ALDNOAH.ZERO -Earth At Our Backs-   作:神倉棐

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7/3「オレンジ色とコウモリ」

 

 

【日本 種子島海軍基地 11月23日 16時45分】

〈Japan Naval Station Tanegashima 1645hrs. Nov 23, 2014〉

 

 

種子島地下にて戦乙女と方舟が目覚める少し前、種子島地上に存在する種子島海軍基地敷地内にて。

 

《8時の方向にα-6!》

《角度50、距離1800》

「了解」

 

その頃、強襲揚陸艦「わだつみ」を秘密ドック内に逃すべく自己判断で進んで囮となったマスタング22こと界塚伊奈帆と、それに釣られて下船することとなったマスタング隊隊長(マスタングリーダー)の界塚ユキ以下隊員の網文韻子(マスタング33)箕国起助(マスタング44)の4名は種子島海軍基地内の敷地にて引き続き敵誘導兵器の迎撃を行なっていた。

 

───この軌道、「わだつみ」狙いか

 

飛来する明らかに距離を取って突撃体勢に入った誘導兵器の軌道を見た伊奈帆は、冷静に10式/SAM-R 75mm狙撃銃を構えると高精度照準器(スコープ)を覗き狙いを付ける。

隠しドックへと逃れた強襲揚陸艦を攻撃するには岩盤を穿たなくてはならない、そのためには威力を上げねばならず威力を上げるには今まで以上に速度を稼ぐ必要がある。速度を上げる加速には必ず距離が必要だ、だが距離が長ければ長い程に少し突入角度がズレただけで狙いは大きく外れる。

 

《命中!α-6、撃墜!》

 

よって「わだつみ」防衛には最低2発は必要だったHE弾による迎撃も、この様な距離のある迎撃ではたったHE弾1発でも十二分な程に効果を発揮する。ほんの少し、HE弾の爆発によって進路をズラされたα-6はいとも容易く明後日の方向──海中へと水没する。

 

───残り10発

 

《っ次!4時の方向からα-5!コッチに向かって来る!》

 

α-2を撃墜した直後、唯一10式/SAM-R 75mm狙撃銃(有効な対抗手段)を持つ伊奈帆の背後から接近して来たα-5に息を吐く暇もない。セミオート故に手動での装填は不要とはいえ重量や銃身長の問題から基となった自動小銃(10式/M2 75mm小銃)に比べ取り回しの悪い狙撃銃の隙を援護(カバー)すべく、その背後を固めていたユキと起助が自動小銃で狙い撃つが精度の問題か掠めるばかりでなかなか当たらない。ユキと起助に募る焦り、しかしその一方でどう足掻いても狙撃銃を構え直し狙い撃つには間に合わないハズの伊奈帆は冷静だった。

 

「問題ない」

 

伊奈帆がその言葉を発した瞬間、突如α-5が空中で爆発し海へと叩き落とされる。α-5を叩き落としたのは空を飛ぶ火星の大型輸送機、スカイキャリアであった。

 

「火星の輸送機だか攻撃機だかの対地支援機が援護して守ってくれる。でもその代わりに……」

 

伊奈帆たち第108機動歩兵隊(マスタング隊)の頭上、種子島上空を低空(ローパス)で飛び抜ける輸送機を見上げつつ、伊奈帆は()()()()に向け狙撃銃の銃口を向ける。

 

発砲

 

撃ち出されたHE弾は輸送機──ではなくその背後を狙い追跡しつつあったα-4の推進器のノズル付近に命中、推進器の爆発と相まって巨大な焔と煙を閃光と共に撒き散らす。

 

「カズ兄の指示にもあったけどコッチもあの機体を援護しなきゃならない」

 

───残り9発

 

《まさか火星の機体とカバーし合うだなんて想像だにしなかった……おかげで母艦の「わだつみ」がいなくても今は膠着状態になったけど……》

 

伊奈帆の援護によって九死に一生を得た輸送機を見上げた韻子は構えた小銃を構え直しつつもそんな率直な感想を溢す。そもそも()()()()()()()()()()が学生の内にカタフラクト操縦技術や火器の操作技術を修める必要に迫られ、しかも今や学徒動員で最前線で兵士になる羽目になったのはおおよそ全て火星側のせい。だがそうであるハズなのに何故か今この場において、その技術は相互扶助する(互いに助け合う)ためとはいえ敵であるはずの火星の機体を守るために使われているのだから不思議なものである。

 

《そうね、「わだつみ」から離れた今弾薬の追加補給は不可能。どうしても弾は限られているし、長引けば長引く程私たちが不利ね》

 

ただ不思議で訳の分からないことなど今に始まったことでもない、第二次内惑星間戦争の開戦以来伊奈帆たち学生だけでなくある程度情報を持つはずの正規の軍人たる大人(ユキ)にさえ分からないのだから考えるだけ無駄だとばかりにユキは()()()()()()を冷静に考える。

 

「よし、ユキ姉。やっぱり敵の機体を直接攻めよう」

 

故に、冷静に考えた上で彼女たち後がない(補給不可な)マスタング隊が取れる選択肢は「短期決戦」の他にない。多少、弾薬は隊の中で融通し合えるが肝心の()()()()()()H()E()()がもう無いのだ。

 

《はぁっ⁉︎》

《ええっ⁈》

 

しかしそう頭で理解はしていても、伊奈帆が出したその提案は余りに突拍子過ぎてユキたちは理解に頭が追いついて行けなかった。

 

《な、何言ってるの!あんなの敵うわけ……そもそも接近しようにも途中で気付かれて例の誘導兵器で迎撃される。無理よ》

「どうかな?……意外に簡単かもよ?会敵後から誘導兵器の母機と思われる機体はあの場所から全く動いていない。ただ愚直なまでに単純な突撃の攻撃を繰り返すだけだ、多分きっとあの機体の武器はアレだけなんだ」

 

冷静にそして常識的に考えるユキに対し、伊奈帆は敵機による「わだつみ」への誘導兵器の襲来以降観測し観察し続けた結果得られた所見と考察を基に作戦を口にする。

 

ズバリ伊奈帆のいう作戦とは「相手の気を惹いている間に接近して囲んでボコろう」作戦である。

 

実に安直(シンプル)かつ短絡的だが案外やってみれば作戦自体は結構イイ線までいきそうなせいで「頭痛で頭が痛い」とでも形容できそうな頭の賢い作戦に、真面目枠なユキや韻子だけでなくおバカ枠に片足突っ込んでいる起助でさえ言葉を失う。無論、この作戦の要たる接近のためには敵の気を惹く陽動──それもかなり敵がその他の相手には目もくれず夢中になってくれるような代物は必要だが、伊奈帆にはそれに()()があった。

 

「あとは……」

 

頭を抱えるユキたちを他所に、その()()にあたるべく伊奈帆は徐に背部の兵装架(バックパック)から拳銃(10式/M4 75mm短銃)を取り出すとそのまま空に向かって連続して銃弾を信号弾代わりに放つ。

 

《え……ちょ…ッ⁉︎何を……》

《は?何する気だよ伊奈帆⁉︎》

《ちょっと⁉︎ナオくん⁈》

 

放たれた発砲音と閃光に驚くユキたち、しかしそんな3人を他所に上空を旋回していた輸送機の操縦者(パイロット)は地上から撃ち上げられたその閃光と撃ち上げたその主の姿を確認をするや否や旋回しつつも高度を落とす。輸送機は再度低空飛行に移ると、今度は馬毛島方面から種子島の地形に沿う様に基地敷地内の上空に侵入し地上スレスレまで降下する。

 

「援護をお願い」

 

その上で拳銃を撃ち輸送機を呼び寄せた当の伊奈帆は降下した輸送機を追い、より周囲の開けた埠頭を目指し機体(ヴァーゼ)を走らせていた。

 

《ちょっと⁉︎援護って……》

《ええっ、マジかよ⁈》

 

毎度のことながら突飛過ぎる伊奈帆の行動に驚き混乱する韻子と起助の声*1を背に、走る伊奈帆は追い付いた輸送機が展開した機体後部の足場(ステップ)へと迷うことなく飛び乗る。

 

《ウソでしょ?》《ウソやろ?》

 

ソラに舞い上がる輸送機と伊奈帆の機体。それを見上げた韻子と起助の口から溢れたのはただ現状を、本気で目を疑いたくなる様な先程までとはやや毛色の異なる驚きの声。

 

戦後確認された第二次内惑星間戦争における地球・火星両軍の交戦記録において()()()()、それも交戦中でありながら完全に偶発的に起こった()()()()()()地球と火星の奇跡的かつ奇妙な共同作業(コラボレーション)に。当時この現場にいた伊奈帆を除く3人はただ、ただただ驚きと共にソラを見上げて見送らずにはいられなかった。

 

 

〈*〉

 

 

【日本 種子島海軍基地上空11月23日 17時00分】

〈Above Japan Naval Station Tanegashima 1700hrs. Nov 23, 2014〉

 

 

地球連合軍機でありながら何の因果か、火星の輸送機に搭乗する(載る)こととなった伊奈帆(ヴァーゼ)。ひとまず折角載った機体から絶えず吹き付ける風圧などで振り落とされ滑落することのないよう、まず自機の立ち位置と姿勢を変更し輸送機に据え付けられていたカタフラクト用の取っ手を掴む。

 

「接触回線*2接続(オープン)──聞こえるか?ゆっくりと挨拶といきたいところだけど時間がない、手短にいこう。そちらの兵装は?」

 

ある程度体勢を整える片手間に取っ手越しに接触回線を開いた伊奈帆は、間髪入れずに協力体制構築の打診を申し込む。

 

《──え、ええ……機首付近にある両翼基部と両翼のエンジンポット内側の単装速射旋回砲のHE弾の残りが全部で20発程……それ以外で有効打になりそうなのは何も搭載していません。そちらは?》

 

その一方で、唐突に回線を開かれ打診を受けた輸送機の操縦者は初めはしどろもどろにもなりながらも即座に同意の意を込めて己の機体状況を開示、逆に伊奈帆の状況を問い掛けてくる。

 

「狙撃銃のHE弾が9発、小銃の物ならまだあるがそれで最後だ」

 

同じく伊奈帆も即座に状況を開示、独立した計器モニターに表示された残弾数──特に10式/SAM-R 75mm狙撃銃のものを横目で確認し輸送機の操縦者に告げる。

 

《ナオくん!やめて!それは火星の……》

「ごめんユキ姉、今は後で」

《ちょっ⁉︎待っ……》

 

互いに利用し合う前提とはいえ、見掛け上やや淡白でもあるものの特に棘もなければ歪み合う感じでもない両者の対話に、地上でそれを聞いていたユキが苦言を呈すべく回線を開くがあっさりと伊奈帆によって閉じられる。

 

《──よろしかったので?》

「問題ない……訳じゃないが、今重要なのはソコじゃない。今重要なのは()()()()()()()()()()だ」

 

まるでぶつ切りされたユキの膨れっ面が目に浮かぶような伊奈帆だが、確かに今重要なのはソコではない。最優先事項は「如何にして質量誘導兵器を操る敵機」を撃破するかどうか*3、そのためには何より情報が必要だ。

 

《ヘラス──ああ、貴方方があの機体を何と呼称しているかは分かりませんがあの島に陣取っている機体です──あの機体の拳は巨体な分子となって硬度を増します。容易な火力ではどう足掻いても破壊できません》

 

無事に協力関係を築けたこともあって輸送機の操縦者が「友軍」となった伊奈帆(ヴァーゼ)の滑落防止に電磁式の脚部固定具を起動、同時に敵機もとい「ヘラス」と呼称される火星のアルドノアドライブ搭載型カタフラクトについての情報を開示する。

 

───つまり機体全部か、あるいは装甲だけでも単分子化させ固定化して切り離した腕部に質量弾としての繰り返し運用に耐え得る強度を得ているということか

 

かの機体が持つ特殊能力は「単分子化」、理屈としてはアルドノアドライブの能力で機体が纏う装甲などを電子や分子に、機体自身の構造体を原子核などに見立て機体自体をひとつの原子や単分子のような存在に変質させている訳である。これにより機体構造そのものの結合力を異常なまでも強化すると同時にその装甲などに用いられた金属原子同士の金属結合をも強化しているため、地球製に比べ元から耐久性や剛性(ポテンシャル)に勝る火星製の装甲が特殊能力でより強固となるよう変質させ固定させられているのだからその強度は折り紙付き。要するにヤツ自体がシンプルかつ物理的に無茶苦茶硬い。

 

───「バリア」に「ビームサーベル」に次は堅実な「物理装甲」か

 

内心で思わず「()()()()()()()()()()()()()()()だな」と独りごちる伊奈帆だが、実際敵に回すには余りに笑えない想定に早々に考えを打ち切ると今の目の前の問題への対処に注力する。

 

「いや、破壊されたモノもある。カズ兄が撃ち落としたα-2、指を破壊された拳がある。多分、指が動く時は分子構造が戻るんだ。あとさっき撃ち落としたα-4、あの爆発からして装甲がない真後ろから推進器を狙うのも有効だと思う」

 

そんな中で伊奈帆が注視したのは一帆によって破壊されたα-2を回収するα-3の画像と伊奈帆自身に推進器付近を撃たれ大爆発を引き起こしたα-4の画像、2枚目のα-4はともかくα-2は「わだつみ」の艦載砲弾たる127mm HE弾でも今まで傷ひとつつけられなかった不壊な筈の指を破壊されている。破壊されているということはその時その指は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということであり、その原因を探るべく破壊される寸前の状況を思い返せばその指──(あるいは)α-2が破壊されたのは失速し墜落していた輸送機を背後から()()()()()()()()()()()()()()()まさにその瞬間であった。

 

“単分子化させたものは固定化され解除するまで動かせられない”

 

つまり、それがヤツの唯一にして最大の欠点(突破口)だ。

 

「それがヤツの弱点ならやりようはある。スタビライザーの信号を回して、あと機載レーダーとかのデータリンクも」

《規格が違いますよ⁉︎》

「構わない、こちらで解析する……来るぞ()()()()

《コッ、()()()()⁈》

 

伊奈帆の無茶振りに戸惑う輸送機の操縦者も突然「コウモリ」呼ばわりされては堪らないし驚くのも仕方ない。例えそこに特に深い意図や意味がない──ただ単純に機影(見た目)が黒くて前進翼機だったため──ものだったのだとしても、卑怯者や裏切り者を揶揄するあだ名をつけられては堪らない。*4

 

《ぐっ⁈》

「くっ⁉︎」

 

ただそれでも咄嗟に反応し操縦桿を右に切ったのは流石。背後から迫っていたα-1を輸送機は急旋回で躱すと、伊奈帆は急激な重力加速度に耐えつつも機体を捻りさらに背後から追尾して来ていた(二段構えの)α-3へと狙撃銃の銃口を向ける。

 

「まだだ……良し、今!」

 

撃ち出された銃弾は見事、輸送機ごと伊奈帆を握り潰さんと手の平を広げていたα-3の薬指の付け根あたりに命中。手の内で起こった何の変哲もないたかだか75mmのHE弾程度の爆発で、今まで艦載砲弾の直撃でさえ傷ひとつ付かなかったはずの拳の指は意図も容易く捥ぎ取られ残骸となって眼下に広がる太平洋へと堕ちてゆく。

 

《ほ、本当に破壊した?》

「予想通りだ、残りは8発……次、来るぞ」

 

よもや本当に破壊できるとはカケラも思っていなかったらしき操縦者──(もとい)コウモリに対し、伊奈帆は残弾とレーダーを確認しつつ再び背後から迫るα-6とついさっき躱したばかりのα-1の接近に警告を発する。

 

───警戒されたか?なかなか手を開いてくれない……

 

α-1とα-6の追撃を振り切ろうと推力最大で機体とエンジンをブン回す輸送機だが、加速はともかく小回りの良さは相手が上であるが故に中々振り切れない。しかも伊奈帆たちにとって都合の悪いことに拳のさらなる撃墜を警戒して手を開こう(指を動かそう)ともしない敵機の様子に少しばかり焦りが募る。

 

───硬さ……あの硬さをどうにかしないと、でもHE弾の爆発じゃ火力が足りない。だからと言ってAP弾じゃ()()()()()()()()()()て砕けない、なら一体どうすれば……

 

焦りの募る思考の中で、その時ふと伊奈帆の頭脳に光明が差す。脳裏に浮かんだのは今や随分と昔にも感じてしまう平穏だった頃の、より自分たちが子供だった頃の話。

旧芦原市海岸線と郊外に渡って穿たれた隕石孔上に新芦原市の再開発が丁度始まった、まだ己が小学生だった頃に拾った隕石片(石ころ)──おそらくかなり不純な隕鉄片──を一帆が素手でもうひとつの同じ位の大きさのソレと打ち合せて割りその断面を見せてくれた、今や遠い過去の思い出話。

しかしそんな懐かしいだけの何でもないような思い出が、伊奈帆にとっての閃きのヒントとなった。

 

「そうか、破壊に必要なのは弾だけじゃなくても良いのか」

 

そう、別に小難しく考える必要もない。撃って壊せないなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。丁度おあつらえ向きに、背後を追うα-1とα-6は至近かつ真横に並ぶ様に飛んでいる。現地調達可能な正に絶好の機会に伊奈帆自身、自分でも気付かない内に(武器)を持つが故にそれを用いて倒さねばならないという先入観に縛られてはいたが、実際重要なのは使うことではなく破壊することだと気付いた伊奈帆は一度狙撃銃を背部兵装架へと戻す。代わりに左手に小銃を握った伊奈帆は、自由(フリー)となった右腕部を後方を追尾する拳の片割れ── α-1に向けるとその上部に据え付けられたワイヤーアンカーを狙いを付けて射出する。

 

「良し、掛かった。ぶん回せ!」

 

射出されたアンカーは見事、伊奈帆の狙い通りα-1の拳の人差し指と中指の間に滑り込み反しによってガッチリと固定される。固定が確認された瞬間、伊奈帆はアンカーの繋がる右腕と同時に今まで左に捻っていた機体(ヴァーゼ)を反対の右へと思い切り引き抜くように振り抜き、輸送機の操縦者は伊奈帆の指示に従って機体を右に向かって上昇しつつ急旋回。唐突な進路変更により繋がれたワイヤーに引き摺られるカタチとなったα-1は慣性制御を狂わされ勢いよく隣を併走していたα-6へと激突、余りの衝撃に硬く閉じられていたはずの拳の指が開く。

 

「今だ!」

《分かってます!》

 

開いた指、動いた指に向かって伊奈帆の小銃から放たれたHE弾とコウモリの単装速射旋回砲のHE弾が降り注ぐ。命中し炸裂した弾丸に砕かれ残骸となった指と共にワイヤーからも切断されたα-1は失速し墜落して行くが、ぶつけられたα-6は何本かの指先を失い火花を散らし進路を逸らされながらも撃墜には至らない。

 

「次、後方よりさらに2機……あれはα-5と今撃ち漏らしたα-6か」

 

再度今度は小銃から狙撃銃へと持ち替える伊奈帆、着々と敵カタフラクトの誘導兵器たる拳を撃墜しつつも上手く注目(ヘイト)を稼ぐ彼らだが拳の残りが「2」となった現段階で打てる手段はほぼ無いに等しい。万策尽きた、とまではいかないがそう何度も同じ手が通用する相手でもなく向こうも対策──不用意に手を動かさず、互いに空間を取り完全な併走はしないなど──をしてきておりもはや()()()()()()()()()どうしようもない。

 

「進路175、海岸線に沿って飛んで……ユキ姉、聞こえる?」

 

故に、伊奈帆がとった手段は単純だった。

 

《ええ、聞こえるわ》

「今からα-5とα-6を引き連れて海岸線に沿って飛ぶ、ユキ姉たちはその背後からα-5とα-6のエンジンを狙い撃って」

 

伊奈帆単独ではどうにもならないなら、それ以外の地上に居る()()()()()()()()()()。伊奈帆の立てた裏取り作戦に基づき順調に地上を進んでいたユキに対し、つい数分振りに通信を再接続した伊奈帆は迷わず彼女たちに頼ることにしたのだ。

 

《全くもう、都合の良い時だけ頼るんだから》

《まあまあ、隊長》

《そうそう、偶には仕事しないと全部美味しいところは伊奈帆に盗られて俺たちただの税金泥棒だしな》

 

今の今まで通信を切っておきながら突然投げられた余りの無茶振りに呆れた顔でぼやくユキにそれを宥める韻子と起助、しかし日頃余り他人に頼ろうとはしない(手が掛からな過ぎる)伊奈帆からのお願いに内心喜びが隠せていないのは明白でありそんな無茶振りを実行すべく彼女たちは各々の武器を構え直し天を睨む。

 

《良し、進路そのまま!そのまま!》

《マスタング33はα-5を、マスタング44は私とα-6を狙って!》

《了解!撃て撃て!》

 

超低空で彼女らの頭上を通過する輸送機、そしてその背後を追走するα-5とα-6に向かいユキたちは通過したその瞬間から射撃を開始し装甲化されていないであろうそのエンジン部を狙う。

 

《撃墜!撃墜!》

「やはりエンジンも弱点か」

 

エンジンを狙った弾丸は今度こそ寸分違わずα-5とα-6それぞれのエンジン尾部に命中、いつか伊奈帆が撃ち落としたα-4の様に盛大な爆発と共に爆発四散し陽の落ちつつある種子島上空を閃光に染める。

 

これで全ての拳は地に堕ちた。

 

《良し、母機の背後を取った。敵誘導兵器も全機撃墜したし、このまま背後から強襲する!》

 

今までもそうだったが遂に全ての攻撃手段を撃墜された所為か、交戦開始時以降も微動だにすることもない種子島岸壁の頂上に陣取った敵カタフラクト──ヘラスの背後を取れる岩陰へと配置にようやく辿り着いたユキたち地上部隊がタイミングを計りつつも突入態勢に入る。

 

《3…2…1…突ny──って……はぁ⁈》

《えぇ……飛ん、でっちゃった……》

《ウッソだろお前……》

 

しかしそんなユキたちが突入を図ったたその瞬間、今まで碌な動きを見せなかったはずのヘラスがここに来て初めての動き──突如変形したかと思うとそのまま推進力にモノを言わせて垂直に空へと飛び立ったのだ。

 

「何だあれ!」

《僕も知りません!》

 

余りの行動の珍妙さに思わず動きを止めて見送ってしまった地上のユキたちに対し、その上空にいた伊奈帆とコウモリにとっては堪ったものじゃない。奴が地上でしかも背後まで取られていたユキたちを無視して空に飛び上がったということは、相変わらず狙われている(奴がご執心な)のは今まで注意を惹き囮に徹していた(より多く拳を撃墜して来た)伊奈帆たちであることは火を見るよりも明らかである。

 

「距離を取った、多分自分を弾体に加速して突撃して来るぞ!」

《狙撃で軌道を、少しでも良いので逸らして下さい!》

「あのサイズ、ライフルじゃ無理だ!カズ兄みたいに連続で同じ場所を狙撃できるならともかく質量に対して火力が足りない!」

 

輸送機に向けて距離を取る敵機、実にあからさまでかつもいそろそろいい加減見飽きてもきた戦術だが、まさか拳だけでなく母機となるヘラス本体までもを弾体として突撃して来るなど想定外も想定外。心なしかよくよく変形した敵機の外観を観察して見れば、何気に本体もまた拳状の見た目になっているように見えるのもここまでくれば気のせいとは言い難い。

 

《貴方を載せていると重過ぎるんです!避けられません!》

 

敵の余りの猪武者っぷりに今になっててんやわんやしだした空の2人。流石に本体丸ごと突っ込んで来られては質量的に狙撃銃程度の火力では迎撃不可能(逸らすことすらできない)、なら避けるしかないのだがそれもまた伊奈帆(ヴァーゼ)を載せたコウモリ(輸送機)には文字通り「荷が重い」。

 

「来るぞコウモリ!」

 

今度こそ絶体絶命の危機(ピンチ)に思わず叫ぶ伊奈帆、それに対し遂にコウモリもまた今までの控え目な言葉遣いをかなぐり捨てた素で叫ぶ。

 

《くっ!黙っていて下さい()()()()()‼︎》

()()()()()?」

 

コウモリから言われた「オレンジ色」との呼び名に、はて?と思う伊奈帆。伊奈帆の乗るYKG-X07 ヴァーゼラルドは次期主力試作機であると同時に先進技術実証機であり、その迷彩塗装は試験機を表す()()()()()()を使った派手な目立つ見た目をしておりオレンジ色など何処にもない。ただしかし、伊奈帆は気付いていないが夕陽で茜色に染まったヴァーゼラルドは、確かに彼が最初に乗っていた練習機同様に鮮やかな「オレンジ色」だった。

 

「失速させて落としたのか」

 

ガクン、と落下する機体。強烈に浮き上がる様なマイナスGの感覚に、コウモリが最初α-2とα-3に狙われた際にわざと失速(ストール)させてその攻撃の軸線上から逃れたのと同様に機体を落として突撃したのだと伊奈帆は理解する。

 

《ぐっ⁈引き起こしが……ッ⁉︎》

 

ただ、問題はその時と違いコウモリは気絶もしていないのに未だに機体を立て直すこともできていなかった。

 

「また来たぞ!まだ失速回復と引き起こせないのか?このままだと季節外れの水浴びか汚い花火だぞ?」

《無茶言わないで下さい!それなら貴方が降りて下さい!》

 

前門の虎(海面)後門の狼(ヘラス)

 

グングンと迫る眼下の海面と背後を追尾して来るヘラスに、いつの間にか互いに遠慮の無くなった2人がそんな言い争いを始めるがもはやどうしようもない。万事休すか、と思った──

 

「な⁉︎何だ⁈」

 

──その次の瞬間、伊奈帆たちの背後に数m(メートル)に迫っていたヘラスに幾つもの超小型誘導弾(マイクロミサイル)が突き刺さっていた。

 

「あれは……種子島基地から?」

 

連続した爆発により辛うじて突撃を逸らさせたことで危機から脱した伊奈帆とコウモリ、機体を安定させ誘導弾の発射元を探り周囲を見渡す2人が目にしたのは種子島基地敷地内に開いた隔壁扉から飛び出した1機の白い影。

 

《地球の、白い……戦闘機?》

 

十余年の月日をその戴くべき主を待ち続けた白亜の翼を持った戦乙女(バルキリー)が今、その主を戴きそのソラにいた。

 

 

 

 

 

《よう相棒、まだ生きているか?》

 

 

 

 

*1
なお驚き混乱しつつもちゃんと手は動かして援護する辺り、彼ら彼女らも戦場慣れ……というよりかは突飛な無茶振りばかりする一帆と伊奈帆の行動に慣れて順調に毒されている模様。

*2
▶︎接触回線

装甲(スキン)構造体(フレーム)の振動や電流などの信号を利用し、お互いの機体を接触させる事で情報伝達を行う通信手段。欠点として通信時に装甲同士を接触させなければならず、通信可能距離が極めて限られる点が挙げられるがワイヤーなどの伝導効率の良い媒介を介すことで多少の効果範囲の延伸は可能である。

基本的にヒト型カタフラクトにおいては人体でいう「手の平」に当たる部分に主たる送受信用の振動装置が仕込まれており、受信だけならフレームだけでも可能。

元は宇宙開発の過程で開発された通信技術の一種。本来は地球上だけでなく宇宙空間上での有人作業機同士の極至近距離での安易かつ確実な通信手段として開発されたが、その仕組み故に無線や赤外線レーザー通信に比べ盗聴のリスク低減や安易さに優ることから第2次月面調査と第1次火星調査で実用化された宇宙有人探査作業機を基に軍事転用された技術のため今でも地球・火星の陣営を問わずカタフラクトなどの機動兵器にも標準装備されている。

俗称として英語の「Contact Line」を略して「CL」と呼称される場合や、通信対象に触れて通信を行うというその通信方式から誰が言ったか「お肌の触れ合い通信」とも呼ばれる場合もある。

*3
なおこの後のユキの機嫌取りは優先順位では2番目か3番目辺りな模様、それも一帆に丸々押し付ける気満々である。

*4
実際、操縦者自身は脱走して来た挙句味方陣営の機体と敵対中とあながち間違っていないというのもミソ。




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