ソードアート・オンライン ~闇と光の交叉~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 前話の後書きにも書きましたが、今話で漸くヒロインが確定します。ちなみにR18の方で登場しています、色々と大活躍です。

 タイトルと同じサブタイトルにしたのはわざとです。

 さて、あんまり語ってもネタバレになるので、そろそろ。

 攻略組の前から立ち去って一週間ほど経過してからです。

 ではどうぞ!


第二十七章 ~闇と光の交叉~

第二十七章 ~闇と光の交叉~

 

 それから俺はずっと一人で戦い続けた。

 『独り』ではなく『一人』なのは、俺の理解者がいるからだ。

 とはいえ、攻略組の殆どが理解者だったのだが。ユイ達三人の娘、フィリアや金髪リーファにシノン、アスナ達が筆頭だ。

 あの時、俺に向けていた憎悪の眼は本物だったらしいが、俺が立ち去った後に話し合いが持たれたらしい。内容を詳しく知ることは出来なかったものの結論だけを言えば、俺を殺そうとはしないように決まったらしい。今まで、命を張って戦ってきた事が、思いがけず良い結果を呼び起こしたようだ。

 それでも一緒に居るのは俺自身が忌避していて、《桐ヶ谷和人》と明かしてから一週間、ほぼ一日中迷宮区に篭ってレベリングを続けていた。

 今は安全地帯で昼食を摂っている、のだが…………

 

「キーリトさん」

「……………………なんだ、ユウキ?」

 

 喜色満面なユウキが横でジッと俺を見てくるから、なんだか食べ辛いというか、居た堪れないというか、とにかく居心地が悪い。

 最近アスナ達とはまったく顔を合わせないようにしているから、自然、攻略組とも顔を合わせる機会が無い。

 だからだろうか。たまたまお互いソロの状態で迷宮区の安全地帯で出会い、そのまま昼食を摂ることで俺と一緒にいようとするのは。

 ユウキも他の女子同様、俺に好意を向けてくれているのは理解している。

 だが、多くの罪を背負った《桐ヶ谷和人》であり、前世を持った転生者、所謂『生ける死者』の俺が彼女達と結ばれる事は許されない。少なくとも、リアルに帰れば俺は犯罪者として拘束、そのまま先が見えない人生を送る事になる。最悪死刑かもしれない。

 そんな俺と恋仲になっても、良いことは無いのだ。だから俺は彼女達と恋仲になる気は無い、のだが…………

 

「キリトさんが最近まったく顔を見せてくれなくなったから、ボクはすっごい寂しいんだけど」

 

 頬を膨らませて言うユウキに、俺は何度したか数えられない説明を再びする。

 

「あのな、俺は桐ヶ谷和人なんだ。俺と関わっても良い事は無いんだよ」

「……そんなの関係ないよ……ボクはキミに、お礼をしたかったんだから」

「お礼……?」

 

 ユウキの突然の言葉に少し困惑した。確かに今まで何度かユウキを助けた事ぐらいはあるが、それらはすぐにお礼をしてもらったし、何も俺を追いかけてまでするほどではない。

 真剣な顔をして俺を見てくるユウキは、そのお礼の意味を話した。彼女が現実世界でエイズ患者だったが、俺の開発した特効薬のお陰で関知した事。そのお礼言う為に、俺がログインする《SAO》に足を踏み入れたと。

 そして、更に信じられない事を言い始めた。

 ユウキは俺と同じ前世持ちらしい。結論だけ言えば、原作のユウキが転生して、この世界に入った。そして新たな人生を送っているのだと。俺とほぼ同じ状況だ。

 

「なるほど…………俄かには信じがたいが、それならユウキが最初期の頃から異常に強かったのも頷ける。そうだったのか…………」

「えーと……自分で言うのもなんだけど、信じるんだ?」

「まあな…………ユウキと似た境遇のヤツを知ってるし。ま、俺の事なんだが」

「……………………へ?」

 

 俺の突然の話に、ユウキは素っ頓狂な声を上げた。キョトンという表現が的確な表情で俺を見ている。

 驚いているのだろうが、それは俺も同じだ。ずっと隠そうと思っていた秘密を、思いがけず同じ秘密を抱えていた者を知って明かしてしまったのだ。

 もしかしたら、俺は理解者が欲しかったのかもしれない。今の俺を受け入れてくれる人間は数多くいるが、それでも本当の意味で俺を受け入れてくれる者は少ない。

 本当の意味とは、俺が転生者であることを知って、その上で俺を受け入れてくれる事。しかし俺が話さなければ知りようが無いし、俺と同じ境遇の者がいる筈も無いから、俺の本当の理解者は現れないだろうと思っていた。

 だが、ユウキは俺と同じ転生者で、同じ秘密を抱えていた。だからだろう、俺が思わず話してしまったのは。彼女なら俺の秘密を知った上で、俺を受け入れてくれる。そんな甘い幻想を抱いてしまった。

ここで拒絶されるか笑い飛ばされれば、俺は二度と人に心を開けないだろう。少なくとも、ユウキに笑い掛けることは絶対に出来なくなる。

 どうか信じて欲しい。

 その思いでユウキの顔を見て反応を窺っていると、彼女は急に顔を綻ばせた。

 

「そっかぁ……キリトさんも、かぁ…………これって、思いがけない秘密の共有だね!」

「え? あ、ああ……そう、だな?」

 

 ちょっと予想の斜め上を行くユウキの反応に、俺は戸惑いながら言葉を返す。正直、好反応を示されるとは思っていなかった。

 それからしばらく、お互いが昼食を終えるまで、一切会話は無かった。しかし重苦しい空気ではなく、どこか明るくて浮かれた雰囲気があった。それは俺も、内心で喜んでいたからだろう。拒絶されず、お互いに抱えていた同じ秘密を共有できた事が。ユウキは何故かわからないが、俺が喜んでいるのは、俺を本当の意味で受け入れてくれたからだろう。

 俺は本当の意味では、今までずっと『孤独』だったのだ。どれだけ俺を想ってくれても、心のどこかでそれを否定・拒絶してしまう。それは俺自身のせいなのだ。

 しかしユウキは俺を受け入れてくれた。だから俺も喜んでいるのだ。

 これは俺にとって、進歩となり得るのだろうか……今まで人をどこかで拒絶していた、俺の何かを改変するほどの何かに、なり得るのだろうか……?

 俺は隣を歩くユウキに顔を向ける。それを敏感に感じ取ったらしい、ユウキが俺に顔を向けてきた。紅く煌く瞳が俺を見つめる。

 

「キリトさん? どうしたの?」

「……ン、ああ悪い。ちょっと考え事をしてた」

「人の顔見て考え事って、一体どういうのなの? …………もしかして、秘密を共有出来たのが嬉しいの?」

 

 その言葉に思わず眼を見開いてしまい、それが肯定と分かったユウキが嬉しそうに再び笑った。

 笑われるのはちょっとアレだが、ユウキになら笑われても良い。そう考えてしまう自分がいた。

 ボス部屋までのマッピングは終わっていたので、一緒に帰る事にした。転移結晶を使うのは勿体無いので、二人でMobを殲滅しながら迷宮区塔を降りていく。

次々と現れるMobを速攻で狩っていく俺とユウキ。どうやら彼女もユニークスキルを習得したらしい。《絶剣》というそれは、高い威力と速さを備えたソードスキルが充実しているらしく、二刀の俺に迫る勢いで次々とソードスキルを叩き込んでいく。まぁ、そこまで強いのはユウキ自信の強さもあるのだが。

 そのまま一気に降りていき、ようやく出口が見えてきたところで、見覚えのあるプレイヤーを見つけた。クライン、エギル、アスナ達、俺と親しい攻略組だ。フィリアにストレアもいる。

 

「それで、これから入るわけだが――――って、キリトじゃねぇか?!」

「……よ、クライン。相変わらず息災そうでなによりだ。他の皆も」

 

 俺が片手を上げながら言うと、クラインは俺を睨みながら怒鳴ってきた。

 

「お前ぇ、言う事はそれだけか?! 人にさんざっぱら心配かけといて!」

「……ごめん。俺が桐ヶ谷和人だって分かると、皆の見る眼が変わるんじゃないかって思うと、なんだか怖くなって…………それに、俺は皆と一緒にいる資格は……」

「んなもん関係ねぇ! キリトはキリトだろうが!」

「クラインの言う通りだぜ、キリト。お前のリアルが桐ヶ谷和人だというなら、今までのお前の無茶無謀な行動にも説明が付く。何より、お前が誰であろうと、俺達がお前を見る目は変わらねぇ。他人の為に、贖罪だと言って尽くしてきたお前を、俺達は非難したりしないぜ」

「そうだよキリト君。君の優しさに救われた人は沢山いるんだから」

 

 クライン、エギル、アスナの言葉に、俺は涙を流しそうになった。俺を知っても何も変わらないでくれる皆の心に、前世でも中々感じなかった感動を覚えた。

 それはさっきのユウキとの会話で得た喜びとは、また少し違った感情。俺の今までの行動は、少なくとも完全な間違いではなかった。SAO製作の手助けをしてしまったのはアレだが、この世界に入ってからの行動は正しかった。そう思えたのだ。

 

「そう、か…………」

 

 俺はそれだけなんとか返し、そのままアスナ達と別れた。

 フィリアとストレアは俺に気遣う表情を向けてくれ、俺は二人に帰るとだけ伝えた。ユウキも何故か一緒に来ているが、今更止める理由もない。

 俺が外に出たのは、既に深い夜が辺りを覆っていた頃だった。視界右上のクロックを見れば[23:36]と表示されていた。これから迷宮区入りするアスナ達は、おそらく安全地帯周囲のキャンプ狩りをするつもりだろう。あの辺りには経験値効率の良いMobが多かったからな。

 ユウキも一緒に俺のホームへと戻ってきた。流石に深夜のこの時間、ユイ達もシノン達も寝ているようだ。誰も起きていないホームの中を静かに歩き、俺の部屋へと入る。

 

「……で、なんでユウキもここに来たんだ?」

 

 そう、迷宮区からここまで、ユウキは俺の後ろをずっとついて来ていた。いずれ帰るか、または俺のホームの空き部屋を使うかするかなと思っていたが、一向にその気配が感じられない。

 俺が振り向いてユウキを見ると、少々、いや、かなり予想外な光景が目に入った。

 今夜は満月だったらしく、開け放たれたベランダから月光が部屋を満たしていた。その月光をバックに、ユウキは俺を見つめていた。頬は赤く染まり、瞳は潤んでいて、両手は胸の前で組まれている。その彼女に、俺は目を奪われた。

 

 

 

 ――――幻想的。

 

 

 

 その一言が正に相応しいと思えるユウキの姿に、俺は鋭く息を吸ったまま呼吸を忘れてしまった。ユウキを見つめて、立ったままの状態になった。

 その俺に、ユウキは突進攻撃と遜色ない速度で俺に抱きついてきた。

 そして、ユウキが口を開いた。俺はユウキの、鈴を転がすような声に聞き入る。

 

「もういなくならないで…………キリトさんはボクにとって、大切な人なんだよ……」

 

 いつもの快活な声とは違う、消え入りそうな懇願に、俺は反射的に首を振った。

 

「……だけど俺は何もユウキにした覚えは無い。それに俺といると、ユウキが――――」

「だから! そんなのは関係無いよ! ボクはそんな事を気にしたりはしない! ボクは! ……ボクは、ただ大好きな人と、一緒にいたいだけだよ…………」

「ユウキ…………」

 

 小さくなった涙交じりのユウキの声に、俺は自分の愚かさを呪いたくなった。

 かつて、前世でも和葉に同じ事を言われた覚えがある。

 俺といると危険だと言うのに、家族なんだからと言ってそれを拒んだ。その時に言ってきた言葉が、今のユウキの言葉と全く同じだった。

 俺は結局、何年経っても成長しないのだろう。この先もずっと、俺はユウキに同じ事を言わせ続ける事になる。それはユウキだけではない。スグ姉もそうだし、アスナやクライン達だってそうだろう。俺は独りで生きると誓いながら、結局は独りで生きられていない。俺は過去に縛られすぎて、独りで生きようとしても生きられなくなっているのだ。

 誰かを護る。

 その信念と行動が俺の周りに人を寄せる。それを遠ざけようとしても、自分自身で蒔いた種。独りになれる筈が無い。俺は孤独と思っていたが、たとえ俺自身を本当の意味で理解していなくても、俺を受け入れてくれる人は大勢いた。その最たる人は、目の前で俺に抱きついて嗚咽を漏らす、ユウキだ。

 思えば、アスナ達の中でも、ユウキは俺を一番気にかけていたように思える。

 七十五層のボス部屋が閉じる時も、俺は無意識にユウキと眼を合わせていたし、他にも彼女と言葉を交わす機会は多かった。付き合いの長さで言えばアルゴ、リアルで言えばスグ姉が一番だろうが、俺への理解度で言えばユウキが一番だ。

 俺はいつの間にか、ユウキに多くの事で救われていたようだ。それは俺自身が気付かないくらいに小さなものの積み重ねだったが、それが今、俺にユウキの想いを受け止めさせているのだろう。

 

「アスナ達には悪いけど……ボクはキリトさんと一緒にいたい。キリトさんと……ここで……ううん……リアルでも、結婚したい」

 

 ユウキの唐突の告白。彼女の求婚の応じ、俺の目の前にウィンドウが現れた。

 それは結婚申請が為された際に表示されるウィンドウ。

 ユウキは未だ潤む瞳で俺を見ていて、その表情は真剣そのもの。本気と悟るには十分だった。

 

「……男冥利に尽きるし、嬉しいとも思う。だけど、俺と結婚すればユウキまで同じように見られる。多くの罪を背負ってきた俺を、生ける死者の俺を、ユウキは……」

 

 俺が続けようとした言葉を、しかしユウキはハッキリと俺を見て言い放った。

 

「受け入れるよ。ここまで言ったんだよ? そんな質問、今更だよ……」

 

 紅水晶を思わせる、紅い瞳。大粒の涙を浮かべて潤んでいるそれは、暖かな光を湛えていた。真剣な光も宿していて、最終的に俺はその光を認めた。

 少しずつ俺の右手がウィンドウに近づく。もう少しで、俺の指が結婚するという意味のYesボタンに触れる。その直前で、やはり小心者で愚か者な俺は、ユウキを再度見てしまう。本当にいいのかと。

 彼女は俺を、真剣な眼で見続けていた。俺と結ばれるのを望み続ける、純粋な少女でしかなかった。今だけは、デスゲームだとか剣士だとか、俺の罪だとか関係無い。そう思って、本気で俺を想っている一人の少女だった。

 遂に、俺の右手の人差し指がYesボタンを押した。

直後、俺とユウキの両方に一枚のウィンドウが表示された。それは、お互いが結婚したという事を知らせる、メッセージ。

 ユウキはそれを一瞥したあと、両の瞳に溜めていた涙を流した。それは彼女の頬を伝い、顎まで行き、そこで落ちた。蒼い月光の光を受けて煌く雫が床に落ちる。同時、感極まって涙を流すユウキが再度、俺に抱きついた。俺も彼女を抱きしめ返す。

 これから俺は、彼女の『夫』。何があっても彼女を護らなければならない。だが、むしろそれは当然なのだ。それは俺の罪だとか贖罪だとかは関係ない。一人の少女を愛する者として、俺は護る。このデスゲームの中だけでなく、向こう――現実世界でも、俺は彼女を護るつもりだ。

 当然俺一人の力なんて高が知れている。なら今以上に強くならなければなるまい、俺を愛してくれるユウキを護る為にも。

 俺は心と魂に誓い、ユウキと互いの顔を見合う。俺と彼女は同時に微笑み、そして改めて名乗った。

 

「キリト……桐ヶ谷和人、数ヶ月後で十四歳です……これからよろしく」

「ユウキ……紺野木綿季、誕生日が来たから十五歳です……不束者ですが、こちらこそ」

 

 月光を浴び、明るく照らされるユウキの顔は赤く火照っていたが、それはおそらく俺も同じ。

 しかし恥ずかしい気持ちを押し通し、俺達は笑った。穏やかに笑い、どちらからともなく、俺達は互いにキスを交わした。たった数秒だろうそれは、何時間にも感じられた。キスを交わし終えた後、再び笑う。

 俺と彼女は涙を流しながら笑い続け、そのまま一緒にベッドに横になった。

 

         *          *          *

 

 キリトさんと結婚した翌日、ボクはキリトさんによって起こされた。SAOに囚われている間に思い浮かべていた夢が叶い、一気に幸せ気分で夢に入っていたボクは、思いの外かなりの熟睡状態になっていたらしい。

 ボッと赤くなって恥ずかしがるボクを、キリトさんは明るい苦笑で見ていた。

 それに仕返しをするべく、ボクはキリトさんに不意打ちでキスをした。

いきなりの事で、対応も反応も出来なかったキリトさんは驚きに目を見開き、だけどボクを拒絶したりはしなかった。ボクから身を離すと、キリトさんは完全な苦笑でボクを見た。結局は仕返しが出来たのだし、ボクにとっては幸せなのだから構わない。

 その後、アスナからメールが着た。内容は明後日に九十四層ボス攻略をするから、明日に主街区で会議を開くというものだった。それに返事をしつつ、ボクはキリトさんと一緒に部屋を出る。

 リビングに人はまだいなかった。キリトさんは朝食を作りにキッチンへ行き、ボクは何も出来ないからソファに座って待つことに。

 とはいえ、考え事をするには丁度よかったのだけど。

 何せ大勢いる恋敵を抜いての行動、どうやって説明したものか判断に迷うのだ。説明も何もあったものじゃない気がするけど。

 ボクは昨夜、キリトさんとリアルの名前まで言って結婚した。それはつまり、リアルに戻っても恋仲でい続ける、という意味だ。先にキリトさんが言ってきたし、それは確実だと思う。それに本気だと理解してもらえれば、アスナ達もきっと分かってくれる筈。

 実力としては【絶剣】――――【黒の剣士】に次ぐ強さの剣士と目されているから、その意味ではオーケーだ。覚悟も、ボクは一生彼に尽くす気でいる。

 そもそもエイズ完治は彼のお陰で、彼にそのお礼を言うつもりでもあった。まさか結婚するほど惹かれるとは予想外だったけど、今のボクは彼無しではいられない。

 だから覚悟は十分にある。

 

「ふぁ……良い匂いがします。久しぶりにパパが帰ってきてくれたのですね」

「お父さんの料理、二日ぶりだから……おなかがペコペコ」

「まったく……キリトの奴、一体どこをほっつき歩いてたんだか……」

「そうだよ。キリトのリアルが何だろうと、わたし達は気にしないって言うのに……」

「まあまあ二人とも。それは何度もキリトくんに言ってるんだし、ユウキもいるからその辺に、ね?」

 

 ボクが考え事をしている間にユイちゃん達が起きてきた。なんと全員集合である。

 

「……ただいま。朝食はフルーツサンドとサラダ、オレンジジュースだ」

 

 キリトさんが七人分の朝食を用意して持ってきて、ボク達は朝食を摂ることにした。

 ユイちゃんとルイちゃんはどうしてボクがいるのか、大体の予想はついたらしい。もしかしたら限定GMアカウントでボクとキリトさんの情報を見たのかもしれないけど、拒絶されていないのなら嬉しい。実はボクが一番気にしていたのが彼女達だったからだ。それに安心したのはキリトさんも同じようで、互いに目を合わせて安堵の息をついた。

 それを訝しげに見るシノン達三人に、どうやって説明したものかなと、内心首を悩んでいると外から声が聞こえた。声の主はやはり、昨日迷宮区で別れたアスナ達全員だった。ちなみにリズや黒猫団の三人もいる。

 これを丁度いいと考えたのはキリトさんもそのようで、朝食を食べ終えた後に全員をリビングに集めた。

 殆どが不思議そうな顔をしている中、ユイちゃん、ルイちゃん、ストレア、クライン、エギル、アルゴ、ルシードにルネードは分かったらしい。得心顔でボク達を見ている。

 

「それでキリト君、私達に伝える事ってなに?」

「あー……昨夜、俺とユウキは結婚しました」

(うわぁ……一気にそれを言うのかぁ…………)

 

 キリトさんのいきなりの宣言にアスナ達はポカンとしたあと、すぐさま声を上げた。

 

「「「「「えええええええええええええええええッ?!」」」」

「それでは、これからユウキさんはママですね!」

「お母さん……なんだか嬉しい」

「母さんかぁ……二人ともアタシよりも背が低いなぁ」

「これでちったぁ落ち着くか。いやぁ肩の荷が下りてせいせいしたぜ」

「まったくだ。ここまで辿り着くのに時間が掛かりすぎだ、もうクリアまで残すところ三層だぞ」

「キー坊が……やっぱり諦めるしかなかったカ……」

「ま、一番良さ気だったのはユウキだったし、この結末は目に見えてたな」

「お二人とも。お幸せに、です」

 

 それぞれの反応を返してきた。その半分、キリトさんに惚れてた皆からはどうしてボクが結婚するまでに至ったのか、そして何がきっかけで惚れたのかを聞いてきた。

 それは他の皆も聞いてきたのだけど、実はそれはかなり単純だったりする。転生については伏せ、まず病気について軽く話した後、きっかけについて触れた。

 

「ボクとキリトさん、実は第三層攻略時から『師弟』の間柄だったんだ」

 

 《師弟クエスト》。師匠となるプレイヤーと弟子となるプレイヤーが二人でクエストをクリアすることで、二人が師弟関係となれる一風変わった第三層限定の特殊クエスト。何も恩恵は無いと思うかもしれないが、キチンとメリットはある。デメリットも当然あるけど。

 メリットは、例えパーティーを組んでレベルに差がかなりあっても、師弟関係なら経験値のレベル調整での増減がないことだ。つまり、弟子が戦わずに師匠がハイレベルMobを倒すだけでも同じ経験値がもらえるという事。

 デメリットは現時点でこの師弟関係解消法は、死別以外に確認されていない事。これはベータ版ではなかったシステムらしい。アルゴさんが言っていた。

 とにかく、心から信頼できる間柄でないと軽はずみには出来ないことなのだ。では何故ボクがこれを受けたかと言うと…………キリトさんがボクをボクとして見てくれたからだ。そして彼がとても強かったことに惹かれたというのもある。

 勿論、彼が師匠だ。師匠は《マスター》、弟子は《ピゥープル》と呼ばれるらしい。少なくともクエスト用語で。

 誰にも明かしたことがない事実をアッサリ暴露。それに今まで『師弟』と知らなかった全員が驚愕した。まあ二年近くも隠しおおせていたのだ、それをいきなり言われても驚くだけだろう。昨夜彼に言った言葉や覚悟、それらの元はこの『師弟』関係があって言えたという部分もある。

 

「「「「「二人って『師弟』だったの?!」」」」」

 

 アスナ達だけでなく、素でアルゴやエギル達も突っ込んでいた。誰にも知らせていなかったのだから驚くのも無理はない。

 とにかく、いつの間にかキリトさんと結婚していて、しかも二年近くもの長い間『師弟』の間柄ともなっていれば、もうボクと張り合おうともしなかったみたいだ。アスナ達は全員清々しいまでの苦笑を浮かべている。ボクを妬むどころか(内心少しはあるだろうけど)むしろボクとキリトさんの関係を祝福してくれた。

 彼の実の姉だと言うリーファも、キリトさんにボクのことで色々言っていた。主に、ボクを守る覚悟とか将来のこととかだ。

 それにキリトさんは真顔で全て即答していた。要約すれば『将来を見据えたお付き合いであり、ボクを守ることも支えあう事も覚悟の上』という事だ。それを聞いてボクは思わず赤面してしまった。昨夜はボクの方が積極的だったけど、真顔で間を空けずの即答でそう言われると照れてしまう。

 それを思いっきりクラインにからかわれたから、彼にはお披露目も兼ねて《マザーズ・ロザリオ》の餌食にしておいた。キリトさんも容赦なく二刀を振るっていたし問題は無いだろう。こういうデリケートな問題をからかうクラインが悪い。

 ボクとキリトさんはその後、キリトさんのホームの周囲の散歩に出かけた。キリトさんに散歩しようと誘われたからだ。

 他の皆は付いて来ずに、二人だけで周囲を歩いていく。

 ユイちゃん達を保護したらしい杉林を抜けた先、そこは一面の湖と、抜けるように青い空があった。外周部近くまで歩いて来ていたらしい。

 ボクはその光景にしばらく見入った。

 ボクは現実でも結構外に出てたし、このSAOの世界でも沢山綺麗な景色を見てきた。幻想的と思える光景だって、何度か見たこともある。だけど、今見ているものに見入ったのは、その感動が今までとは違ったからだ。

 まだかなり朝が早かったから、今見えるのは蒼穹に浮かぼうとする朝陽だった。それが空を明るくしていき、薄紫だった空を蒼くしていく。それは今まで見てきた光景でも一番ありふれたもので、でも、あまり見た事が無い光景だった。想い人のキリトさんと一緒に見ているのも、あるのかもしれない。

 

「……ユウキ」

 

 それを見続けていると、急にキリトさんがボクの名前を呼んできた。

 そちらに振り向くと、彼の手には二つの小箱が。一つは黒、もう一つが紺と藍色のコントラストの小箱。

 キリトさんはその二つの内、コントラストの小箱をボクに見えるようにして出して、そして蓋を開けた。中身はやはり想像していた、でも想像の斜め上の物だった。虹の宝石に微細な黒の結晶を散りばめ、リングは白銀の輝きを持つ。そう、結婚指輪。エンゲージリングだった。

 

「コレ、【エターナルリング】っていう指輪で、超高難易度クエスト報酬で手に入れてな…………《師弟》と《夫婦》である事っていう制限があって、俺とユウキにピッタリだと思ったんだ……今更だけど、結婚指輪……受け取ってくれるか……?」

 

 彼の精一杯の告白に、ボクは不意に泣きたくなった。嬉しくて、本当に嬉しくて。

 この際、装備制限だとかクエスト報酬だとか、性能だとかは関係ない。彼がボクに対して渡してくれる物なのだから。

 

「……はい…………!」

 

 彼がボクの答えに涙を浮かべ、ボクの左手を取った。

 左手薬指に、彼が持っている【エターナルリング】を嵌めてくれた。

 そのお返しとして、彼がまだ持っている黒い小箱を受け取って中身を出す。やはり同じ指輪を、ボクは彼の左手を取って薬指に嵌める。

お互いに指輪を嵌めて向き合い、笑いあった。それはお互いを受け入れあって信頼しあった笑い。キリトさんがやっと、本当の意味でボクを受け入れてくれた証。

 今までボクを受け入れていなかったのは、多分自分の本当の姿を出していなかった、手鏡を使っていなかったからだと思う。自分のリアルを知られれば皆が拒絶するとか、そんなふうに考えていたのだろう。

 ボクにも分かる。前世は勿論、今世も初めはエイズ患者だったから、それを知られまいとして、色々と怯えたものだ。

 つまりはそういうことなのだ。自分の秘密全てを知られた上で自分を受け入れてくれる、そういう人を求めていたのだ。

 でも知られて拒絶されるのが怖い、だから黙ってしまって、誰も受け入れられないし信頼も出来ない。彼も今まで、そんな感じだったのだ。

 でもボクは彼とほぼ同じ秘密を抱えていたし、それを受け入れた上で求婚した。この二年間、彼にアタックし続けていたのも、『師弟』にもなっていた事も大きいだろう。彼がボクの事を受け入れたからこそ、ボクは彼を受け入れられた。彼はボクを救ってくれた恩人でもあるのだし。

 

「キリトさん。絶対に一緒に生きよう。リアルに戻っても、ずっと……」

「そうだな……絶対に、約束だ」

 

 笑いあい、ボクとキリトさんは、陽光照らす中で再びキスを交わしたのだった。

 

 

 

 

 

 




 はい、キリトのヒロインはユウキでした! 最初からでしたが、さん付けだったのはこういう事だったのです。

 サブタイトルの闇は当然キリト、光はユウキです。

 しかしこれは逆にも出来ます。希望となっている光のキリト、転生者という同じ闇を抱えているユウキというように。

 タイトルの場合はもう少し違う意味が入るのですが、これはまた後ほど語る事にします、物凄いネタバレになるので。

 ちなみにユウキの方が身長数センチ高いし、精神的に取っている年齢も上ですよ。ユウキが亡くなったのは十五歳、キリトは前世で十四歳で死亡しましたから。現在同じ年になっているので二歳の差があるという訳です。ユウキは精神年齢三十歳、キリトは二十八歳という訳ですね。クラインより年上だぜ☆

 つまりはこの二人、歳と境遇が近い為に惹かれたという訳です。ユウキは原作より一年早く生まれているという事になります、原作のSAO開始二年目ともなれば凡そ亡くなる一年前ですから。

 余談ですが、リアルに結婚した人は男性の方が年下という事が多いらしいですよ。どうでも良かったか。


 まぁ、ユウキの場合は未来を生きられるようにしてくれた事もあるでしょうし、剣の弟子になった事もあると思います。

 この《師弟》関係は、実はちょっと前から暗喩しています。第七十四層辺りのユウキ視点、あの時などにチラッとそれらしい事を呟いているのです。キリトがユウキと目を合わせたのも、何気に《師弟》という関係を気に入っていたからです。

 凄く分かり辛かったと思いますが、わざとです☆(笑)

 どうして描写しなかったのかというと、書くとヒロインって丸わかりになると面白くないなと思ったからです。だって誰か分かったら、他の子と話して惚れさせているキリトが悪いように思えるでしょう? タグでもヒロインについて言及していないのはそのためという事もあります。

 多分皆さんはユウキの他に妖精リーファ、シノン、フィリア、シリカ、リズベット、そして大穴のアルゴ辺りでちょっと悩んだんじゃないかと思います。

 恐らくアスナは除外されていると思います、彼女との絡みは第一層以来ほぼありませんからね、《圏内事件》も描写していませんから。サチも同様でしょう。

 この二人以外は誰がキリトのヒロインになってもおかしくないよう、ちょっとずつ調節しながら書き上げました。まぁ、もしかすると即バレだったかも知れませんが(笑)

 案外リズベットで迷った人は多いのではないでしょうか? 共に剣を鍛えた、心に誓ったという辺りで彼女は他より特別な扱いになりましたし、キリトに対して真っ向から告白しています。更にはそれでキリトも赤面しましたし、本音を吐露していますのでとても特別扱いになりました。

 しかしキリトはユウキを選びました。過去にお互い大切な人を失った者であると同時、惹かれ合ったという部分が気付かない内に最たる理由となっています。その次に同じ境遇、すなわち転生者である事です。この二つはリズベットには無く、それでユウキが勝っちゃいました。

 展開上の都合もあります。

 グリームアイズ戦のユウキ視点で、彼女の過去を描写しています。あそこにあった彼女の心情は殆どが恐怖心です。その恐怖心は、実はまだ拭い切れていません。そこが今後のキーポイントになるでしょう。

 さて、ユウキを生涯の伴侶として選んだキリトですが、実はこれから更に苦しむ事になっていきます。逃れる事は絶対不可能です。何故ならそれが定めだから。

 しかし、そんな定めにあるキリトにも一時の安息はあります。


 という訳で次回予告です。


 ユウキと結ばれて知らなかった幸せを得たキリトだったが、足繁くSAO三大美女が通い、更には結婚の口止めも忘れたせいで一時避難する事になってしまった。

 避難先は第一層始まりの街。そこにはデスゲームを生き抜くには幼過ぎる子供達を保護する施設があり、キリトはそこの顔馴染みであった。


 次話、第二十八話 ~幸せな一時と罪の影~

 お楽しみに!








 ……ちなみに、最後の指輪を嵌める所の光景は物凄い後から重要になってきます。


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