ソードアート・オンライン ~闇と光の交叉~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話はリズベットが数話ぶりに顔を出しますが、殆ど関係ありません。ユウキと結ばれているし、心に傷を負っている以上キリトは他の子と関係を持とうとしませんから。少なくとも一人では。

 そんなリズベットの元にはタイトルにある通りの少女が来ています。

 しかし、実はもう一人、後から合流する方が居ます。ヒントは原作では既に亡くなっていました。更には攻略組ですらありません。

 さて誰でしょう?

 ではどうぞ。







第八章 ~竜姫と藍黒~

 

「うう…………ピナぁ……グスッ、ヒクッ…………」

「あ~もう……あんたは生き残れたんだから、少しはしゃきっとしなさいよ……」

 

 あたしは今、同じ軍所属で鍛冶屋を営んでリズベットさんのホーム、四十八層の街リンダースにお邪魔して泣いている真っ最中。原因は、この数ヶ月をともに過ごした種族名《フェザーリドラ》の使い魔《ピナ》が、あたしを庇って死んでしまったから。

 軍に所属するあたしは、ギルド《黄金林檎》の護衛依頼を受け、三十五層の迷いの森というダンジョンまで付いていった。そこまでは良かった。

 しかし、そこで予想外の事が起こった。大量のモンスターが一気に押し寄せてきたのだ。その時点でのあたしのレベルは、この数ヶ月堅実に冒険やレベリング、軍の仕事をこなして51。安全マージンを十分に取っていたから相手にするのは簡単だった――――本来ならば。この時は護衛以来を受けていたのだ。

 護衛していたギルドの何人かが混乱して勝手に動き出し、護衛をしていたあたしやリズベットさん、リーファさん、フィリアさんはその対応に慌て、結果、大きな隙を作る大混乱に陥った。

 なんとか体勢を立て直したけど、一度起きた混乱は中々去ってはくれず、ギルドリーダーの《グリセルダ》さんとあたし達五人で殆ど殲滅した。その時に、背後から寄ってきていた猿型MoB《ドランクエイプ》の棍棒からあたしを守るために、ピナは犠牲になった。

 それが今日の午前中の出来事。今は午後四時、あれからずっと泣いている。

 

「だって、だって……!」

「あーもう、うざったいわねぇ。今アスナが蘇生の心当たりを探してるから、あんたはアスナを余計心配させないように、もっとシャキっとしなさいよ。蘇生の可能性はあるらしいから」

「ほんとですか?!」

 

 リズさんの言葉に、思わず声を張り上げながら詰め寄ってしまった。少し後ろに下がりながら頷くリズさん。更にその後ろに立つ、二つの人影。

 

「あ、リズさん。お客さんみたいです」

「え? あ……すみません! えっと……リズベット武具店へようこそ!」

 

 リズさんの後ろから横にずれて、姿を晒しながら人影を見る。見覚えの無い二人だった。

 片方は長い黒髪、黒の片手剣を背負った黒く古ぼけたロングコートの少年。無表情だから感情を察せないし年齢も推測できないけど、そこまで自分と変わらない。見た目の背からして、そこまで歳は離れていない筈。もしかしたら自分より年下かもしれない。

 もう片方は藍色の長い髪、同じく黒い片手剣を左腰に帯び、紺色のクロークの少女。隣に立つ少年とほぼ同じ身長で、表情は天真爛漫そのものと言って良いほど明るい笑顔に満ちている。

 少女は剣豪というか強者の風格があるけど、少年の方はそこまで強そうに見えない。アスナさんやリーファちゃんと比べると圧倒的に見劣りする、そんな感じの少年だ。武装も一切強そうには見えない。

 リズさんの武具は全て高額で、数十万コルは下らない値段をする。その分高性能なのだけど、それを買う殆どがトッププレイヤーの攻略組。少年より、少女の方がお金を持ってそうだし、少女は確実に攻略組だろう。少年は分からないけれど。

 リズさんもそう考えたらしく、お客は少女の方だと思ったようだ。少女を見て言う。

 

「って、ユウキ。片手剣だったらこっちの棚だけど? それとも研磨?」

「あ、違うんだ。ボク達はそっちの女の子に用があって来たんだよ、アスナに呼ばれて。君にも用があるのはこっちの彼なんだ」

 

 多少崩れた口調に苦笑しながら、隣の少年を少女が示す。その彼を、リズさんは胡散臭そうに見る。少女とは顔見知りでも、少年の方とはほぼ初めて顔を合わせるらしい。

 

「俺は片手直剣のオーダーメイドを頼みに来たんだ」

「えーっと……最近、鉱石の相場がかなり高くなっておりまして、最低六十万コルはかかりますが……」

「鉱石はあるから、それで鍛えて欲しい……一応、プロパティはこれと同等、ないし以上かな?」

 

 そう言いながら、透き通った白銀の鉱石と背に吊っていた黒剣をカウンターに置く。

 未だ胡散臭そうに少年を見続け、リズさんはまず黒剣を手に取った。それを持ち上げようとして、しかし両手で支えても全く持ち上がらなかった。

 

「ちょっ、重っ?! これどんだけ重いの…………って、重さ一t?!」

「い、一tですか?!」

 

 驚愕の表情と声を上げ、黒剣をタップして性能を確認し、そこで信じられない言葉を聞いた。重さ一tなんて、今まで聞いたことが無い。

 武具にはそれぞれに重さが設定されていて、武器強化によっても重量を増す項目を選ぶことが出来る。大体の武具に共通する特徴として、『重さと頑丈さが高ければ、比例して耐久値も高くなる』というものがある。早い話、『重くて頑丈=耐久値が高い=強力な武具』という方程式が成り立っているのだ。

 レベルの高いプレイヤーの装備は自ずと強力なものになり、その強さに比例して重量も増す。強力な装備で身を固めたいのなら、それ相応の努力をしてレベルを上げ、筋力値を高めなければ重さのせいで装備すらままならない。

 マスターメイサーとして優秀であり、強力な装備を持つ攻略組御用達である鍛冶屋を営んでいるリズベットは、かなりの筋力値を保有する筈。その彼女でさえ持ち上げる事すら適わないそれは、装備重量一tの剣。

 おそらく鍛冶師の間で話になっている《魔剣》を、片手で軽々と扱う目の前の少年は全く強そうでない見た目だが、それでは図り知れない強さを持っているようだ。

 その彼に比べれば、隣の少女が強いと分かるだけマシなのかもしれない。昔読んだ何かの漫画か小説で、自分よりも圧倒的に強い者の実力はまったく測れない、とあった気がする。つまり、中層上位に入る自分でも強いと分かる少女より、強いということすら理解できなかった少年の方が、圧倒的な能力・実力を誇るということなのだ。

 

「それに、代金は幾らふんだくってくれても痛くは無い。流石に一千万とか言われるとキツイものがあるけど」

「いや、たとえこれと同等の剣を作っても、一千万はないわよ…………そうね、出来上がる剣のプロパティはランダムだから絶対の保障は無いけど、鍛えてあげる。今から即行でね。そっちの子の話がホントなら、アスナの紹介なんでしょ?」

「ああ、今朝方メールが来てな。頼まれごとついでに、鍛えてもらえれば重畳だと思って…………悪い」

「いいわよ……かなり苦労するでしょうし、良いの出来たら思いっきりふんだくるから。覚悟しておきなさいよ?」

 

 ニヤリ、と不敵な笑みを交し合い、リズさんと黒衣の少年は工房に入っていった。

 リズさんはオーダーメイドを依頼されて鍛え上げる時は、依頼者がいるなら鍛え上げる現場を見せるようにしている。何故かと聞けば、「気合が入るから。この人のために鍛えるんだー! ってね」と答えた。リズさんはシステム的スキル数値だけでなく、本人の想いが鍛え上げられる武具の強さに関わると信じているらしい。

 それはアスナさんから教えてもらった事で、そう考えるようになったのだとか。『このデータ世界でも、見て聞いて感じ起こる事全て本物で、この世界でも心だけは唯一自分の物だ』って。

 かつて自分の目の前で、自分自身を殺してまで他人に尽くす、そんな人を見たらしい。誰かは知らないけど、まだ死んではいないと聞いた。

 その話を聞いたからか、それからリズさんの作る武具は一線を画すものとなった。同じ名前の装備でも、リズさんの武具は何かが違う。同じ筈なのに、手から伝わる感触に重みが、でも不快には思わない暖かな何かが伝わるのだ。きっと少年に鍛え上げる武器も、暖かくて強力な剣になるだろう。

 そう思って工房を見ていると、横からえっと……いいかな? と少女の声が聞こえた。そう言えば、あたしに用があるって言ってたっけ……

 

「君がビーストテイマーの《シリカ》でいいのかな?」

「あ、はい。そうですけど、あなたは……?」

 

 そう聞くと、少女は笑った。

 

「あ、ゴメンね。ボクは【絶剣】ユウキ、それでさっき向こうに行った彼が【黒の剣士】キリトさん。攻略組最強の【藍黒夫婦(らんこくふうふ)】って言えば早いかな?」

 

 【黒の剣士】と【絶剣】。【藍黒夫婦】。どれもアインクラッド全体に名高い二つ名だ。確か、攻略組にそんな二つ名のプレイヤー達がいたような…………って。

 

「ぇ……ええええっ?! ほ、本物ですかっ?!」

 

 あたしの驚愕と悲鳴の混ざった声に、少女――――【絶剣】ユウキは苦笑しながら頷いた。

 

「ど、どうして攻略組最強のお二人が、あたしに?!」

「いやそれ言ったよ? アスナに頼まれたんだ、今朝方。『友達にビーストテイマーがいるんだけど、使い魔が死んじゃったの! 蘇生方法知らない?!』って。その蘇生方法をキリトさんが知ってたから来たんだよ」

 

 信じられなかった、たった数時間で蘇生方法が見つかるなんて。

 でも、夫婦でもある二人は攻略組中最強とすら言われているらしいし、特に夫の方は【ビーター】と言われ、多くの情報を独占しているのではないかと言われている。だから蘇生方法を知っていたのだろうか?

 

「その使い魔専用蘇生アイテムは《プネウマの花》って言うんだけど、それは四十七層の思い出の丘ってとこに咲くんだよ。主人本人が行くのと、使い魔が死んでから三日間。この二つが絶対条件。三日が過ぎると、使い魔の『心』アイテムが『形見』アイテムになって蘇生出来なくなるんだって。『心』アイテム、持ってる?」

「はい……でも、四十七層……安全マージンが少し足りませんよぅ…………」

 

 適正レベルは階層+10と考えられているデスゲーム。レベルを上げるのも無茶して一日三レベが限界。しかし自分にそこまでの突破力も無茶な戦いも出来ない。性格もあるがステータスや装備の性能、戦い方のスタイルとしても合わないのだ。

 そう思っていると、目の前に一枚のウィンドウ――――トレードウィンドウが現れた。

【イーボン・ダガー】【シルバースレッド・アーマー】【シルバースレッド・グローブ】【シルバースレッド・ベルト】【フェザースカート】【フェアリーブーツ】【竜巫女の首飾り】……見たことも無い装備群、しかも装備のレア度は全て14。七十層台の装備だ。

 

「俺もユウキも使い道が無かったし、やるよ。これなら10~20レベ前後の底上げは出来る筈だ」

 

 後ろから木造建築特有の足音を立てて歩いてくる少年キリト。後ろからは少し疲れた感じのリズさん。

 キリトの背中にはさっきの黒剣と交叉するように背に吊られた翡翠の剣。柄は薄いエメラルドグリーンに見える色合いのそれが、先程依頼していた剣だろう。黒剣に勝るとも劣らないくらい威圧感がある剣だ。

 

「まったく…………とんだ暴れ馬ね。出来た剣も重さ一tって、どういう事よ」

「俺に言わないでくれ。幾ら俺でもシステムに干渉は出来ないんだから」

「ま、キチンとふんだくったから良いけどね」

 

 リズさんのニヤリとした笑みに、キリトは苦笑で返した。どうやら相当な値段だったらしい。まあ、それと引き換えで強力な片手直剣を鍛えてもらえたのだから、内心、嬉しがっていると思う。あまり表情が変わってないから、正しいのかは微妙だけど。

 

「…………さて、俺達がここに来た理由は……シリカ、お前の使い魔蘇生を果たす為だ。無論、俺とユウキの二人が護衛する。ついでに、その装備もお前に進呈する。どうだ?」

「嬉しいですけど…………どうしてここまで親切なんですか? アスナさんの頼みだからって、装備までくれるなんて……」

 

 思わず警戒して見てしまう。アスナとユウキには悪いが、男性はどうも苦手なのだ。

 下心で近寄ってきたプレイヤーも多く、一度は求婚すらされたことがある。既に結婚している彼だから襲ってくる事は無いだろうけど、そもそも今のアインクラッドでは『上手い話には裏がある』のが常。だからこその警戒なのだ。

 そう思って聞いたのだが、目の前の少年は顔を少し赤くして背け、額に手をやってから、小さく呟いた。

 

「……………………笑わないのなら、言う」

「笑いません」

「あたしも笑わないから、早く良いなさいよ」

「……………………ふふっ♪」

 

 ユウキが既に笑みを浮かべている。それを聞いたキリトがキッと一睨みし、再び顔を背けてか細く呟いた。

 

「…………シリカが…………に似てたから……」

「え?」

「シリカが! 従姉に似ていたからだ!」

 

 聞き取れずキョトンと聞き返すと、彼は顔を真っ赤にして大声で叫んだ。

 それに反応出来ずにいると、リズさんとユウキさんが思いっきり噴き出した。腹を抱えての大爆笑。それを見て思いっきり顔を赤くして顔を背けているキリト。

 その構図に思わず自分も笑ってしまった。一度起こった笑いは中々去らず、長い間笑い続けた。

 

 *

 

「まったく……予想していたとはいえ、何であそこまで大爆笑するんだ…………」

 

 目の前をブツブツ何か呟きながら進む黒衣の少年キリト。

 その後ろに続くのは、ユウキ、シリカ、グリセルダの三人。四人でパーティーを組んで思い出の丘を進んでいるのだ。少し過剰戦力ではないか、と疑問に思ったけど、彼によれば、理由があってのことらしい。

 ここ最近、オレンジギルドの活動が活発な事。覚えの無い、階層ごとの適正レベルを逸脱した強さのボス級モンスターの突如としたポップ。この二つがあるから、念のためと称してこのパーティーになったのだ。

 とはいえ、攻略組で調べた上では、この階層のアンノウンモンスターは既に倒されていて、今までに倒されたアンノウンモンスターが復活したケースは無いらしく、だからあまりそっちは心配していないらしい。どちらかと言えばオレンジギルドを警戒しているのだ。

 まあ、念のためという事で過剰戦力を整えているらしいけど。今までのパターンを破って、アンノウンモンスターが復活するかもしれないからだ。

 それで今このパーティーなのだけれど、キリトさんがさっきからご機嫌斜めなのだ。あれから五分近くもの間爆笑してしまい、それでリズさんがからかいまくった為、拗ねてしまったのだ。

 なんだか雰囲気との落差が激しくて、可愛い弟と思えてしまう。見た目だけなら妹か。

 そんな彼に、苦笑の中にどこか楽しそうな笑みを含んだユウキが話しかける。

 

「まあまあ、そんなに拗ねないで機嫌直してあげなよ? ほら、シリカも怖がってるし」

「い、いえ、別に怖がっているというわけではないですけど……ふふっ」

「ふふ……元気になったみたいね、シリカちゃん」

 

 グリセルダさんが小さな笑い声をあげ、それに顔を赤くしてしまう。

 この人には気を使わせてしまい、今回の蘇生アイテム取得に付き合わせてしまっているのだ。ギルドの方は仲間が構わないと言ってくれたらしい。ピナの事で責任を感じているから、一緒に来ることにしたようなのだ。

 

「あうう……すみません」

「私はともかく、彼はどうなのかしら?」

「別に怒ってはないけど…………お、着いたぞシリカ。あれが、《プネウマの花》が咲く場所だ」

 

 彼が示すそこは、小さな祭壇がある場所だった。そこに小走りで行くと、小さく柔らかな花が芽吹いたところだった。それを取ると、シャラン……と音を立てて茎から外れ、自分のストレージに格納された。後ろから祝福の言葉がかけられる。これで、ピナを蘇生できる。

 さっそくピナを蘇生しようとメニューを呼び出す。

 すると、キリトさんが待ったをかけた。

 

「喜ぶにはまだ早い。ここで生き返らせるのは得策じゃないからな」

「え? どうしてなの?」

「グリセルダ、考えてみてくれ。ここはシリカとピナという使い魔にとって、格上の魔物が犇く場所だ。少なくとも、一対一では苦戦するだろう。そんなとこにいる今蘇生すると、またシリカを庇って死ぬ可能性がある。さすがに二回連続で面倒は見れないし、《プネウマの花》は同じテイマーに対しては三日に一度しか咲かないらしい。今ここで生き返らせて死ねば、まず蘇生は出来ない」

「な、なるほど……わかりました。街に帰るまで我慢します」

 

 あたしの言葉に頷きを返し、キリトさんは来た道を戻り始めた。他の二人はあたしに合わせて進んでくれ、彼は出てきたモンスター全てを一撃の下に屠っている。

 一体だけ残してあたしのレベリングもしてくれ、ピンチの時には助けてもくれた。他の皆をどうして集めたのだろう、と疑問を浮かべるも、さっき教えてもらったばかりだと思い出す。あたしはそのまま狩りに集中した。

 一時間をかけて四十七層フローリアまで戻る。街に入る直前にあるちいさな橋、そこを渡る直前、キリトさんが先頭を歩いていたあたしの肩に手を置いて止めた。そこまで強いというわけではなかったけど、決して動けない意志を感じた。

 振り返ってキリトさんを見ると、彼は底冷えする瞳で前方――――街までの道、その脇にある林に目を向けていた。その口から、底冷えするような声が発せられた。

 

「出てこい、そこに隠れてる奴ら。それとも、こう言った方が良いか? ――――オレンジギルド《タイタンズハント》」

 

 キリトさんがそう言った直後、林から数十人のオレンジの男と、二人のグリーンプレイヤーが出てきた。一人は男、もう一人が――――

 

「ロザリア、さん……?」

 

 一、二ヶ月前。軍に入る前に一度、野良パーティーで組んだことのある女性だった。十文字の細身の槍、黒い軽鎧に赤い髪の女性で、性格は好きになれなかった人。

 

「久しぶりねぇ、シリカちゃん。噂で聞いたけど、あの蒼いトカゲが死んだって話、ガセじゃなかったんだ。だから思い出の丘に来た、と……なら早速――――」

「そうはいかないなリーダーさん。いくら《プネウマの花》の相場が良いからって、他人から奪おうとしちゃあな」

 

 ロザリアさん……いや、ロザリアの言葉を遮ったのは、彼女達のハイドを見破ったキリトさんだった。

 言葉こそ軽い調子だけど、やはり底冷えする迫力がある。それを感じたらしいオレンジ達も一瞬怯むも、武器を構えて威圧し始める。

 それを見てキリトさんは一つ小さく嘆息、背に吊る黒剣を抜いた。

リズさんの店で見たときは、(飾り気の無い、無骨で貧相な剣だな……)としか思わなかった。見た目では。その後、黒剣の重さが一tという、超を付けても足りないほどの高性能な剣だと知って、しかしその印象は拭えていなかった。ここで剣を振ってモンスターを両断している時も、その印象は残っていた。けれど、今目の前で抜かれた黒剣を見て、あたしは心の底から恐怖した。

 目の前で構えられた黒剣の刀身は、この層のモンスターは勿論、下層・中層で見てきたどのモンスターよりも冷たく、鋭く、限界まで凝縮・濃縮された――――殺気を放っていたからだ。

 それを鋭敏に感じたからか、ロザリアが右手を慌てて振る。

 

「ッ……あ、あんたら、やっちまいな! たとえ強くても、この人数ならやれるだろ!」

「お、おう! 本当に強いとしたら、きっと美味いレアアイテムとか手に入るぜ!」

「お、おっしゃ! 皆、やるぞ!」

「キリトさん! 一人じゃ危ないです! ユウキさんもどうして動かないんですか?!」

 

 流石のキリトさんでもこの人数は圧倒的に不利だと思い、彼の妻であるユウキさんに振り向いて言う。

 しかし、彼女は一切動揺していなかった。むしろ泰然自若の体で、完全に傍観の構えを取っている。

 

「あれくらいの奴らに負けてるんじゃ、キリトさんは攻略組たり得ない。鎧袖一触よりも手酷い光景が見られるよ、彼女達程度ならね」

 

 腕を組んで苦笑しながら言う。後ろのグリセルダさんも動こうとして、しかしユウキさんに止められていた。彼女はあくまで、キリトさん一人に任せるつもりらしい。

 ――――と、自分達の問答を聞いたオレンジ全員が、一様に驚愕の表情を浮けべて足を止めた。

 

「キリト……? ユウキ……? 黒尽くめと紫尽くめの装備……ま、まずい……こいつら、攻略組最強夫婦の、トッププレイヤーだ!」

「はぁ?! 何だと?! こんなガキどもが夫婦なのか?! クソッ、爆発しろ!」

「俺なんて彼女にフラれたのに、なんでお前らみたいなガキが結婚できてんだ!」

「クソッ! 死ねこのリア充どもが! リアルじゃねぇけど!」

「「「「「ウオォォォォ!!!」」」」」

 

 なんだろう、オレンジギルドって恐ろしい筈なのに、一気に恐怖感が薄れてきた。

 涙を流して慟哭を響かせながら、キリトさんに襲い掛かるオレンジの男達。次の瞬間、その人たちの持つ数多の武器が全てポリゴンと化した。

 

「「「「「…………は?』』』』』

 

 唖然として自分の手にあった武器を見やり、それらの柄がポリゴン化していくのを見て、オレンジ達は一様に引き攣った表情になった。

 あたしもグリセルダさんも唖然として見ていると、隣のユウキさんが口を開いた。

 

「最上位システム外スキル《武器破壊》……キリトさんだけが使える、彼だけのユニークアビリティだよ。ボクでも成功確率は一割いかないんだ」

「き、キリトさんはそれを、確実に起こせるんですか?!」

「うん。少なくとも、彼と戦うときに刃を交える事は厳禁。交えるなら、《武器破壊》を避ける為の相応の技量がいる」

 

 ユウキさんの言う、あまりにも凄すぎる彼の実力のことに絶句する。グリセルダさんも知らないという事は情報屋にも無い情報。

 どうやら、キリトさんは妻であるユウキにしか知らせていないらしい。無理も無い、だって『武器破壊』を意図的に起こすなんて、誰も聞いたことが無いのだから。

 彼は本当に攻略組最強と呼ばれているだけある。そんなシステム外スキルは聞いたことが無いし、自分がやろうとしても到底出来ないだろう。つくづく、目の前の彼は規格外だと思う。少なくとも、振りぬいたはずの一tある剣の残像すら、一切目に視えなかった。ブレを視ることすら適わなかったのだ。

 その圧倒的理不尽で凄まじい光景に唖然としていたロザリアだったが、ハッと気付き、舌打ちをした。

 

「くっ……本物かいっ! 仕方ないね、転移――――」

「シッ!」

 

 ロザリアが転移結晶を掲げて逃げようとするのを彼は許さず、黒く細長いピックを飛ばした。それは狙い違わず、ロザリアが持つ右手の蒼い転移結晶に当たり、結晶を粉々に砕く。

 ロザリアが呆然としている間に、彼はロザリアの喉元に黒剣の剣身をピタリと当て、やはり底冷えする声で言う。

 

「逃げようとするな……逃げれば、どこまでも追いかけて…………殺す」

 

 そう言われて顔をサァッと青くし、持っていた十字槍を落とした。

 その後、彼が持っていた回廊結晶で全員を監獄送りにされ、キリトさんはあたしに謝ってきた。

 曰く、《タイタンズハント》を捕らえる為、あたしをわざと囮にしたのだ、と。ピナが死ぬ場面には遭遇したけど、助ける事自体は間に合わなかった、だからすまなかったと。

 顔を苦悶に歪め、頭を下げてそう謝るキリトさん。誠心誠意謝るその姿は全くの歳相応で、だからこその謝意が伝わってきた。

 

「か、顔を上げてください。あたし、別に怒ってませんし」

「そうか……ありがとう」

 

 キリトさんは少し不安そうな表情で良いながら姿勢を戻した。その横に着くユウキさん。柔らかな笑みを浮かべ、彼を見ている。それに気付いて恥ずかしそうに顔を赤くし、キリトさんは街へ進んでいった。

 それを苦笑しながらあたし達は追い、街に入ったところでピナを蘇生させる。夕陽にあてられて煌く雫を、ピナが遺した蒼い羽根に一滴落とす。

 すると、金色の光が収束し、その光の中心からピナが現れた。蘇生できたのだ。

 

「ピナ! ピナ、ピナぁっ! 良かったよぉ……!」

「キュル、キュルルル?! キュルルキュル!」

 

 思わず涙を流して抱きしめ、それに悲鳴を上げるピナ。それでも抱きしめ続け、やがて抵抗しなくなってしまった。

 

「そろそろ離してあげたら? ピナちゃん、苦しそうよ?」

 

 グリセルダさんに苦笑されながら言われ、ピナを離すと、すぐさまピナはあたしから離れてしまった。

 するとどういう事か、ピナは離れて佇んでいる黒衣の少年の元へ飛び立ち、彼の右肩に止まって頬擦りし始めた!

 

「あー! キリトさん、いいなあ! ボクもして欲しいのに!」

「俺に言われてもなぁ……ピナ、ご主人のとこに戻れ」

「キュル~…………キュルル!」

 

 両手で体を持ち上げられたピナは、キリトにそう言われてしばらく黙るも、すぐに気を取り直したふうに一鳴き。再び彼の肩に止まった。

 

「ふふっ。あなたはピナちゃんに好かれてるようね。助けてもらった事を理解しているのかしら?」

「え~……? AIにそんな機能があったような覚えないし…………いや待て、まさか……お前、自我を得たのか……?」

「キュルル!」

 

 キリトさんに聞かれたピナは、強く頷きながら鳴いた。思いっきりアルゴリズムから外れた行動だけど、ピナなら当然かなと思ってしまった。今までもずっとそんな行動を取ってきたのだから。

 その日はこれで解散となり、あたしは拠点である始まり街に帰った。今日あった出来事を、あたしはきっと忘れない。ちょっと怖かったけど、キリトさんやユウキさんと会えたことは、これからの生涯の大切な思い出としよう。

 

 

 

 

 





 はい、如何でしたでしょうか?

 合流する方とはグリセルダさんでした。彼女は優しい女性としての印象で書かれていますし、アニメ見た方は分かるでしょうがとても落ち着いた風貌と表情です。そして人を纏めている立場なので責任感も強いだろうと思い、シリカの使い魔ピナ蘇生に協力させました。そこそこグリセルダさんらしさがあるのではないかなと思います。死人に口は無いので原作では一言も喋ってませんが。

 前話の後書きでリズベットはキリトに惚れないと書きましたが、シリカもユウキが既にお相手として居るため、恋愛感情より尊敬の念の方が勝りました。まぁ、この歳の子ならあり得なくは無いと思います。強さ的にもこっちの方がまだ自然でしょう。

 さて、今話では前回よりもメンバーが少ないですが、しかしまだ平和的に終わりましたね。前回は《笑う棺桶》が乱入してきましたが、今回はそれも無く、誰も殺してませんし。

 ちなみに知らない人の為に補足しておきますが、《グリセルダ》さん率いる《黄金林檎》というギルドは本来、原作では消滅しています。彼女が旦那さんから依頼を受けた《笑う棺桶》によって殺され、その後に空中分解するからです。

 詳しくは他の方の二次創作、あるいは川原礫様の原作をお読み下さい。本作では一切この話はしません。ちなみに《圏内事件》という名称です。

 とにかく私が言いたい事は、本来なら既にこのギルドは壊滅しているという事です。しかし人の感情なんて防げませんし、文中で分かったと思いますがキリト達とグリセルダは初対面、つまりギルドの繋がりもありません。《黄金林檎》は攻略組として動いてませんし。


 そんなギルドとグリセルダさんがまだ存在しているという事は……描写こそしていませんが、既に《笑う棺桶》は……

 あとは、分かりますね( ̄▽ ̄)ニヤリ


 ちなみに、シリカがリズベット武具店辺りで装備について解説していましたが、アレは原作の設定を基に書いております。まぁ、重さ一tというのはアレですが。

 ところで、何故一tにしたのか。

 それは、原作SAO攻略組プレイヤーの能力が現実の身体能力の十倍はあると予想できたからです。

 第一巻のキリトとアスナは第七十四層攻略に赴いた軍から隠れる際に、数メートルの高さの崖を一息で飛び越える事が出来ているようですし、そんな事をキリトが解説してもいました。

 現実的に普通に跳躍しても一メートルはいかない、凡そ五十センチが良いところでしょう。しかしキリト達は五メートルは最低限飛べました、最終期では。つまり最低でも十倍の能力があると仮定できます。

 で、今作のキリトは原作キリトよりレベルが圧倒的に上です、具体的に言えば二倍はあります。200到達してます。

 SAOのレベルは一つ違うだけでもかなりの差が出るようなので、実際数値的には二倍どころでは済まない筈です。そしてチート装備によっても基礎ステータスはかなり増大しています。

 リズベットが重いと言った原作エリュシデータの重量を十キロと仮定しても、それくらいなら攻略組プレイヤー達は普通に持てるでしょう。速度重視のアスナは微妙ですが。キリトは現実でも普通に持てる筈です、米袋一つ分ですので鍛えている方は持てるようですし。

 で、一tまでは百倍の重量差があります。

 最低十倍の能力はあるので百キロまでは持てると仮定して、更に十倍差がある訳ですが、200レベル突破しているキリトであれば十倍なんて差は埋まっているでしょう。

 レベル1が現実準拠、100程で現実の十倍の能力(エリュシデータ持てるレベル~百キロ)とあれば、200では更に十倍になってもあまりおかしくはありません、少なくとも二から五倍程度には収まらない事は確実です。

 これらの概算から一tとしました。これはキリトの異常性を表し、強いのだという事を表現する為の一つでもあります。

 まぁ、ここは流石に私の解釈です。取り敢えずキリトは凄く強いのだという事だけ分かればそれで構いません。この数字、今後一切出てきませんから☆(笑)


 ではそろそろ、次回予告です。


 新たな剣を鍛えてもらい、竜と少女、とあるギルドリーダーとの絆を紡いだキリト。彼はそれからも変わらず攻略を進めていた。

 ある時、キリトは過去に遭遇した軍の一団と攻略中に出会う。ボスによって壊滅状態に追いやられていた彼らを助けた直後、《アインクラッド》には存在しない樹海へと飛ばされ、そこでまた少女と邂逅する。

 しかしキリトにとって、繰り返される出来事よりも重要な事が存在していた……


 次話。第九章 ~月命日~


 誰のかはすぐ分かります。

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