ALDNOAH.ZERO -Earth At Our Backs-   作:神倉棐

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EPISODE.07/【邂逅の二人 -The Boys of Earth-】
7/1「過去との再会」


 

 

【日本 種子島海軍基地 中種子湾防波堤 11月23日 16時37分】

〈Japan Naval Station Tanegashima Taluk Nakatane breakwater 1637hrs. Nov 23, 2014〉

 

 

突然太平洋の彼方より現れたの騎兵隊の来援によって絶体絶命の危機を救われた形の「わだつみ」だったが、そんな彼らは種子島上空をインメルマン・ターンの機動で旋回しつつあるその()()()()()()に対し感謝よりも先に疑惑の目を向けていた。

 

《あれは……確か火星の輸送機?敵の増援……でしょうか?》

《しかし先程の攻撃を阻止したのはあの機体です。通信手、何か通信はありませんか?》

《あ、ありません。当然ですがIFF(敵味方識別信号)にも反応無し、詳細は不明です》

 

被弾や艦橋付近を飛び抜けた敵の質量誘導兵器の衝撃波の影響によってヒビの入った艦橋窓からソレを見上げた不見咲副長は、その機影より不明機が火星側の運用する大型輸送機(スカイキャリア)であることに思い至る。ただマグバレッジ艦長が言った通り火星にとって敵であるはずの「わだつみ」(地球連合)を救ったのはまず間違いなくその機体であり、正規の軍人である彼女たちですら敵が味方か──はたまた()()()()()()()()()であるのか検討も付かない。

 

《仲間割れ?》

《さあ……漁夫の利か、それか獲物の取り合いをしているだけかも》

 

それは飛行甲板上にいるマスタング隊も同様であり、部隊長であるユキもそれが信用・信頼に足りうる存在なのか頭を悩ませる。

 

《どっちでも良いよ、敵の敵なら味方でなくとも役には立つ》

 

ただ伊奈帆は違うようで「役に立てばそれで良い」という姿勢(スタンス)らしい。

 

「確かに……な」

 

ごもっともな話に一帆も()()同意しつつ、その輸送機(スカイキャリア)から連想してその搭乗者(パイロット)が原作主人公の片割れ──アセイラムたちのいう「スレイン・トロイヤード(アセイラムスキー)」であるならばその行動にも理解と納得はできる。

 

───もし奴がスレイン・トロイヤードならその目的は新芦原で目撃してしまったお姫様の安否確認、その為には「わだつみ」を攻撃する種子島の敵機(火星カタフラクト)は邪魔だ

 

つまりもしそうならば今この状況において、目前の脅威を打ち払う点において一帆たちと彼の利害は一致している。

 

艦橋(ブリッジ)、こちらメビウス1。敵機との通信はできませんか?」

《メビウス1?いえ……通信手、可能ですか?》

国際緊急周波数(121.500MHzと243.000MHz)*1を含む全周波数での通信を試みていますが、相変わらず返信ありません》

 

意思疎通の手段を求めた一帆だが、相変わらずスカイキャリアからの応答はない音信不通だと艦橋からは告げられる。もしや地球と火星では通信に使う周波数帯が違ったりそもそも電波通信を使わないのか、はたまたまさか()()()()()()()()揚陸城からの現在位置の追跡(トレース)を避けるべく通信機の送受信機能を切っているのかとも考えるが、情報不足故にひとまず無視されているものと考える。

 

「──っ⁉︎それはそうと突然だが敵に動きアリだ!上空のα-2とα-3に動きアリ!おそらく上空の敵機?が狙いだろう」

 

乱入によってしばし動きを失っていた戦場に新たな動きが起こる。敵──火星カタフラクトの誘導兵器α-2とα-3が、敵──種子島上空を飛ぶ火星輸送機(スカイキャリア)にその矛先を向けたのだ。

 

───通信によるやりとりの有無はともかく、実力行使で排除とは……やはり火星側は陣営内の連帯(貴族間の仲間意識)が弱いか、いっそ悪いというのは間違いない……か

 

背後に迫る2つの脅威()に気付いたスカイキャリアはその速度差と小回りの利かなさ故に早々に通常のミサイルに付かれた時のような加速と回避機動による回避を断念、フラップと機体後部にある双発エンジンを展開したと同時に()()()()()()

 

───なるほど、ワザと失速(ストール)させて攻撃の軸線上からズラしたのか

 

意図的かつ急激に失速(ストール)させてることで機体を垂直に落として背後に迫るα-2とα-3を躱したスカイキャリア、しかし──

 

「詰めが甘いな、立て直しが遅過ぎる。マイナスGで気絶したのか?」

 

直撃を躱しはしたものの失速し揚力の大部分を失ったせいで、半ば墜落状態で降下する機体の立て直しをしようともしないスカイキャリアの様子に一帆はパイロットが気絶したのだろうと当たりを付ける。ただ、そのままただただと回避機動も取らずに降下するだけの機体など恰好の的でしかない。事実一度回避された敵の誘導兵器は旋回後再びスカイキャリアの背後500に迫っており、()()()()()()()()()()()あと十数秒も経たずにして()()()の汚い花火か海の藻屑に成り下がるだろう。

 

───まあ、何もしなければだけど

 

茜色のソラに花開いた爆裂の赤は()()()

 

スカイキャリアを背後から握り潰さんとしていたα-2とα-3の手の平と甲にそれぞれ127mm HE弾が突き刺さっていた。

 

爆発により弾道を逸らされた誘導兵器は本日何度目かの海中への飛び込み(ダイブ)を強いられる。また背後での爆発によってか、気絶から正気を取り戻したらしいスカイキャリアのパイロットは慌てて機体を立て直し海面ギリギリでその安定を取り戻していた。

 

「メビウス1よりマスタング全機に告ぐ、これよりあの輸送機を援護する。非常事態な上にこちらは劣勢だ、使えるものは全て使う。コールサイン は「コウモリ」、各員余裕がある場合だけで良いから気には留めておいてくれ」

 

再び高度を取り直すべく上昇を続けるスカイキャリアを横目に、一帆は伊奈帆の「役に立てばそれで良い」すなわち「利用できるものは利用する」案を採用する。そんな一帆の判断に伊奈帆たちマスタング隊、特に艦橋から苦言が飛んで来ない辺り艦長や副長の2人は現場指揮官たる一帆の独断専行(自由裁量)を黙認するつもりらしい。

 

「八朔!さっき撃ち落とされたα-6とα-5にも動きだ!多分今度はコッチに来るぞ!」

 

動きをレーダーで監視していた鞠戸大尉からの警告に、咄嗟に一帆もレーダースクリーンを確認すると再度距離を取るα-5とα-6の姿が確認できる。

 

「艦後方からの再攻撃っ、それも艦砲からは死角になる超低空からの水平攻撃か!」

 

その複数の光点(ブリップ)進行方向(軌跡)は一度「わだつみ」から遠く離れた太平洋側に飛び抜け、大回りしてからの艦尾方向から侵入し突き抜けるもの。高度も迎撃に使われる艦載砲が取れる俯角の死角となる超低空からの侵入であり、乱入者よりも先に撃墜を邪魔した「わだつみ」を本気で沈めるつもりらしい。

 

《なら……艦橋のコントロール、ウェルドックを開放して下さい》

 

しかし今まで誘導兵器を迎撃し続けてきたのは艦載砲だけではない。艦載砲程の火力こそ無いものの、代わりにそれに準ずる火力ながら自走も可能な砲──10式/SAM-R 75mm狙撃銃を装備したカタフラクト(YKG-X07 ヴァーゼラルド)がいる。

 

《マスタング22からですが……艦長、艦尾の浸水が酷く今開放すると避難民などの非戦闘員の脱出に支障が出る可能性が》

《……良いでしょう、ウェルドック開放。既にドック内に集結している非戦闘員には発砲に備えさせなさい》

 

伊奈帆の要請──ウェルドック開放による狙撃位置と射線を確保した伊奈帆のヴァーゼは迷わず飛行甲板から飛び降りるとウェルドックの開放ハッチに着地、そこにいた避難民たちに耳を塞ぐよう警告すると同時に狙撃銃を構える。

 

発砲

 

「今度こそ外さない」という不退転(必中)の覚悟で放たれた75mm×630mm UFE弾は、今度こそただの1発も逸れることもなく並走し接近しつつあったα-5に連続して命中。進路を逸らされたα-5は至近を並んで飛んでいたα-6に衝突しそのままα-6を水面の底へと送り込み、自身は艦橋を掠めるように飛んで「わだつみ」の真前にある種子島の岸壁へと激突する。

 

《何?何だ……⁉︎アレは⁈》

《あれは……岸壁に偽装された隠しドック?》

 

α-5の激突により崩れ去った岸壁の一角、何たる偶然かそこには「わだつみ」クラスの軍艦が丸々1隻が侵入できるような空洞──隠しドックが広がっていた。

 

《舵は⁉︎》

《何とか、直進なら問題ありません‼︎》

《機関は⁉︎》

《生きてます!》

《船体は⁉︎》

《座礁から復帰こそしましたが、艦首と艦尾の浸水が酷くギリギリ……いえ、かろうじて許容範囲内です‼︎》

 

それを見たマグバレッジ艦長は咄嗟に艦の状況について報告を求める。状況は海底の地盤粉砕と防波堤の崩壊により座礁からは復帰したものの最悪一歩手前、艦首はともかく艦尾の浸水は酷くウェルドックを開放したことも相まって浮力の喪失が加速しており大傾斜からの転覆か着底かは時間の問題だ。それでも操舵手(ニーナ)機関士(筧軍曹)からの報告は、この「わだつみ」最期の意地を──「まだ動ける」「必ずや港まで届けてみせる」と──示すかのようだった。

 

《ならば結構‼︎機関最大!前方のドックに突っ込め!》

《了解!機関最大!最大出力!》

《直進します!》

 

マグバレッジ艦長の号令に、「わだつみ」の機関が最期の咆哮を上げる。浸水と沈降により通常よりも遥かに重い船体、であるというのに「わだつみ」は目下に沈む崩壊した防波堤の残骸をもろともせず前進、その全てを踏み潰し驚くべき俊足でもって目前に広がる隠しドックへとその身を滑り込ませる。

 

《機銃掃射!目標、ドック入り口上部岩盤!撃て‼︎》

 

ドックに侵入してすぐに唯一無力であったが故に無傷で残った艦橋構造物後部のCIWSである20mm高性能機関砲(バルカン・ファランクス)が火を吹きドック入り口を薙ぎ払う、火星製のカタフラクト相手では無力でも岩盤程度が相手なら滝のように放たれたタングステン弾芯の徹甲弾で最も容易く蜂の巣にできる。崩れた岩盤の断片が再度隠しドックの入り口を瓦礫の下敷きに(封印)したことで火星カタフラクトの追撃を封じた「わだつみ」だったが、封じられたのはもうひとつ──

 

「通信途絶(ロスト)、伊奈帆たちは外か……」

 

いつの間にか飛行甲板上から姿を消していたマスタング隊の安否や連絡をも封じていた。

 

「行くぞ八朔、界塚たちマスタングが気になるのは分かるが今は自分たちのことが優先だ」

 

姿を消した伊奈帆たちの安否を気遣う一帆、おそらく敵カタフラクトの注意を「わだつみ」から逸らすべくドック突入直前に艦から飛び降りて別口で種子島に上陸したであろう4人のことも気になるが鞠戸大尉の言う通り艦に残された自分たちのことも重要だ。

 

「……ええ、分かってます。非戦闘員の誘導と鹵獲した兵器や残存艦載機などの搬出、揚陸艦が沈むまでにやるべきことは山ほどあります」

 

───だからせめて、無事に生き残っていてくれよ

 

故に、そう思いながら一帆は先に機外へと脱出していた鞠戸大尉の後を追い格納庫を駆け出していた。

 

 

〈*〉

 

 

【日本 種子島海軍基地 隠しドック 11月23日 16時45分】

〈Japan Naval Station Tanegashima Secret dock 1645hrs. Nov 23, 2014〉

 

 

火星カタフラクトの誘導兵器からの追撃を振り切り、種子島基地隠しドック内に滑り込んだUSFE(地球連合海軍)極東方面軍第四艦隊所属の強襲揚陸艦「わだつみ」。満身創痍と読んで字の如きその様相を呈したその艦、その指揮中枢である艦橋にはそこから隠しドック内を見渡す2つの人影があった。

 

「ここは一体……種子島にこのような基地が存在するとは聞いていませんが」

Need to know(知るべき者だけに情報は伝える)の大原則でしょう、ただ単に軍上層部にとって我々は事前に情報開示するに値う階級に無かっただけのこと。とにかく、総員退艦を急ぎましょう」

 

1人は副長の不見咲カオル海軍中佐、艦内各部署より送られて来る総員退艦作業の経過報告の統括役を兼ねて艦橋に留まっていた彼女は艦橋に同じく残っていたもう1人、艦長であるダルザナ・マグバレッジ海軍大佐にそんな疑問をぶつける。そんな疑問をぶつけられた艦長は、大佐である自分にすら知らされていなかった情報──種子島基地に関する諸情報──にそんなありきたりな回答を返す他にない。また今優先されるべきなのは色々と胡散臭い上層部の思惑に探りを入れることでもあれこれ考えを巡らせることでもない、大破着底まで幾分の猶予しかない「わだつみ」から乗組員を全てひとり残らず離艦させることにある。

 

「か、会長!マスタング隊は?韻子たちが甲板にもいないんです!」

 

一方で避難民と負傷兵の離艦が済み、次にコンテナ詰めされた鹵獲兵器*2やら交戦開始までに整備が間に合わなかった艦載機のカタフラクト(KG-7 アレイオン)とその搭載兵器の運び出しが傾斜と沈没により大幅に喫水が下がったことを利用して右舷の舷側エレベーターを無理矢理岸と同じ高さに横付けし「わだつみ」と岸を橋渡しすることで直接搬出されていたドック岸では、慌てた様子のニーナ・クラインが兵器搬出を終えた一帆に対しそう尋ねていた。

 

「伊奈帆たち……マスタング隊は外でまだ交戦中だ」

「そ、そんな……何で会長、会長がいながら何で……」

 

混乱する彼女に対し、一帆は努めて冷静に事実を話す。マスタング隊に所属する網文韻子は彼女の級友(クラスメイト)であり親友──少しばかりそれ以上の感情があるようにも思えるが──でもある、そんな大切な人物が囮として孤立無縁で戦っているというのはいくら幾つもの戦場を経験した歴戦の勇士であれつい最近まで「ただの学生」であった少女には荷が重過ぎる。

 

「そこまでにしてやってくれ、クライン」

「鞠戸教官」

 

そんな溢れた感情によって思わず一帆に詰め寄った彼女を宥めるようにして制止させたのは、いつの間にか側までやって来ていた鞠戸大尉だった。

 

「八朔だって人間だ、神様じゃない。確かに今のところ常勝無敗、八朔も「英雄」と称されるに相応しい働きと結果を残しちゃいるがつい最近まで()()()生徒会長(頼りになる先輩)でしかなかったのはクラインも知っているだろう?」

 

大尉は諭すような、宥めるような口調で彼女に向かい──と同時に周囲にいた一帆やニーナを追って後から来た祭陽や詰城たちにも聞こえるよう話す。生徒会顧問だった鞠戸大尉や腐れ縁の祭陽と詰城たちはともかく、ただの後輩でしかないニーナが元々生徒会長であった一帆に抱く印象(イメージ)は「頼りになる先輩」であり今は「何でもできる英雄(凄い人)」。結果だけを見ればそう思ってしまってもしかない結果を示した一帆だが、その印象は現実の一帆を大きく逸脱した代物、謂わば誇張され過ぎた虚像に他ならない。

 

「それにあの状況、前線指揮どころか迎撃に専念せざるを得なかった状況でマスタングのことにまで気に留めていられなかったのは八朔だけの責任じゃない。むしろ歳も階級も上で、その上同じ機体に同乗もしていた俺の責任だ」

 

そんな彼女が抱く虚像を指摘した、その上で大尉は「責任の所在は自分にある」と宣言する。そもそも一帆が対火星戦においてある程度の自由裁量(独断専行)が認められているのは名目上隊長である鞠戸大尉が長時間戦場に出られない*3が為の指揮権移譲が建前であり、実態としては艦内において最高責任者であるマグバレッジ艦長がその自由裁量にお墨付きを与えているためである。つまり道理としてはともかく理屈としては一帆の起こした責任は、直属の上司にあたる鞠戸大尉か最高責任者であるマグバレッジ艦長が負うことになる訳だ。

 

「それは……済みませんでした、会長。……私、私ちょっと少し興奮して熱くなってました。……そうですよね、会長が……会長だけが悪い訳じゃないですよ……ね」

 

そんな小難しい理屈や道理を話されたことで幾分か感情の興奮が落ち着き冷静になれたニーナは、一帆に詰め寄った際に思わず掴んでしまっていたその襟を離す。同時に先程までの自分を客観視た彼女は酷い後悔と自己嫌悪に苛まれた表情で一帆に謝罪と頭を下げた。

 

「済まない……それでもやはり君の言う通り、俺の責任だ」

会長()……」

 

大破着底しつつある強襲揚陸艦を目前に、ドック岸の一角に暗く重い沈黙の帳が下りる。それでも何とか民間人の避難民や負傷兵を含む将兵の退艦と物資の運び出しは進み、最後の退艦者であるマグバレッジ艦長は艦内の最終確認を行なった応急工作(ダメコン)班の報告を受けていた。

 

「第11・12ブロックの総員退艦の完了を確認」

「第8ブロックの退避も完了しました」

「よろしい、これで全て確認完了ですね?」

「はい、負傷兵・避難民含めて全員が離艦しました」

 

もはやほぼ艦尾が着底しつつある傾斜した「わだつみ」を背にマグバレッジ艦長は総員退艦の完了を確認、無事に艦から脱出できた人員や物資などの名簿や目録を受け取った彼女はざっとそれに目を通す。

 

「……では、マスタング隊との連絡は?」

「いえ……残念ながら岩盤などの影響により現在に至るまで一度も……」

「無事を祈るしかありませんね……」

 

それら全てに目を通した彼女は続いて現在話題の的であり、目下音信不通となっている第108機動歩兵隊「マスタング」小隊について同じくその場にいたC.I.C要員に尋ねる。ただ返ってきたのは無情にも「通信不可故の不明」であることのみであり、確認できない以上無事を祈る以外指揮官であって戦闘要員ではない彼女にできることは他にない。故に彼女たちは退艦の済んだ「わだつみ」から離れ、種子島からの脱出手段や降伏手段の捜索のためにも何かしら隠されているであろう隠しドックの最奥へと目指して歩き出す。

 

「──────」

 

そんな中でふと、立ち止まったマグバレッジ艦長は「わだつみ」に向かって振り返る。被弾し傷付いた船体と全体的に喫水が下がり遂に艦尾が着底し始めた、実に痛ましい姿となった──しかしとて何処か満足気な雰囲気をも感じさせられる己が初めて指揮したその艦に対し、彼女は万感の想いをのせて敬礼を捧げる。

 

「マグバレッジ艦長!」

「不見咲君……避難民の先導は?」

「ひとまず、脱出あるいは降伏に備え全員をこの先にある貨物室の一室に一時避難させました。ただ──」

 

敬礼を終えてその場を立ち去ろうとした、そんな彼女を呼んだのは先に避難民を誘導して施設内を探索していた不見咲副長だった。

 

「ただ?」

「実は……艦長に見て頂きたいものが、桜木軍曹も艦長をお呼びです」

「整備長も?」

 

ただそんな不見咲副長が濁したその言葉、更には桜木軍曹という技術のスペシャリストである整備長から呼び出されるという異常事態に艦長は疑念と共にこの秘匿された詳細不明の軍事施設に対し不信感を抱く。

 

「何?一体どういうことです?」

「皆目検討もつきません、ただ分かることはここが地球連合軍どころか極東方面軍上層部でもさらに秘匿された極秘施設である点のみです」

 

走るとはいかずともかなりの早足で施設内部を歩き、その最奥を目指す2人。ドック周辺のもぬけのからとなった倉庫や格納庫が並んだ通路を進み、立ち入り禁止や最重要機密を示すマークだけでなく極東方面軍司令部や参謀本部に加え極東方面軍先進技術研究所や三蔆重工などの紋章や社章が刻まれたやたら厳重な隔壁を潜る。

 

「これは……⁉︎火星のカタフラクト!これが種子島基地の秘密ですか」

 

そして潜った先に鎮座したモノ──多くの計器に有線で接続され原型を保っているのが奇跡とも言えるほどの損傷を受けた、火星製と思われる多くの特徴*4を有したアルドノアドライブ搭載カタフラクトを見上げたマグバレッジ艦長は思わず駆け寄った通路の手すりを掴みつつそう叫ぶ。

 

隕石孔(クレーター)さ」

 

そんな彼女の背後から、彼女にとって色々と思うところのある男の声が響く。

 

「鞠戸……大尉」

 

振り返った先にいたのは彼女の後を思わずついて来ていた艦橋要員組と15年前、ここ種子島で起こった唯一の地球上での対カタフラクト戦闘を経験した鞠戸大尉だった。

 

「ここ、種子島に落ちた隕石はひとつじゃない。ひとつは「そう、ひとつは浜や岸を削って入り江を作った」」

 

そして鞠戸大尉が話した台詞にさらに台詞を被せた人物がもう1人。

 

「八朔……」

 

その手に()()()()()()()()()を持ち、待機させたはずの()()()()()を引き連れた一帆の姿がそこにあった。

 

「それは……」

「15年前に鞠戸大尉が書いた種子島レポートの、その()()()()()です」

「ッ⁈」

 

艦長から向けられた視線が一帆の顔からその手に持った紙束、軍事教官室の鞠戸大尉の机から無断で持ち出した「種子島レポート」の原本に移ったのを察した一帆はそのレポートを説明しつつ軽く掲げる。

 

「種子島に落ちた隕石はふたつ、その内のもうひとつがここに落ちた」

「でっ、では、この機体は……!」

 

レポートに書かれた内容、隠蔽されたその真実に迫る事実を一帆が口にしたことでコピーのコピー(虫食い)とはいえある程度その内容を把握していたマグバレッジ艦長はその真実の一端に気付く。

 

「ああ……15年前の「悪夢」、()()()()()さ。情報も無いしで、てっきり「厄災」(ヘブンズ・フォール)の被害で消滅したとばかり思ってたぜ……クソッタレな感動的なご対面って訳だ」

「まさか鹵獲していたと⁈そういうことですか……!」

 

“アルドノアドライブ搭載機の鹵獲”

 

それも機体自体は損傷してはいてもその核となるアルドノアドライブそのものは健在だった代物の鹵獲、その上世間だけでなく連合政府や他の方面軍にさえその存在を秘匿するという極めて厳重に隠蔽された事実に、その事実を薄らと想像だけはしていた原本を読んだ原作知識持ちの一帆と当事者の鞠戸大尉以外のマグバレッジ艦長たちは驚愕する。

 

「じゃ、じゃあ‼︎この事実を隠すために鞠戸教官が書いた種子島レポートは闇に葬られたってことですか……⁉︎」

「しかし……それだけでしょうか?確かに15年前に火星のアルドノアドライブ搭載機を鹵獲していたとして、他の方面軍から解析技術を独占するためだけにわざわざクレーターを覆い隠すように種子島基地を再建して封印地処理をするなど些かやり過ぎなのでは?」

 

教官であった大尉の教え子故に思わず叫んだカーム、その反対にこの場において唯一大尉に対し部外者であった不見咲副長が幾らか冷静にその疑問を呈する。驚きと疑念による困惑によって混乱し始めた一方で、手にしていたレポートを一緒に来ていた数名の民間人の1人──エデルリッゾに押し付けた一帆は集まっていた隕石孔入り口を離れ、より底面掘られた縦穴貫通孔(シャフト)の下層へと走っていた。

 

「か、一帆さんっ⁈」

「ひ、姫様⁉︎」

「ちょっ、待ちなさいよ!」

 

突然()()()()()()()ように走り出し姿を消した一帆の後を追って残りの民間人──アセイラムとライエの2人もシャフトを降り走る。

 

「あった……」

 

走る一帆、そんな彼がようやく立ち止まったのはシャフトの丁度中腹に当たる位置に開けられた横穴、そこに作られた実験棟とさらに奥に作られた「第一格納庫」と書かれた格納庫の前だった。

 

「はぁ、はぁ……一帆さん、一体どうし──これは……」

「貴方何処に……何、コレ……」

 

ようやく追い付いた少女2人は、立ち止まりその場に立ち尽くす一帆に続きそこにあるモノを目にする。

 

 

ソラを飛ぶトリガタ

 

矢尻や弾丸のように鋭く引き絞られながらも、地球製カタフラクトには無い一対の翼と曲線を多用した外観

 

機体下部には巨大かつ長砲身な機関砲を懸架し、装甲に隠されているが兵装庫(ウェポンベイ)には多数の超小型誘導弾(マイクロミサイル)を装備

 

試作機や試験機を示す白地に黒や赤の(ライン)などの細部(ディテール)塗装(ペイント)され

 

地球の戦闘機をよく知る存在ならば丁度「F-14 Tomcat(トムキャット)」と「Su-27 Flanker(フランカー)」を掛け合わせたような機影をしたその機体

 

 

かつて一帆が「■■(誰か)」から受け取ったその機体、そこには白亜の翼を持った戦乙女が戴くべき主を待つよう鎮座していた。

 

 

 

*1
国際緊急周波数とは国際的に決められたAMモード通信であり、主に民間では航空機や船舶が遭難事故などに遭遇した際の救難要請時に利用される他、軍事的には領空侵犯などの国境近辺での偶発的な軍事衝突を避ける際に現場での両国間の通信にも用いられる。

なお、使用される周波数はVHFが121.500MHzであり、UHFが243.000MHzが使用される。

*2
第24話である5/3「リベンジマッチ」で一帆により撃破された火星のアルドノアドライブ搭載機「アルギュレ」の残骸とビームサーベルのこと

*3
主にPTSDが原因

*4
火星製カタフラクトの主な特徴として

 

●ワンオフ機であり同一個体(量産機)が存在しない

●何らかの強力な特殊能力を有するが汎用性が低い

●ヒト型には似ているが明らかに人型ではない

●明らかに地球での重力下運用を考慮した外観形状ではない

●武装らしい武装を所持する機体が少ない(内蔵武器が多い、特殊能力をそのまま攻撃や防御に転用しているなど)

 

などがあげられる。




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