の蓮狐

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4話『Rabbit in Your Headlight』

「なあ影胤、先日のアレ、やっぱり僕は納得できない。せめてやるならやるって言っておいてくれ」

「またその話かい、蓮太郎。君は随分と粘着質だね」

 三十二区の森を歩きながら僕が影胤に訴えていることは、先日の防衛省の件であった。

 

 小比奈が卓の上に立って挨拶をした時点で嫌な予感はしていたが、彼女が丁寧にお辞儀をすると、影胤は社長格の後ろに控えるプロモーターたちの方へ視線を向けた。僕が予め姿を隠していた場所だ。

「蓮太郎、君もだ」

 内気な性格をしている僕にとって、こんな大勢の前で挨拶をしなければいけないだなんて苦痛でしかなかった。だが、僕は素直にプロモーターの間から姿を現し、卓へと向かった。途中で何人かに高圧的な殺意のようなものを向けられたが、影胤の傍で生活してきた僕にとってそれはとても涼やかなものでしかなく、無視して卓の上へとジャンプした。

 僕が影胤の指示に従ったのはなにも彼が怖かったからではない、奴の反応を見たかっただけだ。

「里見蓮太郎、十六歳だ。見ての通り僕はなんの変哲もないただのガキだから、そこまで慎重に身構えなくてもいいぜ」

 どよめきの声は上がらず、ただ僕が何かしてこないかと注視してくるやつが大半だった。だからこそ、驚愕に顔を歪めた一人の男が僕の目に留まった。

 防衛省の会議室、そこに設置された特大パネルに聖天子と共に映っている男、天童菊之丞の姿が。

 僕が生きているなんて考えてもいなかったのだろう、彼は幽霊でも見たような表情をしていた。

 

 と、ここまではまだ納得できる範囲だった。この次に影胤が自分を新人類創造計画の一人だと名乗ることも。その次だ。

 影胤は会議室にプレゼントと称した箱を残すと、窓を割り、小比奈と共にそこから飛び降りた。影胤は体が改造されているし、何よりイマジナリー・ギミックを使えば着地の衝撃を抑えることができるだろう。小比奈はイニシエーターであると言えばもう説明不要だ。じゃあ僕はどうすればいい。ただの人間だ。かといって素直に降りて脱出だなんてできっこない。敵の数が多すぎるからだ。仕方なく二人に続いて飛び降りたものの、僕はすぐに後悔することになった。

 下から全身にアッパーを何度も繰り出すような風を浴び、ミスをすれば死ぬだろうなと思っている間に迫り来る地面。僕は黒い制服の裏側に隠してあったワイヤーガンを取り出し、身近な建物に向けて発射した。ワイヤーの先端が目標に突き刺さり、ターザンジャンプのように半弧を描きながらも、不時着を免れることができた。もしものために色んな道具を携帯していて良かったとこの時僕は強く思った。

 この時は安堵で一杯だったせいで特に何も思わなかったが、よくよく考えると、ワイヤーガンを持っていなかったら僕は死んでいたのではないか。その考えに辿り着いた途端、僕は影胤に謝罪の言葉をもらわなければ気が済まなくなっていた。

 一歩間違えれば死に繋がる案件についての言及を粘着質とは、影胤の思考も困ったものとしか言いようがない。

「すまなかったぐらい言ってくれたっていいだろ」

「パパ、あそこに敵」

 影胤は何の躊躇いもなく、小比奈の指差した方角へ二発発砲。銃弾はプロモーターの喉を貫き、イニシエーターの脳天を打ち抜いたのだろう「がっ」という男の声の後に、二度何かが倒れる音がした。これで十組目だ。

 その十組は、姿は確認していないが多分、会議室にいた民警たちだ。彼らはあの会議にて、聖天子から感染源ガストレアの持つケースの確保を命じられている。そのケースの中身こそ、僕らの計画に必要な『七星の遺産』なのだ。誰にも渡すわけにはいかないゆえ、こうして歩を進める途中で見つけた奴らは全て殺している。

 僕への対応が億劫に感じてきたのか、影胤はもう僕の訴えを聞いちゃいなかった。

 これ以上突っかかって彼の機嫌を損なうのは避けたいし、正直言ったところ影胤が謝ってくれるなんて思ってもいなかったので、僕の心の中でこの件は不問ということにした。

「おっと、どうやら一番乗りは私達ではなかったようだね」

「そうみたいだな」

 視線の先にいるのは一組の民警。感染源ガストレアの体液が滴っているジュラルミンケースを片手に持つプロモーターは特にこれといった特徴を持たない男で、モブキャラというあだ名が似合いそうな影の薄さをしている。イニシエーターの方は、憐れとしか言えなかった。

 癖のある髪の毛は伸び放題になっており、服はボロボロ、こちらに背を向けているため、後ろ姿でしか見えないが、彼女は孤独死しかけている兎のようだと感じてしまった。

 二人の浴びている返り血の量の差からして、戦闘はほぼイニシエーターだけで、いや、ほとんどの戦闘はあのイニシエーターが一人に任されているのだろう。服の傷は戦闘の際にできた切り傷のようなものだ。見ただけでも、すりむいたりしてできることはないとわかる。

「あのプロモーター、酷い奴だな」

「酷い奴ね、ヒヒッ、私達が言えたことではないだろう。それに蓮太郎、君は一歩間違えればあの酷い奴と同じような人間になっていたのに、よく言葉にできたね」

「その点に関しては、返す言葉もないよ」

 事実、僕は蛭子小比奈の存在が無ければ『呪われた子どもたち』のことは排他すべき下劣な生き物だと思い生きてきただろう。

 影胤に拾われてすぐの僕は、ガストレアは殺してあげるべき対象だと認識しており、その血を持つ『呪われた子どもたち』だってガストレアと同等に殺してあげるべきだと思っていた。だが彼女たちは生に絶望しながらも生に縋る。死を恐れていないようなフリをしておきながら、いざ目前に死が迫ると藁をも掴む思いで死から逃げる。そんな彼女たちを僕は嫌悪していた。 

 だが、蛭子小比奈が僕らの生活に参入してから、その考えは変わっていった。彼女たちはどうしようもなく人間だ。そこらを歩く有象無象と同じように笑うし照れるし泣くし拗ねるし面倒くさがるし、ただ異物の血も持つだけの人間だった。

 影胤にハンドサインで僕が行くことを伝え、なるべく音を立てずにプロモーターへ少しずつ迫っていく。過去の僕を見ているようで、どうも殺したい。この手で、脳髄を叩き割って。

 影胤は僕を止めることはなかった。銃を使えとの指示もしなかった。僕の非合理的な行為を見て楽しみたいのだろう。小比奈は獲物を盗られたことに少々ご立腹のようで、頬を膨らませている。後でどう宥めようか。

 僕の拳が届く範囲まで接近は成功した。どうやらプロモーターは社長にケースの回収の連絡でも入れているのか、携帯を耳に当ててその場から動かない。

 周りも確認しないだなんて、基礎もなっていない。それだけイニシエーターに頼り切りなのだろう。それなのに、あの仕打ちとは、怒りは黒々とした炎として徐々に僕の体を燃やしていく。

 これまた音もなく地を踏みしめ、丹田に力を込め、ストレートを放つ。

 『焔火扇』はプロモーターの後頭部に直撃するはずだった。だが、僕の目の前に突如として姿を見せた細い脚により回し蹴りが、僕とプロモーターの距離を離した。

 何が起こった?

 一瞬の間、理解に苦しんだ僕だったが、蹴りの衝撃で仰向けに倒れようとする僕の視界に映りこむ、空を背にこちらへと落下してくる憐れな少女を見て、思考は高速で回転。即座に仮定を立てる。

 イニシエーターの少女は近づく僕の存在に気づいていたという仮定が。

 そうであれば、あのタイミングで僕に蹴りを放った理由がつく。僕はあの時以外では一切隙を見せることはなかった。それすらも感じ取った少女はわざと僕に気づかないことにして、プロモーターへ攻撃する、唯一生まれた隙に割り込んできた。ああ、多分これだ。この仮定で間違いない。

 双眼鏡をズームしていくように近づいてくる少女の瞳にはどこか見覚えがあり、じっと観察していたかったが、そうなれば僕の頭は少女の履く、バラニウムの輝きをしたブーツで卵の殻のように脆く砕かれるだろう。

 僕は急いで身を起こし、落雷のごとき落下を避ける。

 プロモーターのほうは逃げ足だけは鍛えているのか、自分の身を守るためにケースを置き捨ててすでに脱走済みであった。

 少女もプロモーターに続き、銃でけん制しながらバックステップを繰り返し戦闘範囲から抜け出そうとしていた。

 そこへ、我慢の限界がきた小比奈が飛び込む。不規則な動きで繰り出される小太刀は、それに合わせて突き出された少女の靴裏と激突する。

「斬れなかった?」

 小比奈は驚愕の声をあげる。確かに、並大抵のやつならば今の一太刀の動きを読めないか速さに目が追い付かず、防御に失敗し死亡といったところだ。小比奈もその予想だっただろう。だが、それを少女は受け止めた。つまり小比奈の動きを読み取ったということだ。僕も思わず息をのむ。

二度、三度、小比奈は小太刀を振り下ろすが、少女は小比奈の全てに追いついて受けきろうとする。だが、ガストレアとの闘いで消耗していたのか、少女の動きはすぐに速度を落とし、やがて小比奈の連撃に耐えきれなくなっていった。

がむしゃらに繰り出した蹴りと小太刀の衝突により、少女はバランスを崩して地に伏す。

「結構強いね、でもちょっと物足りなかったかな。バイバイ」

地に伏した少女に、とどめを刺そうとする小比奈の凶刃の先が、落とされようとした時、僕は無意識に口を開いた。

「小比奈、殺すな!」

 僕の張り上げた声に驚き、小比奈は体をびくつかせた。その間に少女は僕たちに背を向けて敗走を始めた。少女は走ることを得意とする動物の因子を持っているのか、到底僕らでは追いつけない速度であっという間に姿を消した。

「蓮太郎、なんで止めたの」

 完全に怒っている声だった。間違いなく小比奈は不機嫌だ。彼女のご機嫌を取り戻すために、僕は彼女が喜ぶであろう言葉でその場を濁す。

「あいつは、まだ強くなる。小比奈ももっと強くなったあいつと戦いたいだろ?」

「うん」

「だから止めた」

「蓮太郎」

「なんだ?」

「その考え、とっても賢い」

「だろ」

 そんなやりとりをしている間に、影胤はケースを回収しており、帰路へ着こうと僕の横を通り過ぎた。その時に、彼は僕の耳元で囁いた。

「蓮太郎、君は本当に面白いことをする。君のことは見ていて飽きないよ」

 道化師の恰好をした男に道化扱いされるのはいかがなものかとは思いつつも、僕は彼の後を追った。

 スイートルームへと戻ってきた僕は、部屋に備え付けられた鏡を見て気づいた。

 少女の瞳は、僕の瞳を複製したようにそっくりだった。希望なんてないと思いながらも、希望を追い求める。破滅を正義としながらも安らぎを欲する。闇の中をひたすら歩き続ける者の瞳だ。

 僕の中で、あの兎のような少女こそが安らぎであり、彼女にとって僕こそが安らぎになるであろうという絶対的な自信と、彼女を自分の物にしたいという独占欲が生まれた。

 今回の依頼で、僕のするべき二つ目の目標だ。なんとしても彼女を、この手に。

 




大変お待たせいたしました。久々の更新です。残り二話の予定です。

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