もう、すっかり忘れられているだろうなという不安……
「よーし、そんじゃ俺の半生を漫画にするぞー!
タイトルはまぁ、『レジェンドオブロリコン』とかにするか……
まぁ、タイトルは今はどうでも良い!!
兎に角やるぞ!!おー!」
ニ亜を攻略する作戦の最中、遂に決まった今後の方針についてペドーが気合を入れて立ち上がる。
「どうしよ……」
ペドー本人はヤル気いっぱいだが周囲のメンバー、特に琴里はまるでお通夜に来たかのように、うなだれていた。
虚ろな目で「勝ちようないじゃない……勝利の展望が一切見えない……」なんて呟いてる。
「よぉーし、じゃ早速準備に……ん?」
不意に鳴った自身の携帯をペドーが取り出す。
見たこと無い番号に何か思い当たるフシが有るのか、ドライブモードにして机の真ん中に置いた。
『もしもし少年ー?企んでるねー?二亜おねーさんだよー』
携帯電話から流れるのはたった今、攻略方法を考えている精霊、二亜本人だった。
「ニ亜!?なんでペドーの携帯の番号を――ハッ!」
琴里は自身の言葉を自ら噤んだ。
そう、相手の持つ〈
たとえば、ロリコンの携帯番号など簡単に分かってしまう。
「すげぇ……天才漫画家が俺の携帯に電話を……
くぅ~~~感動!!」
『もう少し驚いてくれてもいいんじゃないかな?』
何処か拗ねた様に二亜が声を出す。
『さてと、実際に話すのは初めてになるかな?
フラクシナスの艦長さんで、ペドー君の妹さんの五河 琴里ちゃん?』
その言葉に、うなだれていた琴里の気配が一瞬にしてピィンと張り詰めた。
「ええ、『初めまして』になるのかしらね?
実際に話すのは――」
『えええええ!!!なんで、部屋で水着にエプロン!?
エッロ!!部屋で水着とかシチュ、エッロ!!
水の無い場所でこれほどの水着とか、それもう交尾特化型服以外何者でもないのでは?』
琴里の言葉を遮って、携帯から放たれる言葉に琴里がどんどん真っ赤になる。
「ふふふ……気が付きましたか、本条先生」
此処で琴里がこんな格好をするハメになった直接的原因を持つ男が口を開く。
部屋にいる全員がペドーに視線を投げる。
特に琴里は親の仇でも見るかのような、射殺さんばかりの視線を投げるが当人は気づかぬ振りか、反応すらしない。
「水着エプロンの最たる部分は、エプロンで水着が隠れる事にあると思うんですよぉ!!
『せっかくの水着をなぜ隠す?』多くの初心者は皆そう思うでしょう。
しかし!!
水着がエプロンで隠れる事により、一瞬全裸っぽく見える現象!!
云わば疑似裸エプロンが、水着エプロンにより完成するのですよ!!
視界の端には常に、新婚夫婦のあこがれ裸エプロンに近しい存在がある!!
これほどの幸福はまずありえないのでは!?」
ペドーが熱く、ひたすら熱く語り続ける!!
そして、その言葉を聴くたび、その周囲の熱は真冬の野外よりも冷え込んでいく!!
『くぅ~少年は天才じゃったか……』
染み入る様な声を出し、静かに携帯の電話が切られた。
「……あれ?何しにかかって来たんだ?」
ピリリリリリ
「あ、また先生だ。
なんだろ?」
ついさっきかかって来たばかりの見知った非通知の番号を確認し、再度ドライブモードで机の上に置く。
『ヤッホー、少年君。何度も御免ね?
いやー、つい満足して電話切っちゃったわ。
本筋話すの忘れてた』
許して、と軽いノリで二亜が話す。
『さーてと、少年を漫画化して私に読ませる作戦考えてるんだって?』
二亜の言葉に、琴里が歯嚙みする。
そうだ、何度も言う様に〈
琴里達が今どんな作戦を、どの様に立て、どの様に計画しているかなど、その気になれば直ぐに分かってしまうのだ。
当然、自身の今、実行しようとしている作戦も簡単に分かってしまう。
『悪いんだけどさぁ。君たちが幾ら頑張って作ったってその本、読む気無いから』
「な……」
こちらの計画を根本から崩す二亜の一言に琴里が固まる。
『だってそうでしょ?私がDEM社に監禁されてた間に、世間のブームはすっかり変わっちゃってるんだもん。
お気に入りの漫画の完結までの一気見に、話題になってるアニメの視聴、そんでもって今度のフェスに向けて漫画の執筆まで有るんだからね?』
「ああ、分かる分かる。数話見逃しただけでも取り返すのって大変だから。
ってか、年取るとアニメを複数追いかける体力無くなるらしいし……」
『もう、そうなのよぉ!全部が全部、神作なら別に良いのよ?けど、最終話近くで一気に駄作になったり、逆にそこまで評価してなかったけど、ラストでドチャクソ株上げる作品とかあるじゃない?
その判別が難しくて難しくて……
って、少年!!遠まわしに、私の事を年取ってるって言ってる!?』
携帯電話の向うで本条先生は大層お怒りの様だ。
『ん、んん!で話を戻すと、私は今すっご~~く忙しいの。
見たい作品が山ほど有るのに、キミたちみたいなズブの素人の漫画を読む気には成れないよのね~。
んじゃ、本件はこれで終わりで……』
「待って!待ってください!!」
さっきと変わって真剣なトーンでペドー口を開いた。
『ん~、どうしたのよ?少年?』
「俺、先生に俺達の本読んで欲しいです。
今までの俺たちの絆で作った物語、絶対面白い物のハズなんです!!
まだ見ぬ神作なんです!!先生だってたった今、言ったじゃないですか。
最後まで読んでみないと傑作かどうかは分からないって。
だから、絶対に読んでもらいます!」
『お、おう……?』
ペドーの迫力に二亜がたじろぐ。
「さっき言った今度のフェス……年末の『アレ』のことですよね?
俺、今から作る本を引っ提げて、参加します!!
そんで、そんで先生の本より売り上げを叩きだして見せます!!」
『へぇ?それって、このプロの作家である私に挑戦状を叩きつけてるってワケ?
良いよ。私よりも売り上げが上ならその本は十分に「面白い本」の範疇を満たしてる。
読んであげても良い』
二亜の口調から、ふざけた面が消えた。
作家としての矜持に火が灯ったのを電話越しでも分かる。
「では、今度のフェスどちらのサークルが売り上げがあるか、勝負です!!」
『うん、良いよペドー君。
その言葉と同時に、電話は切れた。
「琴里すまん。勝負に乗せるためとは言え無謀に近い条件つけちまった」
「最低――って言いたいけど、私もきっと同じ事言ってたと思うわ」
琴里が短く答えた。
「なー、ペドヤロー」
「なんだいシェリちゃん?」
「さっき絆って言ったけど、ボクたちにそんなの有るのか?」
「あ、あるよ!!あるに決まってるだろ!?」
褐色のボーイッシュ系幼女のシェリの言葉にペドーが狼狽えた。
後ろを見ると、他の幼女組も同じような感情を顔に浮かばせている。
「さ、さぁーて、みんな。
聴いての通り大変な事に成ったぞ。
と、言う訳で、みんなで頑張って漫画を作るぞ!」
ペドーが皆と自身を鼓舞する様に、右手を突き上げた。
「負けたら、琴里は一生水着エプロンだからな」
「ちょっと待ちなさいよ?
まさか、負けても良いとか思ってさっきの条件飲んだんじゃないわよね!?」
「ソ、ソンナコト、ナイヨ~」
「コッチの眼みて、もう一回言ってみなさいよ!!」
琴里の声が、真冬の部屋にこだました。
本の溢れるマンションの一角で、二亜は手に持っていた本を静かに閉じて床に置いた。
ここ数日で集めに集めた大量の小説や漫画やゲームが所狭しと並んでいた。
見たくて仕方なかったハズのサブカル系娯楽アイテムに囲まれているが、ベットの中央で寝転がる二亜の表情はつまらなそうなそうに、ため息をついた。
「あー、なーんな萎えちゃった……」
そう言って、他の本を手にするが一分も経たずに、再度床に戻すという作業を繰り返す。
そこには、ペドーに見せた明るい本条二亜の姿は無かった。
「……」
虚空に手を伸ばし、自身の心の中で〈
それは全てを知れる全知の〈天使〉。
『知る』その禁断の力を手に入れた人間はその誘惑に勝つことが出来るだろうか?
何でも分かる。何でも知れる。何でも情報なら手に入る。
宝くじの当選番号も、嫌なアイツの弱みも、100年後の天気も、愛すべき人の隠しておきたがった本性さえも……
「私、何時からこんなウソが上手くなったのかね……?」
人は『知る』という快楽に抗えない。
人は『興味』という嗜好に抗えない。
ありとあらゆる人を検索し、検索し、検索し、検索し続けた。
二亜は知ってしまった。
人の心の奥の醜さを、悍ましさを、恐ろしさを。
そして、精霊たちのその生まれを――
「んで?私になにか尋ねごと?」
二亜の言葉と同時に、部屋の中にクスクス笑いが聞こえだす。
「あらあら、隠れていたつもりでしたのにもう見つかってしまうなんて……
素晴らしいですわね。
流石全てを知る〈天使〉〈
私の事などお見通しという訳ですわね」
部屋の影が人型に盛り上がり、黒と赤のドレスを纏った一人の少女の姿を取る。
「一応今日誰か来るかどうかは予め調べておく事にしてるの。
前にソレでひどい目にあったから。
貴女もよ~く知ってるでしょ?
最悪の精霊――
……え、どうしたの!?」
二亜の言葉に、狂三が目を閉じ口を高く結び、拳を強く握る。
「味わっていましたの……この、久しく感じていなかったこの感動を……」
「????」
狂三の言葉と態度に〈
「もう一回言ってくださいまし!!」
「えっと……『一応今日誰か来るかどうかは予め――」
「違いますわ!!そっちじゃありません!!」
突如狂三が感動顔から声を荒げる!!
「え、じゃあどれ???」
「名前ですわ。私の名前」
「時崎狂三?」
「はっふ!!はっふ!!そう、そうですわ!!!」
酷く痛み入った顔をして狂三が涙を流す。
「え、ナニコレ……?」
余の感動様に二亜が再度〈
「ふむふむ……天使は時間を操る能力……分身、逆行、加速、停止etc……
うっわ、クソチートじゃん。
こちとら直接戦闘能力ほぼゼロなんですけど……
んで、名前の件は……あー……ペドー君がらみか……」
何かを察した二亜が黙って本を閉じる。
「そうですわ!!そうですわよ!!
ペドーさんったら、何度も何度でも訂正しても、私の事を『時子』呼びなんですもの!!
それだけじゃ、ありませんわ!!ペドーさんに影響されてか、周囲の人までも私を『時子』呼びして!!
挙句の果てに私の分身にすら……!
分身にすらぁ……
すっかり、時子よびが定着して……くるみの名は奪われて……」
自身の名を呼んでもらったのはかなり久々なのだろう。
次から次へと涙する狂三に、二亜はいったん彼女が何を聞きに来たかは忘れて、先に慰める事に専念する事に成った。
時子が本名で呼ばれるのかなり久々な気がするなぁ