ALDNOAH.ZERO -Earth At Our Backs- 作:神倉棐
自分にとって処女作となる本作品につきましては長らく未完の状態ではありましたが、突然ではありますが連載再開と現在構想中の作品の実験の為にも一度内容の修正と改善の為に一部改稿させて頂きました。
今後とも一層のご愛顧を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
2/1 「避難勧告発令」
【日本 新芦原市 11月19日 7時2分】
〈Japan Sinawara city 0702hrs. Nov 19, 2014〉
「新芦原事件」より一夜が明けた11月19日、その早朝に流れた朝のニュース番組では「ソレ」は速報として放送開始から延々と垂れ流され続けていた。
《緊急速報です。本日0時、ヴァース火星騎士が休戦協定を一方的に破棄、衛星軌道上にいた37の火星騎士揚陸城の内7つが降下、侵攻を開始しました。繰り返します。ヴァース火星騎士が休戦協定を一方的に破棄、侵攻を開始しました》
「……カズ兄の予想通りになったな」
「ナオお兄ちゃんどうしよう、どうしたら良いの⁉︎」
ユキが昨日からの待機命令でいない上に、一帆は行方不明──伊奈帆は何処にいるか知っているが──で精神的に弱っていたソラが不安と動揺に揺れる。韻子も一緒に居た時には比較的まだしゃんとしていた彼女だったが、やはり1人になるとそうも言ってはいられないらしい。今でこそ真面目で明るく活発な印象の彼女だが本来の、それこそユキと伊奈帆が一帆やソラと一緒に生活し出した幼稚園・小学校の頃の彼女の性格は真面目でこそあるが他者との触れ合いが苦手で暗く内向的かつ消極的であり、それが改善されたのは本人が「変わりたい」と強く思った*1こととそれを根気よく支え続けたユキと一帆の努力の賜物である。
───なのに地の部分が出てきてるってことはそれだけソラが精神的に不安定で混乱してるってことだ
ただそれでも彼女の精神面が今回のように混乱した場合は彼女本来の地── 暗く内向的かつ消極的な部分が出てきてしまう。そんなソラに対し、伊奈帆は彼女を落ち着かせるべくその肩を両手で掴んで目を合わせた。
「落ち着いてソラ、今すぐ必要最低限の物だけ鞄に詰めて避難準備をしよう。カズ兄とユキ姉の分も準備しなきゃいけないし……あとユキ姉とソラは下着とかは多めに持っていく事、良いね?」
「え?う、うん分かった」
今回は切実な理由──長引きそうな戦争と今いない一帆のせい──があるから言っているが「下着を多めに」とか普段そんな事を絶対に言わない伊奈帆にそんな事を言われてソラの目が点になる。
───必要なことだったとはいえ少し恥ずかしいしソラからなんか視線を向けられてるけど全て無視だ。……あとで絶対カズ兄に愚痴ろう、うん、こんな事をさせたカズ兄にはそれを聞く義務がある
多少伊奈帆が恥ずかしい目にはあったもののおかげてすっかり落ち着きを取り戻したソラは自分の分とユキ姉の分の準備を始め、伊奈帆も自分の分と一帆に頼まれた物を鞄に入れ始める。
「はぁ…………」
思わず漏れたため息の原因は7が火星、3が一帆だ。火星の問題も一帆の問題もどちらも正直簡単には解決しない、だが伊奈帆にとって火星よりも一帆が抱えている問題の方がずっと、遥かに重い。
「まあ、カズ兄にだけ背負わせるつもりなんてないけどね」
伊奈帆は鞄を閉じつつそう呟く。伊奈帆から見て一帆はやはり不思議な人物なのだ。悪運というかとにかく運が強いのもあるが、伊奈帆やソラより1つ年上でユキより5つも年下なのに下手な歳上よりも大人びている。だから一帆はいつもユキの傍で、時にはユキの前に出て伊奈帆達を守ってくれた。伊奈帆達を家族として愛してくれた。でもだからこそ伊奈帆達は知っている、一帆は1人で全てを抱え込んでしまう。大変な事も辛い事も全て。
───だから僕は、僕達ユキ姉とソラは決めたんだ。カズ兄がまた抱え込んだ時は絶対に手を貸そうって
それはもしかしたらお節介かもしれない、余計なお世話なのかもしれない。でも伊奈帆だって一帆を
そして午後、この新芦原市に避難勧告が発令された。
【日本 新芦原市 11月19日 13時24分】
〈Japan Sinawara city 1324hrs. Nov 19, 2014〉
午後、伊奈帆とソラは家の前にいた。韻子からの電話によると一帆のいない生徒会の役員達は一時的に軍の指揮下に入って新芦原市防衛軍基地に集合、避難用の輸送バスのピストン運行の手伝いに出ているそうでついでにここから1番近いバス乗り場と時刻表についつも韻子に教えて貰った。
「さて、行こうか」
「うん、ナオお兄ちゃん」
スタスタと2人は歩く、バス乗り場はここから5分程行った先にある広場であり昔はよく一帆やユキ、ソラ、韻子達と遊んだ思い出の場所でもある。そこに伊奈帆の携帯にユキからの着信が着た。
「もしもし、ユキ姉」
《もしもしナオ君、ちゃんとソラちゃんと避難してる?》
「ちゃんとしてるよユキ姉、ソラと一緒に今近くの乗り場に向かってる。一応カズ兄とユキ姉の荷物も最低限だけど用意して来た」
《ナオ君ありがとう、気が回るわね》
「前にカズ兄がくれた「万が一火星が戦争を仕掛けてきた場合のガイドライン〜皇族暗殺編〜」ってのに書いてあった通りにしただけだよ」
《どんな予想よ⁉︎確かにそうなったけど……普通予想出来ないわよ》
「他にも「外交が噛み合わなかった時編」とか「火星騎士が独断で侵攻して来た時編」「万が一もないだろうけど地球から吹っ掛けた時編」なんかもあったよ。……全部で辞書2冊分位」
《私より若いのに未来を憂い過ぎだよっ⁉︎…カズ君……》
───うん、僕もそう思う。
一帆本人は自覚してないが下手したらユキよりブラコンだしシスコンなのだ。ちなみにその一端に触れてしまった
「ところでユキ姉はどうしてる?」
《私は相変わらず今も待機中、だけど今東京が火星の攻撃を受けてるらしいからこれからどうなるかは分からないわ》
携帯のスピーカーからはユキの声の他に誰かしらない人の指揮する声やカタフラクト用の輸送車の駆動音が聞こえるので今基地の連邦軍は火星カタフラクト迎撃態勢を整えているようだ。本来ユキだって今伊奈帆達に電話を掛ける時間なんてない筈なのだ。
《とにかくナオ君にソラちゃん、次に会えるのは避難先か……最悪戦場になると思うから……どうか気を付けてね》
「……分かったユキ姉」
「はい、気をつけますユキお姉ちゃん」
《ごめんなさい2人共……カズ君すら見つけられない駄目な姉で……》
スピーカー越しにユキの後悔の滲んだ声が届く。一帆が行方不明になったこととその捜索に自分は出られなかったこと、そしてこんな時に家族である伊奈帆やソラの側に居られないことに彼女は何よりも自分を責めていた。
家族を守るために軍人になった、でも家族の一大事の時にその側で居られないのならば何のために軍人になったのか、と。
「大丈夫だよユキ姉、ユキ姉にとってカズ兄は
「偶に落馬してそうだよね、しかも馬は白じゃなくて黒そう」
「言えてるよ」
それを聞いた伊奈帆とソラは、ユキの気持ちが痛いほど分かった。「何もできない」と言うのでは伊奈帆もソラも事前知識に多少の相違こそあれ変わらない。故に今この場に居ない人物に対して実に酷い言いようにも思えるかもしれないが事の発端というか諸悪の根源とでも言うべきか、ユキを悲しませたのは一帆が悪いんだしそれに事実だから仕方ない。
ただそれこそが一帆らしい話な訳なのだが。
《ありがとう2人共、少しだけ……少しだけだけど楽になったわ──「集合だ、界塚!」──了解です、鞠戸大尉!ごめんもう行かなきゃ、とにかく2人共気を付けてね》
通信が切れる、短い間の通信時間でこそあったが、それでもユキが少しだけとはいえいつもの調子を取り戻したのは確認できた。あとは伊奈帆達自身だけだ。
「行くよソラ、絶対に生き残ろう」
そして混雑した輸送バスに揺られる事10数分後、新芦原市の居住区画からビジネス街に入ってすぐの所でバスが突然停車する。伊奈帆とソラが2人背伸びをしたりして前を確認してみると、どうやら追突事故らしき衝突事故を起こしてペシャンコになった乗用車が2台ほど路肩にあるらしい。
「すまないが君達、その制服からして芦原高校の学生さんだな?悪いが事故った車の運転手が怪我してるみたいなんだ。手伝ってくれ」
「「分かりました」」
今や義務教育として組み込まれ軍事教練や避難訓練の一環で救助方法やら応急手当やらを学ぶことになっていることを知ってか、呼び出された伊奈帆はバスの運転手と共に事故車の歪んだドアを運転手がどこからともなく取り出したバールでこじ開ける。ソラは一応バスに積んであった救急キットを持って来ていた。
「………これはあまり良くないな」
頭部の切り傷からの出血に内蔵を傷付けたのであろう吐血、さらに有らぬ方向に曲がった腕や足の骨折とくればもう応急手当てでどうにかなるレベルではない。即行病院の集中治療室に放り込むべきレベルの怪我、それが2人分だ。
───今すぐ救急車で病院に……って訳にはいかないんだよなぁ
とはいえ今は避難勧告が発令されており医者どころか病院すら開いていない。一応ソラがそれでも高校の軍事教練の一環で学んだ範囲でできる限りの処置を施しバスに乗せる、埠頭の
───これ以上バスには人は乗れないか……確かインコがバスに乗り遅れたり乗れなかったりした人のために最終確認もかねて軍の輸送車で街を回るとか言っていたし代わりにそれに乗せてもらおう
ただ怪我人2人を乗せようにも既に満員の寿司詰め状態の避難バス、自立できる程度の軽傷であったならばともかく寝かせること必須な重傷者をどうにか詰め込んで乗せるにしても最低2人は今ここでバスを降りなくてはならない。
「僕らはここで降りて軍の最終便を待ちます。貴方達は埠頭に急いで下さい」
「っ、済まない。君達子供に迷惑を掛ける。……だが恩に着る」
非常事態で皆が皆気が立っているのもあるが怪我人がいる以上下手な
「ソラ、インコに迎えに来て欲しいって連絡して欲しい。僕は手を洗ってくるから」
「分かった、韻子さんだね。この辺りなら……たしか公衆トイレより用水路の降り場で洗った方が早いよ」
「そうか、分かった行ってくる」
ソラに韻子への連絡を任せ、伊奈帆は荷物を置いて街中を走る用水路へと向かう。用水路脇の河川敷のような通路の柵のない場所で、救助や手当ての際に手に付着した煤や血を洗い流し滴る水滴を払いハンカチで拭く。ふとその時、橋の下に誰かがいるような気配がした。
「?」
橋の下に顔を向けて見るとそこには茶髪の北欧系美少女と黒い服を着た女の子がいた。見た目年齢的には姉妹……なのかも知れないが顔立ちは全く似ていない、少し不審にこそ思った伊奈帆だったが腐っても彼は軍学校の生徒、避難を促す事にした──
「そこの2人、避難勧告が出てるから避な……」
──のだが、話し掛けたら姉?らしき人がビクッとしていきなり
「な、なんでさ……」
───不幸だ……
こうして伊奈帆達の「地球の一番長い日」は前半を終えた。