ALDNOAH.ZERO -Earth At Our Backs-   作:神倉棐

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本作品を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
自分にとって処女作となる本作品につきましては長らく未完の状態ではありましたが、突然ではありますが連載再開と現在構想中の作品の実験の為にも一度内容の修正と改善の為に一部改稿させて頂きました。
今後とも一層のご愛顧を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。


1/2 「火星のお姫様(上)」

 

 

【日本 新芦原市 11月18日 8時20分】

〈Japan Sinawara city 0820hrs. Nov 18, 2014〉

 

 

そして1週間後、「運命」の11月18日。

 

見上げて見れば2週間ぶりの雲ひとつない快晴の寒空の下、一帆は実妹の(ソラ)と伊奈帆の2人に加え同じくバス通学仲間である網文 韻子(あみふみ いんこ)の4人揃って登校していた。

 

「ねえ、伊奈帆。例のお姫様がここに来るヤツなんだけどさ、やっぱり人手が足りないから手伝ってよ。宙も手伝ってくれるんだしさ」

 

そして(今日もまた)、絶賛韻子とソラは伊奈帆を例の仕事の(口説いている)手伝いに勧誘中(真っ最中)である。

 

「あまり気が進まないな、カームとオコジョにでも頼めばいいよ」

「ナオお兄ちゃん、女の子の頼みは聞かなきゃ駄目だよ」

「まったく、伊奈帆ったら。先輩も何か言って下さいよ」

 

しかしどう見ても地雷でしかない(やたらめったら)面倒ごとに関わりたくない(身持ちが固い)伊奈帆に今日も今日とて玉砕する2人。ボランティアの募集を始めた日から遂にはボランティア当日である今日までずっと勧誘し続けてこれで10日目である。断り続ける伊奈帆も伊奈帆だが、寧ろそれでも勧誘し続ける韻子とソラも中々の頑固さ加減(実にしつこいしつこさ)であった。

 

「別に良いじゃないか、確かに忙しいがボランティアなんてものは無理矢理やらせるもんじゃないからな」

「生徒会長……はあ」

 

そんな一帆の答えに後輩兼生徒会役員である韻子がため息を吐く。

 

───いや、何もそんな「まるで頼りにならないお兄さん」みたいな呆れ顔をせんでもいいだろ……

 

略して「マダオ」*1とでも言いたげな顔をする2人に一帆は苦笑いをする他にない。確かに人手不足なのは事実ではあるが、こういう事(ボランティアなんてもの)は無理にやらせてはいけないと一帆は思うのだ。

 

「お兄ちゃんだって会長なんだから人一倍忙しいのになんでナオお兄ちゃんに手伝ってもらわないんですか」

 

だが、どうもソラも韻子もそうとは思わないらしい。どうやら2人とも、ウチでの家事諸々の用事があるとは言え伊奈帆が万年帰宅部なことについてはあまり好くは思っていないようなのだ。

 

「忙しいって言っても韻子さんや他の役員の人が良く働いてくれるから俺は認可のサインか印鑑を押す以外に仕事はないし……それに今日は警備の腕章を付けて誘導員をするだけだよ」

「ただの誘導員じゃなくて会長は学生組の統括役も兼ねてる責任者じゃないですか。それに、それは私達が仕事をしやすいように会長が色々と先に手を回してくれるからこそですよ」

「そうそう、お兄ちゃんは仕事のし過ぎなの」

「それには僕も同意する。カズ兄は1人でやり過ぎ、生徒会長だって自推じゃなくて他推で選ばれたのに」

 

いつの間にか伊奈帆でなく一帆へと変わった2人の苦言の矛先に若干たじろぎつつも反論しようとした一帆だが、それも急に会話に参加して来た伊奈帆により中断させられる。どうやらことこの件に関しては一帆に味方はいないらしい。

 

「任されたら最後までやるのが筋だろ?だからやるんだよ」

 

とはいえ実際、一帆からしてみれば正直「生徒会長」なんて役は柄じゃないとも思っているのだが、その一方で選ばれたからにはできるだけやらなくては悪い気もするのだ。

 

「会長は優し過ぎです、だから生徒会長を押しつけられるんですよ……」

「そう僕も思うよ」

「同じく、私もです」

「あははは……、そうかな?」

「「「はい(うん)」」」

 

あまりの旗色の悪さにもはや苦笑いしかこぼすことが出来なくなっていた一帆とその一行であったが、校門を潜り校内に入れば別行動になる。下駄箱で伊奈帆達はいつもより遅刻気味に駆け込んで来たカーム君や起助君達と合流して教室に向かい、一帆もまた2年生の教室に向かう途中の廊下で友人(クラスメイト)である祭陽 希咲(まつりび きさき)詰城 祐太朗(つむぎ りょうたろう)と合流した。

 

「おはよう、祭陽、詰城(変態紳士)

「おはよう一帆」

「誰が「変態紳士」だ、ハッサク」

「お前だ百合好き詰城」

「酷い」

「事実だろ?」

「あははは……」

 

朝っぱらからの毒舌に詰城は轟沈し祭陽は苦笑する。何せこの3人は1年生の頃からの腐れ縁、運が良いのか悪いのか2年続けて同じクラスに割り当てられたこともあって所属する部活などは違えど既に気心の知れた間柄な所為か3人組で活動することも多いためそれを見た者からは通称「3バカトリオ(天然の祭陽、変態の詰城、ツッコミの八朔)」とも呼称されていたりする。

そんな実に日常(いつも)通りな光景で3人は雑談を交えつつ南側の窓際席である一帆を中心に前に祭陽、右に詰城が席に着く。雑談の内容は午後の軍事教練の授業についてだった。

 

「今日の時間割は1年が1限から軍事教練でウチら2年は5・6限目だったよな?何すんだろ、5対5の分隊(チーム)戦でもするのかな?一帆は界塚准尉から何か聞いてない?」

 

軍事教練──7年前、いずれ来たるべき火星(ヴァース)からの侵攻に備え地球連合に属するその全エリアの公立高等教育に類する全ての教育機関において必須科目として規定された連合の人型機動兵器(カタフラクト)KG-6 スレイプニール(のその練習機)」を用いた戦闘訓練を筆頭に航海・航空・戦術・戦略などの多岐に渡る科目を教育する()()総力戦における学徒動員を前提とした予備戦力養成政策*2である。

分かりやすく、そして些か乱暴に言うなれば「全世界の公立高校の自衛隊高校(陸上自衛隊高等工科学校)化」と言い換えればいいだろうか。そうなると当然であるが高校で軍事教育を行うこととなることから、教官として新芦原市防衛軍基地(学校最寄りの連合軍の基地)から本職の軍人がやって来ることになる。そして一応芦原市郊外にある我らが芦原高校にも小規模ながら野外演習場があり全国でも珍しい実機を用いた兵科教練ができる高校なため、派遣されて来るのは基地で暇をしていて居場所が無い不良軍人(鞠戸大尉)と仕事が押し付けられる腕の良い若手軍人(界塚准尉)機動兵器乗り(パイロット)2人組な訳である。

 

「特に何も聞いてないぞ?ユキさんはどこか抜けてるから偶にぽろっと漏らすけど仕事関係はしっかりしてて話さないから」

「……偶にぽろっと漏らしてる時点で駄目だろう」

「……まあ、授業内容くらいで軍事機密とかは漏らさないから大丈夫だよ。大丈夫だと思いたい」

「「…………」」

 

そんなこんなでSHR(ショートホームルーム)までの暇な時間を駄弁っていた3人だったが一帆が零した笑うに笑えない軍から派遣された全男子生徒の憧れ、美人で優しい女教官の私生活の暴露話に思わず沈黙したその時、廊下から一帆を呼ぶ声が届く。

 

「おい、いるか八朔」

「鞠戸大尉」

「ちょっと軍事教官室に来い。担任には伝えた、朝のSHRと1時間目は合法的にサボれるぞ」

「了解です。祭陽、ノート頼んだ」

「ラジャ」

 

どうやら先週の()()()をきいてくれたらしい鞠戸大尉のお誘いを受けた一帆は祭陽に1時間目のノートを任せると大尉の後ろに付いて軍事教官室に向かって歩く。軍事教官室は本校舎から渡り廊下で接続された校舎隣の別棟、格納庫と野外演習場のすぐ側に建てられたプレハブの仮設校舎にある。

 

「入れ、界塚はまだいないから問題ない」

「失礼します」

 

だるまストーブの灯いた部屋に入った鞠戸大尉は見かけによらず整理整頓された自分の机の椅子に座り、一帆はその辺に置いてあった丸椅子を引っ張りだし教官室のど真ん中に鎮座するやや古びただるまストーブの近くに座った。

 

───あー寒い寒い、プレハブ校舎はやっぱり底冷えするなぁ……贅沢は言えないけどやっぱり1教室につき1個ずつストーブが置けるようにはならないかなぁ……

 

2人が入る前から火の入っていたらしいストーブのおかげで並の教室よりも遥かに暖かい室温にふとそんな事を考えてしまう一帆だが、生徒会会長として学校備品の名簿やら会費予算の帳簿に目を通した事もあるが故にそれが不可能である事にも行き当たり「無理か」と内心肩を落とす。そんな一帆を尻目に鞠戸大尉は徐に懐から酒を取り出し1度煽る。そのまま引き出しを開けると1つの薄汚れた紙の束を一帆に向けて放った。

 

「……お前が読みたがってた「種子島レポート」の原本(オリジナル)だ。……たくっ、なんでこんなものを読みたがる」

「っ⁉︎とっと……まあ、ちょっと後学のために。身近で手に入る唯一の対火星戦の戦訓らしい戦訓ですし、あとは火星製カタフラクトの実態と種子島基地の謎解きに」

 

慌てて受け止めた(キャッチした)一帆はレポートを捲り読み始める。ただまぁ……鞠戸大尉にはそう言った一帆だが、実際には一帆はかなり朧げかつ断片的ながら火星製カタフラクトどころか、この先地球と火星がどうなるかについてさえも()()()()()()()

 

───とは言ってもだ。何せ前世から今世に来てこの方十余年、原作知識も曖昧だしそれ以前に俺、本編は1巻の流し読みしかしてないしな……

 

しかし知識として識っているのと経験として知っているのではやはり雲泥の差、そしてその知識とのすり合わせや真の意味でも()()を知るためにはどうしても実際に体験した生の情報を得る必要があった訳である。

そんな風に一帆が考えていることなど露知らず、かつて上層部に抹消された己の報告書の存在を何処からか聞き付けて──おおよそ寝坊助准尉(界塚姉)が漏らしたんだろうが──熱心に読み込んでいる教え子のその姿に、鞠戸大尉は大きなため息と共にもう一度酒を煽りどこか遠くを見ながら言った。

 

「ずっと……戦争は続いてたんだ。それを、皆んなで知らないフリをしていた、していただけなんだ。実際は終わってすらない、この「見せかけ」の平和がいつまでも続くと、そう思い込んでそうであって欲しいと願って……」

 

それは誰に向けて言っているのだろうか。一帆に向けてか、それともここにいない誰かに向けてか、はたまた己自身に向けてなのか。

 

「幸い、暴走事故で落ちてきた「破片(カケラ)」によって種子島のカタクラフトは島とそれを迎撃に出た極東方面軍の機甲部隊(水陸機動団と基地防衛隊)ごと消し飛んだ。だが、この戦いで両軍が全滅した事で戦いの記録も残らなかった。だから俺の書いた「種子島レポート」も握り潰された」

 

種子島に降下してきたカタフラクトは僅か2機。両機とも飛行能力を要し、内1機は重力を操っている様であった……らしい。それに連合は挑んだ。鞠戸大尉達はそんな無茶な戦いに身を投じたのだ。勝てる訳がない、そんなバケモノ相手にただの戦車(90式/M1A1J戦車 エイブラムス)で勝てるはずがない。

 

しかし、それでもそれを生き延びた彼は間違いなく「幸運」だったのだ……それがどれだけ残酷な幸運なのだったとしても、彼はたった1人生き残った。

 

「答えろ、お前は「火星(ヴァース)」をどう思う?」

 

一帆を見る鞠戸大尉の目はいつもの様に酔ってはいなかった。どこまでも真剣で、どこまでも真っ直ぐ。彼は決して弱くなどない、むしろ強い人だ。故に一帆はその問いにその胸の内にある己の思いを、思想を伝えるべく慎重に言葉を選んで口を開いた。

 

「そうですね……火星は「強力」です。その「アルドノア」を使った軍事力が、物的・人的資源(リソース)が少ないと言う劣勢(デスアドバンテージ)を軽々と覆すその能力がです。しかし火星には「アルドノア」があるが故の弱点、慢心とアルドノアの性能への依存じみた偏重が有ります。そこを突き、戦場における戦術と戦略が両立できれば……勝てる。火星(ヴァース)とは、対等に戦える相手でしょう」

 

だがこれは現状短期に見てだ。長期となれば火星の慢心とアルドノアへの依存はともかく、初戦で切り取られる領域によっては資源的面での優勢は期待できなくなる。そうなれば最初から衛星軌道上での制宙権を失っている地球に勝機はない。

 

「しかし、俺は火星を「嫌えない」。伊奈帆にも言いましたが俺は「火星」が嫌いなんじゃない、嫌うのだとしたら戦争による収奪しか頭に無い「軍人」か、こんなクソ面倒で碌でもない事態の発端を作った「初代皇帝」くらいですよ」

 

一帆はレポートの最後のページを捲りつつそう答える。鞠戸大尉は一帆を見つめ、そして暫くしてため息を吐いて笑った。

 

「はははっ、お前はやっぱり変わった奴だよ。今時珍しいもんだ、「火星人」じゃなく火星の「皇帝」と「軍人」が嫌いとはな」

「……前に伊奈帆にも言われましたよ、それ」

「だろうな、そんだけお前の考えは凄いって事だ。悪い訳じゃない」

 

鞠戸大尉はそう言ってまた酒を煽る。その姿はどこか楽になったかのようで、一帆はそれを見て間違えてはいなかったのだと思う。

 

「お、そろそろ界塚が来る。今のうちに逃げとけ」

「了解です、1時間目も始まってますしね。生徒会室にでも行って2時間目まで時間を潰しますよ───()()殿()

「ああ、わかった。放課後は頼むぞ()()()()

「勿論ですよ」

 

こうして、一帆は軍事教官室を後にした。

 

*1
正確にはマタオだが

*2
一応公立ではない私立の高校や大学は政策の対象外だが、政府からの補助金や理事会などの運営者の方針により必須科目ではなくとも軍事教練を選択科目としてカリキュラムに組み込んだ私立も少なくない。ただ、元から戦争行為に対し非好意的だった日本エリア──特に「厄災」による被害が軽微だった東北地方や北海道ではその多くがカリキュラムには組み込んでいない現状である。


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