ALDNOAH.ZERO -Earth At Our Backs-   作:神倉棐

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本作品を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
自分にとって処女作となる本作品につきましては長らく未完の状態ではありましたが、突然ではありますが連載再開と現在構想中の作品の実験の為にも一度内容の修正と改善の為に一部改稿させて頂きました。
今後とも一層のご愛顧を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。


1/4 「陰謀の陰で」

 

【日本 新芦原市 11月18日 16時58分】

〈Japan Sinawara city 1658hrs. Nov 18, 2014〉

 

 

新芦原市で起きた火星のお姫様暗殺事件──後に「新芦原事件」と呼称される暗殺事件の発生からおよそ1時間、軍や警察などの関係者がごった返す新芦原市表通りより少し離れた新芦原市駅前のロータリーに、事件を間近で目撃することとなった伊奈帆達は居た。

 

「……駄目だ、カズ兄の電話に繋がらない」

「無線も駄目です。共有回線も個別回線もお兄ちゃんに繋がりません」

「そんなっ⁉︎会長がどうして⁉︎」

 

伊奈帆とソラはそれぞれ違う方法で大切な家族の1人である一帆に連絡を試みる。が、結果はどちらも反応は無い。

 

《網文、落ち着け。俺達生徒会も八朔の捜索は継続中だ。八朔は……あの八朔のことだ、きっと無事なはずだ。俺も捜索に出る、網文は界塚達と一緒にいろ……頼んだぞ》

「柳堂副会長……」

 

軍や警察等の公共機関は「暗殺事件」の解決と終息の為動けない。本来学生だってこんな事をしている場合ではないのだ、それでも生徒会役員達やボランティアで参加してくれていた生徒達は一帆の捜索に継続して参加してくれていた。

 

ピリリリリッ、ピリリリリッ

 

伊奈帆の携帯に着信が来る。ディスプレイに表示されていた名前は「界塚ユキ」、彼ら一家の大黒柱である伊奈帆の姉だった。

 

「もしもしユキ姉、カズ兄が」

《私も鞠戸大尉から聞いてる、でも軍から待機命令が出てて私は動けないの。ナオ君、ソラちゃんを頼むわ。インコちゃんにも無理しないように言って、多分明日の学校は無くなるし今は閉鎖されて誰もいないはずだから次に連絡する時は軍の基地の方に掛けて》

「……分かった」

《ごめんね、私もカズ君の捜索に出たいんだけど……》

 

ユキの苦しそうな声がスピーカーから聞いて来る。多分、1番一帆が行方不明になって辛い思いをしているのはこの中で彼女(ユキ)だ。

 

「分かってる。ユキ姉はカズ兄が大好きなのはみんな知ってるから」

《っ⁉︎⁈なななっ、何をっ⁉︎》

「ユキ姉、流石に僕でも気付くよ。まあ肝心のカズ兄は気付いてないけど……」

「お兄ちゃん鈍いからな〜、恋愛関連だけ」

「それに会長、悪運こそ強いですけど運自体は悪いですしね。前に1年のサッカー部のマネージャーの娘にあれだけさりげなくアタックされても直後にサッカーボールが頭に直撃したせいでまるで気付きませんでしたし」

《ちょっとインコちゃん、それ詳しく》

「ユキ姉、それよりも」

 

落ち込みながらも気丈に振る舞おうとするユキに対し、そんな彼女を元気付けようと戯けたように彼女の当人達以外には丸分かりな秘めたる想いを伊奈帆とソラが暴露しつつ韻子も一緒になって元気付けるべく彼女が食い付きそうなとっておきの暴露話を暴露する。──ただ少々効果が効き過ぎたのか話が大きく逸れかけたので伊奈帆は話に修正を掛ける。

 

《ごめんねナオ君、軍事機密だからあまり話せないんだけど……実は火星のお姫様の遺体が確認できないの。ミサイルが直撃したのなら遺体がバラバラになった可能性もあるけどその一部すら見つかってないわ》

「そう、ありがとうユキ姉。また連絡する」

《分かったわ。……無理しないでね》

 

そしてその後もユキと二言三言と連絡事項を話した後、通話を切った伊奈帆は携帯をしまう。行方不明の一帆と遺体の見つからない火星のお姫様、ミサイル直撃時に実際現場がどうなっていたのかについては直前に一帆の警告を受け伏せていたため目視できておらず分からないがこれである程度繋がった。とはいえ……

 

───まだユキ姉とソラには話せないかな……

 

まだユキやソラには話せない、話す訳にはいかない。何の証拠もない机上の空論で下手に希望を持たせる訳にはいかないし、それ以前に伊奈帆達に一帆が自分から連絡してこない時点でそれ(生存)はまだ知られたくない事なのだろう。

 

───それに、副会長の言った通り()()カズ兄がそう簡単に死ぬはずがない

 

そう、なんだかんだ言って伊奈帆から見て一帆は神(それが善神か悪神か、はたまた邪神の類いなのかは知らないが)に好かれているのか悪運というかとにかく運が強い。それは伊奈帆が見る限り、あの巻き込まれ体質の一帆自身が今までなんだかんだ言って生き抜いて来れたことこそが何よりの証拠である。

 

「取り敢えず、僕達もカズ兄を捜そう」

 

───ただまあ、見つけたらまずい気もするのでほとほどにね?

 

 

〈*〉

 

 

【日本 芦原市 芦原高校 11月18日 18時6分】

〈Japan Awara city Awara hight school 1806hrs. Nov 18, 2014〉

 

 

彼女は目を開ける、四方はカーテンに囲まれ見知らぬ天井が目の前にあった。

 

「うっ……、ここ……は?」

 

意識が覚醒してくるにつれ、身体の各所が鈍い痛みと熱を発する。

 

「くうっ……」

 

痛い、彼女はゆっくりと身を起こして自分の身体を見てみる。怪我の殆どは打撲か擦り傷で数は余り多くない、気絶している間に手当てがされたようで怪我をした箇所には丁寧に包帯が当ててあるか救急バンドが貼ってあった。

 

───私はどうしてこんな場所に?確か私は……姫様の代わりに護送車に乗って、そして───

 

そこで彼女は全てを思い出した。あの時、何があったのかを。

 

「姫様はっ⁉︎」

 

彼女は身体の痛みを無視してカーテンを勢いよく開く。そして目に飛び込んで来た光景は、そこはどこかの病院の病室でもなければ地球軍の施設でも使節団の拠点でもなく───

 

「ここは……学校?」

 

そう、学校の保健室のようだった。いや、断定するにしても正確には姫様の外遊に同行するついでの勉強の一環として学んだ地球について書かれていた書物でしか知らないのだが。ただそれでも清潔感のある白を基調にした内装とアルコールの匂い、部屋の中央にはダルマストーブが火の灯った状態でありその上では黄銅色のやかん(ややずんぐりとしたポット)が湯気を吹きだしている。

 

───なんだか……とても懐かしい?感じがする……

 

そんな何故か和んでしまう、どこか懐かしいような光景に少しの間彼女は目を奪われる。とはいえ今気になるのは自分よりも姫様の安否、急いで寝かされている診療台(ベッド)から動こうとする、が結局彼女はカーテンの外どころか診療台の上からすらあまり動けなかった。彼女の服は何処かに引っ掛けたか擦ったのか、破けたり擦り切れて裾はぼろぼろ。靴も見当たらないし、何より怪我と寝起きのせいか身体にあまり力が入らなかったのである。それに何より───

 

「起き……てる?」

 

壁際の薬品棚の側、出口にほど近い場所にある机の椅子に1人の見知らぬ少年が座りながら眠っていたからである。

 

───う、動けない……

 

さすがに気絶して意識を失って手当をされている間はともかく、久しく出会った年齢の近い異性に目が覚めている内に素肌を見られるのは余りにも恥ずかしい。なので身を隠せるシーツと布団のある診療台(ベッド)からあまり離れられなかったのだ。

 

「すぅ……すぅ……すぅ……zzz」

 

こっくり、こっくり、と船を漕ぐ少年の濡れ羽色の前髪が揺れる。リズム良く聞こえる彼の息遣いが、彼が熟睡している事を示していた。

 

「…………」

 

じろじろと見ていると不意に「御守り」として腕に着けていた母の形見のブレスレットを落としてしまった。

軽い金属が床に落ちる小さな音が響く。

彼女としては願わくば起きて欲しくは無かったが、その少年は音に反応して目を開けてしまった。

 

「……ん、起きたか。気分は?」

「へ?あ、はい……悪くは、ないです」

「ああ……なら良かった、でも悪くなったらすぐ話してくれ」

「はい」

 

少年は先ほどまで眠っていた机の上に置いてあった救急箱を片手に彼女の寝ている診療台の側にある丸椅子に座わり直すと、簡単にだが脈を測り顔色を確認する。

 

「……大丈夫そうだな。できれば素人じゃなく本職の医者──耶賀頼(やがらい)先生にでも診てもらいたいところだが……」

 

結果は良好……とは言い難いが問題らしい問題もなかったのか、そんなことを呟きつつもう必要ないのか少年は救急箱を机の上に戻す。

 

「よし、じゃあ君も現在の状況が気になるだろうし、現状説明と情報交換をしようか。それで構わないか?」

「分かりました」

 

そして再び少年は彼女の側に戻ると、ズボンのポケットから液晶型携帯端末を出し幾つか操作すると彼女に手渡した。

 

「まず、あのミサイル攻撃の話だ。世間一般(表向き)ではあの攻撃により火星からの使節であるお姫様は「死亡」、民間人の被害は皆無だが現場の最も近くに居た芦原高校生徒会生徒会長も行方不明。現在その両者の捜索活動が行われており軍と警察機関がミサイル攻撃犯を捜索中、今新芦原市全域に検問による交通規制が掛かっている。また地球側は火星側に対して事情説明を行うが全く相手にされなかったとの事だ」

 

インターネットに存在した情報を掻き集め精査したらしく画面(ディスプレイ)に映るパワーポイントの情報は綺麗に纏まっている。

 

「で、ここからが実際の真実(裏側で)の話だ。あのミサイル攻撃、今マスメディアでは「火星のお姫様暗殺事件」とか「新芦原事件」と呼ばれているらしいから「姫様暗殺事件」とするけどこれは実際は実現していない。護送車に乗っていたのは影武者()だったしそれも俺が介入した所為で結局偽の目標(ターゲット)さえも暗殺できていない。でも存在しないはずの火星のお姫様の暗殺事件は存在している事になっている。それにより軌道上にいる火星騎士は戦闘準備を開始した……「暗殺事件」の報復を大義名分とした戦争を引き起こす為に」

「そんなっ‼︎姫様はそんな事をさせない為に‼︎」

 

戦争、少年が口にしたその言葉に彼女は強く反応する。戦争、それは誰よりも平和を願った彼女の敬愛する姫様が最も望まない結果。現状において地球にも、()()()()得にならない最悪の事態に彼女は思わず歯噛みする。

 

「その思いを利用された、と言った所だよ。先を急ぎ過ぎた、地球もそうだけど火星の相手に対する憎悪はまだ色濃く残っている。確かに変革の為には時に博打を打つ必要はある、ただ今ではなかっただけだ。でも君達のお姫様は間違えた訳じゃない、ただ失敗しただけなんだ」

 

ただそんな状況の中で少年は彼女にそう言いって首を横に振りつつも彼は姫様の理想を、夢を、幻想を否定しなかった。珍しい、火星でも皆は姫様の前ではその通りだと嘯き裏では不可能だと姫様の願いを否定する者が殆どだったのに。

 

───ああ……貴方は

 

確かに不可能に近い事だと、それほど学もなく地球と火星の外交関係に詳しくもない中流階級出身の彼女とて思う。でもそれでも、あの日自身の手で直接彼女を取り立ててくれた姫様は諦めなかったのだ。平和を願い、手を取り合って明日()に進める世界を望んで地球(ここ)に来た。そんな姫様に私は惹かれた、だから私は姫様に付いて行こうと心に決めたのだ。だから、私は姫様の誰にも理解されないその辛さの一端を知っている。

 

───姫様の理想を否定しないのですね

 

だから、願わくば少年と姫様は1度会って欲しいと、彼女はそう思った。

 

「……そう言えばまだ名前を言ってなかったな。俺は八朔 一帆(ほずみ かずほ)、この芦原高校の2年生だよ」

「私はシャルロット・ハプティズム、平民出身の姫様付きの従者の1人です。シャーリーと呼んで下さい」

「よろしく、シャーリーさん」

「こちらこそ、カズホさん」

 

少し気恥ずかしくなったのか少年、一帆は頬を右手の人差し指で掻く。

 

「とりあえず着替えにサイズは分からなかったしウチの学校のだけど、見本として生徒会室置いてあった新品の女子制服一式が用意できたから渡しとしくよ。流石に……その、下着とかは用意できなかったけど……」

 

そう言って一帆はシャルロットに紙袋を渡す。渡された袋の中には丁寧にビニールで梱包されたシャツや制服一式と体操服一式、あと保健室に置いてあったであろう女性用品等が手当たり次第入っていた。

 

───服のサイズは……多分大体合ってる、あとはハンドクリームと化粧水……あれ?名前が書いてある……「界塚ユキ」?

 

衣類はともかく一部の化粧品を含んだ女性用品諸々は()()1()()の所有物らしく勝手に持って来て自分なんかが使って良いのかは不安だが、それでも気が回るというか優し過ぎるというか一帆はシャルロットの事を色々と考えてくれていたらしい。そう思うと、どうしてか彼女は胸の奥が暖かくなって何処か嬉しかった。

 

「ありがとう……ございます」

「気にしなくていいよ、補填は後から俺がするし多分事情を知ったら許してくれるだろうから。……少し俺は席を外すから君はゆっくり休んでおいて」

「はい」

 

一帆はそう言って保健室を出て行く。扉が閉まり切ったのを見てシャルロットは制服に着替える為にベッドから降りる。その時、彼女の腕のブレスレットは何処か嬉しそうに音を立てた。

 

 

〈*〉

 

 

【日本 芦原市 芦原高校 11月18日 18時49分】

〈Japan Awara city Awara hight school 1849hrs. Nov 18, 2014〉

 

 

カーテンが引かれ暗闇となった軍事教官室、そこで一帆は液晶型携帯端を手に電話帳を操作し目的の人物の名前を選ぶ。手順は非通知設定で1度目の呼び出し(コール)を2回、次に3回、最後にさらに2回鳴らし今度は普通に鳴らす。相手はすぐに出てくれた。

 

《もしもし、カズ兄》

「伊奈帆、話がある。聞いてくれ」

 

相手は伊奈帆、一帆が知る中でこういった時には色んな意味で1番信頼できる自慢の弟に対し一帆は状況の説明と自らが立てた仮説を話す。

 

《……つまり最悪の場合、この暗殺事件を仕組んだ「火星側」が明日にでも休戦協定を破棄して侵攻してくる、と》

「ああ、奴らにとっちゃお姫様が本物だろうが影武者だろうが正直なところ「関係無い(どちらでもいい)」。死んでいた方が奴らにとって都合が良いんだろうが、奴らが欲していたのは「地球側が平和の為に訪れていた友好の使節を害し、しかもその中心人物である第一皇女を暗殺した」というシナリオ。そしてそれに対する報復攻撃を行うという大義名分だけだ」

《……最悪だね》

「……ああ、最悪だ。これじゃ大義名分でもなくて暴論だ。事実確認とか外交努力とかもすっ飛ばして「戦争」という陣取り合戦をするつもりだ」

《しかも……》

「しかも本国(皇帝)の承認無しに独断専行やるつもりだ。これでは()の命令でも止まれない」

 

それを承知しているからこそ火星(ヴァース)、いや軌道上にいる火星騎士達は戦争を始めるつもりなのだ。

誰であろうと自分達を止められないように。

 

《カズ兄》

「分かってる、大尉の種子島レポートを読んだ限り地球の劣勢は確実……いずれ俺達もすぐに徴兵される。覚悟を決めておいた方が良い、……ユキさんには悪いけどね」

《……》

「伊奈帆、今のうちからしっかり悩め。戦場に出る理由を、生き残るための覚悟を、守り抜くための意地を張り続けるそのために」

 

通話を切る。さっきの言葉は伊奈帆に向けて言っただけではない、一帆自身に向けても言っていたのだ。

 

「はっ、伊奈帆にそんな事を言える程俺も覚悟を決められてない癖にな……」

 

制服で見えていないが一帆の身体は骨折こそしてはいないが打撲やら内出血やらで既に傷だらけだ。当たり前だ、深さこそそれほどなかったが下水管への落下の衝撃から少女(シャルロット)を助ける為には全ての衝撃を肩代わりする必要があったから。

 

───「リボン付き」並の頑丈さがあって助かったよ全く……

 

転生特典の「リボン付き」のチカラ(TASレベルの変態機動にも耐えられる頑丈さ)がなければ一帆は下手すれば間違いなくあの時、彼女の代わりに──いや彼女ごと死んでいたか、最低でも全身骨折でもしていただろう。今は湿布やらなんやらの手当てをして包帯も巻いてあるし、それでなくとも(どんなダメージを受けても必ず)他人よりも遥かに高い(次のミッションに参加できる)回復力があるおかげで、痛みはあるものの治りは早い、1日もすれば痛みも無くなる。それまでは痛み止めを使えば伊奈帆やユキだろうと気付けないだろう。

 

「今度こそ俺は、守ってみせる。守ってみせるさ……」

 

一帆の小さな呟きは軍事教官室の冷たい空気の中に消えた。




ああ……、シャルロット落ちたな……。



あ、書き忘れてましたがシャーリーが起きた時点で主人公は制服を着替えています。なのでシャーリーも主人公が背中に怪我しているのを知らないのであしからず。

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