ソードアート・オンライン ~闇と光の交叉~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 タイトル通りですね。基本的にこの頃に書いたお話はタイトルから内容が分かります。

 しかし、所々原作と違い、その違いから後に発展させていくのが私の小説なので、読んだ覚えを残しておくと少しだけ内容が入りやすくなります。

 ちなみに今話は宿に泊まるまで。ついでにシリカ視点です。キリトの容姿は原作と同じにしているのでシリカの印象は余り変わらず、よって会話の違い以外はほぼ原作と同じですね。

 ではどうぞ。ピナが散ってしまってからです。


第九章 ~竜姫と【黒の剣士】~

                  第九章  

              ~竜姫と【黒の剣士】~

 

2024年 1月21日

「あ、あああ……ぴ、な……!」

 

 あたしは深く後悔していた。死と隣り合わせのこの世界で、慢心や驕りがすぐ己の死に直結すると、ずっと前から知っていた筈なのに。

 でも、あたしのせいで大切な仲間、使い魔の《ピナ》を死なせてしまった。

 リアルで飼っている猫と似ているモンスター。《フェザーリドラ》という種族名で、水色の羽毛に身を包み、尻尾は二股の羽になっている、小型のモンスター。ずっと、一緒に生きてきた、大切な仲間。

 あたしのせいで、あたしが弱いから、あたしを庇って死んでしまった。本来、単純なアルゴリズムで動く使い魔が、主人を守る為に身代わりになる行動をする筈は無い。でも、あたしを庇うピナの行動は、そんな理屈なんて関係ないもの――――【心】を感じさせるものだった。

 あたしを庇って、その命を表す数値がゼロになり、その小さな体躯を光と蒼い欠片に変えて、この世界から消え去ったピナ。一枚の小さな水色の羽根が落ちる。

 あたしの前には、五匹の《ドランクエイプ》。大きなゴリラが棍棒を持った感じの見た目のモンスター。あたしのHPは危険域、対して五匹のモンスターは全て七割残っている。最早覆しようが無い、絶望的な現実。

 あたしは最期の時を待つべく、目を固く瞑る。と――――

 

 

 

 ガシャァァァァン……!

 

 

 

 複数の破砕音が一気に重なって聞こえた。あたしはまだ死んでいない、ならば目の前にいた五匹の《ドランクエイプ》の音。しかし誰が倒したのだろう?

 あたしが目を開いて前を向くと、一人の男が数メートル先で立って、こちらを見ていた。

 不思議な印象の男だった。漆黒のロングコートで金属鎧は一切無く、少し長い前髪が表情を見えにくくする。武器は漆黒の片手剣一本で、盾も無い。見た目では自分とそう歳は変わらないように見えるが、鋭い双眸が年齢の判別を惑わせる。少年なのか青年なのか、よく分からない男だった。

 男が黒の片手剣を背中の鞘に、パチンと音を立ててしまい、口を開く。

 

「……仲間、助けられなくて悪かった」

「え、う……あ、ああ……」

 

 そう言われ、再び涙が溢れてきた。大粒の涙がとめどなく流れて言っては、光る粒子となって消える。それを男は、黙って見ていた。あたしは涙声で聞く。

 

「グスッ……ど、どうして、行かないんですか?」

「こんなとこで、HPが危険域に入ってるやつを見捨てて行けるか。それと……その羽根、もしも【心】アイテムなら、使い魔の蘇生ができる」

「……――――本当ですかっ?!」

「ぅおわ?!」

 

 一瞬思考が停止し、言われた事の意味を理解した直後、男に詰め寄って聞く。男は驚愕の表情で後ろに下がった。

 それに申し訳なく思い、足元の羽根を拾う。アイテム名は【ピナの心】。この男の言う【心】アイテムなのだろう。男に見せると、男は小さく頷く。

 

「四十七層に、使い魔を蘇生できるアイテムがあるらしいんだ。生憎、本人が行かないとアイテムが手に入らないらしいけど。しかも、使い魔が死んで三日経つと、【心】アイテムが【形見】アイテムになって蘇生できなくなる。今日から三日以内が勝負ってことだ」

「そう、なんですか……でも、行くにしてもマージンが……」

「三十五層にいたのなら、大体45レベ前後か? ……確かに危険だな」

 

 そう、あたしのレベルは現在44。デスゲームとなったアインクラッドで、大体階層+10レベが安全マージンとされている。つまりあたしが四十九層に行くにはレベルが圧倒的に不足している。たった二日でレベルを10以上上げるのは無理だ。

 元のゲームであったSAOなら、階層と同数で良かったらしいが、今はデスゲームなのだ。安全を期して、階層+10は最低限欲しい。大体そのくらいなら、堅実にやっていればレベルは上がる。

 男があたしに回復結晶を使ってくれた後、草を踏みしめる足音が聞こえた。

 

「…………ここで落ち込んでても仕方ない。とっとと主街区に――――」

「すみません……今、この層の主街区に戻りたくないんです」

 

 あたしは彼の提案を拒絶した。あたしは元々、この迷いの森にはあるパーティーと来ていたのだ。そこにいたもう一人の女性と、回復アイテムの分配で揉め、あたしはそれでパーティーを抜けたのだ。自分はパーティーに誘ってくれる人たちがいると、驕っていた。それが今回の事態を招いた。

 その女性もだが、そのパーティーの人たちに会いたくはない。だからこれはあたしの我侭なのだ。

 しかし、男はそれを真面目に取り、少し困った風に頭をガリガリ掻いた。

 

「……ハァ。なら、俺の知り合いがいる四十八層の【リンダース】に行くか。丁度行かなきゃならなかったし」

「知り合い、ですか?」

「ああ。《リズベット》っていう女の子がやってる鍛冶屋だ。あそこは俺の知り合いの溜まり場だから、相談に乗ってくれる。今は……午後五時か。丁度いいかな」

「えっと……?」

 

 あたしは何が何だか分からず呆然としていると、男が左手でいきなり腕を掴んできた。更に男は右手で道に迷わないようにするためのマップを頼りに歩き出し、ものの数分で敵に遭遇しないで迷いの森を抜けた。《索敵》スキルも相当高いらしい。

 男がマップを仕舞った後、その手には転移結晶が握られていた。あまりに早い行動に反応できずにいると、男は転移結晶を掲げてコマンドを唱えた。

 

「転移! 【リンダース】!」

 

 あたしは男と一緒に転移し、気付けば石畳の主街区にいた。周りを見渡せば、程良く自然が見える。なんと小さな川まである。

 あたしは男に腕を引っ張られたまま連れて行かれる。突然の行動ばかりで、反応が出来ない。しかしあたしの事を気にかけているようで、時折こちらを肩越しに見てくる。見た目と行動は怖い印象だが、根は優しいのかもしれない。

 何かメニューを開いてパネルを叩いているのを見るに、誰かにメールをしているようだった。

 よくタイプしながら歩けるなと思いながら暫く歩くと、一つの店の前で止まった。水車小屋の鍛冶店らしい、ゴットン、ゴットンと、一定のリズムを水車が鳴らしている。男はその店にあたしを引き連れて入った。

 

「いらっしゃいませー! リズベット武具店へようこそ!」

 

 入った途端、正面のカウンターから景気の良い挨拶が聞こえた。声の主はヘビーピンクのショートヘアにちょっとあるそばかす。真紅のスカートやブレザーに純白のフリルエプロンを着た女性だった。この人が《リズベット》さんなのだろう。

 

「って、なんだ。キリトじゃない」

「あのな、客に向かって『なんだ』はないだろ。まぁ、今回はいいか。ちょっとわけありでこの子をな……」

「ん? そういえば見ない子ね……何? あんた、アスナ、リーファ、ユウキというSAO三大美女をさしおいて、その子に惚れたの?」

「違う……まったく、どうして俺の周りの女はこんなんばっかりなんだ……言ったろ、わけありって」

 

 女店主の言葉に大きく溜息を吐き、あたしを示しながら言う。なんだか、普段から苦労している人らしい。

 

「あーそう言えばそうだったわね。で? その子の名前は?」

「あ。そういえばお互いの名前言ってない……」

「言っときなさいよ……微妙に肝心なとこで抜けてるわねぇ……」

 

 あたしも、あ。と思った。いつの間にか気を許していたらしく、名前を聞いていないことに気付かなかった。もしこの人が危険な人だったら、あたしは今頃大変な事になっていたのではないだろうか。

 女性は頭に手をやって頭を振った。やれやれ、と溜息を吐いている。それから二人はあたしに向き直った。

 

「悪かった。俺はキリトだ、よろしく」

「あたしはリズベットよ。これでも、攻略組御用達の鍛冶師をしてるわ」

「あ、あたしはシリカって言います。えっと……助けていただいて、ありがとうございました」

「ああ……さて、そろそろ来る頃合か」

 

 キリトさんが謎の言葉を言った直後、店に数人が入ってきた。

 純白の軽鎧に赤いスカートの騎士服、腰には薄蒼い鍔を持つ細剣を装備した、長い栗色の髪を持つ女性。

 全体的に薄翠を基調としたシャツに純白の胸当てをした黒髪の少女。

 深い紺色の長髪に黒の胸当て、紫を基調としたクロークを着る少女。

 あたしはその三人を知っていた。なぜなら、【SAO三大美女】と言われる三人だからである。高嶺の花とも言われており、高潔な精神と尋常ではない腕前の女剣士達。プロポーズされた回数は数えられないほどあるとか。 

 その三人が揃って《血盟騎士団》にいるのも知っていた。一時期、団長だったヒースクリフが茅場晶彦であったという話で騒然となり、その際、話でなぜか取り上げられていたのだ。その以前から人気はあったが。

 その三人がここに来るのは攻略組御用達だからか、でも現団長と二人の副団長が、どうして揃って迷宮区ではなく主街区に来るのか。その疑問は、次の《血盟騎士団》団長の女性の一言によって氷解した。

 

「それで、メールにあったビーストテイマーの女の子って、その子のこと?」

「ああ、そうだ。シリカというそうだ。シリカ、こっちの騎士服の女が【閃光】アスナ。隣の短い黒髪が【閃風】リーファ。紺色の長髪が【絶剣】ユウキ……まぁ、聞いたことくらいはあるだろ。俺とは違う意味でかなり有名だからな」

「ちょっと……その紹介はどうかと思うんだけど、キリトくん?」

「そうだよ。流石にもうちょっと言いようがあるでしょ、キリトさん」

 

 二人の少女が頬を膨らまして抗議し、アスナさんは苦笑している。キリトさんの紹介は確かに酷い気がする。というか、何気に自分を貶している辺り、自分の事が嫌いなのだろうか。

 

「いいだろ、要点が掴めれば良いんだから。それで、三人を呼んだ用件だが――――」

 

 キリトさんはあたしに断りをいれ、アスナさん達三人とリズベットさんに、あたしの事を話し始めた。あたしの使い魔が死に、その蘇生アイテムを手に入れるために協力して欲しいという内容だった。

 

「えっと……四十七層なんだから、キリト君は余裕でしょ? 今の最前線が六十五層なんだし」

「一応の保険だ。過剰戦力だとは思うが……最近物騒だからな。特に殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》や一部のオレンジギルドがな」

 

 殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。死ねば現実でも死ぬこの世界で、率先して殺しをする狂った連中の集まりのことだ。オレンジギルドも恐喝や盗み、殺人をするが、《笑う棺桶》は更に性質が悪いらしい。その辺の情報はあまり入ってこないのだ。

 ただ、噂によれば何故か壊滅したらしい。それでもリーダーの《PoH》や幹部数人は生き延びているらしいけれど。

 

「ああ……確かに、最近活発だよね」

「うん。ボクは見たことは無いけど、それでも、噂は聞くよ」

「キリト君はそれを懸念してるの?」

「ああ……俺は一度、仲間の何人かを死なせてるからな。あと、使い魔を蘇生させる【プネウマの花】っていうアイテムはレアで狙われやすいんだ。それでシリカが狙われる可能性は極めて高い。三人には、その護衛を頼みたいんだ」

「それはいいけど……さすがに過保護過ぎない? キリトくん」

「俺もそれは思ってるんだがな……嫌な予感がするんだよ」

 

 そう言って顔を顰めるキリトさん。その瞳は、今は暗い闇を湛えている。一体何があり、何を考えているのか。

 

「う~ん……キリト君がそう感じるならそうなんだろうね。キリト君の勘、もの凄く当たるし」

「今日はちょっと無理だけど、明日ならオッケーだよ」

「そうか。シリカもそれでいいか?」

「え? あ、はい! よろしくお願いします!」

「いいよいいよ。ボク達にドンと任せて、大船に乗ったつもりでいてよ! 迷宮区以外を歩くのも良いしね!」

 

 三人は朗らかに笑って話した後、仕事があるからと言って帰っていった。元からここにくる予定だったらしい。

 

「さて……リズ、今日は邪魔したな」

「いや、それはいいけどさ……シリカだっけ? 気をつけなさいよ」

 

 リズベットさんがあたしに顔を近づけて言ってくる。その顔は少し真剣だった。

 

「キリトだけど……ちょっと良くない噂があるから」

「噂ですか?」

「そう。完全天然な女殺しってのもあるけど……なんでも《笑う棺桶》と何か繋がりがあるって言われてるのよ」

「ッ?! 《笑う棺桶》とですか?!」

「確証は無いけどね。とにかく、アスナ達を基本頼りなさい?」

「はい……」

 

 正直ショックだ。この人は攻略組の一人なのだろうけど、何故《笑う棺桶》と繋がりがあるのだろう? あたしを助けたのはどうして……?

 あたしはだんだんわけが分からなくなってきた。考えるほど深みに嵌って行ってる気がする。

 その後、あたしとキリトさんは鍛冶屋を出て、四十七層の主街区【フローリア】へ転移した。一面花畑で綺麗である。

 

「ここは通称、フラワーガーデンって呼ばれてるらしい。一面綺麗な花畑ってことだな」

「そうなんですか……凄い……!」

 

 あたしは花畑を眺める。色とりどりの花に、夕陽の茜色が加わって幻想的に見える。優美さの景観に、どこか寂しさを内包しているのも、胸にグッと来て、強い感動が来る。それはキリトさんへのお礼の言葉になった。

 

「キリトさん、ありがとうございます。今日は色々としていただいて」

「いや……人を助けるのは当然の事だ、シリカが気に病む必要は無いよ」

「それでも、です。あたしはキリトさんに命を――――」

「あらぁ? そこにいるのって、もしかしなくてもシリカちゃんじゃない?」

 

 あたしの言葉を遮る形で乱入してきた女性の声。この声は――――

 

「……ロザリアさん」

 

 赤いウェーブのかかった髪を伸ばし、光沢がある黒の軽鎧を装備し、十字槍使いの女性、ロザリアさんだった。彼女と喧嘩したことで、あたしは森で迷ったのだ。

 

「ちゃんと生きて出られたのね……ところで、あの水色のトカゲが見えないようだけど……もしかして……」

 

 そう言って口を歪めるロザリア。使い魔は主人から離れないしストレージにも入れられない。主人の周りにいないということは死んでしまったという事、それを知ってる筈なのに、この人は……!

 

「ピナは死にました……でも、必ず生き返らせます!」

「! ……なるほど、だからこの層にいるのね。でも、シリカのレベルで大丈夫なの?」

「俺も一緒に行く、シリカだけじゃない。それに、あそこは難しい所じゃないしな」

 

 キリトさんがロザリアさんの視線から、庇う形であたしの前に立った。その背中は意外に大きくて、まるでお兄ちゃんのようだった。あたしに兄弟姉妹はいないけど。

 ロザリアさんはキリトさんを上から下までじっくりと眺め、やがて嘲笑を浮かべた。反応は違うけど、あたしと概ね同じ結論になったのだろう。

 

「アンタ、見たとこ強そうには見えないけど。何、アンタ、その子に体で誑しこまれちゃったクチ?」

「……! この人とはそんな関係じゃありません!」

「ハァ……行こう、シリカ」

 

 キリトさんはそう言ってあたしを宿屋に案内した。ロザリアさんはパーティーメンバーがどこにいるのか、転移門を使って転移した。

 そのまま宿屋に入って夕食を摂ることに。

 あたしに先に席に座って置くように言ったあと、少ししてからNPCが料理とパン、一杯のコップを持ってきた。しかしまだ何も注文していないのに、何故来たのか。答えはキリトさんだった。

 

「NPCレストランとか宿屋って自作料理やボトルの持ち込みが出来るんだ。俺が作ったビーフシチュー、コッペパン、一杯飲むごとに敏捷値が一上がるルビー・イコールっていうボトルだ。《料理》スキルは『完全習得』してるから、味は保証する」

「そ、そんな貴重な物をあたしなんかに……」

「ボトルを寝かせてても味が良くなるわけでも無し。誰かと飯を食うのは……三ヶ月ぶりだからな。こういう時にでも開けないと飲まないし、気にするな」

 

 キリトさんはそう言って、薄ら赤い液体が入ったコップを持って向けてきた。乾杯をするつもりらしいので、あたしもコップを持って向け、カチンと鳴らす。

 

「ピナ蘇生を願って。頑張ろう」

「はい!」

 

 そのままコップに口をつけて液体を飲む。薄ら赤い飲み物は、昔、少しだけ父親が飲ませてくれたホットワインのようで、芳醇な甘さと仄かな酸味、そして特有の渋さが口の中に広がる。美味しい、と素直に思えた。

 続けてパンをビーフシチューにつけて食べる。パンは柔らかくてフワフワ、シチューは肉と野菜の味が完全に染み込んでいて、思わずがっついてしまう。今まで生きてきて、ここまでの美味しい料理は食べた事が無かった。

 生きていて良かった……と本気で思えた。死んでしまったら二度と味わえないし、リアルで飼ってる猫のピナや父親に母親、学校で仲が良かった友達とも逢えなくなる。もう二度と驕ったり過信したり、向こう見ずな行動はしない、と心に固く誓う。

 その上で彼を見た。

 キリトさんは根は悪くない人なんだと思う。でも、どうしてあたしをわざわざ助けようとするのか。本当に《笑う棺桶》と繋がっているのか。ならそれはどうしてなのか。

 分からない。この人の何もかもが分からない。

 三大美女と言われてるアスナさん達と仲が良いみたいだから、少なくとも、結構前から攻略組にいるんだとは思う。でも、分かってるのはそれだけ。あたしを手助けしようとする理由にはならないし、そもそも、これは自分の推測に過ぎない。

 命を助ける部分はまだ分かる。あたしだって、同じ場面に遭遇すれば同じ行動をする。でも、死んだ使い魔蘇生のために動くか、と聞かれれば快諾は出来ない。そもそも、『うまい話には裏がある』と言うのがアインクラッドの常識だ。

 

「キリトさん。どうしてあたしを助けてくれたんですか?」

「っ?! ゴホッゴホ?!」

 

 今更な気もするが、それは当然の疑問。

 だから分からなかった。目の前にいる黒ずくめの彼が、どうして咽たのか。

 

「えっと……大丈夫ですか?」

「ゴホッ……あ、ああ。えっと、理由だったか? …………マンガとかアニメじゃあるまいしなぁ……笑わないって約束するなら、言う」

「笑いません」

 

 あたしは即答した。キリトさんは頬を赤くし、視線を度々ずらし、額に手をやった。そして口を開く。

 

「…………シリカが……どこか、義理の妹に……似てたから」

 

 色々予想していた答えと完全に違い、一瞬呆けた後、思わず笑いが込み上げてくる。口元を手で押さえて堪えようとするも、一度嵌ってしまって中々収まらない。

 

「ごめんなさい、つい……フ、フフ……!」

「……笑わないって言ったのに…………」

 

 彼はショボン……と項垂れて、もそもそとパンを食べる。なんだか彼が兎みたいに見えて、かわいいと思った。表情があまり変わらないから年上かと思っていたが、もしかしたら年下なのかもしれない。

 そう考えると、彼に対する恐怖心が薄れてくるから不思議だ。

 彼に持ったその感情のお陰か、今度出てきた笑いは穏やかなものだった。彼が顔を上げて見て来た。

 

「……ようやく笑ったな」

「……え?」

「シリカはずっと暗い雰囲気しか出してなかったからな。どうやったら笑うかなとか考えてて……まぁ、これで笑ってくれたなら、結果オーライ、かな……?」

 

 キリトさんは少し項垂れながら言う。あたしの為に冗談を言ったのかと、再度警戒しかけるけど、理由は本当らしい。その心遣いに感謝を覚える。この人と会えてよかったと思え、その原因になった出来事を思い出した。つい顔を顰めてしまう。

 

「…………どうして、あんな事を言うのかな……」

「シリカは、大規模なMMOとかは……」

「このSAOが初めてです」

「そうか……どんなゲームでも、それが自分の分身……偽者や作り物、いわゆる『リアルとは違う自分』になると人格が変わるやつは多い。善人と悪人との差とかが良い例かもしれない。それを、普通のゲームなら『ロールプレイ』と言っていたけど……この《SAO》に限っては、それは無いと思う」

 

 キリトさんは一瞬顔を思いっきり顰め、テーブルに置いてる両手を強く握った。

 

「今はこんなデスゲーム、異常な状況だ。そりゃ、『皆で一致団結して、仲良く百層クリアを目指しましょう』なんて、甘い幻想を実現出来ないなんて分かってる。でも……盗みを働く、他人の不幸を喜ぶ――――人を殺すヤツが多すぎる」

 

 あたしはキリトさんの目を見た。彼の瞳は深い闇が映っていた。この人には、その瞳の闇を持つような何かがあったのだろう。それが一体なんなのかはわからないし、聞かないほうが良いと思った。

 

「俺は、ここで悪事を働く事は、それがどんな理由だとしても犯罪だと思ってるし、現実でも性根が腐ってる最低なヤツだとも思ってる」

 

 苦しそうに、しかし吐き捨てて言う。思わず気圧されてしまい、それに気付いたキリトさんが自嘲の笑みを浮かべ、すまないと謝った。

 

「……本当はな、俺だって人のことは言えない。守るためとはいえ、俺は人を殺してる。仲間だって守れなかった。人助けをしようとして……このザマだ…………」

 

 あたしは、この人が深い懊悩と……何か辛いものを背負って生きている事を、おぼろげながら悟った。深い悔恨の念に追われている彼に、慰めの言葉や気の利いた言葉をかけたかったが、悲しいかな、中一までしか勉強してない上、読書をあまりしなかったから、自分の貧弱な語彙力では何も浮かばなかった。

 だからあたしは、その事自体にではなく、彼がしたことを言う事にした。彼の両手を自分の両手で包み込み、彼の眼を見て言う。

 

「少なくとも、キリトさんはいい人です。助けてくれた上に、ピナも助けてくれようと手伝ってくれるんですから」

 

 キリトさんは一瞬驚き、身を引こうとした。しかしあたしはそれを許さない。

 

「キリトさん、過去を省みるのは大切な事です。でも、過去を引き摺って今を手放したり、自分を悪し様に言うのは良くないです」

「…………あいつらにも、同じことを言われてる。けど……いや、そうだな……ありがとう、俺が慰められたな」

 

 そう言って穏やかに微苦笑するキリトさん。それを見た途端、胸の奥がズキン、と疼き、心臓の鼓動が速くなる。顔が赤くなっていくのが分かった。

 慌てて彼から両手を離し、それを自分の胸に持ってくる。それを見たキリトさんは慌てている。

 

「ど、どうかしたのか……?」

「い、いえ! なんでもないんです!」

 

 テーブル越しに身を乗り出してくるキリトさんに、慌てて笑顔を作り、首を横にぶんぶんと振って応える。

 その後、この宿で一泊して明日直接行こう、という話になった。ほぼ同時に部屋を取ったせいか、あたしとキリトさんは部屋が隣になった。

 まだ寝るには若干早かったので、今はキリトさんが取った部屋で明日の予定を聞いている。

 

「えっとだな。基本、戦闘はシリカ一人でやる。モンスターが複数来たり、シリカが危険だと判断したら、アスナ達が突っ込む。俺は基本は手出しはしない。周囲の警戒は俺がするから、そこは安心して欲しい。とはいえ、油断は禁物だけどな」

「はい……でも、あたしの攻撃で、まともにダメージ入るでしょうか?」

「そこはこれらで補おう」

 

 キリトさんはメニューを操作すると、あたしにトレードウィンドウを出してきた。ウィンドウのトレード欄には【イーボン・ダガー】【シルバースレッド・アーマー】【シルバースレッド・コート】【竜巫女の首飾り】……他にもあり、合計七個のアイテムが表示されている。驚くべき事に、全てのアイテムランクが14ランクだった。

 アイテムにはランクがあり、全部で20ランクある。5階層毎にランクが1上がるという理屈らしい。つまり、このアイテム群は七十層あたりの高ランクアイテムなのだ。性能的にも装備は出来るものばかり。

 

「これで10~20レベは底上げできる。少なくとも、この層のモンスターに能力で遅れは取らないだろ」

「えっと、いいんですか? こんなにレアアイテムばかり」

「構わない。というか、それら全部売ろうと思ってただけだし、ダガーはともかく、体防具にいたっては女性専用だから俺は装備できない。だから気にする必要は無い」

「そうですか……こういうアイテムって、一体どこで入手するんですか?」

「最前線の討伐クエストや宝箱、生産クエストで貰える。一度最前線の街の生産クエストでもしてみればどうだ? スキル無しでも出来るのは多いから、経験値やアイテム稼ぎに丁度良いぞ。なんなら今度案内する」

「そうなんですか……機会があれば行ってみますから、その際はお願いします」

 

 キリトさんはアイテムのお返しとして渡そうとした、あたしの全財産のコルを受け取ってくれなかった。代わりに、「感謝なら、ピナと一緒に攻略組に入ることで返してくれないか?」と笑われながら言われた。でも、あたしは完全にその気で、絶対に攻略組に入ると固く決意した。

 その後、ダガーの連続攻撃の練習をキリトさんに指導してもらい、四十七層の目的地である《思い出の丘》というところの説明を聞くことに。

 丸テーブルに丸い水晶を出して置き、それを軽くタップすると、水晶は淡い輝きを放ち、宙に立体ホログラフを浮かび上がらせた。キリトさんはそれをタップ、クリックして四十七層の立体地図を出した。

 

「きれい……」

「【ミラージュ・スフィア】って言う、レアアイテムだ。ユニーククエストで手に入れたんだよ。マップデータがあるとこは立体的に見れる」

 

 その後、所々指で示しながら説明してくれた。

 

「……ここが主街区で、ここからが《思い出の丘》な。目的のアイテムを得るには最奥まで行く必要があるから、ここの橋からこの道を真っ直ぐ行って――――」

 

 キリトさんの穏やかな声が部屋に満ちる。なんだか無性に幸福を感じ、それを自分の生とともに噛み締める。

 

「それで、アイテムを手に入れてピナを生き返らせるのも良いけど……帰りを徒歩にして、シリカのレベル上げをしよう。ピナはその後で生き返らせれば良い、帰りに死なれるのは流石に嫌だからな」

「あ、はい」

「んじゃ、帰りは行きと同じ道で……あとは……ああ、そうそう。アイテムが手に入る直前に丘を登るんだけど、そこからエンカウント率が凄いらしい。気を付けてくれ」

「はい! ……? どうしたんですか?」

 

 キリトさんが不意にドアの方を睨んだので、あたしはわけが分からず聞いた。

 キリトさんはしばらくの間睨み続け、やがて溜息と共に鋭い目つきを穏やかなものに戻した。

 

「……いや。俺はちょっとこれからメールを打つから、少し待っててくれ」

 

 メールを打ち出した彼の後ろ――ベッドであたしは丸くなった。キリトさんの後姿は、昔、旧式のパソコンに向かい、難しい顔でキーを叩いていたフリーのルポライターである父親を想起させた。シリカはその父親の後姿を眺めるのが好きだった。

 懐かしい家族を思う、その温もりを感じ、シリカはいつの間にか目を閉じた。

 

       

 

 

 

 




 はい、原作シリカ視点と割と近い第九章でした。ただちゃっかりキリトが手を握って強引に案内したり、一足早くリズベット武具店に向かってたり、アスナ達と対面して一緒に花を取りに行くようになったりと、出来るだけ他のキャラも交えようとした結果、こうなっています。

 裏話ですが、リズベットから来いと言われていたからキリトはあそこへ行く予定があり、キリトが来るからアスナ達も来る予定があったという設定があります。所謂仲人というやつですね、リズベットは。

 アスナ達が受け取ったメールは、リンダースの街へ転移した後、シリカを案内しながら打っていたアレです。ちょろっと一文だけ書いています。

 さて、今回は一気に文字数が一万を突破しました。原作でも心情描写が多かったお話は文字数が一気にドンと増えていき、多少読み応えが増すと思います。

 次話は《プネウマの花》を取りに行くお話です。色々とあるので、楽しんで頂ければ幸いです。

 では!

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