ALDNOAH.ZERO -Earth At Our Backs-   作:神倉棐

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本作品を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
自分にとって処女作となる本作品につきましては長らく未完の状態ではありましたが、突然ではありますが連載再開と現在構想中の作品の実験の為にも一度内容の修正と改善の為に一部改稿させて頂きました。
今後とも一層のご愛顧を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。


2/2 「世界で一番長い日の夕暮れに」

【日本 新芦原市 11月19日 13時42分】

〈Japan Sinawara city 1342hrs. Nov 19, 2014〉

 

 

取り敢えず色々行き違いと勘違いがあったらしい北欧系美少女さん───これからは「北美さん」と伊奈帆の内では呼ぶが───に事情を説明し解放してもらう。

 

───腕が変な方向に曲がってたし思いの外痛かったな……

 

「取り敢えずもうすぐ軍の輸送車が到着する。ソラがインコ……友達に連絡してくれています、一緒に行きましょう。付いて来てください」

「分かりました、……あの先程は済みませんでした」

「お気になさらず、ちゃんと戻りましたから」

「はい……」

 

済まなさそうな顔をする北美さんと、何故かまるで親の仇を見るかのような視線を送ってくる小ちゃい北美さんの妹らしき女の子の2人を連れて伊奈帆はソラの待つ場所に行く。ちなみに2人を見た時のソラの第一声が「……なんでさ?」だったのはどうでもいい事だろう。その辺は伊奈帆と同じく一帆の影響を多大に受けているせいで咄嗟には出てしまうのだ。

 

「なるほど……それは災難だったんだね」

 

伊奈帆はソラに関節技(サブミッション)を掛けられた場面を含めて起こった事を有りのまま話す。そして説明を終えた伊奈帆に対し、ソラは伊奈帆の背後に立つ彼が何処からか連れて来た少女と女の子の2人組を見比べてそう溢す。

 

「いきなり関節技を掛けられるとは…「違うよ」

「へ?」

「災難だったのはナオお兄ちゃんが連れて来てくれた2人の方、ナオお兄ちゃんが関節技を掛けられたのは不意に近付いて2人を驚かせたからだからナオお兄ちゃんが悪い」

「」

 

理不尽な、とも思ったがソラが言う事にも一理あるので伊奈帆は何も言い返せなかった。

 

───でもなんか最近ソラの僕の扱いが酷いがする。特にソラの前でインコやユキ姉以外の女子の話をしたら機嫌が悪くなるし

 

そんな事を伊奈帆が考えていたらいつの間にかソラと北美さんが仲良くなっていた。思わず「え、早くない?」と溢す伊奈帆だったが、暫くしてお待ちかねの輸送車がやって来た。

 

「伊奈帆!ソラ!──あと避難し遅れたお2人さんも乗って。すぐ出発するよ」

「了解、インコ。カーム、起助(オコジョ)、荷物ヘルプ」

「お、ユキさんと一帆会長のか?了解、引き上げるからオコジョは奥まで持ってってくれ」

「ういっす、任された」

 

荷物を先に積み込んでから次に人が乗り込む、順番は北美さん、小ちゃい北美さんの妹(?)、ソラ、伊奈帆の順で伊奈帆が乗るとすぐに輸送車は動き出した。

 

「伊奈帆、はい」

「はいって……何?」

 

突然韻子に手渡された芦原高校(ウチ)にもいくつか備品としてある軍用の高性能双眼鏡──完全防水で曇り防止に窒素ガスを封入、レンズとプリズムに反射光抑制コーティングが施されその上オートフォーカスにズーム機能まである優れ物……なお値段──と韻子の顔を交互に見る。

 

「だから手伝って、他にも逃げ遅れたり訳アリで逃げられなくなった人がいるかも知れないから」

「ええ……」

「伊奈帆も訳アリの人に入るんだよ?伊奈帆も私がいなければ逃げられなかったんだよ?分かる?」

「……手伝わせて頂きます」

 

韻子の圧力に負けて伊奈帆は双眼鏡を受け取った。おい、そこの2人、「尻に敷かれてんなぁ」とか言うな。てか手伝え。そして再び走り出して数分で双眼鏡に人影が映る。他にも逃げ遅れがいたようだったが、まさかその逃げ遅れが伊奈帆らかかりつけである芦原市で開業医兼高校では非常勤医師である耶賀頼(やがらい)先生とは思わなかった。伊奈帆が見るに、路肩に車が止まっているのと特にパンクも凹みもない様子からどうやらエンジントラブルかガス欠の様だ。

 

「助かったよ。こんな時に車がエンストして動かなくなるなんて」

「感謝してくださいよ、先生」

 

胸を張る韻子に対し「いや、それインコの手柄じゃないでしょ」と呆れ顔を見せた伊奈帆だったが、その時輸送車前方に特徴ある影と駆動音が聞こえる。このままのスピードではまず確実に正面衝突する事になるだろう。

 

「止まって」

「えっ」

 

とっさに出た声で、運転していた軍曹が急ブレーキを踏む。摩擦で金属が悲鳴を上げ、その摩擦熱でゴムの焼ける嫌な匂いが微かに車内に充満したが辛うじて輸送車は()()と衝突することなく停車した。

 

「KG-7 アレイオン!?」

 

目の前に現れた連合軍主力量産機の姿に思わず声を上げた韻子の声が車内に響く。目の前に展開したグレーのようなオリーブ色のような何を目的としたのかいまいち分からない迷彩塗装が施された軍主力量産カタフラクトの部隊、それも標準装備の自動小銃(アサルトライフル)をメインに各種市街地戦用装備を背部兵装架(ウェポンラック)に満載した一個小隊。──ただ問題は彼らが埠頭へと続く唯一の道それも橋を封鎖しているという事である。

 

───あの装備一式……市街地戦でもする気なのか?

 

封鎖する機体とその装備を見た伊奈帆がそう考えていると、件の小隊の中の1機がこちらに機体を向けて走って来る。流石にこの距離なので安定翼(スタビライザー)を展開しスラスターを噴かせて飛んでは来ないが、それでもカタフラクト自体の歩幅は大きいためすぐに側までやって来る。

 

《あなた達、ここは避難完了しているはずでしょ!》

 

そしてアレイオンの外部スピーカーから聞こえてきたのは何とユキの声、どうやら待機任務から遂に出撃になったらしい。……ということはだ。

 

───ってことは今ここに敵が、火星のカタフラクトが来るっていうこと?

 

「ユキ姉」

《その声、ナオ君⁈ってことはソラちゃんも居るの⁉︎……あぁもう、どーして……》

 

既に避難したはずの伊奈帆の声に、伊奈帆が居るならばまず間違いなく一緒に居るであろうソラを連想しその事態の厄介さ加減にユキは頭を抱えざるを得ない。

 

「ユキ姉、軍が出てるってことはここに敵が来るの?」

《そうよ、現在東京から1つないし2つの高熱源体がこの新芦原に向かってきているの。だからこの新芦原港近辺(エリア)も交戦想定区域よ。今すぐここから引き返して離脱して》

 

ただ「引き返せ」と一言でいわれても、このルート以外に伊奈帆達が埠頭へと向かう道は無い。それを知っている韻子も反論する。

 

「でも、ここを通らなきゃ埠頭には……」

《とにかく時間がないの、今からじゃ埠頭に着く前に敵が来る。だから引き返して安全な場所まで逃げて、私たちもここで食い止めるから》

 

ただそれもユキの余り余裕のない声色とその話の内容からして不可能らしい。そもそも彼女ら職業軍人かつフル装備のカタフラクト小隊が出張って来ている時点でそれほどまでに事態が切迫してきているということだ。これは敵が──アルドノアを搭載した火星製のカタフラクトがどの程度のものかによっては戦場となる「新芦原市」そのものがまずい、下手すれば壊滅する(更地になる)かもしれない。

 

───ここで押し問答を繰り返しても、今後の選択肢を無駄に減らすだけ。結果は悪い方に向かうばかりだ、なら……

 

「取り敢えずここから一旦引き返そう。民間人も多いのにそこまでのリスクは負えない」

「ああ、交戦想定区域が設定されて軍のカタフラクト隊まで出ていているんだから、ものの数分で敵機がやって来るはずだ。急ごう」

 

伊奈帆の言葉に車内で唯一の職業軍人である軍曹は賛成する。無理して急ぐまでは良いがそれで戦闘に巻き込まれる訳にいかない、今は一般人も乗っているしそれ以前に伊奈帆達には戦う方法が何ひとつないのだから。

 

「………」

「………」

 

ただ引き返して5分も経たずして後方、先程自分達がいた地点辺りからカタフラクトのライフルの発砲音が聞こえる。どうやら戦闘が開始された様だ。しかし──

 

「指令本部、応答願います!指令本部!」

 

火星側が放った電波ジャミングのせいか、軍用短距離電波通信を除くあらゆる通信手段が途絶えている。それにより輸送車を運転している軍曹が先程から指令本部に何度も通信を試みているが未だ通じていない。

 

“情報を遮断し、各個に分断してから攻撃を始める”

 

正に戦の基礎中の基礎にして常識であるが実際に自分達が受けてみるとこれは辛い、指示が来ないならば自分の自己判断で動かねばならないし、このまま埠頭と反対方向に走ってこの街を出られても海路を失う以上は安全地帯への避難の目途が立たない。ならばリスクこそあれ市外への離脱ではなく街中を逃げ回りながら隙を見て、戦場の中を強行突破するのがこの後の展開となるだろう──ただ、伊奈帆にはそう上手くいくとは思えなかった。

 

《こちら界塚ユキ准尉、聞こえる!》

 

そんな時に繋がった先程のカタフラクト隊、いやユキからの通信。距離がまだ近いが故に辛うじて繋がった通信から伝わるその焦った様な声は事態が随分と緊迫した状況であることを示している。伊奈帆の読み通り、やはりそう上手くはいかないようだ。

 

「ユキさん!?」

《もう合流する!こちらで保護した民間人の娘がいるの、この娘を乗せたら逃げて!もっと遠くまで!》

 

ユキからの通信に韻子が無線で答えるより先に、彼女はあらかじめ輸送車の位置をGPSかレーダーのモニターで確認していたのだろう、目の前にライフルを片手に持ったアレイオンが姿を現した。そしてその大きな手には赤髪の同い年位の少女が乗っている。

 

《さあその娘を連れて急いで走って!》

 

相変わらず朝からずっと訳が分からない事態に遭遇してばかりだが慌てたところで事態が好転する訳でもない、それ故に伊奈帆は冷静に手の平から緊急停車した輸送車の屋根に降ろされた少女の手を取って屋根から内側に下ろしその屋根のハッチを閉める。

 

「いったい何が」

《とにかく急いで‼︎奴が来る‼︎》

 

そして伊奈帆がハッチを閉めるや否や、自動小銃を構え直すアレイオン(ユキ)の姿に伊奈帆は違和感を覚える。

 

───もしかしてユキ姉、敵機に追われてる?……ってでも援護が無いって事はもしかしてユキ姉以外の鞠戸大尉達はやられたのか?

 

そもそも民間人を避難させていたとはいえ何故ユキが単機だったのかを考えるべきだったのだ。そして一体いつからカタフラクト隊の発砲音が聞こえなくなっていたのかを。

 

「…………来た」

 

遂にカタフラクトと輸送車後方の建物の間から姿を現す火星カタフラクト、紫色に塗装されたそれはヒト型というにはやや疑問符を付けざるを得ない実に特徴的な卵の様な外見をしておりその左右には長く巨大な腕が付いている。……あと何故か図体の割に脚が短かった、某タヌキ型ロボットみたいに。だがそんな頓珍漢な姿をした敵機はアレイオン(ユキ)が己をフルオートで連射して撃ち続けているというのに文字通りの「砲弾の雨」をまるで「ただの雨」であるかの如く気にする素振りすらなく突き進んで来る。

 

───75mm×630mm UFE弾が効いていない?ユキ姉がAP弾かHE弾のどっちを装弾して撃っているかまでは分からないけど、見た限り装甲に阻まれて弾丸が弾けてるわけでも逸れてるわけでもない。間違いなく直撃してるはず……なのに着弾した音が全くしない?

 

発砲音は聞こえても着弾音が聞こえないことに違和感を覚えた伊奈帆が赤髪の娘を迎え入れたハッチを再度開き、そこから顔を出してユキと敵機との戦闘に双眼鏡を向ける。

 

───弾丸が被弾直前に消滅してるのか?

 

伊奈帆が戦闘──特に着弾の瞬間を直接観察したことで分かったのは文字通り75mm弾が敵機表面に触れた瞬間に「消滅」してしまっているという事実、地球側の常識から考えれば「あり得ない」の一言で済まされるような実に非常識にもほどがある。だがそれも話には聞いていたアルドノアの超技術によるものといわれれば納得はできる……「理解できるか?」と問われれば「無理」と断言できるが。だがこんなことができるとはある意味反則だと思う。

 

───直接物体が本体に接触しないなら砲弾どころかミサイルだって爆発や衝撃ごと無力化できる……ゲーム風にいえば「無敵」状態ってことか

 

触れるモノ全てを消滅させる、下手すれば核爆発でさえ無力化しそうな目の前の怪物(バケモノ)に目が眩みそうになる伊奈帆だったがその時、アレイオンが機体を捻り立ち位置を入れ替えるべく左脚部が動かした瞬間に突然輸送車を襲った急な衝撃よってバランスを崩し強制的にハッチから頭を引っ込めさせられる。

 

「なっ⁈」

「くっ!」

「きゃっ⁉︎」

 

無理矢理頭を引っ込めさせられ、ついでに強かに尻餅をつく羽目になった伊奈帆はあまりの衝撃にその元凶に思い至り顔を歪める。

 

───輸送車蹴ったよ今……ユキ姉(ペニビア)

 

そう、事もあろうに味方のカタフラクトが輸送車を脚部で蹴り飛ばしたのである。正しくは「意図せず踵が輸送車尾部と接触した」だけなのだが、その質量差から考えて多少装甲化されているとはいえ輸送車と比べて全身が装甲やらパワーパックにガスタービンやら何なりを詰め込んだほぼ全て鋼鉄製の金属塊であるカタフラクトの方が重いためその衝撃は並ではない。一応軍用であるが故に頑丈にできている兵員輸送車はまだ動くだろうがその中に乗ってる人は大半が民間人の一般人である、咄嗟に動ける者もパニックにならない者も居ない。

 

「軍曹!どうしましょう⁉︎」

 

ただそれでも韻子が運転をしていたこの車両唯一の正規軍人に指示を仰ごうと運転席を振り向く。が、

 

「ちょっと、大人ぁっ!!」

 

振り向いた先の運転席に居たはずの軍曹はもうそこには居ない。いい歳した軍人の癖に先程の衝撃が引き金(トリガー)となったのか恐怖のあまりに任務放棄した挙句、保護対象の民間人さえも見捨てて1人生身で逃げたのである。

 

───おい、僕達と民間人どうする気だ。放置する気かアイツ、軍人以前に人の風上にも置けないな

 

ただ、そんな軍曹もカタフラクト同士──主に火星のカタフラクト──による攻撃で飛んできた建物のコンクリートとかの瓦礫に運悪く当たって死んだ。

 

───民間人を見捨てて逃げなきゃ生き残れたかもしれなかったのに……

 

既に故人となった人物を悪く言うのは気が引けこそするが、それで見捨てられしかも遺された側としてはたまったものではない。罰が当たったというか何というか、何とも言いがたい雰囲気の中で伊奈帆はふと一帆の持ってた本に「死は恐怖を抱くものを好む」と書いてあったことを思い出し表情にこそ余りでないものの絶妙な顔になる。

 

「うわぁっッ⁉︎」

「今度は何⁉︎」

 

再び衝撃が輸送車を襲う。今度は背後から蹴飛ばされた感覚でなく、上から何かに強く押さえ付けられ潰されつつも跳ねる感覚。一瞬とはいえ車内にいた者全員を襲ったその辺りの遊園地の下手な絶叫アトラクションと比べても遥かに気持ち悪い感覚と、そしてその原因だと思われる頭上の天井にできた内側への大きなへこみに騒然としていたはずの車内は一周回って逆に静かになる。

 

「やっぱりユキ姉か」

 

伊奈帆が窓越しにバックミラーを確認すると先程のまで射撃を続けていたユキの姿が見えない、ただその代わりに映った中程で消滅したアレイオンの脚部とその脚部に装備されていたであろう路面に散らばった中途半端に展開された安定翼の残骸を目にした伊奈帆は彼女が敵機に足払いでも受け車両に乗り上げる形で倒れたのだろうと当たりを付ける。だがいつまでも立ち止まって推理や考察をしていられるほどそう悠長にしていられる場合ではない、火星のカタフラクトがアレイオン(ユキ)止めを刺そうとその長い右腕をゆっくりと振り上げている。

 

───このままじゃユキ姉ごと輸送車(僕達)消滅させら(殺さ)れる。でも、この状態ならユキ姉を振り落とさずに一緒に逃げ出せるはず……

 

ピンチはチャンスだとはよく言ったもの、しかし問題はこの輸送車のエンジンにある。馬力に余裕があればユキを乗せたままこのまま逃げることも可能だろうが、もしエンジンがさっきの衝撃で壊れていたりその馬力が足りなければこのまま動くこともできず彼女ごと輸送車が消滅する。これは一か八かの賭けだが、どちらにせよ動けなければ結局伊奈帆達はあの火星カタフラクトに殺される。

 

「韻子!運転席に!早く‼︎」

「ええっ‼︎」

「早く‼︎このままじゃユキ姉ごと消される‼︎」

 

伊奈帆は咄嗟に助手席にいる韻子に指示を出す。彼女の席は他の誰よりも運転席に近いから丁度良い、今は刹那でも時間の無駄も許されない。まさに早さこそが生命であり、勝負だった。

 

「もうっ‼︎こうなったらやけくそよ‼︎どうなっても知らないからね伊奈帆‼︎」

 

そして突然役割を振られた韻子であったが、それでも彼女は伊奈帆の指示を忠実にこなしマニュアル操作でしかも4速のままアクセルを踏み込み輸送車を発車させる。

 

───学校でミッション車の運転も習ったけどマニュアルのしかも4速のままエンストさせずに急発進できるって何気に韻子凄いな

 

間一髪、火星のカタフラクトの腕を避けるがどうも輸送車の加速が遅い。当たり前だ、何せ輸送車より遥かに重いカタフラクトが上に乗っているのだ。いくら軍用で多少頑丈かつ馬力に余裕があるように設計された輸送車とはいえ、エンジンの馬力に対して今の搭載重量は重過ぎる。

 

「韻子、もっとスピード!」

「今全力でやってる!」

「このままじゃ追いつかれる」

「だから重過ぎるんだって!」

 

あまりの鈍重(ノロ)さに焦ったカームと起助が悲鳴混じりに叫ぶが、こればっかりは韻子に言ってもどうしようもない。寧ろこんな悪条件(ぶっつけ本番のマニュアル操作に重量超過)でも徐々に加速させていっている彼女の手腕と努力を褒めるべきであり、最大の問題である重量については運転している韻子自身にはどうしようもない。……とそこまで考えて伊奈帆にはひとつの妙案が浮かぶ。信頼性は五分五分、だが今までのユキと火星カタフラクトの戦いの様子から考えて閃いた仮説を基にすればその成功率は決して低くはない。

 

「ブレーキ」

「え?」

「ブレーキ踏んで」

「な、何で……」

「早く……ブレーキ‼︎」

 

韻子も余裕がないのは承知だが伊奈帆にだって余裕がない状況で何回も聞き返してくる韻子に少しイラっときた伊奈帆は思わず普段使わない大声を出す。反射的に韻子はすぐさまブレーキを踏んで減速したので結果オーライとはなったが、少し冷静になれば韻子に悪い気がした伊奈帆は後で謝ろうと内心決心する。そうこうしている内に火星カタフラクトと接触したアレイオンの脚が少しずつ先端から消滅していく。

 

「アクセル!」

「はいっ!」

 

予想通りだ、無事カタフラクトの太腿辺りまで消滅したのを確認し韻子に再度加速させる。コックピットギリギリまで削ったおかげで重量が減り先程より加速が速くなり、徐々にカタフラクトとの距離は広がってゆく。そこで唐突に今まで沈黙していた通信機に受信が入った。

 

《ザザザッ……こちら八朔一帆、兵員輸送車聞こえるか?》

「か、会長‼︎」

「お、お兄ちゃん⁉︎」

 

突如繋がった無線の相手が何と今まで行方知れずであった一帆であったことに韻子とソラ、他にも一帆を知っている者や知らぬ者を含めて突然の通信に皆驚いていた。

 

《久しぶり、訳や理由はともかくまずはこちらの誘導を受けてもらうぞ》

「ちょっ⁈会長はどうやって私達を捕捉してるんですか⁉︎」

《んー、言葉で説明するより直で見てもらった方が早いか。ソッチから見て一時の方向、仰角38度ってとこかな?》

 

伊奈帆は左側の車窓から北北東方向に双眼鏡を向ける。

 

「あった、無人観測用のラジコン機」

 

そこにあったのは青空を飛ぶ白い機影、学校に備品として納品されていた無人航空機(R/MQ-1T プレデター)に搭載されているカメラが此方に向いていた。

 

《よく見つけたな伊奈帆、まあ、俺はそこから見てるって訳だ》

「ちょっ、ちょっと待った。八朔先輩、軍用短距離通信しか使えないのに通信距離とかはどうやって⁉︎」

《カーム君、実は学校じゃ教えてくれないけど他の無人観測機のアンテナと防災無線のアンテナをリンクさせて経由させれば通信可能距離の延伸と発信源撹乱に使えるんだよ。これ軍での裏技らしいから覚えといて損はないから、ちなみに情報ソースは鞠戸大尉》

「わお……」

 

一帆の裏技カミングアウトにカームがドン引きする。どこからどう聞いても普通は生徒に教える裏技ではなさそうなその話題に伊奈帆ですら「いやそれはおかしい」と口に出そうになるが、役に立ったのならばそれもどうでもいい……いやよくはないのだが無いよりはマシであり実際その知識に助けられた伊奈帆達にはそのツッコミ役はいささか不適当であった。

 

《ともかく次の角右折、その次は左折して》

「はい!」

 

とはいえ自動車の運転に慣れていないがゆえに少々手荒い運転になるが韻子は一帆の指示した通りにハンドルを切る。この方角と位置からすると向かっているのは……、

その時スピーカーから一帆の焦った声が響く。

 

《伊奈帆っ‼︎起助君を屋根のハッチから引き摺り下ろせ‼︎この先に曲がり角(カーブ)があるから危険だ‼︎》

「オコジョ‼︎」

「だってユキさんが、助けないと」

「バカっ死にたいのかアホ!」

 

伊奈帆とカームがハッチをくぐろうとしていた起助の足を掴んで引き摺り下ろす。直後、火星カタフラクトの一撃をかわすためにややドリフト気味にカーブを曲がったことで強烈な慣性が車内を襲う、間一髪起助は振り落とされずに済んだ。

 

《落ち着け起助君、ユキさんのアレイオンは背中の突起が屋根に引っ掛かっててそう簡単にはどうにかならないから安心しろ。伊奈帆もソラもだ》

「……はい」

 

車内に引き戻された起助に対し安心させるようそう説明する一帆、ついでに伊奈帆やソラにも安心するよう言い含めるあたり余念がない。

そこでようやくトンネルが見えてきた。

 

《よしこれ以上は無人機でも追跡できないから後は伊奈帆、分かるな?パスコードと鍵はコッチで開けてある。頼んだぞ》

 

通信が切れる。どうやら一帆は伊奈帆達輸送車がトンネル内に入る前、一足先に観測機を退避させたらしい。そしてトンネル内部に入ると先程から煩かったあの火星カタフラクトの足音が聞こえなくなる。

 

「……追うのを諦めたのか?」

 

トンネルをしばらく進み、それでも火星カタフラクトからの追跡が止んだことを確認した伊奈帆達は耶賀頼先生の提言を受けて輸送車を一度停車させ人を下ろす。彼曰く、先程の乗り心地最悪の輸送車での荒っぽい運転の逃走劇のせいでただでさえ精神的に追い詰められていた避難民達に少なくない数の人数が体調不良を訴え始めていたのもあるし、何よりアドレナリン全開ゆえに本人も自覚していないがぶっつけ本番で運転手を務めた韻子もかなり消耗しているらしい。

 

「気分の悪い方、怪我をなされた方はこちらに集まって並んで下さい。場所が場所なので応急処置程度ですが手当てします」

「重症者や高齢の方、子供を優先でお願いします」

「韻子、大丈夫か?」

「うん……まあ、確かにちょっと疲れたけど大丈夫かな」

 

伊奈帆は輸送車の天井のハッチを開け屋根に登るともはや上半身しか残っていないアレイオンのコックピットハッチを開ける。ハッチを開けたその先に、転倒時に頭部でも打ったのか操縦者であったユキが座席に座ったまま気を失っていた。

 

「気絶しただけ……か?でも後で耶賀頼先生にも診てもらわないと」

 

試しに伊奈帆がユキの首筋に指を当て脈を測ってみるが異常はない、これでまずは一安心だ。そこで今度は衝撃でインカムから外れたらしい彼女の胸元の無線機から弱々しい回線状態ながらも聞き覚えのあるあの()()()()の声が届く。

 

《こちら鞠戸、聞こえるか。界塚》

「鞠戸教官」

 

───そうか、生き残ってたのか鞠戸大尉……良かった

 

昨日ぶりとはいえこんな状況下で顔見知りの人物の声が無事に聴けたことに安堵した伊奈帆をよそに、鞠戸大尉からの通信は続く。

 

《界塚!聞け、火星人はお前を追っている。新芦原港(フェリー埠頭)への攻撃はまだ無い。出来るだけ奴を引きつけて……でも無茶はするな。必ず生きて帰れ》

 

どうやら鞠戸大尉は今通信に応答しているのは伊奈帆ではなくユキだと思っているらしい。相変わらず一方通行な通信ではあったがそれでも収穫はあった。

 

「さっきの奴、まだ俺達を追って来ているって」

「でも、その間に避難民を乗せたフェリーが出港できるかもって……」

 

漏れ聞こえた通信を耳にしたカームと韻子がそう零す。このままでは火星カタフラクトの攻撃目標が伊奈帆達輸送車から港のフェリーに切り替わるかもしれない。そうなれば伊奈帆達は脱出手段を失うだけでなくフェリーにいる沢山の民間人が犠牲にもなる、そんな事は絶対に避けなければならない。

 

───なら……

 

「そう、僕達が囮になれば」

「イナホ?」

「カズ兄が輸送車をここに誘導して来させた理由は分かる、ここからなら避難訓練でも使った共同溝を使って学校まで行ける。校舎裏の演習場の格納庫に行けば練習機があるし、武器庫には演習用の武器弾薬もある」

 

昨日の夜、一帆に言われた通り伊奈帆は1人部屋で悩んだ。守りたい、そう思った人を守る為にどうしたら良いのか。悩んで悩んで悩み続けて……だが結局、結論はでなかった。

 

───でも覚悟は決めた。

 

伊奈帆は告げる。今度は伊奈帆が一帆やユキやソラ、韻子やカーム達みんなを守るために戦う──その覚悟を。

 

「カーム、オコジョ、ソラ、韻子。戦おう……ユキ姉達の代わりに、今度はカズ兄と僕達が……あの火星カタフラクトと」

 

トンネルの内に差す、世界で一番長い日の夕陽を背に伊奈帆はそう言った。

 




界塚伊奈帆(かいづかいなほ)
年齢 15歳
血液型 AB型
誕生日 2月7日

原作主人公であり今作では今作主人公の弟のような存在。主人公なだけあって能力はかなり高め、更に一帆により魔改造がなされている為全体的にワンランク上がった。八朔兄妹と共に暮らしていた為原作よりは表情が豊かである。自他共に認めるブラコンでありシスコン、一帆に影響を受けているためたまにソラと同様にうつった一帆の口癖とかが出る。
一帆曰く気になる異性は未だいないとのこと。



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