後の展開を考えると、あまりBBAに酷い事出来ないストレス。
我慢だ、我慢……
来禅高校の廊下をペドーが、あくびを噛み殺しながら歩いていく。
わずかによろける足取りに、わずかに出来た目の下の隈。
言われるでもなく、その様子は寝不足気味だった。
「ふぅあ……ねむい……幼女の膝で昼寝したい……」
帰ったら四糸乃辺りに頼んでみようかと、ペドーが一人脳裏で試案する。
ペドーがこのような事態になっているのは、昨日の七罪の一件が原因だった。
「うっふっふっふ!あら、可愛くおめかしして、みんなでお出かけかしら?」
廃墟の遊園地、七罪の能力なのかややファンシー寄りの世界に作り替えられつつある、アトラクションの一角では、おそらくASTだと思われる数人の男女が七罪と対じしていた。
なぜ、おそらくと言ったのか。
その理由は彼らの姿が、皆着ぐるみになっていたからだった!!
「た、隊長ーどこですか……?」
「こ、ここよー」
くぐもった声で、ロブスターをデフォルメしたキャラが手を振る。
ほかの人物も、やれワニだの、ムカデだの微妙にかわいくないキャラクターへと変貌していた。
「ぶ、武器さえ……」
悔しそうな声を出すASTたちの持つ武器はみな、水鉄砲やおもちゃの剣に代わってしまっている。
周囲の雰囲気と組み合わせると、まるで本当に遊園地のアトラクションに見えてくる。
「はぁい!ペドー君楽しんでる?」
ペドーの前に、先端に宝石を埋め込んだ箒にまたがる、七罪が降り立った。
さんざんASTで遊んだ後に、戻ってきたようだった。
「あ、えっと……」
「もう、怖がらなくていいわよ。おねーさん、かわいい子には優しいんだぞ?
けど、もしペドー君が悪い子なら……〈
加齢臭がしそうだな。と思わず身を半分ほど引くペドーを七罪は好意的に解釈してやや乱暴に腕を組んだ。
ぶにぃという不快な脂肪の塊が、ペドーの腕に押し当てられる。
サービスのつもりなのか、七罪は尚も笑みを浮かべ続ける。
その時、不意に風が吹き埃を舞い上げて――
「くッしゅん!!」
「うえ!?きったねぇ!?」
七罪がくしゃみをすると共に、不自然な煙とボン!とコミカルな音が響く。
「あれ――今……一瞬――」
幼女の気配がしたと言おうとした時、煙の向こうから現れた七罪の表情はさっきと様変わりしていた。
「……見たわね?」
「あ”?」
要領を得ない質問にペドーが若干不機嫌になる。
たとえ下着だろうと、全裸だろうとBBAで見たいものなどないと反論しようとするが、ペドーが口を開く前に七罪はふわりと箒にまたがり浮かび上がった。
「許さないんだから……私の秘密を知ったんなら絶対に許さない!!!
今に見てなさい!!あんたの人生、私の全力でぶっ壊して、めちゃくちゃにしてやんだから!!」
怒りの声を浮かべて、そのまま何処かへ消えていった。
その場はそれでよかった。そう賞味期限の切れたBBAの相手をしなくてよくなったのだが、最後に七罪はペドーに対して危害を加える旨を伝えており、その対策として夜遅くまでフラクシナスの中で会議となったのだ。
「あー、急に怒ったり機嫌良くしたり、マジ意味不明なBBAだったな……
今回はASTの皆さんに頑張ってもらうとして……」
内心ではすっかり攻略はあきらめているペドーが教室のドアを開ける。
「んあ?」
教室全体から、一気に集まるペドーへの視線。
それはただ遅れて登校したことへの、一過性の注目ではなく、困惑、心配、怒り、憤り、疑い様々な感情がないまぜになった視線だった。
「なん……だ?」
訝しがりつつ自身の席に着くと、亜衣、麻衣、美衣、そしてマインの4人組が集まってきた。
「ペドー君……あの……」
「見損ないましたゾ!!ペドー殿!!サムライは守るべきものためーに、イノチを掛ける物のハズデース!!」
困惑気味な亜衣の言葉をさえぎって、マインが若干慣れてきた日本語で、ペドーをしかりつける!!
「一体なんの事なんだ?」
全く心当たりがないペドーが、疑問を呈すがそこへ――
「む!ペドー此処にいたのか」
「ペドー探した」
この二人も、何時もと様子が違う気がした。
なぜかペドーにかかる複数の視線やプレッシャー。
混乱を極める脳裏に一つの可能性が浮かび上がる。
「まさかあの、BBA?」
そう思った時に、ペドーの背中に一発のこぶしが叩き込まれた。
「と、殿町?」
「ペドー……歯ぁ食いしばりやがれぇ!!」
殿町がペドーの制服のネクタイをひっつかんで、乱暴に机にたたきつける。
仲良しな二人の突然のバイオレンスに、教室がわずかに騒めいた。
「お前……お前一体どうしたんだよ!!なぁ!!ペドー!!」
尚も首筋を掴む殿町の目には涙がわずかに浮かんでいた。
「お、おい?」
困惑するペドーをかばうように、亜衣、麻衣、美衣の3人が駆け寄ってくる。
「ペドー君もさ、きっと何かの間違いとか、気の迷いって事もあるよね?」
「なんか、つらいこと有ったの?」
「相談くらいなら、乗れるよ?」
次々と心配されて、ペドーの頭がクエスチョンマークでいっぱいになる。
「な、なぁ、折紙、みんな何を心配しているんだ?」
そんなペドーに追い打ちをかけるように、教室のドアが開き水着姿の耶倶矢と夕弦の二人が姿を見せる。
「発見。ペドーを見つけました」
「あー、この……!
逃げてない度胸だけは褒めてあげるわ!!」
「なんで水着?痴女なの?見せたい側の人間なの?頭おかしいの?」
「憤慨。これはペドーがやったのです。
突如『俺、透けブラフェチなんだ』と言って水をかけてきたではありませんか」
「わ、私に至ってはパ、パパ、パパパ、パンツを無理やり盗んでいったんだからね!!」
顔を真っ赤にした耶倶矢が指をペドーに突き付けた。
「んな、訳――」
「ンなわけねーだろ!!ペドーだぞ!!幼女大好きペド野郎が同年代に興味示す訳ねーだろ!?
バカにすんじゃねーよ!!転校生のお前が、ペドーのロリコン具合も知らずに適当に言ってるんじゃねーよ!!」
ペドーの言葉を遮ったのは、殿町だった。
「そうよ、そうよ!!」
「きっとこれは何かの間違いよ!!!」
「何か、言えない理由があるんだよね?」
亜衣、麻衣、美衣の3人が空かさずペドーのフォローをする。
「ペドー、今日の貴方は朝からおかしかった。
クラスメイトに抱き着いたり、スカートをめくったり、耳元で囁いたりと常軌を逸していた。
当然ロリコンの貴方がこんなことをしないのは、皆知っている。
だから、皆貴方の事がとても心配」
「俺が……そんなことを?」
全く身の覚えの無い中傷を受け、ペドーは密かに胸の内におそらくこの騒ぎの下手人であろう七罪に怒りを燃やした。
そしてそれと同時に、自分を信じてくれるクラスメイトたちに、心の奥で感謝の意を伝えた。
「へぇ……ばれてーら」
「!?」
「い、今……!
あそこだ!!」
廊下の向こう側、屋上へ続く階段へと自分が走っていくのをペドーが見つけ、こちらのペドーもその姿を追う。
階段を走って飛び、屋上へ続く扉を乱暴に開くと――
「よぉ、俺」
「よぉ、俺」
ペドーがもう一人の自分と顔を合わせてフランクに挨拶をする。
まるで鏡合わせの様な、同じ姿と同じ声の掛け合い。
「お前は――七罪か?」
「へぇ、思ったより理解が早いね」
にやりと笑うペドーがが七罪の声を発する。
「……目的はなんだ?」
「言ったでしょ?あなたの人生をめちゃくちゃにすること」
クルリと芝居がかった口調と、動きでバレリーナの様にゆっくりとそのばで回転して見せる。
後ろ姿まで、自分そっくりでペドーはなんだか怖くなってきた。
「私の秘密を知った者は誰であろうとも許さない!!」
突如七罪の化けるペドーの顔が怒りに歪んだ。
だがそれも一瞬の事、すぐに何時ものペドーの顔に戻りゆっくりと語り始める。
「だから私がペドー君
「どういう意味だ?」
ゾクリとペドーの背筋に嫌な物が流れる。
久々に味わう人外と対面した感覚。言葉も通じるし、意思相通もできる。
しかし相手の持つ人間とは相容れない、感情。
何度味わっても、この感覚だけは好きになれそうになかった。
「私がペドー君になってあげる。さっきみたいな事はしない。
あなたの顔で、あなたの声で、あなたの代わりにあなたの人生を生きてあげる」
人生の乗っ取り、ペドーの今まで生きてきたすべてを横から来た七罪は乗っ取ろうと言うのだ。
「そんなことさせない――」
バァン!!
突如屋上のドアが開き、十香と折紙の二人が言い争いをしながら姿を見せる。
そして二人同時に息をのむ。
「な、ペドーが二人?」
「…………」
驚く十香、折紙も何時もの様に無表情だが、それでもペドーには少し困惑しているように見えた。
「聞いてくれ!!俺に化けていたずらしたのはコイツなんだ!!俺が本物の士道だ!!」
「あ!?このやろ!!違うぞ十香ー、折紙ー、俺が本物のペドーだぞ?」
こちらを見て、互いに自分が本物だと言い合う士道とペドー。
そんな姿を見た二人は――
「お前がペドーだ」
「貴方がペドー」
ほぼ同時にペドーのほうを指さした。
「な、なに言ってるんだよ!!俺が士道に決まって――」
狼狽えつつ士道が言葉を紡ぐが――
「貴方より、隣のペドーのほうが幼女に飢えている。二人並べば簡単にわかる。
さらに言うと私の発した『幼女』の単語に反応したのもあっち」
「あっちのペドーは何処となく犯罪をしているような……隠しようのない変態臭がするのだ!!あっちのほうが本物に決まっている!!」
ビシィっと指をさす二人を見て、七罪は変身を解いた。
「なんて、奴らなの……!?
っというか、わかった理由、理由がおかしいじゃない!!
このままじゃ絶対に済ませないんだから!」
捨て台詞をして、七罪が再度〈
「精霊……なのか?」
「ペドーに化けるなんて」
二人が空の彼方へ飛んでいく七罪をみて、小さくつぶやいた。
「ペドー……よかった。まさか本当に――」
「私は信じていた。あのペドーは偽物に過ぎない」
二人がこちらを心配そうに見てくるが――
「……なぁ、俺って変態っぽいのか?常に幼女に飢えている感覚するか?」
地味に心にダメージを負ったペドーが二人に尋ねる。
「「当然」」
「ぐっは!?」
すさまじい速度での即答に、ペドーが再度ダメージを食らう。
その時――
「あ!ペドー君!!」「ペドー殿!!」「ペドーこのやろ!!」
クラスメイト達が屋上に流れ込んでくる。
どうやらずっとペドーを探していた様だった。
「みんな、安心するんだ。こっちのペドーは本物だ。
さっきのは偽物だったのだ!!」
十香が胸を張って、皆に報告する。
「な、なんだって!?」
「そう言えば……こっちのほうがロリコンっぽいな!!」
「そうよ!!こっちのほうが虎視眈々に幼女を暗がりに連れ込もうとしている感があるもの」
「いやー、やっぱり本物は幼女大好き感が違いますなー」
口々に皆がペドーを本物だと認めていく。
認めていくのだが……
「なんだろ……目から汗がでるぜ……」
ペドーは一人小さく泣いた。
自他ともに認める変態でもクラス全員からの変態コールはさすがにつらい……!
けど真実!!知らない方が良いけど真実!!