シリアス……シリアスなんです。
「鳶一 折紙です。よろしくお願いします」
快活そうな表情をした少女が黒板に自身の名前を書き、頭を下げる。
クラスメイト達は新たな仲間、それも美少女の登場に特に男子が色めき立つ。
折紙は新しく入った学校のクラスメイト達の名前と顔を、早く一致させるべく教壇の上から今日からクラスメイト達となる者たちを見回した。
黄色い声援、親し気な表情、こちらに対して好意を持っていると思われる男子たち。クラスメイト達の反応は概ね良好と思えた。
そんな中で、一人の男子生徒に折紙は気が付いた。
「ぁ」
小さく声を漏らす。
一瞬、時が止まった気がした。
「えーと、では、空いてる席は……あ、五河君の隣が空いてますね。
では、そこへ座ってください」
教員の先生が、折紙がたった今気にしていた少年の隣にある空席を指さした。
一瞬ドキリと心臓が跳ねたが、顔に出さないようにしてその少年の隣の席に向かう。
「よろしくね」
「…………ああ、そうだな」
小さく折紙が会釈をすると、件の少年はノートの切れ端を破ったと思われる小さな紙の破片を渡してきた。
「??!」
折紙はその少年に渡された紙を開いて、その紙に書かれていた内容に目を見開いた。
たった今、紙を渡してきた少年に折紙が向き直るが、肝心の少年は引き出しの中から取り出した、小さな女の子が沢山出てくる肌色面積の多い本に夢中になって、気づいてくれなかった。
遡ること一日前。
ペドーはフラクシナス内部にある、記録の保管庫でデータを見ていた。
嘗て神無月と一緒にデータを見たのが、もうずいぶん過去の事に成る。
「えーと、『フラクシナス備品編纂履歴』っと……えーと、パスワードは『ハザード・トリガー』っと!」
その瞬間、画面にペドーが姿を現す。
『おめでとう!その検索結果にたどり着いたという事は、遂に俺の琴里+幼女たちの秘蔵写真の存在に気が付いたという事だね?
安心して欲しい、このビデオが終了すれば無事再生されるよ』
画面の中のペドーが消えると同時に、こちらにお辞儀するデフォルメされた幼女のキャラクターが現れた。
『でぃす、びでお、はずびーん、でりーてっど、です!』
一部の人間が、悲鳴を上げる言葉を幼女はのたまった。
まぁ、要約すれば「データが消えた」という事なのだが……
「これはフェイクだ。本当に消されたなら、こんな幼女自体出てこない。
つまり――」
カチっ、カチッ
『あんっ!くしゅぐったーい!』
マウスのカーソルを動かし、幼女にタッチする。
カチ、カチ、カチカチ、カチカチっ!
『やぁ!らめぇ!あう!やらぁ!もう、らめぇ!』
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ
『あぁ~~~ん!!!』
その瞬間画面が変わって、琴里や幼女系精霊たちの写真がアップされた。
一枚一枚、順番に見ていく。
「ふむふむ……きちんと保存されている様だな。
小さな違いはあるが、大まかに同じ結果だ。
ってか、折紙が居なくてもほぼ同じ結果に成るなんてびっくりだ。
これがSFなんかでよく言う『時の修正力』って奴か」
折紙は消えたが、その穴は偶然や他の人間によって、非常に都合よく埋められていた。
うすら寒い物を感じながら、ペドーがデータを閉じる。
そして、パソコンをシャットダウンしようとした時、とある事に思い至る。
「一応、他の精霊共も見ておくか。
十香や時子、えっとナルシスト双子と……あの、ほら、アイドルやってた奴とか……
まぁ、見といて損は無いか。
出来れば、年下の妹とか出来てないかな?」
下心と今後の生活で周囲に違和感を抱かせないために、ペドーはこちらも見ておく事にした。
「ん、あ!?」
その中のページ、確認はされているがまだ攻略が完了していない精霊の項目に『ソレ』は居た。
「識別名称――【デビル】……?」
元の世界では聞いた事すらない名前。
ペドーはその項目をクリックする。
「正体不明の精霊にして、反転体と思われる個体……精霊の出現に引き寄せられる様に現れ……精霊を攻撃……その目的、スタンスは共に不明でタダ精霊をひどく憎んでいる事が推察される……?」
それはやはり、改変される前にはいなかった精霊の情報。
いや、正直な話をするとこうして精霊のデータを見た事が前の世界では無かったから絶対にいなかったとは言い切れないが、いくら抜けている司令官様でもこんな危険な精霊の事を教えないという事は流石に無いだろうから、やはりこの精霊は新しく出来た精霊と考えるべきだろう。
「ほぉーーん……やばいのが居たな~
心強い味方が居なくなって代わりに敵か……
んな!?」
ぼーっとしていたペドーがとある映像を見て止まる。
それは、遠距離カメラで撮影されたというその【デビル】の画像だった。
明確に見えた訳ではない。
戦闘の余波か空間震の影響か、その画像には土煙や【デビル】本体が吹きだしたであろう闇が覆っていた。
だが、その中でかろうじて人型と分かる『ソレ』の正体がペドーには分かった。
そう、【デビル】をペドーは
「ウソだろ……?」
【デビル】の正体、それは精霊でなくなったハズの鳶一折紙だった。
まだ終わっていなかった。まだ、幸せな世界は訪れてはいなかった。
未だに世界は、折紙に過酷な運命を背負わせたままだったのだ。
「いいぜ――やってやるよ。
俺が何度でもその運命を壊す!!」
ペドーがこの世界その物に向けて、握りこぶしを作った。
そして現在――
「ここ……だよね?」
折紙がペドーにより呼びだされた校舎の裏、階段の影にやってくる。
活気のあるクラス内とは打って変わって静かだ。
木が有り、その影になっており階段の上からも見難くなっている。
手紙で詳細に説明されたから来れたモノの、言われなければ気づく事すらなく3年間を過ごしていただろう。
「ペドー……君?」
クラスメイトが呼んでいた彼のあだ名を口に出す。
彼の本名は有るのだろうが、クラス全体がその名で呼んでいるので、本名で呼ぶのは逆に不自然らしい。
「よぉ、折紙。来てくれたか!」
「ペドーく……ん?」
先についたのかと、後ろを振り向くが居ない。
空耳だったのだろうか?
「こっちこっち!」
「わぁ」
ペドーは木の上に登ってこっちを見下ろしていた。
そして、そのままサルの様にするすると降りて来た。
「よ!折紙!」
「あ、えっと……どうも……」
折紙の態度を見て、ペドーはしまったと心の中で思った。
そうだ、今の自分は折紙とほぼショタいめん――じゃなかった、初対面だ。
そんな奴が、なれなれしく下の名前よ呼び捨てにしたとなればこの反応も無理はない。
(やりにくいな……少し、集中しないと)
話す予定の言葉に、矛盾やおかしいことは無いかと、ペドーは瞬時に確認し始める。
今後はより、今の自分の状況を理解しなくてはいけないと、気を引き締めた。
そして、聞こうと思っていた質問を口に出した。
「なんかさ、クラスに入って来た時、俺の事見てなんかびっくりしていた気がしてさ。
そんで、俺『あれ~どっかで会ったかな~?』なんて思っちゃったりしてさ」
おどけて話すペドー。
ペドーの言葉に、折紙が一瞬息を飲むのが分かった。
「ああ、ごめんなさい。実はペドー君が私の昔、会った事のある人に似てて……
あ!けど、完全に人違いだからね?その人と会ったのは5年も前の話。
それなのに、今のペドー君に似てるんだから、時間経過を考えたら完全に別人だよ」
「あー、5年前……それって、俺の兄ちゃんかもしれん」
「へ?お兄さん……?」
ペドーは瞬時に折紙が過去に出会った自分の、言い訳を考えた。
「うん、5年前の火災の時……家を飛び出たまま、どっかで死んじまった。
あんな時に、なーにしてたんだか……」
「ご、ごめんなさい……」
ペドーの言葉に折紙が小さく嗚咽を漏らす。
「その人、多分私の家族を助けてくれた人、だと思う……
5年前の火災の時ね?ペドー君そっくりな人が、私の家族を助けてくれたの。
その人が、自分の命を犠牲にして、私の両親を助けてくれた……」
折紙が語る。
ペドーは嘘を語った。
「そっか、兄さんの死は無駄死にじゃ無かったなんだな……
ご両親にもお話し聞かせてもらっていいか?」
ペドーの言葉に、折紙は固まった。
「両親は助けられてから一年後に事故で……
けど、その一年はペドー君のお兄さんがくれた大切な時間だった。
私、短い間だったけど、その一年は生きる事をかみしめながら生きたよ。
本当に、なんどお礼を言っても足りないくらい」
真剣な眼差しがペドーを捉える。
ここまでウソを並べて、情報を取り出したペドーの中に罪悪感が溜まる。
「じゃあ、今度はもう少し、踏み込んで良いか?」
ペドーは息を飲む。
事前の調べで、折紙がこの世界でもASTに入っている事は調査済みだ。
もっと言うと折紙の両親が存命で無い事も、調べて知っていた。
本当に知りたいのは、ここからだ。
「折紙って精霊を倒す、組織のメンバーだよな?」
ペドーの言葉に、折紙が目を見開く。
「知っていたんです……ね?」
『精霊』とそれを淘汰する『組織』一般人では消して知らないであろう、情報をペドーは容赦なく投げ込んだ。
折紙が大きな動揺を見せた。
「兄さんの死がどうしても気に成った俺は、空間震警報の時に外に出た。
そして、人類を襲う脅威である『存在』とそれを倒そうとする『組織』を知った」
嘗て折紙が辿ったのと同じ道を、ペドーが語って見せた。
「危険です。今すぐやめてください!
そう言えば、なんどか情報に在りました。
空間震警報の中に外に出ている一般人がいると、あれはペドー君だったんですね?」
「なぁ、俺もそのチームに入れるか?」
折紙の言葉を無視してペドーが再度口を開く。
「ダメです!私は、もうペドー君のお兄さんみたいな犠牲者を出さないためにASTに入ったんです!!
ペドー君の気持ちは分かります。けど、復讐なんてお兄さんも望んではいません。
だから、精いっぱい普通の生活をしてください。
それが私の望みなんです」
言い聞かせる様に折紙が話す。
「そっか、うん。そうだよな……」
両親の死ではなく、自分の死がトリガーにすり替わった。
やはり気持ち悪い位、上手く出来た筋書きにペドーが内心歯噛みする。
「分かってくれればいいんです。これからは外には出ないで下さいね?」
ペドーの言葉を、反省の言葉と勘違いした折紙が注意を促した。
(折紙の経歴は分かった……だが、妙だ。
肝心の【デビル】とのつながりは見えない……)
折紙の両親の死、他人の死をトリガーにしてのASTへの入隊、やはり見えない力の様な物で同じ様な運命に連れていかれているのを感じる。
(前の世界で折紙が【デビル】に成ったのなら、こっちでもなっているハズ……)
少しだけ変わった運命を再度変える為、ペドーは――
「鳶一!……さん。
こんど、どっか二人で出かけないか?」
「え?……え、え?」
その言葉はデートの誘い。
元の世界でなら、決してしなかった行為。
「返事は後で良いから」
そう言ってペドーは前もって用意していた、折紙に自身のメールアドレスを書いた紙を渡した。
そして、午後の授業をサボるべく屋上へと走り出した。
「もしもし、琴里ー?」
『何よ、学校終わり次第いきなり、電話してくるなんて。
まさか妹の声が聴きたくなったなんて、おセンチ言うつもりじゃないでしょうね?
ってか、まだ高校は授業中じゃないの?
まさか、サボり?』
携帯を耳に押し当て、屋上でペドーが寝転がりながら話す。
「おーおー、よくしゃべるね。
愛しのおにいタマからの電話がそんなにうれしいか?ん?ん?」
軽く煽って来た、琴里を軽く逆なでて相手の言葉を無視して本題に入る。
『ンなわけ無いでしょ!!アンタね!!
すこし、自分の評価が高すぎるんじゃ――』
「今週の土曜。【デビル】とデートするわ。
バックアップ、ヨロ~」
『は!?一体何を言ってるの?
遂に妄想――ピッ!』
伝える要件を済ませてペドーが目をつぶる。
なんの残酷さも知らないような青い空を、気ままな雲が流れていく。
寝転がったまま、大きく息を吸いこむ。
そして、今度はゆっくりと息を吐きだし、眼を開いた。
「俺が絶対にその運命を変えて見せるからな?」
そう言って、ペドーが取り出した携帯の画面には一見の見慣れないメールアドレスからメールが有った。
それはついさっき、送られてきたものだった。
『今度の土曜日なら開いています』
と書かれた折紙からのメールが来ていた。
ペドーはそれを見て、琴里に連絡を入れていた。
「さぁ、俺と折紙の
ペドーは決意を込めて、静かに言った。
なーんか、シリアスって苦手ですね。
過酷な運命を悪乗りしながら乗り超えていくのがペドー君だと思っています。