ブックマークに入れてくださっている皆様、ありがとうございます!
ローレライの鍵を地面に刺して、かちりと回した。地殻へ向かうのは俺だけで、皆は先に脱出した。
途中、アッシュの身体が落ちてきて、それを抱きとめて。
冷たくなってしまったアッシュを抱えたまま俺は、声を聴いた。
『世界は滅びなかったのだな』
ローレライだ。
ようやく解放することができたな。
アッシュは俺との約束守ってくれなかったけど、俺は守れたよ。
大爆発現象が起きたらお前に記憶が流れ込んじゃうんだってジェイドが言ってた。
でも今は、アッシュの記憶も俺の元にちょっとあるくらいだ。
大丈夫、アッシュ、俺の記憶残っちゃうけど、帰るのはアッシュだ。
どうか、忘れないでいて。
身勝手な願いでごめんなさい。
でも、俺、それぐらいしか残らないから。
短かったけれど、皆との旅、とても楽しかった。
俺は、ローレライを見上げた。
『私が見た未来が僅かでも覆るとは、驚嘆に値する――』
そっか。
ローレライにとってもうれしいハプニングなんだな。
『――我が愛し子よ』
「?」
ローレライの暖かな炎のような姿は揺らめく。俺とアッシュを包み込んでくれる炎、温かい感じがする、もう、感覚なんてないのに。
『願いは、あるか――我の力の及ぶ範囲ならば、叶えよう』
そういわれた瞬間に、俺の中で必死に最後に諦めた願望が、鎌首をもたげた。
何で今頃そんなこと言うのさ、ローレライ。
俺。
俺、願ってしまうじゃないか。
生きていたい。
死にたくない。
皆とまた笑っていたい。
記憶だけになりたくない。
少しでもアッシュと笑っていたい。
頬を涙が伝い落ちる。
もう叶わないの、わかってるんだ。
だって完全同位体なんだもの。
俺が死ぬのが道理なんだろう。
――死にたくない
せっかくアッシュに認めてもらえたのに。
――約束してくれたのに、勝手に死んじゃった
皆とまた笑っていたいけど俺はもうここでアッシュに統合されちゃうんだよ?
――記憶の中にしか残らない
『……我が愛し子よ。もう一度、私を開放する覚悟はあるか』
「……?」
俺の手足が消えていく。俺はアッシュを落とさないようにそっと、足元の陣に横たえる。
「どういうことだよローレライ」
『もう一度、歩んだ道を遡る――正しくは、異なるやり方を試す、ということだ』
俺は頭が混乱した。
ローレライは続けて言う。
『つまり――ユリアが私の視た未来の中で最も長い歴史を読み取って残したように、私の見た未来は、いくつも存在する。その中の、ユリアの詠めなかった世界の可能性を、提示しよう』
ユリアが詠めなかった未来?
そんなものがあるのか?
『ユリアはあくまで、この世界の子だ。異なる世界のものの干渉を詠むことはできなかった』
まるで、異世界から誰かが来るかのような口ぶりだ。そう思ったけれど、それだったら、レプリカだけじゃない、預言から外れた存在がいるってことだろう?
俺はその可能性に縋った。
「行く、やるよ、ローレライ! ローレライの開放、頑張るから!」
『……うむ。ならば、行け』
俺はそこで完全に意識を失う。
直前のローレライの言葉は聞き取れなかった。
♢
『なんでっ……どうして俺なんだ、答えろローレライっ!! なんで、なんであいつが――!! うああああああああっ!!』
誰かの絶叫を聞いて、俺は目を覚ました。
薄暗いそこは、すぐにわかった。コーラル城だ。
目の前には、ヴァンと、そして。
アッシュが、いた。
「これが、お前からすべてを奪うレプリカだ。憎みなさい」
「……」
ヴァン師匠の言葉にアッシュは答えず。ヴァン師匠に、俺とこいつだけにしろ、と言って、ヴァン師匠を叩き出して、俺と2人きりになった。
アッシュだ。
生きている。
「あーう……」
名前を呼びたかったけど、俺にはまだ無理らしい。悲しくなった。
ふと、アッシュの手が俺の頭にのせられた。
「?」
「……お前が、俺の、半身、なのか?」
「!」
俺は目を見開いてしまっただろう。アッシュがこんなことを言うなんてありえないと思った。そしてふと、何かの干渉を受けるのだということを思い出し、ふにゃっと笑った。
笑えた。
そう思ったけれど、アッシュが今度は驚愕に目を見開いた。
その手で俺の頬を包んでくれて、ああくそ、なんでこんな、と言う。
どんな顔をしてしまったのだろうか。
「なんでそんな顔、」
アッシュが表情を歪める。アッシュ、俺を、憎んでいないのだろうか。
“前回”は、俺は記憶があるのは生まれて半年くらい経ってからだからなぁ。
俺はアッシュに思い切って笑いかけた。
俺と同じ顔。
でも、俺の顔じゃない。
大切な、最後に喪ってしまった、大切な、本来いるべき場所を俺に奪われて、でも最後は俺を認めてくれた人。
「……ルーク。この名前は、お前にやる。お前はルークだ。ルーク・フォン・ファブレ」
「あ……?」
アッシュは俺の頭を撫でて、立ち上がる。もう、行っちゃうの。
アッシュは小さな紙を俺に渡してきた。中には硬いものがある。
「俺たちが立ち去ったら、中身を握っておけ。じゃあな、ルーク」
アッシュはそう言って立ち去った。ヴァンは近くにはいなかったらしい。
その後俺は、ファブレ家の人間たちに発見された。
ガイがいた。俺の完全同位体であるアッシュは俺のように記憶があるわけではなさそうだった。完全同位体でもないのに、ガイが覚えてるわけ、ない……な。
そう思って、やばい、と思った。
俺、もう、ガイのカースロット掛かった状態みたいなの嫌だよ。気付かずになんていられない。ガイとまた親友になれるかどうかわからない、怖い。
と、そこに、俺は見覚えのある顔の人を見つけた。
メイド姿だけれど、その金髪、青い目、ガイと同じカラーリングのその女性は、俺が、レムの塔で会った、ガイの、姉――。
そんな、ホド戦争が無かったなんてことはないだろうし、じゃあどうしてここに彼女がいるの。
俺のことをルークルークと呼ぶ周りの人たち、ガイとマリィベルさんは少し後ろで俺を見ている。その横に金髪赤目の珍しいカラーリングの少年がいた。
俺の視線が彼らで止まったことに気付いたのは、さらに後ろにいた母上だった。
「皆、下がりなさい。ガイ、マリー、ギル」
「「「はい」」」
俺の周りを囲んでしまっていた人たちを払って、3人が俺の目の前まで出てきた。
まず、ギル、と呼ばれた、まったく見覚えのない少年が俺の手を取った。俺の手の甲に、赤い模様があった。
「……間違いありませんね」
「俺のと似てるな」
「アーチャーの令呪です」
この赤い模様なんか知ってるのかな。レイジュ?何それ?
「ルーク。俺だよ。ほら」
とんとん、と俺はガイが揺らした剣に目を見開いた。
何でガイがそれを差しているんだ。
宝剣ガルディオス。
「が、い……」
「おう」
「がいー!」
俺はほっとして泣き出してしまった。泣いて泣いて、ガイに泣きついて、マリィベルさんとギルという少年は困ったように笑っていた。
泣き止んで、落ち着いたら、母上が近づいてきた。父上も一緒だ。
「ルーク……あなたが、ルークなのですね」
「……」
母上と呼ぶことができるほど、俺はまだ呂律が回らない。だからといって、シュザンヌ様と呼ぶこともできはしないのだけれど。
「ルーク……いえ、これからはアッシュだと言っていましたけれど……あなたの兄がね、あなたは半身なんだって言って、会うのが楽しみだって、手紙に書き連ねていたのですよ。ああ、言っても伝わってないのかしら……?」
「いいえシュザンヌ様。大丈夫です、ちゃんと伝わっています。呂律が回らず、何も言えずにいるだけですよ」
母上の言葉に、ガイが言う。母上はそっと俺の頬を両手で包み込んでくれた。
温かい。
「よかった……ルーク」
彼女は俺の知っている母上ではない。でも、同じものを感じる。だって、過去の母上の姿なのだから。
俺ははっとして、アッシュから渡された紙の中身を取り出した。中に入っていたのは、赤い宝石のペンダント。
「間違いなくなったな」
「そうですね」
「皆さん、ファブレ邸へ戻りますよ。さあルーク、行きましょう。これからあなたの家になるところへ」
俺はペンダントをガイの手で着けられて、ファブレ邸へと向かった。
誤字脱字の指摘、感想等お待ちしています。