邪眼の御子 ~光の御子の親友~   作:プロテインチーズ

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 少し短いですが、キリが良いので投稿しちゃいます。後から付け加えるかもしれないです。


相対する2体の怪物

 クーフーリンがメイヴの軍勢を一人で相手にするようになってから三日が経った。親友同士の一騎打ちに決着が着きその勝者がクーフーリンの元へと追いついた。

 

「待たせた。セタンタ」

 

「……おう。待ちくたびれたぜ」

 

 戦いながら軽口を交わすクーフーリンだが、短い時間とはいえ目を瞑り兄弟子の死を悼んでいた。

 

「奴がお前に『すまない』と」

 

 クニァスタはその様子に気づいていたが、その心情を察してかそれ以上何も言わなかった。ただ自分が繰り広げた一騎打ちの最期を思い出していた。

 

 

「私の勝ちだ、フェルディアよ」

 

 クニァスタが呪いの朱槍を向けているのは、ケルト随一と言われるその頑丈な身体が、一騎打ちによりボロボロになっているフェルディアだった。誇り高い決闘の結果ならば文句はない。死は怖くない。これも親友に牙を向いた結果ならば受け入れようとフェルディアは思った。しかし、最後にこの眼を隠した戦士に一つだけ問いたい事があった。

 

「お前に一つだけ訊きたい事がある」

 

「何だ。答えられるものなら、な」

 

「お前がもし止むを得ない事情でクーフーリンと戦う事になってしまったならばどうする?」

 

 クーフーリンの隣を歩く事がただ妬ましかったのだろう。だからあんなに嫌悪したのだ。その心は嫉妬という思いがあったから。

 同じ男を親友と仰ぐこの戦士がもし自分と同じ立場ならばどうしただろうと、ふと思ったのだ。悲嘆するだろうか、心を殺して機械的に戦うだろうか、親友に泣いて謝るのだろうか。

 しかしクニァスタの答えは予想もしない返事だった。

 

「別にどうもしない。ただただ敵となったならば殺すだけだ」

 

「そこに後悔や苦悩はないのか? 殺し合いになってどちらかしか生き残らないとしてもか?」

 

「あぁ。何もない。俺はセタンタと例え殺し合う事になったとしてもその程度で親友であるという一点には変わりはない。その結果、死ぬ事になっても、セタンタならば受け入れられる。ならばどうして後悔する必要がある?」

 

 これは勝てないなとフェルディアは思った。その眼が嘘ではない事を物語っていた。こうまで言われるのであれば負けるのは道理だ。最初から勝負は決まっていた。

 フェルディアは自分の邪悪な主が弟弟子にどんな牙を向けるか危惧していたが、隣にこのような親友がいればどうとでもなると安心した。最後に弟弟子に伝言を頼み、コノ―ト最強の戦士フェルディアは息絶えた。

 

「フェルディアは強かったか?」

 

「お前の兄弟子だ。それはお前が一番わかっているはずだが?」

 

「……そうだな。ありがとよ、クニァスタ」

 

 二人の会話はそこで途切れ、戦場へと走っていった。

 アルスターの戦士が戦女神ヴァハの呪いから立ち直ると、コノ―ト軍と熾烈な戦いを繰り広げた。特に『赤枝の双槍』は敵の戦車諸共破壊しつくし、車輪しか残っていないほどだった。その勢いにコノ―ト軍は押され始め、やがて敗走してしまう。

 大将であったメイヴは戦車の陰に隠れていたところをクーフーリンに見つかり捕まってしまう。クニァスタは彼女の邪悪な心を見抜きその場で殺そうと言うが、捕まえた当人であるクーフーリンが女である事を理由に逃がしてしまう。

 屈辱に身を焦がすメイヴはクーフーリンをへの復讐を考える。自分の配下の中でも最凶と言えるカラディン族最強の二十八の怪物を何重もの誓約により強化し、クーフーリンへは誓約を利用して罠へ嵌めようとしたのだ。

 

 

 

 時はアルスターとコノ―トの戦いから数日、自国の勝利に浮足立つアルスターの戦士達だが、クニァスタは言いようのない不安に包まれていた。敵国の女王であるメイヴを逃がしてからずっとそれはあった。クニァスタは自身の本質が人間ではなく、怪物であるフォモール族であると理解してる。彼らは悪なる心を持ち無辜なる人々に災いをもたらす。そしてメイヴも見た目は人間とはいえ、その内面は自分と同じ邪悪な心を持っていると見抜いていたのだ。彼女はこのアルスター、そして自分の朋友に災いをもたらす。その確信があった。

 再び、両国で戦いが起きるとカラディン族の魔術師がクーフーリンに幻影を掛けようとしたが、警戒していたクニァスタに殺されてしまう。これに激怒したクーフーリンはコノ―トに攻め入ろうとするが、メイヴの罠がある事を警戒したクニァスタが自身が作った眠り薬をクーフーリンの食事に入れて眠らせて、自身が魔術でクーフーリンの姿へと変えて戦いに出たのだ。

 

「悪い。セタンタ。俺はお前を死なせたくない。あんな女にお前が殺されてたまるか」

 

 メイヴが仕掛けたものはクーフーリンの誓約を破らせる罠で、当然クニァスタには全く効き目がなく次々とコノ―ト軍を蹴散らしていった。

 戦場で相対したメイヴとクニァスタ。クーフーリンの叔父であるコンホヴォルですら欺いた変装で、誰にも気づかれる事はなかった。例外は愛する妻であったウアタハとその母、スカサハだけだった。しかし彼女は違ったのだ。

 

「貴方、クーちゃんじゃないわね……その下手くそな変装止めなさい。見ていて不快だわ」

 

「バレていたか。これでも自信はあったのだが……まぁいい。変装はバレてしまったが、お前の醜悪な罠などもう通用しない。お前の企みは終わりだ」

 

 その姿はクーフーリンからクニァスタへと変わった。それを見てメイヴは不機嫌そうだった。

 

「なるほど。どうりでクーちゃんの誓約が破る事が出来なかった訳ね、『邪眼の御子』。まぁいいわ。どうせ貴方も殺すつもりだったし? 手間が省けていいわ」

 

 メイヴはそう言うと吟遊詩人を呼び出した。そして当時の吟遊詩人が語った詩は現実になるという風聞を利用してクニァスタを馬鹿にする詩を作るぞ、と脅したのだ。されたくなければ槍を放せと。

 しかしクニァスタはそれに応じなかった。自分の名誉など頓着しなかったのだ。するとメイヴは朋友であるクーフーリンを馬鹿にする詩を作ると言ったのだ。流石のクニァスタもこれには応じざるをえず、師より譲られた槍と太陽神の槍を手放した。

 そしてメイヴは用意した誓約により雁字搦めとなり、極悪な強化を施した二十八の怪物(クラン・カラディン)を素手のクニァスタと戦わせたのだ。

 二十八対、合計五十六の腕を持つその怪物はその全てに毒が仕込んである槍が握られており、通常時ですらクニァスタは苦戦するというのに、何重もの誓約による露骨な強化はクニァスタが素手で戦うには無謀とも言えた。多すぎる腕で周りの戦士もろともクニァスタに襲い掛かり、アルスター勢で生き残っているのはクニァスタのみであった。

 

「これで終わりよ。怪物には怪物をぶつけるのが一番。惨めに死なさい。『邪眼の御子』」

 

 無数の毒槍がクニァスタに襲い掛かる。それが人間としてのクニァスタの最期であった。

 

 

 

 コノ―ト、アルスター両軍は二十八の怪物(クラン・カラディン)とクニァスタの戦闘の余波で壊滅していた。二十八の怪物(クラン・カラディン)の攻撃は敵味方問わず生き残っていた戦士達にさえ被害を与えていたのだ。生き残りは御者から戦闘を見守っていたメイヴと勝者である二十八の怪物(クラン・カラディン)、そして瀕死状態のクニァスタだけであった。そのクニァスタも、致命傷を負いもはや意識はない。神殺しを成し遂げたクニァスタを追い詰めた二十八の怪物。彼らはメイヴにより、感情や意思、その命をも誓約により縛り、クニァスタとクーフーリンを殺す為だけに生まれた殺戮人形と化していたのだ。その寿命は三日も持たないだろう。それほど凶悪な誓約だったのだ。

 

「まだ息があるのね。流石にしぶといわね……なら最期の余興としてその隠している素顔を見せなさい。二十八の怪物(クラン・カラディン)、そいつのそれ取っちゃいなさい」

 

 女は最期に過ちを犯した。それがどんな結果をもたらすか知らずに。

 

 

 

 クーフーリンが目が覚めた時、その怒りは止まるところを知らなかったという。クーフーリンが自分を罠に嵌めたのはクニァスタだとすぐに理解した。いつも側にいる朋友がいなかったからだ。叔父であるコンホヴォルに訊くとコノ―トと戦いにいっていたのだ。初めて朋友に対する怒り。それはクーフーリンにとって初めての経験だったのだ。それは異性を虜にする美しい青年のクーフーリンが異形の見た目となり、怒りを鎮める為に師であるスカサハと息子のコンラ、愛人のアイフェが総出で抑えた程だった。

 クーフーリンが師に力ずくで抑えられ説教されるとすぐに戦場に向かった。スカサハとクニァスタの師であるアイフェと妻のウアタハ、弟子であるコンラもついていった。

 戦場と呼ぶには生気がなさすぎる光景だった。大地は黒い泥で侵食され、大気は澱んだ魔力で汚染されていたのだ。スカサハはこれを、まるで影の国にいるかのような瘴気の濃さだといった。普通の人間が触れると一瞬にして身体が弱り、病魔に蝕まれてしまうだろう。以前の自然あふれるケルトの風土はそこになかった。

 

「コノ―トの色狂いめ。我が想い人に何をやらかしてくれた?」

 

 スカサハがこれを産みだしたのがメイヴだと決めつけていたが、黙って見ていたクーフーリンは何となく勘付いていたのだ。これを産みだした元凶の正体。そしてその存在との激突は避けられない、と。

 

 アイフェは愛弟子の行く末を案じ、ウアタハは愛する夫の再会をただただ願った。コンラは自分の師がコノ―ト程度に敗れる訳ない、と根拠のない強がりを言っていた。

 

「これだけ私達を心配させたのだ。奴に一言言ってやらねばな」

 

 それは誰の言葉だったか。それを聞いたクーフーリンは初めて声を出して「そうだな」と呟いた。

 そしてもっとも魔力が澱んでいた最前線に向かった一行が目にしたのは――――

 

 

 

 

 

―――――――『死』―――――――






 運命は既に終結へと廻り始めた。ここに英雄と怪物の戦いが幕を開ける。それはとある英雄譚の終わり。その行く末は神々ですら見通せない。




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