ALDNOAH.ZERO -Earth At Our Backs- 作:神倉棐
【日本近海 太平洋洋上 11月23日 10時44分】
〈Exclusive Economic Zone of Japan 1044hrs. Nov 23, 2014〉
一帆がマグバレッジ艦長とふたりっきりで話していた頃、その一方で食堂の方では食堂に集められた軍事教練未履修者に向けての志願制の追加募集が行われている真っ最中であった。
「……で、シャルロットさんは18日付けで芦原高校に転校なさったと。5日前の18日……転校初日がよりもよって「新芦原事変」当日とは……大変でしたね、さぞご苦労なさったのでは?」
そして食堂に集められた軍事教練未履修者の面々の中にはアセイラムたち火星組も居た。
「いえ……はい。ですがまだ知人も友人も誰も居ないからとのことで芦原高校の生徒会長である
資料の置かれた長机を挟んで座る補給科らしき女性兵を前に、移民直後の三姉妹としてそんな彼女の前に座ったシャルロットは「設定」通り三姉妹の長女として、予め考えられていたその「設定」を説明しつつその女性兵と対峙していた。
「なるほど、ではエデルリッゾさんも?」
「いえ、彼女は神学系の学校なので……」
「ああ、そういう……申し訳ありません。理解しました」
あえて堂々と、しかし火星人故に地球の常識に疎い点は「
「では高校生ではないエデルリッゾさん以外のシャルロットさんとセラムさんのおふたりは志願なさいますか?芦原高校に転校予定だったとのことですが」
そんなこんなでなんとか面談や面接を切り抜けたアセイラムたちだったが、遂にこの募集面接の本題「志願するか否か」についてだった。
「セラムさんは身体の問題で教練は満足に受けられていませんし……軍に志願しても兵役に従事するのは難しいと思います」
無論アセイラムはお姫様、当然今後のリスク*1や立場的にも軍に志願──それがよりにもよって
「───」
しかし、そう
「その代わり、私が……私なら何かお役に立てるかもしれません」
「シャーリー?」
一拍の間の後に、意を決したシャルロットが独断で口に出したその言葉に思わずアセイラムはその名を呼んで聞き返す。確かに今彼女たちに行われているのは徴兵ではなくあくまで志願による募集、無論強制ではないので「戦場に出たくない」「戦いが怖い」と言った理由で志願しないという選択肢も取れなくはない。だがそれでは駄目、秘密の多くロクな後ろ盾もない火星人の彼女たちにとってそれはいずれ来たる問題──身バレとその後に付随する様々な危機の先送りでしかない。
「
ただこの判断にも利点はある。
まずひとつは信用問題。正式な戸籍もなく色々と言い訳を重ねることで非常時だからこそこの曖昧な状況でも避難民の空間に溶け込めているが、現状のままで地球連合本部などの一度落ち着ける場所にでも着いてしまうか強制的に徴兵でもされてしまえばいつ厳格な身元確認が行われるかが分からない。なればこそあえて今の混乱し曖昧な状況下で軍に入ることで、なし崩し的に軍のデータベースに登録されることができ、それが一種の身分証にもなる他「軍に志願する」という誰から見ても分かりやすい姿勢を示すことで軍を中心に周囲からの信用や信頼も得られて一石二鳥。
次に情報収集。確かに地球側が火星側に比べ圧倒的劣勢であることや通信妨害以前にそもそも地球側が火星についてのあらゆる情報が疎い点は紛れもない事実、しかし少なくとも今アセイラムたちが欲しているのは地球側全体での戦況ではなく
と、ここまで利点を挙げてきたものの、この時実際にシャルロットがここまで考えていた訳では当然ない。
「シャーリー?」
「申し訳ありません、セラムさん。やはり私は見て見ぬふりを……何もせずにただただ一帆さんたちに頼り切って祈るだけで居ることはできません」
この時彼女が考えていたのは、今彼女たちが誰よりも世話になっている恩人にして
「分かりました、シャルロットさんは志願とのことでお受けします。ではこの後11時からこの食堂で適性検査を、その結果を受けて配属先を決定します。配属先に希望がある場合は適性検査時に書類の方に記入して頂ければ……こちらが各配属先の広報用の資料です」
ただひとり戦う人の後ろ姿に触発され覚悟を決めたシャルロットを見て少し驚きはしたものの、その覚悟──あるいはその焦燥を感じ取ったアセイラムは渋々であるものの最終的には彼女の意思を尊重した。
そしてシャルロットが女性兵から資料を受け取りアセイラムたちと一度食堂から去った頃、辺りを見回し未だ食道に残っている民間人の中でただひとりまだ面談どころかミーティングルームで行われているはずの強制召集にも参加していない人物を見つけたその女性兵は壁際にいるその少女へと声を掛けた。
「貴女は?お幾つですか?公立などの高等学校で教練を受けたことのある者には全員招集がかかっていますよ?」
「その、家庭の事情で高校には……」
声を掛けられた少女──ライエ・アリアーシュは声を掛けてきた女性兵を見ると
「そうでしたか……」
理由が理由なだけに深く突っ込まれたくのないライエと今の日本だけでなく世界でも今やかなりありきたりな理由故にあえて理由には深くは触れることもなく女性兵は口を閉じる。
「ですが
しかしなんといっても今の地球連合軍、その中でも特にこの「わだつみ」の人材不足が深刻化している今、1人でも多くの志願者を募る必要のある彼女はそれでもなおダメもとであれ再び勧誘を始める。
「それは……」
そんな勧誘に言い淀むかのように言葉に詰まったライエに対し「押せばイケるのでは?」とでも思ったのか、女性兵は彼女の同情心や愛国心を煽るようにその先の言葉を続ける。
「貴女も
ただ、そんな言い淀んだ彼女に向けられたその
【日本近海 太平洋洋上 11月23日 15時15分】
〈Exclusive Economic Zone of Japan 1515hrs. Nov 23, 2014〉
「基本は練習機と同じ……だけど装甲諸々で重量が増えた分、出力が上でも重量と地盤強度によっては機動性は劣る……か」
寝転がったコンテナの上で、軍から支給されたタブレット端末を片手に伊奈帆はこれからの乗機となる「KG-7 アレイオン」の性能諸元を眺める。
「でこっちがカズ兄が乗る(予定の)見た目と機動性全振りの試作実験機……」
次に画面に表示された「YKG-X07 ヴァーゼラルド」の性能諸元を伊奈帆は眺める。ただ、今その詳細な性能諸元を眺めた伊奈帆は思わず呟いていた。
「操作系や動力部は一応量産機準拠でも装甲は申し訳程度でスラスター盛り盛り、下手すれば練習機……それもカズ兄の現地改修機よりも速度や加速度の機動性は2倍以上か」
練習機はともかく、一帆の現地改修機といえば何であれ「必要だった」といえど装甲を極限まで削減した上で機体の全安全装置を解除する暴挙をも犯した末に得た出力や機動力に操作性の高さ*3が目玉な機体のはずが、それを軽く一回りは上の機体性能*4の機体であるともいわれれば良くも悪くもどれほど世代の割に規格外な機体なのかが分かるというもの。一帆が何が何でも乗りたくないと言い張るのも分からなくもない。
「クールジャパンの悪い癖……行き過ぎた変な思い切りの良さと狂気じみた伝統芸能的職人芸が織り成すゲテモノ浪漫機体とは言えて妙だな」
結局、よくよく考えても──いやそう考えなくとも分かり切ったことだが──最終的に一帆と同じ「ゲテモノ浪漫機体」という結論に達した機体評価に、伊奈帆は「あれ?浪漫と場の勢いで接収したけどやっぱりこの機体ヤバい?」と今更ながら勘付くも「まあ、乗るのはカズ兄だし大丈夫でしょ」とあっさりと思い直す辺り伊奈帆の一帆に対する信用と信頼は高い。無論良い意味でも、悪い意味でもである。
───ん?あの後ろ姿は?
ふと、コンテナに寝転がった姿勢のまま伊奈帆が足下の方角に視線を向けると、そこには見覚えのある背中がその瞳に映る。
「……セラムさん?」
右舷側の小さな木箱に腰掛けた本来ならば伊奈帆かシャーリー、エデルリッゾの誰かしらと一緒にいるべきなはずの人物──アセイラムの背中をそこに見つけた伊奈帆は思わず身を起こしコンテナを飛び降りる。
「いらしたのですか、伊奈帆さん」
「ええ、少し、考え事に」
その着地音と足音に振り返ったアセイラムは、その相手が見知った顔──明確な味方である伊奈帆であると気付き少し何処かほっとしたような顔で微笑んだ。
「ひとりで?」
「いえ、艦橋の出入り口付近にエデルリッゾが。何かがあれば大きな声で知らせてくれる手筈に」
安全を確認する伊奈帆に「見張りがいるので大丈夫」と答えるアセイラム、軽く辺りを見回して改めて人の気や安全を確認つつ伊奈帆は護衛のためにもそんな彼女が腰掛けている木箱の側に立つ。
「本当に……綺麗です」
そして、伊奈帆がアセイラムを見ているとそう言って彼女は晴天とはいえ陽も大分水平線へと傾いた空を眩しげに見上げてそう溢す。
「青い空は珍しいですか?」
海沿いの街に住んでいた伊奈帆にはそれほど代わり映えのしない、そんな海や空を何処か物珍しげに眺めるアセイラムに対し伊奈帆はそう問いかけた。
「はい、
そう言ってからは無言でただただ空を眺めるアセイラムに釣られ、伊奈帆もまた空を見上げる。ほんのりと西が茜色に染まり始めた快晴の空がそこにはあった。
「お勉強ですか?」
ふと、そこで振り返ったアセイラムの目線が側に立っていた伊奈帆が未だ手に持っていたタブレット端末へと向けられる。
「予習と復習を、でも役に立つかどうかは……正直分かりません」
「何故ですか?」
「僕らは……地球人はアルドノアを持っていないから」
伊奈帆が答えたその返答に、アセイラムは何を思ったのか。その顔色に翳りが生まれる。
「どんなものなんですか?アルドノアって」
伊奈帆の問いに、アセイラムは目線を見上げた空から足元の飛行甲板に落としつつアセイラムはゆっくりと彼女が持ちうる限りの知識を纏めつつその口を開いた。
「アルドノアは……火星の古代遺跡で発掘された未知の超文明が遺したテクノロジー」
──「アルドノア」
それは1970年代後半に火星において発見された無限の可能性とエネルギーを汲み上げる
それを発掘し初めて接触することで目覚めさせた地球人こそがレイレガリア・ヴァース・レイヴァース博士──すなわちヴァース帝国初代および現皇帝。悠久に等しい時を経て再起動を果たしたアルドノアの中枢システムは己を目覚めさせた初代皇帝を次なる継承者として認識、その機動因子が遺伝子へと焼き込まれたことで皇帝とその血族──アセイラムたちは生まれながらに起動権を有することなり、従属を誓った騎士や貴族に「血の盟約」を結ぶことで因子を貸し与えることで火星はヴァース帝国として地球の
「荒れ果てた火星の大地を開拓し、オーバーテクノロジーを独占することで惑星そのものまでもを掌握してそれでもなお……いいえ、掌握したが故により多くの豊かさに嫉妬し逆恨みや渇望の果てに求めたのが……地球です」
視線を伏せたまま、彼女はまるで懺悔するかのような声色で「アルドノア」と「火星」の実態と内情について火星人として、皇族として彼女がかつて学び知り得た限りの
実際に地球に降り立ち、直接地球人と触れ合い、そしてその地球人に生命を救われた。
片手の指で数えられるほどに短い間の出来事であれ、それだけ濃密な経験を体感したことでその
「地球──光を屈折し、海と空が青く見えるほど豊富な水と空気を持つ私たち人類の母なる惑星」
そしてその上で、何故火星に住まう人々──
何故なら地球は火星に比べ、どうしようもなくこんなにも美しいのだから。
「…………」
そこまで話した上で、再び甲板上に広がる空を見上げたアセイラムを見た伊奈帆はそんな彼女の告解を咀嚼するべく僅かばかり口をつぐむ。
「……空が青いのは地球を含む大気圏を有する惑星の空が青いのは屈折でなくレイリー散乱の影響です。屈折が関わってくるのは虹ですね」
その上でただひとつ、少しだけ気になった彼女の
「え?し、しかし光の屈折が原因だとスレインが……」
「残念ですが空が青いのはレイリー散乱、雲が白いのはミー散乱。確かに屈折と散乱の違い*5は専門でなくては分かりにくいですが、それはその人の勘違いです」
しれっと端末で検索した空が青い理由の
「ただ、空は確かに青いけど……でもきっとカズ兄が見上げるソラの色は違う色なんだ」
とはいえ理屈はともかく伊奈帆にとっても「空の色」自体は重要なことであり、それは伊奈帆にとって大切な人である一帆にとって重要なこと。この先は理屈ではない話、彼自身の
「そして多分、その色が何色かが知りたいからカズ兄は翼を持つものに憧れているんだと、そう思う」
目の前のヒトには知って欲しい。貴女を守るために戦うヒトが、伊奈帆にとっても大切なヒトが何故戦うのか、どうして戦えるのかを。
ソラを見上げても何も見つからないかもしれない、ただそれでもソラを見上げてしまうのはきっと───
「それでも、カズ兄はこのソラに希望を見ているのかもしれないね」
伊奈帆に釣られ、アセイラムもまた眼前に広がるソラを見上げる。
そこには青い蒼い、遥かなるソラが広がっていた。
2000年代から
艦の特徴として、対火星戦を主眼に単艦での運用能力向上のため揚陸艦でありながら駆逐艦クラスと同様の兵装を有しつつ、逆船首形状を持ち
兵装
▪︎54口径127mm単装速射砲 ×3基
▪︎ 高性能20mm機関砲 CIWS ×2基
▪︎12.7mm連装機銃銃座 ×7基
▪︎VLS ×20セル(SAM、SUM)
▪︎ SAM 8連装ミサイル発射機 ×1基
搭載機
▪︎ KG-7C アレイオン
▪︎F-35B ライトニングⅡ
▪︎AH-1Z 攻撃ヘリコプター
▪︎ SH-60K 哨戒ヘリコプター
▪︎MV-22B 輸送機
搭載艇
▪︎LCAC ×2艇
同型艦
1番艦「あきつまる」
2番艦「ネプチューン」
3番艦「わだつみ」
4番艦「しんしゅうまる」
5番艦「オケアノス」
6番艦「カナロア」