ALDNOAH.ZERO -Earth At Our Backs-   作:神倉棐

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本作品を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
自分にとって処女作となる本作品につきましては長らく未完の状態ではありましたが、突然ではありますが連載再開と現在構想中の作品の実験の為にも一度内容の修正と改善の為に一部改稿させて頂きました。
今後とも一層のご愛顧を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。


3/2 「世界で一番長い日の裏で」

 

【日本 芦原市 芦原高校 11月19日 7時17分】

〈Japan Awara city Awara hight school 0717hrs. Nov 19, 2014〉

 

 

朝、火星侵攻のニュース速報を見ながら一帆とシャーリーの2人は学食(学生食堂)の厨房に居た。

 

まずは豚肉を取り出しまして、油は少なめにフライパンで軽く炒める。

次にほうれんそうと大根、人参、白ネギを大量にザクザク刻んで別々の鍋に投入。大根、人参は大釜に、ほうれんそうは小さめの鍋の湯に通すだけでおひたしにするつもりである。

大釜はしばらく煮込み大根が柔らかくなるまで放置、その間にご飯を炊く。米を控えめに洗って(洗いすぎると色々水に抜け出てしまうしそれ以前に釜が傷付く)しっかり目盛りを測って水を投入、あとは炊飯器のスイッチオン。

次はおかず、今日はシャーリーがいるので一帆としてはできれば彼女が食べたことのないであろう和食にしたい。冷蔵庫(鍵?知らない子ですね?)を探していたら定食の鮭があったので引っ張り出して片っ端から焼いていく。あ、2人分を除いた他は塩多めで。

そうこうしている内に大釜ができたらしい。大根と人参に串をプスっと刺してみるとスッと突き刺さった。そこに先程焼いた豚肉を投下、更にグツグツ煮込んでお玉で掬った味噌を菜箸で解く、隠し味にここに少し醤油を入れるのが俺流である。で、器によそったらさっき刻んだ青ネギをトッピングして完成。みんな大好き「豚汁」である。

それに炊き上がったご飯を少し蒸らしてからお椀によそって平皿に焼けた鮭、醤油を掛けたほうれんそうのおひたしを付け加えれば調理終了。これぞ一帆特製「和風焼き鮭定食〜豚汁を添えて〜」の完成である。

 

「召し上がれ」

「……いただきます」

 

学食のカウンター席に座ったシャーリーの目の前に置かれた定食に、彼女は一帆から見ても分かりやすいくらいに目を輝かせて──特に豚汁に対して──スプーンとフォークを手にする。

 

ズズズッ

 

モグモグ

 

パクっ

 

「…………」

「…………」

「「…………」」

 

シャーリーは無言で、そして皇女付きの侍女なだけあって庶民的な料理にそぐわないほどに上品な仕草で一帆謹製和風焼き鮭定食を噛み締めるように咀嚼する。彼女が食べている間、一帆は食べずにそんな彼女の食べる姿を見ていた。

 

コトっ

 

シャーリーがスプーンとお椀を置いた音がたった2人しかいない学食に響く。一帆はシャーリーの言葉を待った。

 

「…………カズホさん」

「……はい、なんでしょうシャーリーさん」

 

シャーリーが顔を上げ一帆の目を真っ直ぐ見る。地球のそれも日本では割とありきたりな庶民の料理と食事ではあるが、火星出身の彼女の口に合う料理であるか定かではなかったため顔には出さないようにしているが一帆も少々不安だった。

 

「とっても美味しいです‼︎カズホさん!おかわり下さい‼︎」

「よっしゃあぁっ‼︎勿論です!」

 

しかしそんな不安も杞憂だったらしく某腹ペコ王に負けず劣らず感動しましたとキラキラとした目を向けるシャーリーに思わず腕を上げガッツポーズをする一帆、なかなかに混沌としているが当の2人はそんな事御構い無しに大はしゃぎしている。

 

 

ところで良いところに邪魔して悪いのだが皆さんはお忘れではないだろうか?この滅茶苦茶楽しんでる(エンジョイ)しているこの2人、今居るのは不法侵入をした学校の学食で、しかも現在進行形で火星が地球を攻めてきている事に……

 

 

〈*〉

 

 

【日本 新芦原市 11月19日 9時32分】

〈Japan Sinawara city 0932hrs. Nov 19, 2014〉

 

 

そして今朝の朝食を終えてしばらくした頃、一帆とシャーリーの2人組は学食に据え付けられているテレビに流れている緊急速報などを見ながら……何故かただひたすらおにぎりを握り続けていた。(シリアス?知らない子ですね?)

 

「…………」

「…………」

 

2人は黙々と会話もなくおにぎりを握る、中身は先程大量に焼いた塩多めの鮭で海苔は巻いとくと湿気るのでラップで握ってそのまま包むだけという単純簡単な地味作業と化しているがシャーリーはおにぎりを握る事自体が初めてだったらしく最初に教えてから今までずっと楽しそうに握っていた。

 

にぎにぎ

 

ニギニギ

 

にぎにぎ

 

ニギニギ

 

「うぅ……、カズホさんほど綺麗に握れません……」

「シャーリーさんはもう少し肩の力を抜いて握れば綺麗に握れますよ。手際も始めと比べたら格段に良くなってますし、ユキさん……俺の家族と比べたら十二分に大丈夫ですよ」

 

シャーリーはそう言って自分のおにぎりの出来を卑下するが、一帆は伊達や謙遜でもなく本心で彼女をフォローする。彼の握ったおにぎりと比べれば確かに形こそ少し歪だが、別段彼女のおにぎりが歪過ぎる訳ではない。それよりもそもそも料理経験のほとんどなかった彼女がこんな短時間でここまで綺麗かつ手際良く握れるようになっているのだからそっちを褒めるべきだろう。

 

───飲み込みが早くて助かる……これだけ飲み込みが早いのも伊奈帆とその次にソラ以来か、むしろユキさんがなんであんなに家事スキルが壊滅的なのかが分からん……

 

ちなみに「にぎにぎ」というのが一帆が握る感じで「ニギニギ」というのがシャーリーが握る感じ*1なので、そこからも少し彼女が握るのに力み過ぎているのが分かる。

 

───シャーリーさんはいずれ良いお嫁さんになりそうですね」

「そっ、そんなお嫁さんなんて……」

「?、どうしましたシャーリーさん?」

「なっ、なんでもないですっ‼︎」

 

ただ一帆の心の声が駄々漏れになっており、さらにそれを聞いてシャーリーがボフッとまるで二次元かのように真っ赤になってしまったのだが、何故か一帆は気付かない。流石は伊奈帆曰く「カリスマ(たらし)スキル」Aランク、任意発動(意識的に)でなく自動発動(無意識的)なのでまた1人、一帆が知らない内に新たな犠牲者が出てしまっていた。

 

「そうですか……、問題があったらちゃんと呼んで下さいね?」

「はい!」

 

にぎにぎとシャーリーは肩の力を抜いておにぎりを握り始める。今度は一帆の握ったおにぎりに勝るとも劣らない出来栄えのおにぎりができていた。

 

───大丈夫……そうだ、な

 

一帆はそんな彼女の姿を見てそう思う。昨日の事とはいえあんな事(暗殺事件)に遭って精神的、肉体的にかなり疲弊していると考えていたからだ。今見る限りまだ大丈夫そうなので少し安心する、ただこういうのは案外素人でもない専門医でも見た目(見た)だけですぐ分かるものでもない、なので油断は禁物(要観察)だが。

 

───それに、おにぎり作りは彼女に任せても問題なさそうだ

 

もうコツを掴んだのかサクサクと楽しげにおにぎりを握るシャーリーを見た一帆は一旦大量のおにぎりを握る作業から離れ、隣の大テーブルに置いてあった昨日軍事教官室から拝借して来た教官用モバイルPC(ノートパソコン)を開く。教員や教官用に最近新たに調達された最新型の端末であり、生徒用と違って規制(フィルタリング)などでガチガチに固められていないためかなり処理速度や自由度が高くかなり使い勝手がいい端末なのだ……まあ端末を開く()()()()()さえ分かればの話だが。

 

「取り敢えず再起動っと。ユキさんはパソコンを報告書作成くらいにしか使わないからちょっと勿体無い気がするよ……っと」

 

カタカタとキーボードを操作しながは「ちょっとした宝の持ち腐れだよねー」とボヤきつつ、一帆は再起動するために昨日のうちに当たりをつけてあったパスワードを入力する。

 

『y818K815I27s53』

 

ロックが開いたらすぐに自前のUSBを挿し、以前から今日この日(原作基準の暗殺事件後)のために備えて準備してあったプログラム(仕掛け)を立ち上げる。ちなみにこのノートパソコンの持ち主であるユキの教員用パソコンの14桁のパスワード「y818K815I27s53」は、前から年齢順に名前のローマ字の頭文字と誕生日をユキさん(y)8/18、一帆(K)8/15、伊奈帆(I)2/7、ソラ(s)5/3の順に入れていけば良い。

 

───単純過ぎてもしかしてと入れた1発目で開いたのは驚いたよ

 

あまりにブラコンでシスコンな家族大好き人間であるユキらしいパスワードに内心、彼女がパスワードって何の為にあるのか知っているのだろうかと心配になる一帆。ただ同時になんだかんだ言ってそういう所のガードが緩い所が見た目も性格も良い方な彼女の欠点であり、そうでもなければユキらしくもないと思ってしまう辺り一帆も彼女と家族大好き度合いではどっこいどっこいである。

 

「プログラムは問題無く起動、無人航空機のR/MQ-1T プレデター各機(中継用の5機と本命の観測用1機)のスタンバイ完了。あとは昨日学校にある分の防災無線のアンテナに物理的に工作しておいたから今からその回線にハッキングしておけば準備完了か」

 

プログラム──ネットで知り合ったとある天災兎に作ってもらったハッキングソフトを立ち上げると、今度はてきぱきと防災無線をハッキングし始める。大体のハッキングは兎印のソフトがやってくれるので一帆がやることはハッキングが進むその過程をただただ監視するだけ、それにたかが防災無線(情報保護レベル最下位)相手にそれ程時間は掛からない。ものの数分でハッキングは完了した。

 

「じゃあ次に、火星側からのジャミングに対抗できるように無人機の通信と無線通信をリンクさせて通信強度と通信可能距離を延長してと……あ、今更だけど対抗できるか不安になってきた。万が一無理だったら伊奈帆に目的地だけ言うことになるけど」

 

それは不味い。今のところは一応正史(原作)通りに事態が進行しつつあるとはいえ、既に「暗殺事件」が起きていない時点で原作の物語としては崩壊しているのだ。輸送車にユキのアレイオンがしっかり輸送車に引っ掛かってなかったり、起助ごと伊奈帆があの火星カタフラクト(団子虫)消滅()させられたりしたら目も当てられない。

ともかく遠方からでも事態を正確に把握するためには「目」は絶対に必要だった。

 

「カズホさん、終わりましたよ」

「ん?早いですねシャーリーさん。それにもう俺に負けないくらいの完成度です」

「えへへへ、カズホさんのおかげです」

「?、俺はやり方くらいしか教えてないんだけど?」

「ぷぅ、もう……カズホさんはなんでそう言うところだけ鈍いんですか…………ズルイです」

「???」

 

第三者から見れば鈍過ぎる一帆が呆れを通り越して哀れにも見えてくるがまあ……置いとこう。それが一帆らしいっちゃらしいし、物語的にも今気付かれたら進行上問題に……コホン、気にするな色々あるんだ書き手には。

 

《緊急速報です。新たに新芦原全域に避難勧告が発令されました。民間人の方々は避難マニュアルに沿って避難を開始して下さい。繰り返します…………》

 

「お、遂に出たか。案外遅かったな」

「今すぐ避難ですか?」

「しないよ?」

「ふぇっ?」

 

火星側により一方的に南極戦時条約(休戦協定)*2が破られ第二次惑星間戦争が勃発して10時間余り、ようやく出た避難勧告に「遅い」と零す一帆。それであるというのに何故か「避難しない」と言う一帆からのまさかの否定にシャーリーは思わず変な声を出してしまう。恥ずかしいのか顔を赤らめながら彼女は一帆にその理由を尋ねる。それに一帆は、

 

「なんでって……シャーリーさんこのままじゃ多分すんなりと避難船(フェリー)に乗れないですよ?俺とかこの街に住む人間ならともかく、シャーリーさんは外交使節──それも火星の人だから戸籍(避難者リスト)にも登録されてないのでそう簡単には船には乗せてくれないと思いますよ」

 

シャーリーの現在の()()*3を鑑みてその質問に答える。

 

「……そうなんですか?」

「うん、多分。パスポートとかの身分の証明ができる身分証か何かがあればギリギリ乗せてくれるかもしれないけど……シャーリーさん絶対に今持ってないよね?」

「うっ……持って無いです。一応姫様付き侍女としての証である手帳は有りますけど、多分ここじゃ見て私がそうだと分かる人はいないと思います」

 

そういって彼女は何処からか火星では随分貴重品であろう革製の上等な背表紙の手帳を一帆に見せてくるが、中身まではどうか分からないもののぱっと見地球では多少値ははれども一般人でも買えそうな外観のその手帳に火星専門の外交官でもなければ初見じゃ判別は無理だと一帆は断言できる。

 

「と言うわけでこのままじゃ無理なんだ。だから取り敢えず出航ギリギリに滑り込みで乗ってその辺は有耶無耶にしたいんだ。俺も居たら多分なんとかなると思うし」

 

ゆえに身元確認を有耶無耶にすべく滑り込みで避難したい一帆だが、この後の展開(原作の流れ)を考えて少なくとも避難船では避難できないだろうと考えると残る避難手段は()()()しかない。しかも、

 

───いや、地味っていうか良くてシンプルな芦原高校(うち)制服(ブレザー)に北欧系の美少女ってなんか違和感が半端じゃないって言うかやたらと目立つんだよね

 

そもそもシャーリー自体、普通に美人な美少女なのだ。ただでさえ目立つのに前世と違い「厄災」によって戦後復興が遅々として進まず欧米諸国から比較的復興の進んだ日本エリアに避難民として移民しそのまま芦原高校に通っている欧米系移民の子女(カームやニーナ達)がいるとはいえ、そこにやけに浮世離れした彼女の違和感まで加われば避難船であれ何であれ普通に潜り込んでも絶対にすぐにばれるだろうという思いは胸の内にひっ込めつつ一帆は彼女に向けて言う。それを聞いてシャーリーは納得し切ってはいないものの理解はしてくれたらしく大人しく引き下がった。

 

「じゃあ俺は色々と準備があるので少し席を外しますね。後は特にやることも無いですしシャーリーさんは好きに学校を見ておいて下さい、本校舎の鍵(マスターキー)は渡しときますから」

 

そして学食でもできることをあらかた済ませた一帆は次に学食ではできないこと──共同溝の扉の解放と救急セット(担架含む)の設置をしに向かうべく席を立つ、と同時に丁度おにぎりを握るのも終わったらしいシャーリーに対し彼女へのお礼とその暇潰しもかねて芦原高校本校舎全ての教室や部屋の予備鍵(マスターキー)が付いた鍵束を渡す。

 

「良いんですか⁉︎じゃあ図書室に行って良いですか?」

「行っといで、好きに読んで良いよ。火星じゃ地球の書物は手に入らないだろうから」

「ありがとうございます‼︎一帆さん‼︎」

 

ただ嬉しそうなのは構わないんだがぶんぶん振り回される尻尾と忙しなく動く三角耳を幻視してしまった一帆は大丈夫なのだろうか?

 

───……疲れてんだろな、うん、そうしとこう

 

勝手に悩んで勝手にそう一帆は結論付ける。

 

 

ともかく、一帆はこの後の展開のために無人機を飛ばしたり校内校外を問わず色々な鍵を解除するために学食を出る(奔走)のだった。

 

*1
なお、ユキが握ると「ギュチッギュチッ」となる

*2
南極戦時条約

第一次惑星間戦争終結のために地球連合とヴァース帝国の間で結ばれた休戦条約。地球圏の外側という立地と建国経緯故にハーグ陸戦条約やジュネーブ諸条約を締結していないヴァース帝国に対して国際法規を守らせるべく地球連合の提案で「厄災」によって月そのものが半分吹き飛び砕けて両者痛み分けに近い壊滅的被害を出した第3次月面決戦後に結ばれたもの。

なお、この条約における大きな要項は4つ。

 

ひとつ、地球連合・ヴァース帝国の両国間にある交戦状態の全停止と停戦協定の遵守

ひとつ、核兵器および大質量天体落下戦術を含む大量破壊兵器の使用禁止に関する条項

ひとつ、民間人居住地域および中立地域等の特定地域に対する攻撃の禁止

ひとつ、捕虜の待遇に関する取り決め

 

また条約が締結された地名を取って「南極条約」と通称されている。

*3
この時、昨日の時点で既にこの芦原市を脱出したのかそれとも地球連合軍によって保護という名の拘束でもされたのか生き残ったはずの残りの火星の外交使節団のメンバーとも連絡も取れず、()()()()暗殺未遂の一件のせいでシャーリーは信用も信頼もできない生き残りの使節団員に頼ることもできない状況にあった。





シリアス?知らない子ですね。

な回です。本当にシリアスは何処に行ったんでしょうね……。

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