ソードアート・オンライン ~闇と光の交叉~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 ちょっと前に言ってはいましたが、一日空けてしまいました。毎日投稿してる方ってマジで凄いなと思う今日この頃です。

 そしてお気に入り登録数が増えたり減ったりを繰り返しており、減った時は微妙に物悲しい気分になっております。いや、第四章と第五章はちょっとやり過ぎたかと思いました。

 でも一応、ユウキがあんな風になっている事には理由はあるんで、お付き合い下さい。キリトに関しては完全に私が悪いのですが。


 さて、今話は前話にありました通り、サラマンダーの将軍との邂逅です。


 が、彼と会う前にユウキがキリト救出案について語ります。


 ではどうぞ。


第六章 ~震撼~

第六章 ~震撼~

 

「ふわぁ……ここがALOの中心点である《央都アルン》ですか……とても綺麗です……」

「凄い……SAOより綺麗……」

「流石は妖精郷だねぇ……」

 

 夜の妖精郷の空を高速で飛び続け、滑空と飛行を繰り返した事で相当短い時間で移動出来たボクは、《ルグルー回廊》から抜けておよそ一時間も経たない程度で目的地である《央都アルン》に辿り着いた。

 現在は街の入り口からその巨大な街と世界樹の威容を振り仰いでいる所である。現実と違ってALOの時間は十八時間周期であり、今の妖精郷は夜なので街も街灯に照らされて幻想的に見えているため、その威容は更に際立っている。

 数年共に暮らしたとは言えど知っている世界はSAO程度なので、あの世界には無い規模の街にユイちゃん達は驚いたようで、今は妖精の姿だが近くで飛んで街を眺めていた。入り口に居ると言っても邪魔にならないよう脇に寄っているし、三人もそこまで目立つほど大声を上げている訳でも無いので、ずっと窮屈な思いをさせていた分を少しでも返そうと思って今は好きにさせていた。

 本当、今までの事を含めてよく出来た娘達である……普通なら文句の一つを言ってもおかしくないのに。少なくとも前世で似たような状況だった時は《スリーピング・ナイツ》の皆で文句を言ったものである、ボク達の前で明日奈達は美味しそうな京都料理を食べていたので耐えられなかったからだ。

 彼女達三人はMHCPというAI、つまり上位権限者には逆らえないという無意識下での命令思考がある筈なのだが、やはりエラー蓄積という状態と言えど茅場の命令を跳ね除けてキリトさんに会いに来た事があるからか、その辺は割とどうにかなるらしかった。

 いや、こういう言い方は彼女達に失礼だ。人工知能という作られた命と言えども人間と変わらない思考と感情、そして心を得たが故と言った方が正しいだろう。単純にユイちゃん達は素直で良い子なのだ。我儘自体そんなに言わないのである。

 だからこそ、窮屈な思いを強制させているボクはかなり心苦しくなってくる……

 

「……あ、母さん母さん」

「ん? どうしたのストレア?」

 

 少しだけ目を眇めながら翅を震わせて空中を漂いながら街を眺める三人を見つめていると、ふとストレアがボクを呼びながら近寄って来た。薄紫色のドレスを纏った小妖精姿のストレアがこちらの右肩に留まると、あのね、と語り掛けて来る。

 

「結局母さんはどうやって父さんを助けるつもりなの? サラマンダーと接触しようというのは分かったけど」

「……あー……」

 

 確かに、三人には逐一ネットの書き込みでALOの世界がどういう状況なのか探ってもらっているけど、それらからどのようにあの人を助け出そうとしているのかはまだ話していなかった。というか、そもそも成功する確率すら低いから話す程の事でも無いと思っていた事もあるのだが……

 

「サラマンダー達の《グランド・クエスト》攻略に協力するつもりだったり?」

「いや、それは絶対無理だね」

 

 その《グランド・クエスト》の報酬が単一種族限定でなければそれも考えたのだけど、一般プレイヤーが目指している報酬は妖精王に謁見出来た一つの種族のみとなる《アルフ》への転生なので、万が一にも雇った他種族プレイヤーが辿り着いてしまったら大本のサラマンダー達は損するだけとなる。それに雇うとしても同じ種族しか信用しないだろう。

 だから流れの傭兵という体で協力しようとしても、絶対に跳ね除けられる。そもそもその場合は知名度と信用度も必要となるが、SAOならともかくALOではボクはプレイし始めた事もあって無名の状態だ、だからそちらの方面でも不可能なのである。

 

「でもまぁ、ストレアの予想はちょっとだけ当たってはいるかな」

「……どういう事?」

 

 こてん、と小首を傾げるストレア。それを可愛いと思いながら、ボクは彼女達に、どうやってキリトさんを助け出すかの案を話した。

 

「これはボクの前世での話だけど、今回のサラマンダーの《グランド・クエスト》攻略は失敗に終わったんだ」

 

 当時もサラマンダーの軍部を預かっていたユージーン将軍の話によればだが、嘘では無いと思う。だから今回の遠征も前世と変化があったSAOと違って変化する要素がまだ無い筈なので、前世と同じように失敗に終わるだろうと予想している。

 変化を加えるとすれば、その後だ。

 前世のALOの種族の中で、実は一度だけしか領主が他種族に倒された話は無かった。倒されたのはボクが生前に会ったサクヤの前任のシルフ領主、そして討ち取ったのはサラマンダーである。《グランド・クエスト》で喪ったアイテムやお金を稼ぐため、そして更なる強化の為に首都の外に出た所を襲ったらしい。

 つまり《グランド・クエスト》が原因でサラマンダー達はシルフ領主を討ち取った事になる、それだけサラマンダー達は《グランド・クエスト》攻略に拘っているという事だ。そして当時のシルフとケットシーも同時に辿り着くことを盟約の項目に入れて同盟を組む程に執着していたという。

 ボクがあの人を助け出す案は、それらを利用するものと言っても良い。

 

「正直、ディアベルの提案に乗っても良かったんだけどね……今ばかりは単独の方が都合良さそうなんだ。変にインプのスパイだって思われなさそうだし」

「……確かに、そうですね。しかし後ろ盾も組織に属していないママの声に耳を傾けるかどうかが、少々気掛かりなのですが……相手も種族を引っ張る立場なのですから中々信用を得辛いのではないでしょうか」

 

 確かにユイちゃんの言う通り、現在どこにも属していない《脱領者》と呼ばれるボクは信用を得辛い立場にある。

 だがしかし、個人だからと言って仮にも人を率いる者達の長がそれだけで相手を判断するとは思えない。甘いと言えるかも知れないが、今回の攻略団を率いているだろう紅蓮の将軍には言葉では無く、全力を注いで心を込めた剣が一番効くと分かっている以上、むしろ下手に組織を率いている方が面倒になる。

 かつてシルフ領主サクヤとケットシー領主アリシャ・ルーとが同盟を組む場に襲撃を仕掛けたサラマンダーを止める為に駆け付けたキリトは、たった一人で大ブラフを張った上で実力を示し、相手を引き下がらせたという。サクヤとアリシャ・ルーはともかく、サラマンダーの将軍に対しては正攻法ならまだ何とかなる可能性は高い。

 そして、ボクがサラマンダー達との接触及び説得をする際にも剣の実力を示す場を設ける事になるのも織り込み済みだ、半ば自然に持って行こうとも考えている。仮にもALO一の種族であり、そして現ALO最強に対して単独で交渉をしようと言うのだ、それだけの実力を有していなければ話にもならない。

 逆に言えば、筋の通った話とそれ相応の実力さえあれば、取り敢えず話は出来るという事なのだが……

 

「……あのさ、母さんを貶す訳じゃないんだけど……現ALO最強に対してそんな交渉方法取れるの、多分母さんくらいだと思うよ」

 

 ボクの考えを言うと、一番最初に物凄く呆れた様子でストレアがそんなコメントをしてきた。

 

「……キリトさんは?」

「お父さんは……多分、戦いそのものを、避ける気が……」

「確かに無暗に戦おうとはしない気がしますね」

「でも父さんなら最終手段として考えそうな気はする」

 

 ……取り敢えず、ボクはキリトさんよりも交渉に向いていない事は分かった。

 

「で、それは良いとしてもこれからどうするの? まだ数時間ある訳だけど」

 

 ストレアに問われ、ボクは左手を振ってメニューウィンドウを呼び出し、時刻欄に目をやった。イベントなどに関わるALO時間と現実の時間がそれぞれ書かれており、現実時間は午後六時二十分と記載されていた。夕食まであと四十分はある。

 サラマンダー達が攻略を開始するのは午後十一時、まだまだ余裕はあるのでゆっくりは出来る。夕食があるのでずっとログインは出来ないが……

 

「……一回、噂の《グランド・クエスト》とやらがどんなものか、挑んでみるというのもありかな……」

「ではママは、これから《グランド・クエスト》へ?」

「様子見にね。実際に知ってないと話し辛いし、対策も立て辛いからね」

 

 サラマンダー達を説得する際に経験しておいた方が話はしやすいし、食い違いがあると不信感を抱かれる可能性もある。当初の予定には無かったが一度挑んでみるというのもありだ。

 目的の集団が来る少し前にすると疲労が残るし、もしかすると死亡する恐れもあるため、まだ余裕のある今やっておく方が一番かもと判断した。戦闘で使った分の気力は夕食で回復すれば良いし。

 そうと決まれば時間も差し迫っているので、ボクは急いで世界樹の根元にあるクエスト受注場所へ向かった。およそ五分の道程を飛行も併せて一気に抜けたボクが辿り着いたのは、白い大理石で作られた開けた広場だった。

 まるで大樹とは思えないシルク様の質感がある世界樹の洞へ入る場所には、数十メートル規模の巨大な白亜の扉があった。その左右には白い双翼を持ち、巨大な騎士剣を眼前に翳した天翼の騎士が、まるで阿吽像のように門番をしている。どこかSAO迷宮区のボス部屋へ続く扉の装飾に似た配置だなと思った。

 

『未だ天の頂に至らぬ者よ、その小さき翅で天へ届かんと欲するや?』

 

 感慨深い思いを抱きながら近付いていると、唐突に威厳めいたものを感じる男の声音でそんな言葉を投げ掛けられた。いきなりの事にボクは足を止め、肩や首筋に居た娘達が驚きにかびくりと震える。

 それと同時に、目の前にクエストウィンドウが出現した。《天に挑む者》というタイトルのそれは取りようによっては弑逆しようとする者と取れない事も無いが、流石にこれは擦れ過ぎた思考だろうと内心で苦笑しつつ、ボクはウィンドウに表示された蒼い丸ボタンをタップした。

 

『ならばその小さき翅で、天の高みを知るが良い!』

 

 その声と共に左右に佇む騎士が眼前に掲げていた剣を傾け、刃を交差させて一時的な門を作り出した。その間にも巨大な白亜の扉が重い響きを上げて闇に続く口を開いていく。

 

「三人とも、悪いけど今回は姿を消しててくれる? 万が一HPがゼロになった場合に取り残される可能性も否定出来ないから」

「……ママ…………分かりました。頑張って下さい!」

「応援、してる!」

「絶対負けちゃダメだからね!」

「ん……ありがとう」

 

 少しだけ不安げな表情をしたが、すぐに笑みを浮かべて応援をくれたそれぞれ優しく撫でた後、三人は嬉しそうに目を細めながら抱き付いて来た。数秒後、光と共にその姿は無くなり、抱き付かれていた感触も無くなる。

 一時的に姿を消しただけでアイテムに戻った訳では無い、アカウント付属の《ナビゲーション・ピクシー》に備わっている機能を利用して姿を消しているだけらしい。

 しっかり三人の姿が無くなった事を確認してから、ボクは完全に門扉を開いた世界樹の内部へと歩を進めた。

 

「……これは……」

 

 世界樹の内部は、正直言って気持ち悪いの一言だった。

 まず内部は外から見た通りに上へ進むタイプだった、そのため歩いている大地は世界樹内部からすれば底という事になる。底にあたる大地は世界樹内部の壁に阻まれて範囲が決められており、ボス部屋のように真円を描いているようだった。

 そしてその壁だが、底の辺りは普通に外観と相違ないものだったのだが問題は目線を上にあげた所からだった。まるで蜂の巣のような配列で青白く円状の膜が張り巡らされており、そこからぽつぽつと真っ白な甲冑に巨大な白銀の剣を装備した騎士達が出現していた。

 まるで寄生虫が増殖するかのように、騎士達はその数を乗倍的に増やしていく。まばらだった騎士達は内部突入から十秒も経過しない内に点を覆う程に圧倒的な数となり、翅を広げて…へ向かわんとする挑戦者を地に這いつくばらせようと襲い掛かって来た。

 しかし、翅を展開していると言えどまだ地に足を付けているからなのか、騎士達の動きはかなり鈍く、襲い掛かって来る数も纏めてでは無くて役割分担しているかのように数体がバラけて降下してきたくらいだった。恐らく上に近付く毎に襲い掛かって来る数は増えてきて、更にリポップ速度とその個体数も増していくのだろうと思う。数に限りが無い相手を突破するというのは相当に骨が折れる。それだけでも難易度は爆発的に上昇するだろう。

 

『ヴォアアアアアアアアアアッ!!!』

「うるさい」

 

 まるでこちらを呪わんばかりのおどろおどろしい叫びと共に剣を上段に構えて左から襲い掛かって来た一体の騎士の攻撃を、一瞥すらせずに半歩後ろに下がるだけで躱し、交差法に右の拳を腰の捻りを加えて鎧の腹部に叩き込む。

 ソードスキルに特徴的なエフェクトやシステムアシストこそ無いが、あの世界では《体術》スキルの初歩ソードスキル《閃打》そのものの動きを再現していた。

 ただし見た目だけの再現であり、ダメージが大きくなるように腰の捻りや交差法を利用したと言えど所詮はただの拳打、削れるHP量など高が知れている……と思っていたのだが、予想を裏切って騎士のHPはフルの緑色から五割切って黄色に、更に三割を下回って赤色になり、遂にはゲージそのものすら消滅して白い爆炎を上げて四散してしまった。

 

『ヴォオ?!』

『ヴォォ……』

 

 まるで知能があるかのような素振りで、こちらを斬り付けようと剣を構えていた騎士達が動きを止めて互いを見合った。それはまるで、一撃で倒された事に納得がいかないような素振りにも見えない事も無く、まさかこちらのプレイヤーデータを閲覧出来るのかと一瞬考える。

 仮にプレイヤーデータを閲覧出来るのなら、それはプレイヤーが育てているスキルやステータスビルドを知る事が出来、更にどんな戦い方が出来るのかや何を弱点とするのかも大体パターン化し、対処出来る事を意味する。魔術師は近接戦に弱く、逆に前衛は魔法攻撃に概して弱い一面があるように、それらの行動を取る事も可能になるという事だ。もしかすると高度を上げていくに連れてそういった行動が出て来るのかも知れない。

 まぁ、そこは流石に上がってみないと分からないのだが……

 しかし、それらを抜きに考えても、この騎士の弱さは何だと内心で疑問を呟く。幾らなんでも《グランド・クエスト》に用意する強さでは無い。

 前世では拳打による攻撃でダメージを与えるにはSAOでの《体術》スキルに当たるスキルの取得と、《ナックル》系の装備をする必要があったのだが、まだソードスキルを導入されていない世界だからか、指貫手袋だけでもダメージは発生した。

 それは《央都アルン》に来るまでの道中で把握していたから良いのだが、疑問になったのはそのダメージ量だ。相手の勢いを利用した交差法、人体急所でありダメージ倍率が少し高い鳩尾に超ステータスを誇る自分が全力で拳打を入れたのだから、相応のダメージになる事は確認しているが、それが《グランド・クエスト》に登場するモンスターをよもや一撃で屠るとは思っていなかったのである。

 ここに来るまでのモンスター相手に放った時は数割削れた程度、つまり三発前後叩き込まなければ倒れなかったのだが、この騎士には一撃だ。クリティカルが入ったという訳でも無いと思う。

つまりこのクエストに出現する騎士は、もしかして……

 

「……質より数を優先している……?」

 

 確かに、それなら開始数秒で天を覆う程の数に増えているというのも納得がいく話だ、一体一体の強さでは無く無限に湧き出る数を優先したというのであれば。つまりは個体能力は低いのにHP量が矢鱈高いボス、あるいは攻撃力は低いのに防御力だけ矢鱈高くて取り巻きが常に存在するボスを相手にするのと同じである。

 ちなみに例に挙げた二つのパターンのボスはSAOでも存在していた。前々回のボス戦ではキリトさんとヒースクリフのごり押しですら一日と少し掛ったため非常に面倒臭かった。今回と前回のSAOではキリトさんとステータスを合算していたし、他の皆も前々回に比べて全体的に強化されていたため、比較的楽に倒せたのだが。

 それはともかくとして、続けて襲ってきた騎士達にも同じように半歩ずつ前後左右に動いて紙一重で躱し、交差法に拳を叩き込んで同じように一撃で倒せる事を確認した。どうやら剣タイプしか今の所出ていない今の騎士達は、概して一撃で倒せると判断して良い様だ。

 となると、やはり高度を上げてからどうなのかが肝要だろう。

 

「い……けぇッ!!!」

 

 特殊な革で作られた紫紺色のロングブーツの靴底で思い切り大地を踏み抜き、その反動で勢いを付けて大きく跳躍しながら翅を震わせて空気を叩き、飛び始めから一気に加速した。すぐに自身が出せる最高速となり、虫の様に蠢く生きた天蓋へと肉薄する。

 それに反応してか、鈍かった騎士達の動きが洗練され、襲ってくる数も数体から一気に二十体以上になった。

 それでもやはり連続した襲撃なだけで一つ一つを慌てずに対処すればどうとでもなり、空中で軌道を複雑に変えながら相手の剣劇を躱し、交差法に黒剣で斬り付けて一撃死させる。というか周囲全てが敵なので適当に剣を振るうだけで勝手に騎士が当たり、一撃で倒れていく状態だ。

 内部に入った時、天井に当たる部分は十字に窪みが刻まれた真円の扉が見えていた。恐らく到達すれば開くよう触れ込みがあるのだろうが、良からぬ事を企んでいる須郷が馬鹿正直に報酬を用意しているとも思えないし、前世のリーファがかつては天空都市など無かったと言っていたから今も無い筈で、ひょっとしなくても開かないのではないかと考えながら、襲ってくる騎士達を斬り伏せていく。

 強さを確かめる作業を繰り返して暫く経ち、もう十分にデータは取れただろう判断し、入って来た扉へと一気に降下する。

その最中、嫌な予感と圧力を覚えて真っ直ぐ降下する筈だった軌道を横へずらすと、元居た場所や進んでいただろう場所に次々と黄色の光の矢や鋼剣が飛んで来て、ずらさなければ恐らく串刺しになっていたなと内心で焦った。

 ぐねぐねと先読み出来ないよう上下左右に軌道を変えて光の矢や鋼剣を避け続けて、どうにか一撃も喰らわないで、入って来た時に潜った大門を再び潜る事に成功した。

 最後は最高速で地表擦れ擦れを飛んでいたので、広場に出られた時に足を地面に付けるとずしゃあああああ! と乾いた音と共に靴底から砂塵が凄まじい勢いで巻き起こった。それが、どれだけ速度を出して飛んでいたかの表れでもあり、制動は数十秒経過して漸く終わった。

 

 

 重心を落とす為に折っていた膝を伸ばし、頭を左手で掻きつつ目は伏せたまま立ち上がる。一応一刀でもかなりの所まで食い込めたので、二刀でなりふり構わず全力を出せば突破も不可能では無いかも知れない。最初に最高速で飛び出し、周囲の壁からポップする騎士達が内部中央の空間を埋める前にかなりの高度を取れれば、可能性もゼロでは無いだろう。

 

 

 

「……何だ、貴様は?」

 

 

 

 黒剣を鞘に収めていると、野太い男の声がした。しかも何だか覚えがあるような感じの威圧感のある声だった。

 少し内心で警鐘を鳴らしながら顔を上げれば、目の前に広がる光景は大地を構成する大理石の白、そして夜明けの菫色の他に、深い色合いをした真紅が存在していた。それも横一面にズラリとだ。一人だけ、薄緑色のローブを身に纏って翠が混ざった緩い金髪の少女が居た、猫耳と尻尾があるのでケットシーなのは分かったが……そのケットシー以外は赤色、すなわちサラマンダーの色だ。

 《グランド・クエスト》攻略部隊の登場であった。

 

 ***

 

「オイ……今、世界樹から出て来たよな……?」

「誰も挑戦して帰って来なかった《グランド・クエスト》を、ソロでやってたのか……?」

「HPが削れた様子もダメージ痕も無いぞ……」

「あのインプ、一体何者だよ……?」

 

 《央都アルン》に到着した後、本来なら夕食を摂って入浴などを済ませる為に一時休息とする予定だったのだが、血気盛んなサラマンダー達の指揮も考えて一当たりしてみる事になってしまったため、軍部を預かる将軍の立場である俺はやむを得ず軽く《グランド・クエスト》に挑む事にした。

 無論実際のクエストがどれほど難関なのか知らないので、具体的な作戦を立てる為である。そして当然ながら全軍では無く、一部の精鋭のみだ。流石に全軍で挑み、全滅したとあってはここまで来た労力が水の泡となるし、目も当てられない結果となる。ゲームとは言え俺は人の上に立つ指揮官、そんな無駄な事は出来ないのである。

 それで、まず一当てする前にも情報は集めておこうと考え、俺はここ最近《央都アルン》で有名になっているという噂の【鼠】という異名を持つ情報屋を当たった。ケットシーらしい情報屋の特徴は既に聞き知っていたし、既に今回の攻略メンバーの誰かが今回の攻略をALOサイトのスレッドに書き込んでいたらしく、それをネタだと思ったのかあちらから声を掛けてきたのは正直有難かった。

 だが誰もクリアした事が無い上に、具体的な情報すら無い《グランド・クエスト》はどうも一度調整されたらしく、最初期の頃とは内容が異なっていたらしい。

 最初期の頃は堅いボスモンスターが三体存在していただけだったらしいが、現在は騎士が襲い掛かって来るという情報しか得られなかった。更にこの央都にいる誰もが知っている話なので情報料すら取られない、すなわちそれだけ価値が低く、参考にするにも出来ない情報であるという事を指示しているものだった。

 逆に言えば、やはり一当てして直に情報を得た方が確実という事だった。

 情報屋で【鼠】の異名を持つ《アルゴ》と名乗ったケットシーは、俺達が攻略に挑んだ後に情報を売るよう頼んできた。最初は少し悩んだが、腕利きの情報屋との関係を持っておこうと考え、俺は攻略後に情報を売る事に決めた。

 全滅後の事を考えて死後の復活ポイントとなるセーブポイントを、サラマンダー領首都とここ《央都アルン》のどちらにするべきか悩んだが、各リーダー達と合議した結果、帰りにもモンスターを狩って資金稼ぎやPKで稼ごうという事になり、セーブポイントは《央都アルン》にする事とした。血気盛んな者達は、既に帰りにどんな相手を斬るかを考えているらしい。

 この攻略はサラマンダーの今後を決める重要な作戦である事を忘れないでもらいたいのだがな……そう胸中で呟きながら、情報屋と共に世界樹の内部へ続く扉があるという広場への階段を上り終えた俺は、その瞬間に目を見開いて固まる事となった。

情報屋の話では、調整後から誰一人として入らなかったため一度も開かなかったという扉が、今は開いているのだ。

 つまり俺達より先に攻略を開始している存在がいるという事である。

 俺はその瞬間、軍の誰かが書き込んだスレッドを読んで、他種族の者が焦って攻略をしているのだろうと考え、一瞬の焦りをすぐに収めた。そして同じように階段を上り終えて広場に辿り着いて扉が開いているのを見て動揺している部下達に、その考えを伝えて落ち着くように言う……

 

 

 

――――その時だった。

 

 

 

 俺が口を開こうとした正にその時、ずしゃあああああ! と粉塵を巻き上げながら世界樹の方から会談の前に居る俺達の方へ凄まじい勢いで迫り来る存在が、扉の向こう側である世界樹内部から現れたのは。

 その存在は粉塵を巻き上げ続けて暫く、漸く止まってから膝立ちからゆっくりと身を起こした。

 俺は……いや、その存在を見た誰もが目を剥いた。

 世界樹の攻略をしていただろう存在は、紫紺色に身を固めたインプの少女だったのだ。

右腰には白銀剣が鞘に納められた状態で腰に巻かれている二本の紅い剣帯の一つから吊るされているが、左腰の黒い鞘は空で、闇を凝縮したような漆黒色の刃を持つ細身の片手剣を右手に提げているのを見て、二刀流なのだと理解した。

 紅い帯が菱形を形作るような刺繍が入っている紫紺色のクロークスカート、肩や手首など所々が露出している服装で、およそ防具と言えるのは片翼を思わせる黒い胸鎧のみ、辛うじて頭部に巻いている《>>》の刺繍が入ったバンダナに特殊効果があるかどうかくらいだ。

 スピード重視の剣士なのかと判断する。

 

「……はぁ……疲れた……」

 

 ポツリと、誰もが黙り込んで静まり返っている広場に、誰も挑んだ者が生きて帰らなかった《グランド・クエスト》からたった今、無傷で帰って来た少女はそう言った。疲れた、それだけだが、その一言にどれだけ少女の強さを表しているかと俺は思った。

 ただ気怠そうに、ただ詰まらなそうに少女は、疲れたとだけ口にしたのだ。

 

「……何だ、貴様は……?」

 

 思わず、俺は思った事をそのまま口にしてしまった。それで俺達に気付いたのか、目を伏せたまま黒剣を鞘に納めていた少女は、ゆっくりと瞼を持ち上げてこちらを視認した。左の眉が僅かに動いた気がしたが、反応としてはそれだけ。

 この少女にとって俺達の登場は驚愕すべき事ですら無いらしい。

 

「……名を尋ねる時は、まず自分から名乗るのが筋では?」

 

 少女はこちらの問いに、ゆっくりと静かな口調で返してきた。

 それもそうだなと思い、俺は名乗るべく前に一歩出た。

 

「そうだな、失礼した。俺の名はユージーン、サラマンダー軍部を預かる将軍だ。俺達は《グランド・クエスト》攻略の為にここへ来た……お前は?」

「……見ての通り、インプ。名前はユウキ。領にもギルドにも属してない流れの剣士だよ。《グランド・クエスト》には……まぁ、少し上に用があってね」

 

 そう言って、少女は朝陽に照らされて見えるようになってきた雲海の更に上に存在する世界樹を見上げる。上に用……という事は、この少女は一人でクリアに挑んだという事か?

 

「……まさか一人で挑んだのか」

「生憎と仲間が居ないからね。それに今回は様子見だった……今回ここに来た目的は、サラマンダー……あなた達だ」

「……何?」

 

 少女のその言葉に、俺は勿論、配下の者達もどよめく。

 

「俺達が目的……というのは、一体どういう意味だ? まさか阻止という訳じゃないだろう」

「ある意味では妨害とも言えるし、ある意味では利用とも言えるし、またある意味では協力とも言える……どう取って頂いても結構。ただこちらに、あなた達の邪魔をする意図も、そして敵対する意思も無い事、この二つだけは理解して頂きたい」

「……」

 

 つまりこの少女は、こちらの対応次第で敵にも味方にも、また中立にもなる存在という事だ……これは少々頭を使わなければならないな。この少女、どうも交渉事に慣れているように思える。

 ネットMMOはリアルと容姿が異なるので、このアバター通りの年齢では無いというのは常識だ、恐らくこのインプのユウキとやらはリアルでは出来る女性なのだろう。

 

「まずこちらは《グランド・クエスト》のクリア……いや、世界樹の上へ行きたい」

「……同じ事だろう」

 

 どう違うと言うのだと言外に問えば、彼女は言い方が悪かった、と言った。

 

「厳密に言えば、ボクとしては《アルフ》への転生なんて心底どうでもいい」

「あぁ?! 何だそりゃ?! 《アルフ》への転生がどうでも良いって……ンな分かりやすい嘘吐いてんじゃねぇぞ!!!」

「む、オイ待てッ!!!」

 

 インプの少女ユウキの言葉に、恐らく《アルフ》へ転生すると得られる飛行制限の解除に執着していたのだろうサラマンダーの青年が激高し、装備していたランスを構えて突進した。重突進系の攻撃は防御も、そして直線的なため速度も乗っていて回避も難しい。

 俺が制止の声を上げても最早手遅れである事は分かり切った事だった。

 しかし、俺は……俺達は、その直後にとんでもない光景を見せられる事になった。

 中々の速度を出している槍使いの同胞の攻撃を、少女はアッサリと見切って見せた、刺突に特化した突撃槍の先を左手でしっかり掴んで突進を止めたのである。表情は攻撃してきた青年への呆れ、そして圧倒的な余裕に満ちていた。

 

「な……?!」

「……人の話くらい最後まで聞くのが常識なんじゃないの? 大体、こちらには敵意もそちらを邪魔する意図も無いと言ったのに攻撃してくるって……ここで殺し合いをしたいと言うのなら付き合うけど?」

 

 その瞬間、呆れに満ちていた少女の目つきが少しずつ細められ、俺に向けられる。この集団の長は俺だ、だから俺に敵意……いや、言葉を借りるならば殺し合いをするための殺気を向けて来たのだろう。俺がどうするかどうかで、この集団の未来はある意味で決まる。

 正直、この少女の底が見えないため、無暗に敵対するのは悪手だと俺は思っている。

 

「……おい、下がれ。無暗に敵を作る行動を取るな」

「す、すみません……」

「……次は、無いよ」

 

 俺の言葉を受けて敵意は無いのだと判断したユウキは、掴んでいたランスの先を放した。トボトボと戻って来る青年を見た後、彼女は俺に顔を向け、今回限りだと言った。

 恐らく今度は問答無用で斬り合いになると理解し、俺は神妙に頷く。

 

「腰を折られた話に戻すけど……ボクは、厳密に言えば《アルフ》への転生を目的としている訳じゃない、世界樹の上そのものに用があるだけ。だからこそボクは種族に帰依しない」

「……目的が違うからか……だが、結局の所《グランド・クエスト》攻略という過程は同じなのだ、種族に属した方がまだ確実だろう」

「今のこの世界の情勢からして、インプがそんな事を実行に移すと思う?」

「…………」

 

 それを言われれば、現在人気度と接近戦に強いという特性から最大勢力となっている種族の軍部を預かる者としては、黙るしか無かった。

 

「ボクがここに来たのは、ALO最大勢力であるサラマンダーの協力を得て、攻略の足掛かりにする為なんだよ。《アルフ》への転生は別に要らない」

 

 その言葉を聞き、内心でなるほどと納得する。最初に言っていた利用だとか協力だとかは、最大勢力で最も攻略に現実的な俺達に共闘する事で目的を果たそうとしているからの言葉だったのだ、それなら納得がいく話である。

 

「……ならば、妨害というのは何だ? 今の話の中ではお前がこちらに協力し、便乗する話しか無いぞ」

「……さっき《グランド・クエスト》の威力調査をして来たけど、正直アレは単一種族じゃ攻略不可能だと思うよ。聖属性の矢は属性耐性を取り辛いし、インプならダメージ倍率がある、魔法攻撃タイプだろうから魔法防御が低い種族にはダメージが嵩む。剣も投げて来る上にかなりの速度と飛距離があるから後衛にも届く。一体一体の能力は正直《アルン高原》に来るまでのモンスター達より圧倒的に弱い、でもその数が異常だった、ひょっとすると千体に上るかも知れない程の軍勢……このサラマンダーの数ですら一気に呑まれる程の数だったんだ」

「「「「「な……?!」」」」」

 

 余りにも予想を上回る情報に絶句する事となった。そんな全種族に対する相手が、たとえ弱かろうと無数に、しかも大量に配置されているとなれば苦戦どころか全滅すらも必至だ。

 ここまで考えて、そうか、と俺は一人納得がいった。

 

「……なるほどな。全種族に対して対策を立てられているなら、全種族を揃えてしまおうという訳か」

 

 最大勢力のサラマンダーの俺達を接触を持ったのは、俺達の攻略に便乗する為では無い、一時的に攻略を中断させて戦力を温存し、味方に付けてから他勢力に協力を呼び掛けて全種族で攻略するつもりなのだ、この少女は。最大勢力である俺達が声を掛ければ、少なくともまだ確執が決定的では無い今ならまだ応じる可能性はある、まだどこも種族領主は打ち取られていない上にPKもそこまで誰も固執していないからだ。

 まぁ、中立域のプレイヤーの中には種族問わないでPKする輩も居るには居るが、そういう連中は大抵誰からも嫌われているので除外して良いだろう。

 俺のその考えを基にした言葉に、ユウキはこくりと頷いた。

 

「それが最も現実的かと。勿論《アルフ》転生の事もあるので一種族につき最低一人は上に辿り着くようにしなければならないけれど、心当たりは一応あるから、そちらにも声を掛けようと思ってる。現ALO最強と言われるユージーン将軍を擁するサラマンダーには、他種族への呼び掛けを行って欲しい。当然ながらボク自身も各種族領主に掛け合う」

「…………難しいぞ。どこに属している訳でも無く、そもそも自領を抜けているお前の呼び掛けに、全種族の領主が応えるとも思えんが」

「だからサラマンダーの強さを後ろ盾に取るんだよ、ボクだってそれが分からない程の莫迦じゃない」

 

 ひょいと肩を竦めて言うユウキは、最初からこちらを頼る気満々のようだった。

 だが《グランド・クエスト》の情報をたった一人で的確に入手し、考察し、更には無傷で生還してきたその実力……白銀の剣を使っていないのを見るに全力でも無くその結果になったのなら、本物という訳だろう。情報収集の為に全力を控えていた事も考えられるが。

 

「なるほどな…………確かに、プレイ歴や将軍職が長い俺からしても合理的かつ現実的な話だろうと思う……だが、俺は貴様の実力を知らん。ただの妄言という可能性もあるから、このままはいそうですかと頷き、軍を返す訳にもいかん。確実性というものが欲しいところだ」

「……言っておくけど、傭兵として雇うとか所属するとか、そういうのは無しだよ」

 

 ユウキの訝しみながらの返しに、俺はふっと口角を上げながら鼻を鳴らした。横で付き合いの長い配下達が、また始まった、とでも言いたげに額を押さえ始めるが、それもスルーだ。

 

「そんなものでは無い……このサラマンダーの集団は領主の意向に沿っているものだ、そして俺はそれを託されるに足る人物なので将軍職に就いている。領主と軍を率いる者をあからさまに別にしているのはそういう訳があるのだが……逆に言えば、俺が認めた事はある意味領主が認めた事にもなり得る。だからこそ俺は、サラマンダーの今後を左右する選択を出す貴様を見極める責務があるのだ」

「……方法は?」

「俺と一戦交えろ。俺の攻撃に一分耐えられたなら、実力相応の言葉なのだと信じよう」

 

 そう言って、俺は背中から真紅の両手剣を抜いた。

【魔剣グラム】という銘のこれは《両手剣》スキルが八〇〇無ければ装備出来ない代物で、このALOサーバーに一本しか存在しない伝説級武器の一つである。唯一という事もあって、相手の武器や防具を透過して刃をそのまま相手に通す《エセリアルシフト》と呼ばれる特殊効果が備わっている。相手の刃をも透過する為、俺を相手に防御行為は全て無効だ。

 

「……」

 

 剣を抜いた俺を、そして次に俺の剣を見た事で恐らくALOサイトで能力について知っているのだろうと推測しながら、俺は翅を震わせて空中へ移動する。ユウキも追って蝙蝠様の大小二対の翅を震わせて飛んできた。空中へ来る最中に漆黒の剣、そしてさっきは抜いていなかった白銀の剣も抜き、二刀流となった。

 二刀を抜いたユウキは左の白銀剣の切っ先を上に、右の漆黒剣の持ち上げて切っ先を下に向け、左半身を前にした前傾姿勢を取った。中々独特な構え方だが、何時だかに見た剣道大会での二刀流選手に近いようにも見えた。

 空中で互いを見据え合いながら、俺はグラムを青眼に構えた。

 それから数秒見合っていたが、ふと夜明けを斬り裂く茜色の朝陽がグラムの刃に当たり、それが反射してユウキの目へと向かって視界を奪った。

 

「ッ……ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 その偶然生まれた隙を契機に、怒号を上げながら俺は突進した。大上段から振り下ろす一撃には手加減など一切存在せず全力を込めている、当たれば即死もあり得るダメージを発生させるだろう。更に防御しようとしてもグラムの特殊効果によって透過するので、意味は無く、むしろ直撃してしまう。

 

「ッ……!」

 

 ユウキは始解を奪われた一瞬で肉薄した俺へ僅かに憎々しげな歯軋りをし、それとほぼ同時にあちらも踏み込んできた。互いに存在していた距離を俺がほぼ詰めていたので、横か後ろに退避するかと思えばまさかの前への踏み込みに、俺は一瞬だけ焦ったが大剣をそのまま振り下ろした。

 大上段からの一撃を、しかしユウキは軽やかな動きで俺の右側へと半歩ずれ、紙一重で交わした。

 

「ハァッ!!!」

「ぬ、ぉ……?!」

 

 そしてその場で時計回りに回りながら黒剣を大きく横薙ぎに振るい、こちらの背中に一撃入れて来た。真紅の甲冑に阻まれてガヅッと鈍い音が上がるため幾らかダメージは減退されたのだろうが、吹っ飛ばされながら視界左上に表示されるHPバーを見ていると、たったの一撃でHPが半分を下回ろうとしていた。

 プレイヤーの背中はバックアタックという特殊攻撃になり、クリティカル率が大幅に増大する上に前から攻撃を受けるよりもダメージ倍率が五割増になっている。

 ユウキの黒剣は恐らく相当な業物なのだろう、交差法と勢いを付けた一撃でバックアタックを入れたとは言え前衛型の俺のHPを五割以上も削ったのだ、本人のステータスよりも装備のグレードを重視されるALOではそう考えるのが妥当だ。

 俺が吹っ飛びから立ち直ってユウキに目を向ければ、彼女はこちらと高度を合わせながらも構えたままで追撃はして来なかった。一応ALO最強と呼ばれている俺かグラムの特殊効果を警戒しているのか、あるいはそれが彼女のスタイルなのかは分からないが、こちらとしても最悪後一撃でやられてしまう事を考えると中々踏み込みづらいものがある。

 コントローラーを持たずに随意飛行で、高度を変えずに軽やか且つ最小の動きで攻撃を躱す精度を持っているのだから、まず間違いなくベテランなのは間違いない。大柄なアバターである俺の重突進攻撃を前に、距離を更に詰めるように前へ踏み込んでくる奴など俺は聞いた事も見た事も無い、それだけ胆力と実力があるという裏返しだ。

 

「……早くしないと、一分経つよ? あと二十秒だけど?」

「そうだな……だが、悪いな、首を取るまでに変更だッ!!!」

「……へぇ……?」

 

 ニヤリと笑いながら前言を翻した俺に、ユウキは苛立ちなどでは無く、純粋に面白そうにしながら不敵、且つ妖艶な笑みを浮かべた。

 そんな彼女へ、俺は全力で挑み掛かった。

 

 ***

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

 

 サラマンダーの大将が大音声を夜明けの妖精郷に響かせながら、【絶剣】へと斬り掛かる様を、情報屋の身分である自分は呆れを思い浮かべながら残るサラマンダーズと共に見ていた。

 浮かべた呆れは敵う訳が無い相手に挑み掛かり、あまつさえ自身で宣言した一分という時間を延長させた将軍と、それに何故か付き合うかつての世界で上司となる副団長ユウキ、その双方に対してだった。

 ハッキリ言って、この新天地ALOにまさか彼女が来ているとは把握していなかったし、よもやALO最高難易度の世界樹攻略クエストにソロで挑んだ挙句に無傷で帰って来る出鱈目さを見る事になろうとは思ってもみなかった。

 この世界はあの世界と異なり、飛ぶことが出来るのを売りにしたVRMMOだ。無論始めたばかりのプレイヤーはあの二人が普通に行っている――しかもユーちゃんの方が何故か自然で綺麗な――随意飛行が出来ないので、初心者用にコントローラーを使うのが普通、このサラマンダー部隊も数割はコントローラー利用者だ。ALO古参組でも中々随意飛行は難しいとされているのである。

 自分は情報屋として速度、つまりは鮮度と正確性が肝要で文字通り飛び回らなければならないし、イメージそのものはすぐに出来たから随意飛行も早い段階で習得できたが、それでもALOをプレイし始めてから二ヵ月は要した。

 その間もしっかり情報を集めていたし、有力なプレイヤーは領に帰依しているプレイヤーや中立プレイヤー問わず全ての情報を集めていたつもりだ。たとえソロだろうが、有力プレイヤーとして他の者達の噂の種になるから、自分が知らないなんて事はほぼあり得ないと言って良い。

 それが、ユーちゃんのような美少女……いや、さっきの対話の雰囲気から美女とも言えるようになっている彼女であれば、美人度も相俟って尚更耳に入って来ないのはおかしい。特にソロで《アルン高原》まで突破したというのなら必ず目立つ筈だ。

 つまり彼女は、ここ最近になって漸くALOをプレイし始めたという事になる。

 顔馴染みであるSAO組の商人、そしてリアルでも喫茶店を営んでいる生粋の商人であり同時に頼れる両手斧使いのエギルによれば、リアルで知り合ったキー坊の幼馴染達から、彼がまだ目覚めず、そしてユーちゃんも落ち込んで生気を感じられない状態と聞いている。何でもキー坊の家で門戸を開いている道場の師範代なのに、現実に帰ってから四ヵ月程が経つ今も顔を出していないというのだ。

 定期的にキー坊の見舞いに行き、後は部屋や病院でずっと勉強、あるいは本を読み、残りは機械的に日常を送るだけだとも。

 だからこそ、エギルは幼馴染達を介してキー坊を助ける為にユーちゃんをALOに呼ぼうとしなかったし、更にはその幼馴染であるアーちゃん達すらも呼ぼうとはしなかった。

 キー坊だけで無くユーちゃんも、情報屋として日夜動き回っていた自分や各攻略組を凌ぐ情報を数多く有していたし、水面下での動きには酷く敏かった。だからアーちゃん達が何か動いていれば、必ずユーちゃんも気付き、そしてALOに来ると確信していたから呼ばなかったのだ。

 エギルの旦那から聞いたが、キー坊はあの最後となった戦い……茅場晶彦扮するヒースクリフとの最終決闘で、自らの命を捨てる行動を取ったという、それに対しユーちゃんは酷く狼狽し、涙を流しながら何故と責めていたらしい。

 キー坊は少し分からない部分があるが、少なくともユーちゃんはキー坊に依存している節が多々見受けられる。彼の事になったら絶対命すら捨てる行動にも出ると容易に想像できたため、彼女や感づかれないよう幼馴染達にも、ALOについては何も言わなかったのだ。ネットのスレッドですらALOにSAOプレイヤーが囚われている話は一切上がらない、そうなるよう全員で示し合わせているからだ。ここはリアルの情報を密かにばら撒き、リアルの売り上げ上昇を目論んでいたエギルの旦那に感謝である、目的が異なれど怪我の功名になったのだから。

 そんな訳で、密かにALOに多くのSAOプレイヤーがログインして救出作戦を推し進めていた所で颯爽と現れた、【絶剣】ユウキ。あまりにも予想外のタイミングでの登場に柄にも無く自分は思考を真っ白にして固まってしまった。どうも彼女は、自分がSAOでも情報屋をしていた馴染みである事を気付いているようだったため、尚更だった。

 唖然としたまま話はトントン進んだ。ユーちゃんの目的はまず間違いなく世界樹の上に居るだろうキー坊だ、サラマンダーを味方に付ければどっちつかずの中立を保っている他種族も味方に付けて攻略出来るという考えを以て、ここまで来たのだ。

 しかし、何故このVRMMOに彼が、彼らが囚われている事が分かったのだろうか。

 自分達は、物好きな元SAOプレイヤーがALOに来た時、SAOと同じアカウントデータがある事から推理され、SAOサーバーは《アーガス》解体後にALOを運営している《レクト》が維持を担っていた事からまさかと考えられたので、集っている。

 だが未だ目覚めない恋人を見て憔悴していっていたらしい彼女が、そんな状態でVRMMOをプレイしようとするだろうかと思う。彼女はそんなに薄情では無い筈だった。

 愛する者が苦しんでいればそれを分かち合い、共に笑い合い、幸せを共に得ていた運命共同体なのだ。キー坊が目覚めていないのに自分だけ楽しもうだとか、まだ彼を捕えている仮想世界に自ら入るだろうかと思った。

 確信を持って来たにしても、一体どうやってその情報を得たのかが分からなかった。

 

「そろそろ、終わりにしようか」

 

 困惑、数々の疑問を浮かべる自分の前で繰り広げられる戦い……いや、最早一方的な蹂躙は、漸く終息を迎えようとしていた。

 それを宣言したユーちゃんが一度も使わなかった白銀の剣シルバリック・シバルリーを鞘に納めた後、右手に持つ黒剣を緩やかに横へ持ち上げた。それを警戒したユージーン将軍が突進を止めた直後、ユーちゃんは翅で思い切り空気を叩いて得た推進力を以て、将軍へと突っ込む。

 

「がっ……?!」

 

 そして一瞬にして将軍の背後へと斬り抜けた。珍しい事に――ともすれば初めて――黒剣を両手持ちに持ったユーちゃんは、大上段から剣を振り下ろした姿勢で斬り抜けていて、将軍は縦一文字に斬閃を刻まれ……

 直後、凄まじい爆炎を噴き上げ、一つのリメインライトと化した。

 

「「「「「……」」」」」

 

 それをじっと見ていたサラマンダー達は信じられないような面持ち、雰囲気を放っていたが、それも仕方ないだろうと思う。彼女はあのデスゲームだったSAOで、恐らくヒースクリフと互角かそれ以上の実力を有する剣士、実質的に第二位に位置する女性最強の剣士なのだ。

 日常的にPKを行っていると言えど、死んだとしても現実で死ぬ事は無いゲームであるALOでの最強と、真に命を懸けて最前線で戦い続けていた剣士の中での女性最強とでは、そもそもの潜り抜けてきた場数が違う。たとえ経験的に空中戦に慣れていると言えど、たったそれだけで彼女を倒すには到底至らない、全く足りない。

 彼女を……いや、最強の《十六夜騎士団》を創設した団長と副団長を超えるには、己の実力だけで上回らなければ勝てないのだから。

 それを理解している自分も流石にあそこまで一方的な戦いになると思わなかったので少し驚いているが、それは他よりも小さかったので、まだ状況を飲み込むのは速かった。

 ユーちゃんはリメインライトと化した将軍に、ストレージから取り出した貴重且つ高価な蘇生薬の雫を振り掛けた。蘇生薬が詰められた小瓶はそれで結晶となって散り、代わりにリメインライトだった将軍が人の形を取り戻し、復活した。HPは三割と危険域に入ったままだが、回復ポーションを口に含んだので暫くすれば全回復するだろう。

 将軍はポーションの小瓶が塵と消えるのを見届けた後、手にしていたままのグラムを背中に背負い直し、黒剣を鞘に納めて翅も消した紫紺の剣姫に向き直った。

 

「……まさか、ここまで強さに差があるとはな。貴様ほどの実力者がどうして今まで俺の耳に入って来なかったのか気になる所だが……それは良い。ただの一撃も入れられなかった事は悔しいが、負けは負けだ、貴様の提案で一先ず領主に取り計らってみよう。ただし他の領主が動くとは限らん、特にシルフとケットシーは領主同士に親交があってサラマンダーと抗しているから協力を得られるかは未知数だ。サラマンダー領主に関しては任されるが、他については協力されなくとも恨むなよ」

「話に耳を傾けて頂けただけでも御の字だよ。それに逆恨みは筋違いと分かってるから……ユージーン将軍」

「ん、何だ?」

 

 話は終わったと判断したらしい将軍がこちらに戻ってくる最中、名前を呼ばれた将軍はユーちゃんへと顔だけ振り向かせた。

 

 

 

「どうか……よろしく、お願いします……!」

 

 

 

 ユーちゃんは、しっかり腰から曲げた綺麗な礼をしていた。その声にはしっかりと万感の思いが込められて聞こえ、将軍すらも一瞬気圧される程の何かが感じられた。

 それを受け、自分は確信した。

 彼女は絶対、何か自分やディアベル達すらも知らない何かを知って、この世界に来ているのだという事を。

 

「……出来る限りの事は尽くす、それだけは確約しよう」

「……お願いします……」

「ああ…………ではお前達、ここまで来て戻るのは納得いかんだろうが、そういう訳だ! 今回の大遠征は、夕食を挟んだ後の軽い情報収集だけに済ませ、本格的には狙わない事とする! 各員、午後九時にはこの場に集合する事! 良いな!」

「「「「「お……おうッ!」」」」」

 

 流石にカリスマ性と力強さ、信頼性を併せ持っているユージーン将軍は、軽く納得がいっていない配下達をすぐに纏め上げてしまった。とにかくここまで遠征したのなら情報だけでも持って帰ろうというその選択は自分も正しいと思う。

 この後、ユーちゃんはユージーン将軍、そして自分とフレンド登録を済ませてから急いだ様子で何処かへ行ってしまい、碌に会話をする事は出来ずに終わった。

 




 はい、如何でしたでしょうか?


 まず最初の方の《シルフ領主が討ち取られた》という話は原作でもありますが、明確に時期には記されておりません。なので、原作の領主サクヤが長期信任されているという辺りと矛盾するのですが、攻略に失敗したサラマンダーが関税を狙って打ち取ったという設定にさせてもらいました。

 ALOでは、領主を討ち取られた種族に十日間、討ち取った側が好きに税を徴収できるという話があったので、そこから考えています。


 原作でもあった守護騎士達の光の弓矢は魔法攻撃タイプ、騎士達の剣投擲は物理攻撃タイプとしており、各種族や各ビルドのプレイヤーへオールラウンドに渡り合えるという設定です。

 原作ではこの辺の設定はありませんでしたので独自解釈になるのですが、なんとなく攻撃タイプはそうじゃないかなと思って、こういう設定です。


 途中でユウキが素手での攻撃に対して語っていますが、原作キリトが騎士達を素手で殴って倒している場面がアニメに存在しており、同様に原作七巻のアスナVSユウキの際にはアスナが今話のユウキと同じ事を思考しております。

 なので、現状はスキルさえ取っていれば高威力のダメージを素手でも叩き出せる設定です。原作同様、運営が変わればここも原作準拠になり、装備をしていなければダメージを与えられなくなります。


 さて、今話の最初の方でユウキが考えて、ユージーンが推測した《全種族巻き込んで世界樹攻略》という案についてですが、この二人が浮かべている案には若干の差異が存在しております。

 ネタバレになるのでそれについては語りませんが、ヒント程度なら今話に出しております。予想してみるのも面白いかも知れませんね。


 そしてSAOアニメでもプログレッシブでもゲームでも出演する程の人気者のアルゴさん、今話特別登場です。碌に話してませんが、割と重要な立ち位置に居る事は描写で分かって頂けていると思います。

 彼女、SAO編以降は一切原作に出てないけど、多分ALOの何処かには居ると思うんですよね……なので将軍と関わらせてみました(笑)


 そして今まで原作の流れは確かに変わっていますが、次からちょっと近く沿うようになります。

 どのように原作と近くなるのか、楽しみにして頂ければ幸いです。


 ではそろそろ、次回予告です。


 圧倒的な実力を以て現ALO最強を倒し、サラマンダーの協力体制を敷いたソロプレイヤーのユウキ。ただ愛する人を救う事にのみ邁進する彼女は更なる行動を続けていく。

 それとは別に、とある手掛かりから動き出す者達も居た。


 次話。第七章 ~黒檻~


 読み方は《くろおり》です。


 活動報告でアンケートを実施してます。直近で20日までなので、ご協力よろしくお願いします。


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