ソードアート・オンライン ~闇と光の交叉~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 はい、五つ目の連続投稿をした黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。この連続投稿、一先ず次話で最後となります。イコール次で第一層終わります。

 今話は、まぁ、サブタイトルから分かる通り、《リニアー》でお馴染みの少女と遭遇します。

 ただし、その前にとある人物と遭遇、しかしその人物は原作では確か……?

 プチ原作ブレイクの多い今作の第四章、どうぞ!


第四章 ~流星と孤独の狼~

                  第四章

               ~流星と孤独の狼~

 

 俺はあの後、【始まりの街】を出て【ホルンカ】という名の村まで一直線に疾走した。

 チートアイテムや龍神の恩恵(この場合は加護も適当かもしれないが)をフルに使って走った。そのお陰で、通常二十分はかかる行程をたった三分で完走する。

 俺はある民家に駆け込んだ。そこでは第一層から第五、六層までお世話になる剣【アニールブレード】がもらえる《森の秘薬》クエストがあるのだ。当然その事もクライン達に渡した羊皮紙に書いてある。

 俺はそのクエストを受領後すぐに森へ向かって、クエストアイテムの《胚珠》を落とす植物モンスター、《リトルネペント》というモンスター達を次々に屠る。

 なるべくこのチート装備の使用は控えたいこともあり、武器と体防具は初期装備に戻している。とはいえ首や指輪アクセサリはあるので、チート状態には変わりなく、次々に《胚珠》を落とすモンスター――《リトルネペント》の花つきを仕留める。

 《胚珠》は特殊なモンスターが所持しており、赤い大輪を持つ《リトルネペント》、通称花つきを倒すと確実に手に入る。厄介なのは丸い種の状態の、通称実つきで、この実を攻撃してしまうと、大量の《リトルネペント》を引き寄せてしまう。

 その辺のノウハウは既にあり――というか俺が設定したのだが、とにかくそれにさえ注意すれば簡単なクエストなのだ。しかも《胚珠》を持っていった数だけ、なぜか家宝の筈の【アニールブレード】が貰える。

 ちなみにこの設定、俺じゃなくて茅場がした。それはもう、すっごい楽しそうに。

 俺がここに来たのは一時間前。街からホルンカまで二十分、そこからこの森まで三十分。そしてこの夜中にこの森にいるのはβテスター以外はありえなく、自然、クエストを知っていて、《胚珠》を狙っている奴となる。

 そう、例えば、MPKして自分だけ美味しい思いをしようとしている輩とか。

 

「……で、いつまで隠れてるつもりなんだ? 実つきが出てきたときに俺をMPKしようと画策してるのか?」

「……気付いてたのかい。一体いつから?」

 

 不思議そうな顔で背後の草むらから出てきた男。たしか原作でキリトをMPKしようとして自滅した、コペルという男だ。コイツもβテスターだった筈。

 

「お生憎様、お前が俺をつけ始めた三十分前からだ。お前にタゲが行かないよう殲滅してたんだぞ? 実つきも含めてな。何せ、《リトルネペント》みたいな視覚以外で動くモンスターには《隠蔽》スキルは効かないからな」

「……っ?!」

 

 俺にMPKも思惑が見抜かれてたからか動揺しまくりのコペル。

 まぁ精神年齢で言えば三十前だしな、俺。それに元の世界でお前の事を知ってもいるから、これは俺が凄いんじゃない。ただずるいだけだ。

 

「そういう理由があるから《隠蔽》スキルは最初には取らないのが吉。むしろ《索敵》で危険察知とかを鍛えた方が良いぞ。《隠蔽(ハイド)》したままプレイヤーに接触するなんて、やましい事があると言ってるみたいなもんだしな」

「う、うん……そうするよ……」

 

 おーおー、顔が引き攣ってる。よし、これで死者は一人減ったな。

 

「で、お前、《胚珠》欲しいんだろ? あそこに花と実が一匹ずついるが……お前はどっちが良い? 好きな方を選べ。俺が花を倒しても《胚珠》はやる」

 

 俺が指し示す方向、三十メートル先の闇の中に、ぼんやりと花と実のシルエットが見えた。大急ぎでスキルを変えたらしいコペルは尚も慌てている。少しは落ち着け。

 

「え、えっと……」

「…………はい時間切れ。俺が実をやるからお前が花な。ほら、行くぞ!」

「え、え、え? え、うわあああああ?!」

 

 キョトンとしてるコペルをどついて前に進ませる。コペルに気付いた二匹の内、実の方を俺が相手する。

 コペルは最初こそ慌てていたが、流石はβテスターと言うべきか、すぐに落ち着いて戦い始める。一分が経った頃に花を始末したらしい、かしゃぁぁん……と小さく儚い音が響く。

 それを機に俺は一気に勝負を決め、速攻で実つきを倒した。

 コペルは笑顔の中に後ろめたさの翳りがある。

 

「よ、お疲れさん」

「……キミは酷いね、いきなり戦わせるなんて」

「おかしいな。ここまで懇切丁寧に説明して、しかも花を任せたのに悪し様に言われるなんて」

「本気で言ってるなら、一度病院に行ったほうが良いよ」

「お生憎様、この世界に病院は無いよ……元気が出てきたみたいだな」

 

 俺は片頬を上げてニヤリと笑う。コペルは俺の言葉に目を見開いた。

 

「キミ、まさかわざと……?」

「さて、なんのことやら……んじゃ、一緒にホルンカに戻ろう。途中で死なれると寝覚め悪いし、悪夢に見るからな」

「そ、そこまでかい……?」

「あー……言い方が悪かったな、これは俺自身の問題なんだよ……俺はキリト、よろしくな」

「あ、うん、よろしく。僕はコペルです」

 

 そう言って礼儀正しくお辞儀をするコペル。

 ううむ、原作では酷いヤツなのに、こうも礼儀正しい好青年だと、俺が悪者だな……スグ姉にこの人を彼氏にどうか薦めてみようか。クリアまで三人共生きてたら。

 コペルはきっと大成する。時間は掛かるかもしれないが、俺よりもずっと、人徳的な意味で立派になるだろう。今回のMPK未遂で何かを学んでくれたら良いのだが……

 

「……リト? キリト?」

「……ン。何だ?」

「何だ? じゃないよ。ホルンカに戻るんでしょ? さっきから何度呼んでも返事しなかったし」

「……あれ? どれくらいぼーっとしてた?」

「一分くらいかな」

 

 一分? そこまで考え事してたのか?

 

「悪い悪い。始まりの街の皆や家族の事を考えてたんだよ」

「家族?」

「そう。俺のせいでこの世界に入ってしまった、一つ上の姉だ。向こうは俺の事を知らないけどな……俺が執念を燃やすあまりに……姉は……」

 

 俺があそこまでしなかったら、スグ姉と適度に触れ合っていたらこうはならなかったのだ。スグ姉に関しては完全に俺のせいだ。

 

「……僕はキリトと会ったばかりだから、偉そうな事言えないけどさ。そこまで自分を責めるのはやめた方が良いと思う。少なくとも、そのお姉さんが《SAO》に来たのは全部自分のせい、って考えるのはそのお姉さんに失礼だと思うよ。君のお姉さんは君に会うためにこの世界に来たんだろう?」

「……そうなのかな。でも、だとしても……この世界は……俺が……」

「…………はぁ。とにかく、君は一人で抱え込み過ぎだね。仲間や家族がいるのなら、皆に頼れば良いんじゃないかな?」

「皆を……頼る……?」

 

 それはずっと俺がしないようにしてきた事。俺が近づけば誰かが悲しむと思ったから、やめた事。

 

「そうだよ。だからまずは、ほら、僕を頼りなよ」

 

 コペルは微笑みを浮かべて俺を見る。右手を差し出してきた。これは――

 

「仲間としての、第一歩、かな?」

「…………俺で、良いのか? 最悪最低な奴なのに」

「だとしても、君はそこまで苦しんで自分を責めてるんだ。それを悪いとは言わないけど、少しは皆を頼ろうよ」

 

 そう言って更にズイッと右手を出してくる。俺はのろのろと緩慢に、しかし確実に右手を差し出し、彼の右手を握り返した。

 

「ははっ……よろしく、キリト」

 

 こうして新たな仲間、コペルとパーティーを組んで狩りをしたのだった。

 

 ***

 

 あれから俺達はホルンカに戻り、そこで報酬の【アニールブレード】を貰った。コペルは一本、俺は大量に《胚珠》を集めたので二十三本。家宝が形無しである。

 全てをNPCの鍛冶屋で【指定回数フル強化】を選び、二十四本全てを鋭さ3、速さ2、頑丈3まで鍛えた。コペルが驚愕していたが、バグだと教えると呆れていた。俺がこれを知っている事に呆れたらしい。失敬な。

 一本しかないコペルが羨ましそうに見ていたため、二本譲る。

 俺は六本取り、残りの十五本は一応取っておいた。攻略組に渡すつもりではあるが、それはタイミングを選ばなければならない。

 

 それから三週間が経ち、今俺達二人は迷宮区の十九階にいるのだが。

 

「凄い……」

「ああ。まるで流れ星だな」

 

 暗い迷宮区の奥深くで、6レベの《ルインコボルト・トルーパー》という片手斧を持った人型っぽい魔物を、流星のような光を帯びた突き一つで圧倒しているプレイヤーが一人。

 赤が基調のフーデッドケープに軽装備の細剣使い(フェンサー)。十中八九、原作のキリトの奥さんになる少女、アスナだ。

 いやはやしかし、端から見ても大した速さの突きだ。

 しかし――――

 

「……ぅ」

 

 どうした事か、突きの構えを解いて頭を押させる細剣使い、その隙を逃す魔物ではない。今にも注意域のHPを消し飛ばそうと片手斧を振り上げ――――

 

「させるかぁっ!!!」

 

 俺が放った《剣技》スキルの特技《瞬迅剣》による突進突きによって、一撃で倒れる魔物。それを一瞥して細剣使いを見る。

 相手も俺には流石に気付いており、警戒と敵愾心を顕わに俺を睨んでいる。

 

「……どうして、余計な事をしたの?」

「ん? どういう意味だ?」

「……どうせ皆死ぬのよ……ただ、遅いか早いかの違いだけ……私は死んでも、良かったのに……」

 

 そう言ってそのまま横に倒れていく女。俺はソイツを抱きとめ、顔を確認する。

 わずかに覗いて見える栗色の髪、整った端正な顔立ち。間違いない、やはりアスナだ。

 

「……で。その子どうするの?」

「うーん、最上階に続く階段はすぐそこなんだよなぁ……コペル、悪いけどこの子を少し見ててくれ。ぱぱっとマップ完成させてくるから」

「うん、わかった。気をつけてね」

 

 その声に頷きで返し、俺は最上階のマップ作成に行った。

 ついでにボス部屋を一度開けて中を見ると、やはりそこには第一層フロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》が二層へ続く階段を塞いでいる玉座に鎮座していた。

 その後ろ腰には長く太い得物――――野太刀があった。やはり曲刀のタルワールから変化している。

 俺はそれをメモし、急いでコペルの元へ帰還。俺達は細剣使いを背負って拠点にしている村まで戻った。

 

 ***

 

 気が付くと、鼻腔を微かにくすぐる良い香りがした。それは美味しそうな料理の匂い。いつも食べているような1コルの黒パンではありえない香り。

 それに釣られて起きると、目の前にあるソファに腰掛けている、短い黒髪の剣士の後姿が目に入った。

 どう考えてもこの男が自分をここまで運んだに違いない。少しはなれたところに仲間らしき男もいた筈だが、その者は何処に行ったのか。

 そう考えていると、自分が起きる際に立てた極僅かな衣擦れに気付いたのか、その男が肩越しに振り返った。そして片頬を歪めて言う。

 

「よ、気分はどうだ? 死にたがり」

「……あんたのせいで最悪な気分よ。なぜ余計な事をして、私を生かしたの?」

 

 私は憤りを隠そうともせず、目の前の黒ずくめの少年に食って掛かった。見た目は十代中頃だろうから自分とそう変わらない歳だろう。

 しかしその瞳は自分よりも遥かに澄み、そして遥かに暗い闇を宿していた。

 その少年が口を開く。

 

「……目の前の人を見殺しにするとか、俺にはもう出来ないんだよ。そんなのは……もう十分だ……それにアンタが作成した筈のマップデータも欲しかったし、アンタの細剣の腕に興味を覚えたこともあるし……この状況は俺のせいでもあるからな」

「……………………」

 

 この男はどういう心をしているのか。暗くなったと思えば飄々とした態度に変わる。コロコロコロコロ、顔が定まっていない少年だ。

 いや、そもそも少年で合ってるのかすら分からない。その瞳だけは少年ではなく、世界を知っている大人と完全に同じ輝きだ。一体何者なのか。

 

「明日、【トールバーナ】っていう街で『第一層ボス攻略会議』が開かれる。あんたも、自分をなんとかしたいなら、自分を貫きたいなら、来てみろよ」

「……気が向いたらね」

「同じパーティーになった時はよろしくな…………ところであんた、腹減ってないのか?」

「う…………」

 

 その呻きに合わせて、小さくクキュルルル~と音がなった。まったく、なぜこういうとこまでリアルに近いのか。

 そんな逃避的思考を展開していると、少年がお椀とスプーン、水を持ってきてくれた。良い匂いの正体はこのシチューだったらしい。

 私はすぐにいただきますと唱え、シチューを口に含む。すると、現実でも味わった事の無い美味しさ、味による快感が体を満たした。一心不乱にシチューを食べ、気付くとすでに皿は空っぽ。そして笑顔で待っていた少年の顔が目に入った。しかし、それが不思議と嫌じゃない気がする。

 

「おかわりもあるが……食うか?」

「……食べます」

 

 その後も三杯おかわりし、凄まじい眠気が襲ってきたので、そのまま少年のベッドで寝てしまった。

 

 *

 

 翌日の朝、恐縮しながらも美味しいのでついご馳走になってしまい、四杯もおかわりした。少年は相変わらず笑顔を絶やさない。

 

「本当に……ごめんなさい。お風呂も借りちゃったし……」

「別に俺の家ってわけじゃないからなぁ。あんたが生きてくれるなら、それでいいさ」

「キリトって、ホント適当というか、計算ずくというか、天然と言うか……」

 

 キリトを挟んで左側に自分、右側にコペルという少年が並んで歩き、トールバーナで開かれると言う『第一層フロアボス攻略会議』へ向かう。

 コンサートステージのような広場で会議は行われる予定らしい。

 そこへ向かっていると、キリトが突然足を止めた。

 

「わっと……ちょっとキリト君?」

「どうしたんだい、キリト?」

 

 二人でキリトに問う、キリトは元から鋭い双眸を更に鋭くし、周囲を警戒している。

 

「……………………いや、なんでもない」

 

 長く間を開けての返答。しかしその顔は険しくなっている、ただ事ではない。

 彼は背中の【アニールブレード+8】の柄を握り、少し抜いてからすぐにパチン、と戻す仕草をした。それが何を意味するのか、私達には見当もつかなかった。

 

 *

 

 コンサートステージのような広場の中心で、今回の会議の主催者らしき男が声を上げる。中々の美声で芯があるはっきりした印象がある。

 

「はーい、少し遅れたけど会議を始めたいと思います! 知ってると思うけど、俺はディアベル! 職業は気分的に【ナイト】やってます!」

 

 周りからは、本当は勇者って言いたいんだろ! と好意的な野次が飛ぶ。

 後ろで一つ括りにした青い髪、白銀の軽鎧、腰にある大振りな片手剣、背中に背負ったカイトシールド。確かに御伽噺に出てくるナイトを想起させる格好。

 自分の隣にいる黒尽くめの剣士とは正反対に位置するだろう人物。短い黒髪、最低限の防具すらない漆黒のコート、背に装備している無骨な剣、鋭い双眸。どちらかと言うと盗賊や暗殺者、魔王とも言えそうだ。 

 見た目は完全に正反対だが中身はどうだろうか。自分を助けた理由を思い出し、しかし判断がつかない。本当のことなのか嘘なのかが分からない。

 そう考えている間にも、会議はドンドン進む。

 そしてディアベルが皆の意識を統一する宣言をしたその時、一人の声が上がった。

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

 スケイルメイルをジャラジャラ鳴らしながら、一人のトンガリ頭の男が広場に出てきた。ディアベルは突然の乱入にも嫌な顔一つせず、寛容に受け入れた。

 

「そん前にこいつだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」

「こいつってのは何かな? まあ何にせよ、意見は大歓迎だ。でも、発言するなら一応名乗ってもらおうか」

「…………フン。ワイは《キバオウ》ってもんや。こん中にワビィ入れなあかん奴らがおるはずやで。いままでに死んでいった三百人に詫びを入れなあかん奴ら――――βテスターが。ベータ上がりっちゅうことを隠して、ボス攻略に入れてもらお考えてる小狡い奴らが! そいつらに土下座させて、こん作戦のために金やアイテムを軒並み吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預かれんと、ワイはそう言うとんや!」

 

 キバオウの怒声に周囲が不気味な静寂に包まれる。それを破ったのは一人の巨漢。浅黒い肌に禿頭、大きな両手斧のバトルアックスを背負った男だった。

 

「俺はエギル。発言いいか?」

「ああ、構わないよ、エギルさん」

 

 ディアベルのその言葉を受け、エギルはステージに上がってキバオウと対峙する。凄まじい身長差でキバオウは一瞬圧倒される。

 

「キバオウさん、アンタが言いたい事はつまり、元ベータテスター達が面倒を見なかったから三百人が死んだ。その責任を取って謝罪・弁償しろって事だな?」

「そ……そうや。あいつらが見捨てんかったら死なずにすんだ三百人なんやぞ! しかもその三百人はどいつも別タイトルのMMOで、ベテランやった三百人やぞ!」

 

 キバオウは一瞬押されたことに反感を覚えたか、エギルに食って掛かる。それを余裕で流すエギル。エギルは一冊の本を出しながらキバオウに語り始める。

 

「あんたはそう言うがな、キバオウさん。このガイドブック、あんたも貰っただろう。【始まりの街】で最初に配られて以降、俺がどの村に行っても必ず道具屋で売られてたコレを。情報が早すぎだとか思わなかったのか?」

「早いからなんやっちゅうや!」

「つまり、この情報を集めてるのは、元ベータテスター以外にはありえないって事だ」

「ぐ……っ! や、やからってなぁ、それでも罪が消えるわけやあらへん。現にそこにいる黒尽くめはワイらを見捨てて、すぐに街を去ったやろうが!」

 

 突然隣にいる少年を指差して怒鳴りつけ始めるキバオウ。

 それにコペルと共にカッとなりかけるが、キリトの小さな動きでそれは出来なかった。

 キリトは立ち上がり、ゆっくりとキバオウの下へ歩いていく。

 

「俺は黒ずくめって名前じゃない。キリトだ」

「ふん……で、キリトはんはどうするんや? ここでアイテムや金を全部出すんか?」

「…………出さなかったら、あんたはどうする?」

「決まっとるやろ! ワイはこのレイドに参加せん!」

 

 キバオウの意固地と言えるその発言に、周りは少しどよめく。

 しかしキリトは、周りを更に騒然とさせる事を言い放つ。

 

「なら、いっその事俺が抜ける。その方が手っ取り早いだろ」

「なん……やとっ?!」

「ちょっと待ってよ、キリト! あたし達はどうなるの?!」

「リーファ……」

 

 リーファと言われた、彼の知り合いらしき黒髪の少女が大股でキリトに詰め寄る。

 

「キリト、また一人でボス攻略に行くとか言うんじゃないでしょうね?!」

 

 周りが更に騒然とする。私もコペルと顔を見合わせた。

 あの、人の生死に敏感な彼が、そんな無謀な事をしようと考えた事があったとは。

 しかし彼なら出来てしまえる気がするし、実力もあるのでそう考えるのが自然なのか。でもこのデスゲームの事をよく理解している彼が、まさかそんな事を……

 

「けどなぁ、キバオウが反対するんじゃ……」

「そんなの放っときなさいよ! また自分一人で背負おうとする! いい加減にしなさいよ!」

 

 ぱぁん! と乾いた音が響いた。少女が彼を平手打ちにしたのだ。

 彼は俯いたまま立ち尽くす。しばらく後、その場にくずおれた。

 

「ちょっ?!」

 

 少女が慌てて抱き起こすもキリトに変化は無い。いや、彼は――――

 

「……寝てるの?」

「どない神経しとんや……」

「彼が、ほぼ一睡もしてないからだよ」

 

 その声と共にコペルが立った。その顔は見たことも無い位に毅然としている。

 

「ほぼ一睡もしてないやと? んなアホな」

「そう、キリトはアホなんだよ。僕がどれだけ言っても、このデスゲームが始まったあの日から、彼はほとんど睡眠をとってない。一日一時間が長いくらいさ。昨日はしばらく離れてたけど、それ以外はずっと一緒にいたから、知ってるんだ」

「な……」

 

 私は唖然として思わず喘いだ。

 私がキリトとあった時でさえ、四日間の睡眠は三時間ずつはあった。それを軽く上回る日数、数えると三週間と一日、しめて二十二日も殆ど寝ていない事になる。睡眠時間は二十四時間を超えない。

 それで安全に戦闘をこなせるのか。

 

「彼に何故寝ないのかと聞いたことがあった。彼、なんて答えたと思う?」

「……なんて答えたんや?」

「『助けられなかった人間がいるのに、おちおち寝てられるか』って言って、毎晩フィールドに出てはビギナーの手助けをしてたんだ。それでも助けられなかったり、目の前で死んだ時には涙を流してたよ。彼は人の死に敏感なんだ、悪夢で一切寝れなくなるほどに。自分を追い詰めて、自分を殺す勢いで人助けをしてる彼を侮辱する事は……僕が許さない……!」

 

 鋭い眼でキバオウを睨むコペル。あんな彼は見た事が無い。おそらく彼もキリトに助けられたのだろう。だからあんなに怒っているのか。

 

「こんガキ……!」

「……ぅ……」

「キリト?!」

 

 低く呻いて眼を開けるキリト。顔色は悪く、体はカタカタと震えている。

 

「…………ここは……?」

「何言ってるんだい。ここはトールバーナ、会議の途中だよ」

「そう、だったか……?」

 

 今ひとつしっかりしないキリト。私も駆け寄って彼の手を取る。酷く冷たい手だった。これが本当に同年代の少年の手なのか、と思うほど凍りついた手だった。

 

「キバオウさん、わかったか? キリトはこれだけ自分を犠牲にして戦ってるんだ。少なくとも、この会議は今後の行く末を左右すると、俺は思ってる」

「……今回は引いちゃる。けどな、いつか白黒つけるで、【終わりの剣士】」

 

 キバオウはキリトを睥睨し、彼を異名で呼んでから足音荒く席に戻る。

 キリトは自分で立てるほど回復していないので、コペルと私の二人がかりで席に戻す。彼は未だ低く呻いている。

 

「――――さて、そろそろレイドを組むにあたって、パーティーを作りたいと思う。各自自由に分かれてみてくれ!」

 

 …………なんですって?

 私は戦慄した。私達は既にパーティーを組んでいる状態で、キリトに色々教えてもらっている。しかし、私達はキリトを主軸としたパーティーだ。彼が衰弱して戦えない今、私達はどうすればいいのか。

 二人でやるという選択肢は無い。今朝早くに軽く狩りをしたのだが、私もコペルもキリトに頼った戦い方だ。しかも二人とも実力――プレイヤースキルや習得スキル熟練度――が、ソロやタッグを組んでの戦いが出来るほどではない。

 つまり彼がいない状態だと、完全に足手まといということだ。彼を戦わせるという選択肢はまず無いと言って良い。こんな状態の彼を戦わせるわけにはいかない。回復すればそれも違うのだが……

 

「あの……もし良かったら、あたし達と組みませんか?」

 

 さっきの少女が仲間を連れてやって来た。濃い紺の長髪にアメジストの瞳、片手剣を持った少女、ツンツンに逆立てた赤髪にバンダナ、曲刀を装備した男と似た感じの男二人。計五人がやって来た。

 

「それは助かるわ、よろしく」

「はい、よろしくお願いします!」

「よろしくね、ボクはユウキだよ!」

「俺はクラインだ」

 

 他の三人も挨拶していく。その五人は最後に揃ってキリトを見た。

 彼は起きてはいるのだが、半死半生の体で仰向けに倒れている。

 複雑そうな顔でキリトを見る少女二人とクライン。三人は始まりの街で別れた、キリトの元パーティーメンバーらしい。彼に色々託されて残ったんだとか。さっきエギルが言っていた【始まりの街】の話が、正にそうらしい。

 彼は自分の全財産と貴重な情報を残して、クリア目指して街を、たった一人で去った。無茶が過ぎる話である。

 その後の話し合いで、私達のパーティーの役割はボス攻撃役になった。最も危険な役割だ。

 

「よし、役割も決まった。決行は明後日。その日の午前九時に、ここにまた集まってほしい。それまでパーティーの連携を整えておいてくれ――――解散!」

 

 キリトを借家まで連れて行き、そこに寝かせる。彼は全く寝付かないが、脳が疲弊しすぎてるせいか、まったく動けないようだ。

 私達はその間に連携を強化していく。

 そして二日後、復活して無理にでも来ようとするキリトと一緒に、私達はボス攻略に出発した。

 

 ***

 

「どうして……どうしてなの……」

 

 私は二人が寝ているベッドの間に座り、泣いていた。

 あの日、直葉がSAOにログインした直後、弟の和人もログインした。彼は『スグ姉は絶対に現実に還す』と言っていた。

 午後五時半過ぎに、SAOのニュースが流れるとも言っていた。絶対にナーヴギアを外さないようにとも。

 そしてほぼ五時半、SAOが茅場晶彦によってデスゲームと化し、ゲーム世界で最上層にいるラスボスを倒さないとログアウト出来ない、HPがゼロになると死ぬ等の事が流れた。

 もしかしたらあれだけSAOに執着していたのは、できるだけSAOの情報を覚え、人を助ける為だったのかもしれない。大勢の人間を救う為に。直葉を、姉を護る為に。

 そのまま囚われの身となっているが、《SAO対策チーム》の一員であり、総務省の公務員と名乗った役人の話では、和人は文字通りに不眠不休で他人を助けているらしい。精神状態がかなり不安定らしいが、それもなんとかなっているとの事。

 しかし、三週間経っても今だ第一層をクリアできていないらしい。このまま二人は死んでしまうのか。

 でも和人は還すと言っていた。ならば信じよう。私の娘を、姉さんの息子を。

 

「どうか、無事に帰ってきて……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 はい、第五話、コペル救出、アスナとの出会い、第一層ボス攻略会議でした。

 実は私、案外コペルが嫌いでは無かったり。原作のキリトもMPKという行為は一応認めてますし、人を嵌めて殺すのはどうかとは思うものの、とても人間臭いキャラクターなので割と嫌いでは無いです。ただ、目立っていないし特徴もあんまり無いので、好きという訳でも無いのですが。

 アスナやリーファに対する態度は、犠牲者を減らす為とは言え自分も同罪だから、という思考をコペルとの時に展開している通りで、後ろめたいので突き放すような言動を取っていました。ちなみにこれ、結構後まで尾を引きます。

 あとキリトの睡眠時間についてですが、人間やれば出来るようですよ? 実体験です。ぽつぽつとちょっとずつチョコを舐めたりなど糖分を取っていけば、無茶すれば出来ます。

 気絶したのは、リーファが知らないとは言え家族である姉に怒られて、精神的にショックを受けた事で一気に疲労が来たせいです。なので一日休むほどだし、倒れてすぐに目が覚めても震えていたのです。ちなみにこれも実体験。物凄く心配……されなかったので哀しかったです。

 では次話、第一層ボス攻略です。
 原作と少し違うし、短いですが、国語力がまだまだな頃の戦闘描写でも楽しんで頂ければ幸いです。

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