ALDNOAH.ZERO -Earth At Our Backs-   作:神倉棐

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5/3「リベンジマッチ」

 

 

【日本近海 太平洋洋上 11月22日 9時34分】

〈Exclusive Economic Zone of Japan 0934hrs. Nov 22, 2014〉

 

 

火星側からの一方的な休戦要求が布告された11月21日より一夜が明けた、翌日の11月22日。地球連合政府ならびに地球連合軍司令本部などを含めた連合本部との連絡途絶状態にある極東方面軍第四艦隊麾下の強襲揚陸艦「わだつみ」は今、あらかじめ極東方面軍司令部から受けていた避難船(フェリー)の護衛の任務を終え火星側からの捕捉リスクを少しでも減らすべく日本近海の太平洋上を回遊していた。

 

「新芦原市から脱出して今日で3日目かぁ……」

「吹き飛んじゃいましたからね……文字通りに」

 

開戦から今日で3日、激動の2日間の後に突如火星より出された停戦要求によって随分と久方ぶりに訪れたようにも感じる平穏な静けさに、「わだつみ」の艦橋内にもやや緊張が途切れたような弛緩した雰囲気が漂いつつあった。

 

「でも宣戦布告もなしに一方的に開戦して慌てて休戦……なんかすっきりしませんね」

「敵も……火星側も一枚岩ではない、ということでしょうか?」

 

数少ない()()()()対火星カタフラクト戦闘の経験者かつ生き残りであり、負傷兵でもあったことからマグバレッジ艦長の意向*1により対火星カタフラクト専門のアドバイザーとしてパイロットから一時的に艦橋勤務となった界塚(かいづか)ユキとLCACでも機関士を勤めていた(かけい)至鋼(しごう)軍曹の2人は昨日から繰り返し流される火星側の海賊放送に首を捻る。

 

「ふむ……これを彼が?」

「はい、先の補給基地と新芦原市での戦闘詳報(アクションレポート)とのことです」

 

そんな2人組の背後、艦長席ではその席に座った艦長のダルザナ・マグバレッジ大佐と副長の不見咲(みずさき)カオル中佐の2人が今朝一帆から提出された()2()()()()対火星カタフラクト戦について書かれた戦闘詳報(アクションレポート)の内容を確認している真っ只中であった。

 

「なるほど……確かに。先の──彼が付けた作戦名ではそれぞれ「Doll Drop(だるま落とし)」と「Shadow Master(影法師を捕まえて)」ですか──戦闘に関するレポートですね。ふむ」

 

パラパラとマグバレッジ艦長はW●rdで書かれた上でわざわざ印刷までされ、紐で綴じられた二冊分のレポートの束をめくる。

 

「内容は悪くありませんね、ただ些か所見が多いようにも見受けられますが……確かに一考の余地ありですね」

 

一通り全ての内容に目を通した彼女は、その出来に十分満足げに小さく頷くと一度不見咲副長に手渡す。そして艦長から手渡されたレポートを副長はファイルに挟み、後で艦長室に届けるためにそれを自分の小脇に挟む。

 

「八朔一帆、本当にただの学生でしょうか?」

 

そしてファイルを手にその内容を艦長とともに確認した不見咲副長は、そのただの学生にしては余りに出来の良かった造りのレポートにその出生や経歴に対して疑問符を付けた。

 

「戸籍情報には問題なし、それに真偽に関してはそこにいる界塚准尉が証人です」

「界塚准尉が?」

 

しかし副長のその疑問符は、あらかじめ避難民用乗員名簿などで詳細を()()()()調()()()()()艦長によって証人としてユキの名前も出されつつ疑惑を否定される。

 

「は、はい?何かお呼びでしょうか?」

 

そんな彼女たちの会話が聞こえたのか、唐突に上官たちの話題に自分の名前が上がったことに「すわ何事か」とユキは勢い良く直立不動で艦長席に向かって振り返る。

 

「界塚准尉、先の補給基地での戦闘において学生部隊を指揮していた八朔一帆についてですが」

 

如何に非常事態であれ、そこそこ自己判断で好き勝手に練習機を乗り回した一帆の行動は褒められたものではない。ましてや後輩だけでなく、民間人まで引き連れて戦闘に参加した一帆の行動は何度もいうが非常事態であり如何に情状酌量の余地があったとしても決して褒められたものではないのだ。

 

「カズくn……んんっ、一帆君が何か……」

「不見咲くん……いえ、彼が優秀であると話していただけです」

 

そしてこの問題は一帆だけでなく保護者としてや軍人(教官)として、本来彼らの独断専行を抑え導くはずのユキの監督責任にも波及する。いつかは来ると思っていた上官からの追及ではあるが、いきなり過ぎて一帆の名前をいつもの調子で身内でしか通じないあだ名で呼びそうになったユキは内心の動揺を咳払いで誤魔化す。しかし来るはずだった追及は、マグバレッジ艦長の「幾ら余裕がないとはいえ他者も多い艦橋でする話ではない」というTPOを弁えた気遣いによって遮られる。

 

「しかしレポートにもありましたがやはり……火星側の停戦要求の件、警戒を緩めない方が良いかもしれませんね。不見咲くん、第二種警戒配置はこのまま維持。艦載機部隊にも警戒配置に付くよう指示を」

「了解。見張りの監視員を倍に、さらに出撃待機中の第68機動歩兵(アルダニティ)隊にも配置に付かせます」

 

ただ一帆の所見だらけのレポートは()()()()とはいえ、マグバレッジ艦長の危機感をさらに煽る結果になったらしい。

 

「艦橋要員全員──学生諸君らもです──にも重ねていいますが総員警戒を怠らないように、あくまで停戦要求は停戦要求で正式に協定として結ばれた訳ではありません。まだ戦争は続いています」

 

昨日火星側から要求された停戦要求によって「わだつみ」艦内、特に艦橋内に漂い出した楽観論や気の緩みを引き締めるべくマグバレッジ艦長は第二種警戒配置の維持だけでなくより警戒を強化するよう不見咲副長以下艦橋要員全員に指示を下す。

 

「対空監視を厳に、レーダー手は特に対空レーダーに注意。現時点で火星側が水上・水中艦艇(海上戦力)を有している可能性は極めて低いですが、輸送機以下航空戦力を有することは確認できています。航空目標は捕捉次第無線および敵味方識別信号(IFF)による識別を行い、識別できなかった場合は敵性不明機として迎撃を許可します」

「了解です!」

「り、了解っス‼︎」

 

艦橋の窓から覗く、昨日と打って変わって嫌というほどに快晴な空。かつて憧れた背を追って同じ極東方面軍に入りながらも、()()()()から「陸」とは違う「海」に属して早10余年。海軍軍人として長くこの太平洋で過ごした彼女だが、圧倒的に不利かつ不透明な戦局と己の内心に渦巻く疑惑や危機感に対となるようなその空模様に、何処か酷く悪辣な皮肉と不安が心臓を鷲掴みにするような悪い予感を感じずにはいられなかった。

 

 

〈*〉

 

 

 

Mission Name > Battle of Camlann(カムランの丘の戦い)

Operation Objective > 騎士もどきを撃滅せよ

Date > 2014/11/22

Time > 1211hrs.

Location > On the flight deck of UFE "Wadatsumi"

Sky Conditions > Sunny

Cloud Cover > 1/8

 

 

非常事態につき、戦闘指揮所(CDC)に代わり私──ダルザナ・マグバレッジが直接指揮を執ります

 

本日1159(ヒトヒトゴウキュウ)、突如本艦より距離3万2千、高度6千より飛来する不明機の接近を対空レーダーが探知

 

無線および敵味方識別信号(IFF)による敵味方の識別を行うも応答がなかったため、1200(ヒトフタマルマル)に飛来する不明機を本艦に対し明確な攻撃意思を持った敵機であると認定

 

1201(ヒトフタマルイチ)より本艦は第二種警戒配置から第一種戦闘配置に移行、防空戦闘へと突入しました

 

ただ、広域電波妨害の影響によりSAMによる第一波および第二波迎撃に失敗、続いて127mm単装速射砲および高性能20mm機関砲(ファランクス)による艦砲射撃での近接対空防御砲撃を実行しましたがこちらも失敗

 

防空網は突破され既に降下してきた敵カタフラクトに取り付かれている状況で、艦橋前部単装砲と機関砲は沈黙

 

現在、飛行甲板上にて警戒配置ならびに防空戦闘に参加していた第68機動歩兵隊「アルダニティ」が交戦中ですが長くは持たないでしょう……

 

なお敵機は拡声器(外部スピーカー)を用いていますので貴方にも聞こえていると思いますが本艦への降下時より八朔一帆くん、貴方を直接指名してきています

 

……そうですか、分かりました。では、本艦における最上位責任者として正式に貴方の出撃を許可します

 

貴方のコールサインは「メビウス1」です

 

どうか御武運を……

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【日本近海 太平洋洋上 11月22日 12時11分】

〈Exclusive Economic Zone of Japan 1211hrs. Nov 22, 2014〉

 

 

その襲来はまさに唐突であった。

 

《2時の方角より不明機接近‼︎》

《無線およびIFFに反応なし!敵機です‼︎》

《全艦第一種戦闘配置!防空戦闘用意!》

 

久方ぶりに昼食がゆっくりと摂れそうだったはずのに艦内に警報(アラート)が鳴り響き、民間人の避難民たちはその大半が既に集まっていた食堂に集められたに対し軍人たちが持ち場につくべく慌ただしく動き回る。

 

「ひm……「貴女、どこに行くつもり?」

「この船の責任者の元へ、正体を告げ私の無事を本国や騎士に伝えて貰うために。そうすればこの船が襲われることも、この戦争も終わります」

 

そんな艦内でひっそりと食堂を抜け出した人影が4()()、一部水密扉などの隔壁で閉鎖された廊下を早歩きで進むアセイラムと彼女を追うシャルロットとエデルリッゾ、そして数少ない食堂に集まっていなかった民間人であるライエがそんな彼女たちの前に立ち塞がっていた。

 

「無謀ね」

「危険です!今回は凌げても次は皇帝陛下に伝わる前に反逆者が来ます!」

「あるいは握り潰されるだけやも知れません」

「だからこそ、停戦状態の今が機会なのです」

 

廊下の壁を背にもたれかかるライエや側仕えであるシャルロットやエデルリッゾの客観的な指摘を受けてなお、アセイラムの意思は曲がらない。今「わだつみ」を襲っている火星騎士が己に刺客を放った開戦派側の人間か、あるいは皇室に忠を尽くす皇室派の人間なのかは定かではないにしろ「第一皇女の生存」と「命令」という切り札は相手が()()()()()()()火星人(帝国貴族)である限り有効なのは団子虫のパイロットの件をみても明白である。

 

「アイツらを甘く見ないで、少なくとも大人しく「待て」ができるほど碌な人間なんていない。ソッチのそっくりさん(シャルロット)が言った通り握り潰されるだけ」

 

しかしそのごく一部に含まれる火星人の1人であり、証拠隠滅のために身寄りや家族(潜入スパイグループ)を皆殺しにされた加害者側かつ被害者でもあるライエは一度裏切られたが故に、「火星騎士」や「貴族」という存在をまったくと言って良いほど信用も信頼もしていなかった。

 

「しかし……」

 

それでもライエの言葉に反論しようとアセイラムが口を開こうとするがその時、その彼女が今自分でなく自身の背後にその視線を向けていることに気付く。

 

「……それに貴方も貴方よ、死にに行くのは勝手だけど。貴方、お姫様の騎士か何かのつもり?」

 

ライエの言葉と共にアセイラムが背後を振り返ると、そこには水密扉の影から姿を現した一帆がいた。

 

「あ、バレてた?」

「コッチから見てたし……そもそも碌に隠れられる場所なんてないもの、流石に気付くわよ。でも貴方、その……戦友……として忠告してあげるけど、……死ぬわよ?」

 

食堂を抜け出したのは4人──アセイラムとシャルロットにエデルリッゾ、そしてその4人目は一帆だった訳である。そんな一帆に対し、アセイラムたち火星組とは違う理由で一帆には思うところがあるらしい彼女はある意味100%(本心から)の配慮と善意を含んだ忠告(反意)投げ掛ける(促される)

 

「騎士ねぇ……騎士には正直良い感情が湧かないからパスで、それに今出撃なくてもこのままじゃ死ぬ。なら後悔の少ない方でやるさ、後ほら」

 

ただ、そんな彼女の有り難い忠告を受けてなお一帆はこれからする行動──戦闘参加を辞めるつもりは毛頭なかった。

 

「相手直々の御指名とあらば出なくちゃ男が廃るってものさ」

 

一帆は先程から艦内にも響くように聴こえるジ・●もどきの騎士気取りが喚く要求を指しつつも苦笑をこぼす。

 

「っ!でもっ‼︎「それにさ」……」

 

そんな一帆の態度に納得のいかないライエが声を荒げて詰め寄ってでも一帆を行かせまいとしようとした、そんな彼女の言葉に被せるように一帆はその先の言葉を続ける。

 

「前も言ったけど俺はさ、やっぱり──「生きたいから?」さ」

 

一帆が被せた後に続けた言葉の上に、さらにライエがもう何処か遠い昔のようにも思える2日前の2人が初めて言葉を交わしたあの学校の格納庫での会話の中で一帆が言った「生きたいから」というその台詞を重ねる。

 

「そう。あと俺は騎士みたいに堅物でお行儀よくなんかじゃなくて、地を這って泥まみれになってでもしぶとく足掻くってのが性分だからね」

 

あんな()()()()馬鹿馬鹿しい内容の会話をよく覚えていたものだと一帆は思う。ただそんな一帆にとっては馬鹿馬鹿しいくらいに当たり前な話でもライエにとってはどうだったのか、果たして彼女がそれをどう感じどう思ったかまでは一側面(原作知識)からしか彼女を識らない一帆にはさっぱりだ。

 

「分からない……分からないわ。私には……」

 

そしてそんな一帆の態度と言葉に、ライエは理解が追いついていないらしく俯きながらもそんな言葉を呟く。

 

「きっと、そのうち勝手に分かるよ。どんな人種、民族、地域、国家にあろうとも人が生きようとする限り。少なくとも生きる意味や折り合いを見つけるためにはね」

 

そう言って一帆は俯いたライエだけでなく、若干話の蚊帳の外となっていたアセイラムたちにも目を向ける。ただ、生き方や生きる理由に意味なんてものは人それぞれ。人によってはあっさり見つけられる者や決められる者もいれば、逆になかなか見つけられも決められない者もいる。例えるならばそれが偶々前者が一帆やアセイラムで、後者がライエだったに過ぎない。

 

「だからこそ、俺はまだ死ぬつもりはないし死んでやるつもりもない。大丈夫さ、身構えている時に死神は来ないものだ」

 

そう言い残してライエやアセイラムたちに食堂へと戻るよう指示を出した一帆は、今度は身を隠すことなく駆け足で格納庫へと向かう。

 

「桜木整備長‼︎」

 

駆け込んだ格納庫は既に第68機動歩兵(アルダニティ)隊は出撃、第58機動歩兵(アパルーサ)隊は先の戦闘で壊滅状態であり第48機動歩兵(フリージアン)隊も先日アパルーサの再建とアルダニティの予備とするために解体、今や書類上のみの存在と化しているせいか整備長を含む幾人かの整備兵と無人の機体を除き伽藍堂な閑散とした状態となっていた。

 

「待ってたよ小僧!機体はなんとか突貫工事で済ませた‼︎武器弾薬も積み終わってる!」

 

ハンガー傍のキャットウォークの上で、一帆が格納庫に現れたことに真っ先に気付いた整備長がそう叫ぶ。そのハンガーに駐機された己の機体──TKG-6B/S*2はかなりの無茶な注文であったというのに一帆の素人目で見ても万全に等しいような修理・整備が施されており、さらには頼んであった要望のひとつ──武器弾薬まで既に搭載されておりすぐにでも出撃可能な状態にあった。

 

「感謝します‼︎」

 

一帆はそう言うと、身着(制服)のままコックピットハッチから垂らされたフックに足を掛け乗り込むとすぐさま機体を起動する。

 

「HE・AP弾種混合弾倉OK、手榴弾(グレネード)良し、着剣良し、ワイヤーアンカー良し、増設増槽(プロペラントタンク)との接続問題なし。()()()()()()()()()、全システムオールグリーン」

 

起動前チェックリストは整備長のお墨付きがあるので全省略、メインカメラに緑色の光が灯る。

 

「こちら八朔一帆。マグバレッジ艦長、聞こえますか?」

《聞こえます》

 

起動により機体がハンガーから解放されたと同時に、一帆は本艦の最高責任者であるマグバレッジ艦長がいるであろう艦橋に通信を繋ぐ。

 

「艦長、出撃許可を」

《……許可します》

 

幾らかの通信と出撃要請の後、正式な出撃許可をもぎ取った一帆は右舷にある艦橋後部舷側エレベーターに乗り込むと飛行甲板へと上がる。

 

《こんな雑魚が相手では我が名誉を回復など……奪われた誇りの奪還などできん‼︎我が屈辱、あのまだら模様を出せ‼︎》

 

丁度一帆の機体を乗せた舷側エレベーターが甲板へと上昇し始めた頃、既に直掩として交戦していたはずの第68機動歩兵隊(アルダニティ)は文字通り全滅。鎧袖一触とばかりにアルダニティを蹴散らした一方で、本命の一帆(まだら模様の機体)がなかなか姿を見せなかったせいで焦れたらしいジ・●もどきのパイロットがそう叫ぶ。

 

《来たか》

 

しかしようやく現れた一帆の機体を目にしてそのパイロットは実際には一帆からは見えないものの、たった一言であれその声色だけでも満面の笑みを浮かべているであろうと想像できる。

 

「まだら模様か……せめて迷彩と言って欲しいんだけどな、言いたいことが分からなくもないけどさ」

 

そんな野郎の笑みなんて代物を想像させられる羽目になった一帆はややゲンナリとした表情にもなる。それに今のこの機体は装甲板を交換した箇所は迷彩無塗装のオリーブドラブ色一色であり、既存の迷彩が施された箇所とはちぐはぐなある意味本当にまだらのような模様と呈しているため言いたいことも理解できるのだ。

 

《名乗れ、我が宿敵》

 

飛行甲板の中央にて、古き良き決闘じみた一騎討ちであるかの如く向かい合った2機(2人)。張り詰めた糸のような空間で、不意に火星騎士の男が一帆にその名を尋ねる。

 

八朔一帆(メビウス1)、ただの学生だよ」

《我が名はブラド、騎士ブラドである》

 

簡素だが互いに名乗り合った2人は一帆の機体は銃剣付きの10式/M2 75mm小銃を、火星騎士ブラドのジ・●もどきはビームサーベルを構える。

 

《この刀に斬れぬ鎧はない、一瞬で片を付ける!》

「っ⁉︎」

 

そう言って唐突に軽く横にビームサーベルを振るったジ・●もどきは機体を大きく前傾させたかと思うとそのまま勢いよく一帆の下へと突っ込んできた。

 

横斬り一閃

安定翼展開両推進器半回転後噴射(バックブースト)、回避

 

斜め斬り一閃

右安定翼展開右推進器半回転後噴射(サイドブースト)、回避

 

右へ左へ、背後へ前へと盛大に、繊細に脚部に接続された推進器(スラスター)を吹かしながらひらひらと舞うようにあるいは紙一重で斬撃を躱しつつ一帆はHE弾とAP弾混合の小銃弾をばら撒く。

 

───くっ、やはり弾自体の加害力が足りないか

 

一帆のばら撒いた弾雨を捌かんとそのビームサーベルの切先を弾種によって薙ぎや突きに切り替えようとするジ・●もどきだが、HE弾とAP弾のどちらか一種のみではない射撃によって振り方に混乱が生まれ決して少なくはない数の弾丸が命中する。しかしそもそも奴の装甲は多少刺さるとはいえ当たり所によってはAP弾すら弾く堅牢さ、ましてやAP弾のように貫徹による加害を目的としない弾頭が柔らかいHE弾が当たったところでその結果は言わずもがなである。

 

「燃料タンクの増設と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から機敏性と出力は上がってもコレじゃ意味がない」

 

故に多少足を緩めさせる効果程度はあったものの、次第に被弾すら気にしなくなったジ・●もどきのパイロットは回避ばかりしている一帆に業を煮やしたのかトドメとばかりにビームサーベルを両手で持つと上段から下段に向かって振り下ろす構えを取る。

絶体絶命のピンチ、しかし──

 

「それを待ってた‼︎」

 

相手を()()()()()()()()()その瞬間を、その動作と心の隙間を一帆は待っていた。一帆は弾倉留め(マガジンキャッチ)を解除したまま右手の小銃を上向きに一回転、当然固定されているはずの留め金が外れているので遠心力によって前方──それもビームサーベルを大きく振りかぶったジ・●もどきの眼前へとまだ10発ばかりの弾が残ったままな弾倉が放り出される。

 

「そこっ‼︎」

 

相手の眼前に向かって空中に放り出された弾倉、それを一帆が小銃の薬室内に唯一残されていた弾丸で撃ち抜いた。

 

《ぬうっ⁈》

 

撃ち出された弾丸が見事空中の弾倉に命中した直後、その衝撃によって弾倉内の弾薬が誘爆し四散──散弾と化す。ごく至近距離かつ空中で全方位に向けて無差別に炸裂した即席散弾だが、AP弾が当たってなお擦り傷で済む装甲の火星側カタフラクトには効果が薄いのは一帆にとって百も承知。むしろ本来よりはるかに碌な装甲がない一帆の機体の方が危ういのだが、その真の目的は炸裂により生まれる閃光と破片そして煙であり()()()()にこそある。

 

───目の前で突然強烈な閃光と爆発が起これば誰だって本能的に恐怖するものだ。例えそれがコックピットの画面越しでもそれは例外じゃない

 

一帆の想定通り意表を突いて目の前で炸裂した散弾と爆煙に気を取られたのか、ジ・●もどきの動きが一瞬完全に止まる。

 

「今だ‼︎」

 

そしてそれこそが一帆があらかじめ想定していた作戦であり、絶体絶命のピンチを演出してまで望み誘導した絶好のチャンス。小銃を持ったまま一帆は右腕部のワイヤーアンカーをジ・●もどきが持つビームサーベルの柄、あるいはそれを握る手に向けて射出する。

 

「かかった‼︎」

 

ビームサーベルが振り上げられていてはいつものお得意の刃の熱量で弾道を曲げる曲芸も不可能。射出したワイヤーは何の抵抗もなくビームサーベルの柄を、それを握っていた両手の拳をぐるぐる巻きにするかのようにして絡まり拘束する。

 

「いっ、けぇぇええぇぇっっ⁉︎」

 

そして一帆は巻き取ったワイヤーを左手で掴むと、そのまま文字通りの「全力全開」で背後へと引く。

 

《なぁっ⁉︎にぃぃいぃっ⁈》

 

ここで思い出して欲しいのは敵機の外見や形状だ。ツンツンとんがった頭部、横広な肩装甲、太目な腕部、丸っこい胴体部、そしてその()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。当然、足周りの細さ故の安定性の悪さから大した抵抗もできずに前につんのめるように倒れかかった敵機の手に向かい、一帆も限界ギリギリで軋む機体に鞭打ってワイヤーを手放した左手で背部兵装架から10式/M4 75mm短銃を引き抜き撃つ。手甲への被弾の影響で折角のワイヤーも切れるが気にしない、既に十分に目的は達成できている。

 

《お、おのれぇぇええぇぇっ⁉︎》

 

速射で4発目、胴体部等と比べて必然的に装甲が薄くなる掌では75mm弾の直撃に耐えられるはずもなく弾丸は敵機の手ごとビームサーベルの柄すらも砕き、その指とビームの消えた柄の残骸が甲板へと取り落とされる。

 

「投降しろ、さもなければ……撃つ」

 

己を縛り引き倒そうとしたワイヤーな無くなったことで辛うじて腹部スラスターの噴射(バックブースト)と優秀な安定装置(スタビライザー)により前に出た片脚部によって「無様に敵前で倒れ伏す」、ただそれだけの屈辱だけは舐めずに済んだものの唯一の武装だけでなくそれらを扱う手すらを失い銃口と銃剣の鋒を眼前に突きつけられたジ・●もどきは一帆の降伏勧告を受けてなお、暫しその信じられない現実に言葉を失っていた。

 

《……馬鹿な》

「もう一度言う、降伏しろ。今なら南極条約第4項の捕虜の待遇に関する取り決めに基づき人道的に対応する」

 

一帆は小銃を再装填(リロード)しつつ再度降伏を勧告する。休戦協定締結のための協議期間のどさくさ紛れに私怨で襲い掛かって来た憎い奴ではあるものの、即撃破かつ射殺する程一帆も追い詰められてはいないし条約や人道を軽視するほどの碌でなしでもない。それにお姫様が地球側にいるとはいえ、今の火星側の状況を知っているであろう人間の口から情報を得たかったが故の降伏勧告だったがいつまで経ってもその返事はない。

 

「これが最後だ、降伏しろ」

《貴様……》

 

3度目の降伏勧告でようやく我に返ったのか、絞り出したような怒り、恐怖、憎しみ、悔しさ、驚き、そして何故かほんの少しの達成感──万感の思いが乗った言葉が返ってくる。

 

《……断る。2度も同じ者への敗北、それも2度目は決闘でだ。もはや我が名誉は完全に地に堕ち、濯ぎようもない。……斬れ、虜囚の辱めは受けぬ。ならばせめて我に勝った貴様の手で我を終わらせてくれ》

「……残念だ」

 

その答えを聞いた一拍の後、一帆は迷わずその引き金を引いた。

 

 

 

 

甲板上に、彼方まで広がる太平洋に響いた連続した突発音。胸元に大穴を開けて崩れ落ちた白銀の機体と、その手の小銃を撃ち切った傷だらけのまだらの機体。

 

地球上において此処を除き砲火の途絶えていたこの日この場所で、それはひとつの決着が付いた証でもあった。

*1
それがパイロットとしては失職状態にあったユキの気持ちを気遣ってのことか、はたまたただの人材活用の一環だったのかまでは不明だが

*2
▶︎TKG-6B/S スレイプニール・カスタム 現地改修仕様

地球連合軍の旧式カタフラクトであり、元は芦原高校にて運用されていた複座訓練機を搭乗者の要望に沿ってさらに現地改修された機体。

極めて限られた時間での修復・改修作業であったことから、最優先で交換や補強が行われた内部フレームや駆動部などの部品以外の作業は後回しにされている。特に外見的に分かりやすいものでは追加された増槽(プロペラントタンク)や損傷の修復過程で交換のために一部取り外されたままとなっている装甲板や重要部位故に優先して交換された無塗装の装甲板の箇所などが機体全身に点在している他、一帆の要望──機体の安全装置の排除とAP弾とHE弾混合弾倉の用意に基づいて機体に備え付けられていた関節部モーターや電気伸縮式特殊樹脂の駆動系周りや推進器の安全装置一式が全て無効化されたことで出力が向上し操作性含め機敏性や機動力も過剰なまでに強化されている。が、ただでさえ過敏な操縦性は全安全装置一式の無効化は少しでも制御を間違えれば一瞬で機体が暴走し破損、最悪は文字通り木っ端微塵に分解する可能性を秘めた「諸刃の剣」となっており某新人類(ニュー●イプ)でもなければ一帆以外に乗りこなせない代物と化している。

 

●武装

▪︎10式/M2 75mm小銃(着剣済み)

▪︎10式/M4 75mm短銃

▪︎10式/M3 銃剣

▪︎各種手榴弾(榴弾、焼夷、閃光、発煙)

▪︎腕部ワイヤーアンカー

▪︎フレア・チャフディスペンサー


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