ALDNOAH.ZERO -Earth At Our Backs-   作:神倉棐

34 / 41
7/4「DISTANT THUNDER」

 

 

【日本 種子島海軍基地上空 11月23日 17時7分】

〈Above Japan Naval Station Tanegashima 1707hrs. Nov 23, 2014〉

 

 

眼下の大洋へと陽の沈みかけた種子島の上空。黄昏時に茜色に染まったいたはずのその空は、夜の到来により既に東のソラには星の光が湛えられていた。

 

「はぁ……はぁ……相変わらず…はぁ……キザね…はぁ……貴方」

 

そんな何処か郷愁(ノスタルジー)をも感じさせるソラの下、地上から見上げた空には遂に空へと羽ばたいた白亜の翼を持った戦乙女(バルキリー)がその夜空を翔けていた。

 

「そうかな?……う〜ん、否定できない……かも」

 

空を飛ぶVF-25(バルキリー)の操縦席、前席の主操縦席に座る一帆に対し、その背後の副操縦席(後部座席)に座ったライエは()()()()()()()そう指摘する。

 

「ふぅ……まぁ……貴方の場合、どっちかというと空想家(ロマンチスト)というべきかしら?」

 

彼女の指摘に今までの己の言動*1を振り返って考えてみた一帆が「そうかも……」と半ば同意するも、息を整え終えたライエ自身が先程の指摘を改める。確かに気取った台詞の多い一帆だが、それ以上に彼女が評した通りソラに焦がれる一帆が浪漫屋(ロマンチスト)と称されるのはあながち間違いとは言い難かった。

 

「ロマンチストか……ところでライエさん、()()()()()()は大丈夫ですか?ISCがあるとはいえ耐Gスーツもナシでヘルメットだけはかなりキツいと思いますが……」

 

なんだかんだで第一格納庫に1人残して行くこともできず、偶然発見した展開式の補助用副操縦席に乗せて来てしまったライエに前席から軽く振り返りつつ一帆は訪ねる。地下の格納庫からの発進は隔壁の開いた発進用通路の坂を自前の推力で強引に滑走し地上や空に向け発進する、いわば「脳筋スタイル」な代物*2であったためにただ発進するだけでもそれ相応の重力加速度(座席に強く押し付けられる感覚)を2人はその身で体感する羽目になった訳である。

 

「もう問題ない……そういう貴方は何で平気そうなの?」

「んー……元から強いのと慣れ、かな?ほら、腐っても軍事教練は受けてるし」

 

胡散臭いものを見る目(じーっとジト目)で一帆を見るライエ、疑われるのは承知の上だが一帆も一帆で馬鹿正直に「転生特典です!」とはいえないのだから仕方ない。生まれ持っての耐性もあるが、実際に軍事教練を受ける過程で多少は耐G適性が鍛えられるのも事実でもあるし嘘ではない……それにしたって十余Gを掛け(変態機動をし)続けても余裕の表情を(ぴんぴん)していられるのはおかしいが。

 

「コホン……ともかく、ここから先はどんな戦闘機動を取らなくてはならなくなるかは分からない……正直、キツイですよ?」

「……耐えるわ、でもその代わり……ヤツを倒して」

 

心配する一帆に覚悟を、そして強い憎悪を含めた昏い決意を込めた瞳を向けるライエ。そんな彼女の様子に一帆は何も言えず、ただ操縦桿を握り締める。

 

───戦場に連れて来るのは失敗だった……折角精神が安定してきていたのにこれじゃ逆効果、でも独りにする訳にも……

 

連れて来たことに後悔を滲ませる一帆だが、状況が状況なだけにそればかりを考えても居られない。それにだ、一帆が発進直後に超小型誘導弾(マイクロミサイル)でさっき撃ち落としたよく分からない大質量物体が何なのかは分からない。ひとまず一帆は外で奮戦しているであろう伊奈帆たちと連絡を取らなくてはならなかった。

 

「こちらメビウス1、マスタング隊は状況を説明されたし」

《聞こえる?その機体、カズ兄なの?》

 

周囲を見渡し状況──ぱっと見て分かるヴァーゼを載せた火星の輸送機と正体不明の大質量物体だけだが──を確認しつつ回線を開いた瞬間、それを待ち構えていたかのようにマスタング隊の2番機たる伊奈帆が通信に出た。

 

「聞こえるぞ、マスタング22。状況は?」

《ユキ姉たちは地上、僕は火星輸送機(コウモリ)の上、誘導兵器は全て撃墜、さっきカズ兄がミサイル攻撃した飛行物体がその母機となるカタフラクトで名称は「ヘラス」》

「OK、何となく分かった。火星の輸送機、聞こえるか?」

《き、聞こえます。貴方は……その機体は一体……》

 

続いて一帆は伊奈帆のヴァーゼラルド経由で彼の乗った火星の輸送機──スカイキャリアの操縦者(コウモリ)とも回線を繋ぐ。

 

「質問は後だ、奴……ヘラスとやらを撃墜するぞ」

 

困惑するコウモリの相手はそこそこに、伊奈帆と一緒にいる時点で「友軍」判定を出した一帆は通信の可否を知りたかっただけで早々に話を切り上げる。

 

伊奈帆(マスタング22)、ヘラスの動きを監視し動向を逐次報告。EWAC(警戒管制)を頼む」

《了解、カズ兄……いや、メビウス1は?》

 

いくらスカイキャリアがその図体に見合わぬ軽快な機動力を持ち、載せているカタフラクト(ヴァーゼラルド)二足歩行型戦車(人型機動兵器)としては軽量に分類される機体なのだとしても、空対空誘導弾(ミサイル)すらないのでは流石に航空戦は荷が重い。それなら無理に直接戦闘に参加させるよりかは、敵機の監視や友軍機の誘導を担当させた方がまだ有意義だ。

 

「コッチは奴の背後(ケツ)を取る、格闘戦(ドッグファイト)だ」

 

そして伊奈帆たちを下げる、その代わりに一帆が敵機と直接戦うこととなる訳だがそれこそ「可変()()()」たるVF-25の担うべき本来の仕事。制空戦や航空機の格闘戦は一種の戦場の“華”であると同時に、一帆の持つ才能(リボン付きの力)を最大限に活かすことのできる唯一の場でもある。

 

《っ⁈あれは……》

《今度は何です⁉︎》

「何が……」

 

そんなVF-25(バルキリー)に乗った一帆が左手の推力制御桿(スロットルレバー)を押し込まんとしたその時、眼下の種子島にて轟音と共に巨大な土煙が立ち上がっていた。

 

《これは……飛行艇?……いや》

 

煙と盛り上がった地盤の成れの果てたる土砂を掻き分け、その姿を現したのは剣のような舳先を持った黒鉄の城。

 

「戦艦、だな」

 

大地を割りその地の底より産声を挙げた大鑑巨砲、4基12門もの主砲と多数のVLSやCIWSを有した針鼠が如き翼を持った超弩級の大戦艦。甲板に未だ残留した土砂を振り落としつつ天空へと浮上するその威容に、それを見た誰もが──敵であるヘラスでさえも──威容に気圧され驚きとも共に動きを止め立ち尽くす。

 

()()()()()()()()()()()

 

浮上し高度を上げるだけでなく遂に艦尾の推進機関によってソラを航行し始めた飛行戦艦を追って、その周囲を旋回していた輸送機と戦闘機の2機だったがそう悠々とはしていられない。

 

《敵機に動きあり!この動き……戦艦に攻撃するつもりだ!》

 

何気にコウモリがかなり重要なことを口走っていたが、今はそれよりも伊奈帆が察知した戦艦に突撃を敢行しようとしているヘラスに対する対応が先決だ。

 

「チィッ⁉︎やらせるか!マスタング22は援護を、ライエさんは舌噛まないように!」

 

推力最大、今度こそ左手の推力制御桿を一番奥まで押し込んだ一帆のVF-25は機体尾部より通常のA/B(アフターバーナー)点火時のような紫掛かった二条の尾を引きながら直接戦艦を狙うヘラスの背後に向かい加速する。

 

「っ!……くぅっっ……‼︎」

 

ISCであってもカバーし切れない急な加速と機動に、後部座席のライエが呻くような苦しげな息と声を漏らすが降ろせない以上は耐えて貰うしかない。とはいえ航空戦などまるで考慮されていないであろう直接本体での突撃戦術以外に能がない機体でかつ、既に突撃体勢へと入り碌に回避行動の取れない状況のヘラスの背後を取るのはそう難しいことでもない。

 

───今!

 

故に、意図も容易くピタリとヘラスの背後を取った一帆がHMD(ヘルメットのバイザー)に投影された標準線(レクティル)を合わせ引き金を引く。

 

発砲

 

機体下部に懸架された58mmガンポッド、そこから指切りによって撃ち出され吐き出される58mm×420mm API(鉄鋼焼夷)弾は寸分違うことなくヘラスの推進器へと命中した。

 

《命中!ヘラスの左推進器爆発の閃光を視認。戦艦への突撃阻止には成功、されど敵機は未だ健在と認む》

 

被弾による爆発で片方の推進器をやられたヘラスは飛行戦艦への突撃進路を逸れたものの、奴にとって当たり所が良かったかはたまた単純に機体のダメコン能力に秀でた設計だったのかそのまま墜落することもなく、今度は攻撃したVF-25へと進路を変えその突撃の矛先を向ける。

 

《メビウス1、後方にヘラス!背後に付かれてる!ブレイクブレイク!》

 

今度は追われる側となったVF-25と、それを追うヘラス。本来ならばその戦術*3故にVF-25をも上回る加速と速度を誇るヘラスだが、推進器への被弾により速さと小回りが効かなくなったがためにほぼ同等かあるいはVF-25有利の性能差となっている。

 

「くっ!」

 

背後を取り返したいメビウス1と取り続けたいヘラス、互いに優位な位置を取るべく繰り返される交差(シザース)。2機の空中戦闘機動(マニューバ)によってバーニアから伸びた紫色と白色の尾が絡み合い夜に染まりつつあるソラに螺旋を描く。

 

「こなくそっぉおぉっッ!」

 

《は?戦闘機が……》

《変形……した?》

 

絡み合う機影、互いに相手をオーバーシュートさせるべく相手より飛行速度を落とすなり急旋回による蛇行距離を稼いだりして互いに相手を前に出そうとしていた中で、メビウス1が取った手段は今まで温存してきた()()()()()。今の今まで()()()()()()と思われていた機体が突如変形、戦闘機(ファイター)形態から鳥のように脚のみを伸ばした中間(ガウォーク・ファイター)形態へと変形したVF-25は機動に急制動を掛けてヘラスを抜か(オーバーシュート)させると同時にその光景を目にした全ての人物の度肝を抜いた。

 

「おおぉおおぉぉぉっッ!」

 

満を持しての変形に、通信機越しに伊奈帆とコウモリの驚愕の声が響くが今の一帆にそれを気に留められるだけの余裕はない。

 

「上からっ、抑える!」

 

ローリングしつつ展開した腕に持ったガンポッドによって残るヘラスの推進器を破壊、中間(ガウォーク)形態からさらに完全なヒトガタとなる人型(バトロイド)形態に変形したVF-25は、ヘラスを上から抱き締めるように保持すると同時に推力を最大にそのまま地上へと強引に頭から突っ込ませる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

推進器()を全て破壊さ(捥が)れ、種子島へと無理矢理墜落させられたヘラス。濛々と立ち昇る土煙と墜落痕の底で、落下の衝撃により変形も解け火花を散らす機体の上には無傷でその手に持った銃口を突きつけるVF-25の姿がそこにあった。

 

「……」

 

ガンポッドを構え、突き付けたたまま佇む人型形態のVF-25。抵抗はおろかこれ以上は動くことすらもできないないヘラスを見下ろし完全に生殺与奪を握った一帆は、その指を引き金に掛けながらも実際に指を弾くことができなかった。

 

「何……してるの……撃って!」

 

ヘラスとの決着を目前にして沈黙を続ける一帆、そんな一帆に対しその行動を咎めたのは後部座席に座ったライエだった。

 

「撃って‼︎火星人はみんな敵!コイツは……コイツらはお父さまを殺した!撃って!」

 

()──否、()を前に冷静にいられる者などそういない。家族の、身内の仇。それも殺したいくらい憎む相手が抵抗のできないくらいズタボロで、目の前で跪いているならば尚更だ。ましてこの場は戦場で相手はこちらを殺そうと襲って来た明確な「敵」であり、ここで引き金を弾こうが罪にはならない。「感情」に従うならば()()()()()()()()()()()()だろう。

 

「……聞こえるか火星機のパイロット、生きているなら降伏しろ」

「やめて!撃って、殺して‼︎」

 

だが一帆が選んだのは「感情」ではなく、「理性」だった。一帆の発した降伏勧告にライエが絶叫じみた悲鳴のような声で「殺す」ことを懇願するが、それでも引き金に指を掛けた(この場でただ1人生殺与奪権を握った)一帆は頑なだった。

 

「それじゃあ駄目だ、駄目なんだよ……ライエさん……」

 

駄目なのだ、「感情」では。感情で物事を考える、それは実に楽で甘美な意思決定の方法だろう。だがそれでは敵たる忌まわしき侵略者と同じなのだ。それでは私怨でこの戦争を引き起こした黒幕と同じなのだ。故に、そうならないがためにも「理性」で物事を考えなくてはならない……例えそれがどれほど苦しく難しくとも、今は戦場にて生命のやりとりをする軍人として己を律さねばならない。

 

「だから……降伏しろ、今なら南極条約第4項の捕虜の待遇に関する取り決めに基づき人道的に対応する」

 

最初は手を伸ばす余裕もなく、その次は手を掴まれなかった。それが故の祈りにも似た絞り出したかのような一帆の3度目の降伏勧告がライエの嗚咽を背に行われる。

 

《……分かった、降伏する》

 

そんな一帆の祈りが通じたのか、大破したヘラスの操縦者からの勧告に応じる旨の応答に一帆は胸を撫で下ろした。

 

《カズ君!》

《会長!》

 

また降伏勧告の受諾と同時に集まって来たらしいマスタング隊からの通信がVF-25へとも繋がる。

 

「マスタング隊、ユキさんたちか……降伏した火星のパイロットの保護を頼んだ」

《え?りょ、了解!》

 

振り返った一帆は種子島岸壁から何とか道を見つけて墜落地点まで降って来た彼ら彼女たちを見ると、その時()()に気付いたらしい一帆は投降したヘラスの操縦者の拘束と連行を委任するとそのままソラへと再度飛び立った。

 

《か、会長もまた飛んでっちゃった……》

《まったく……ナオ君もカズ君も無茶ばっかりして……もう》

 

人型形態から戦闘機形態に空中変形し再度上空へと飛ぶ一帆のVF-25の姿に唖然とする韻子、ただそんな一帆の姿にユキは今や慣れた弟たちの行動の突飛さにもため息を吐きつつも手を止めることはない。

 

《火星の姫君、アセイラムは死んだ。なのに何故捜している?》

《え……?》

 

だだその一方で再度ソラを飛び立った一帆が向かったのは、上空でEWAC(警戒管制)を行っていたはずの伊奈帆とコウモリの下だった。

 

《君は彼女が生きているのを知っていた……何故だ?》

 

一帆が気付いた不穏な何か、それは伊奈帆がコウモリに対して投げ掛けたその問い。友軍の戦艦がヘラスに狙われるという状況が状況だったために、一帆が一度あえて聞き逃したコウモリが口走った台詞(こと)──公式的には暗殺され既に死亡した()()のお姫様(アセイラム姫)()()()()()()()()()()()()()()()()ということである。

 

《それは……どういう意味ですか?》

《答えろ》

 

有無を言わせぬ伊奈帆の問いに、彼とコウモリとの間に一触即発の雰囲気が満ちる。互いに何かあればすぐにでも引き金を弾く、そんな殺伐とした緊張感に満ちた覚悟と気配を漂わせた2人。

 

「そこまでだ」

 

そんないつ暴発するか分からない2人の間に割り込むようにして入って来たのは、いつの間にかスカイキャリアの背後を取った一帆だった。

 

「火星輸送機スカイキャリアに告げる、降伏せよ。さもなくば撃墜する」

 

ヘラスに投げ掛けたような祈るようなものでなく、あえて厳格な声色で降伏勧告を告げる一帆。

 

“どっちも頭を冷やせ”

 

そんな調子(ニュアンス)を含めた降伏勧告に、それを聞いた伊奈帆とコウモリの両者は共に一度口を噤んで頭を冷やす。またどちらにせよ共通の敵(ヘラス)を倒した以上、これ以上協力し合う必要もないがそれと同時にコウモリが一帆が考える相手*4であるならば無理に戦う理由もない。ならば今は降伏したモノとして直に話せる機会を作り味方に引き込めないかと密かに一帆は考えていた。

 

《ひとつだけ、聞かせて下さい》

 

そんな一帆の考えを他所に、しばしの逡巡の後にコウモリは降伏を勧告した一帆に向かってひとつだけ問いを投げ掛けた。

 

 

 

 

 

 

《貴方は……僕の、姫の敵ですか?》

 

 

 

 

 

「俺は……少なくとも、アセイラムさんの味方だ」

 

 

 

 

 

日没間近、種子島の長い長い一日はようやく終わろうとしていた。

*1
ガ●ダムの台詞だったりエ●コンの台詞だったり

*2
なお実際は昇降機(エレベーター)で床ごと地上の滑走路まで持ち上げる方式だったのだが、研究棟や格納庫を含む地下秘密基地が放棄されて以降の電源関係や設備の整備不良によって発進シークエンスが最低限の隔壁の開放までしか実行できなかった結果である

*3
源氏武者並の突撃厨

*4
お姫様第一主義者(アセイラムスキー)なスレイン・トロイヤード




非ログイン状態でも感想受け付けておりますので、よろしければ感想・評価もお待ちしてます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。