邪眼の御子 ~光の御子の親友~   作:プロテインチーズ

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何か月振りです。忘れていた訳ではないです。もろもろの事情です、はい。
完結までプロットっぽいのは出来てます。エタリはさせません、絶対に。


クーリーの牛争い

 アルスターの隣国には四つの州が存在しておた。そのうちの一つ、コノートには夫婦で国を治める二人の王がいた。アリル王と女王メイヴである。あらゆる男を虜にする美貌と肢体を持つメイヴは夫のアリルを上回る権力、名誉、兵力を持っていたが唯一、自分が持っていない優れた財を夫は持っていた。それはフィンヴェナハという巨大な牛である。その大きさはすぐ側に作られた影で百人の戦士を休ませる事が出来る程で、またその母乳で数十人の人々を養う事ができた。

 見た目こそ美しいが、その内面は嫉妬深いメイヴは、アルスターにいる褐色の牛ドン・クアルンゲを友誼を理由にアルスターから借り受けようとするが、断られてしまう。これに激怒したメイヴはアルスターに自らが産んだ屈強な戦士達を率いてアルスターに攻め入った。この中にはかのクーフーリンの叔父であり元赤枝の騎士団にいたフェルグス・マックロイもいた。

 彼はアルスター伝説一の悲劇のヒロインといわれるディアドラを巡って、コンホヴァル王と対立する。

 フェルグスは彼女の恋人のノイシュと友人であった。しかしコンホヴァル王は美しい容姿のディアドラ欲しさに、彼女とノイシュを逃がしたフェルグスの息子達やノイシュを含む兄弟達を謀殺した。これに激怒したフェルグスは同じ思いだったアルスター王子コルマクや赤枝の参謀ウシュタハら数百人の戦士を連れてコノートへ亡命したのだ。(後にディアドラはコンホヴァル王に捕まり屈辱を与えられ自殺してしまう。

 

 

 そうして七年間に渡ってアルスターとコノートの間で繰り広げられたのが「クーリーの牛争い」である。

 この時、アルスターではコンホヴァル王が犯した過ちにより戦女神ヴァハからアルスター生まれの戦士が呪いを受けて衰弱状態にあった。唯一、赤枝の騎士団で戦えたのはアルスター生まれではないクーフーリンとその息子のコンラ、そして人間ではないクニァスタだけであった。コンラはまだ戦に出るべきでないと師のクニァスタに止められて、妻のウアタハに任せた。

 コノート女王メイヴの身体はあらゆる男を虜にさせる。そして自分が欲しいと思った屈強な男達と体を重ねて遺伝情報を取り込み、人差し指から流れる血から名もなき戦士を無限に産み出すのだ。そして彼女自身も戦車を操り産み出した戦士達を率いた。無限に近い大量の戦士達にアルスターはたちまち蹂躙されてしまう。しかし、コンホヴォル王はクーフーリンとクニァスタにメイヴ率いるコノート軍を倒すように命じた。

 二人は道中様々な罠にあいながらも戦女神モリグーの祝福を受けて、その神殺しを成し遂げた実力でコノート軍を撃破していった。

 

 

「何よ……あれ……」

 

 コノートを治める女王に相応しい豪華絢爛な装飾をした戦車に載るのは、誰であろうメイヴである。桃色の髪にあどけなさが残る顔をしており。一見は清楚な乙女を思わせるが、その本性は自分の欲望の為に他国を侵略し気に入った男と財を力づく奪う暴君である。ある意味では幼さから純粋さと残虐性があるとも言える。しかしそんなメイヴだが、自分が引き起こした戦いの光景を呆然と眺めていた。視線の先には自分が産み出した名もなき戦士を一掃する二人の戦士が槍を振り回していた。

 一人は野生の獣を感じさせる荒々しい蒼い長髪に紅眼に整った美形のまだ成人したばかり程度の戦士。紅い槍を振り回し並みいる敵をなぎ倒すその姿は敵ながら見ていて清々しさも感じる程だ。彼こそが噂に聞くアルスターの「光の御子」であろう。メイヴは戦場を疾走する「光の御子」に目を奪われていた。コノートにいるかの戦士の知り合いから話は聞いていたが、その強さ、容貌ともにメイヴの想像以上の男であった。

――アレは欲しい。何としても――

 

 しかしメイヴの期待とは裏腹にコノート軍は圧倒的な力を持つ二人の戦士に敗れ、メイヴといえど戦いを続ける事が困難となっていた。このままではクーフーリンを奪うどころかそのまま敗北してしまうかもしれない。

 クーフーリンに使者を送り休戦を申し入れたのだ。一方、流石の「赤枝の双槍」といえど次から次へとくる無尽蔵な戦士に、このままでは埒があかないとして二人もそれに応じた。

 

 メイヴは二人の戦士、特にクーフーリンが現れたのを見て歓喜した。コノートにはコンホヴォル王に愛想を尽かしたクーフーリンの知り合いが何人もおり、クーフーリンの親友のフェルディアもいる。いくら血のつながった叔父とはいえ狂乱したコンホヴォルより自分の方がクーフーリンを何倍も良い待遇で迎える準備が出来ていた。いっその事自分のこの身体を捧げてもいい。メイヴはクーフーリンが自分の物に出来るという歓喜に打ち震えていた。

 

「貴方がかの『光の御子』ね?」

 

 メイヴは誰もが見とれるであろう微笑みをクーフーリンに向けた。対してクーフーリンは何の感慨もなく呟いた。

 

「そうだ。この身は確かに太陽神の血を引いている。そういうアンタはコノートの女王メイヴだな」

 

「えぇ。そうよ。貴方の戦い凄かったわ。私が産んだ戦士が紙屑みたいに吹き飛んだのよ。コノート中を見渡しても貴方程、荒々しくて、強くて、素敵な戦士はいないわ」

 

「そいつはどうも」

 

「つれないわねぇ。ますます気に入っちゃった」

 

 男ならば誰もが見とれるであろう挑発的な笑みをみせ、淫らに、それでいて不快さを感じさせない声色で呟く。しかし、クーフーリンは情緒溢れるその態度にも興味を示さない。さっさと帰りたいと言わんばかりだ。

 

「まどろっこしのも面倒だ。さっさと本題に入ろうぜ。その為に俺達はアンタんところまで来たんだ」

 

「もう。せっかちなんだから。そんなところも素敵だけど」

 

「生憎と私達はお前の戯れに付き合うつもりはない。ここで殺しても良いのだぞ。コノートの女王よ」

 

 そこで初めてクーフーリンの隣にいたもう一人の戦士が口を挟んだ。視界の片隅程度にしか気にしていなかったその戦士をメイヴは初めて意識した。そしてジロジロと観察したかと思うと、すぐに目線を逸らした。クーフーリンのようなケルトの戦士らしい荒々しさとは別方面の恐ろしい程、整った中世的な容姿。自分の美貌に圧倒的自身を持つメイヴですら、バイザーで隠しているとはいえその美しさは認める程だ。もし女であったらどんな手段を以ってしても、彼女が気にいった光の御子から遠ざけたであろう。

 

「ふぅん。貴方は?」

 

「アルスター『赤枝の騎士団』クニァスタ」

 

「貴方があの……」

 

 メイヴは好みでない男などすぐ忘れてしまう。しかし、怪物のフォモール族の生き残りでかの「邪眼の御子」が相手ならば例外であった。その異名は「光の御子」に並ぶほどなのだから。

 とはいえ彼女が心を動かしたのはただ一人クーフーリンだけである。メイヴからすればせっかくのクーフーリンとの逢引きを邪魔されるようなものであった。不躾な視線を受けたクニァスタは不愉快そうにしていた。

 

「私がお気に召さなかったようだな、コノートの女王」

 

「人間を真似た怪物風情が見た目によらず意気が良いのね。思わず殺したくなっちゃう」

 

 二人の間に流れる空気がきな臭くなる。メイヴは自分の思い人を意のままにする為の最大の障害がこの「邪眼の御子」であると確信したのだ。そしてクニァスタも、メイヴはいずれ自分達二人にとって猛毒である、と考えた。

 ――今ここでアルスターの騎士にとって恥ずべきだまし討ちをする事も厭わない。今が絶好の好機――

 

「そこまでだクニァスタ。俺達は戦いに来た訳じゃねぇ。休戦する為の話をつけに来たんだろうが」

 

「流石はクーフーリン。そこの怪物と違って話が分かるのね。私、貴方が欲しいわ。貴方がコノートに来てくれればあんな牛いらない。私なら貴方の望みをなんだって叶えてあげれるわ。富も名誉も女だってあげる。あんな狂った王に用意できないほどね。なんだったら私の娘だって、ね」

 

「叔父貴やウシュタハ、コルマクの次は俺と来たか。誘いは嬉しいがな。うちんとこの王様はあんなんでも、俺にとって血のつながった叔父上なんだ。そして俺をここまで育ててくれた大恩がある。つー訳でそんなホイホイと裏切る訳にはいかねぇな」

 

 しかしクーフーリンにとってメイヴが告げたそれらは何ら価値がないものだった。富もコンホヴァル王に貰っているだけで充分。名誉も神殺しを成した身で、もう必要はない。女も愛する妻や恋人がいる。そしてクーフーリンは隣にいるクニァスタを見た。

 

「悪いがそんなもんで俺が主を鞍替えする理由にはならねぇなぁ。俺にとってそんなものより価値のあるものがこの手にある。コノートの女王よ。俺達はそんな話をする為にここに来た訳じゃない。さっさと講和の条件を話せ。俺は今、親友を侮辱されて気が立っている。思わずこの槍がてめぇをぶち抜いてしまうくらいにはな」

 

 神をも殺したその殺気を向けられ、震えあがるメイヴ。結局、クーフーリンの引き抜きは成功せず、ただ事務的に両国の休戦が決められた。それはサッパリとしたケルト人らしい取り決めで、これ以後の戦いは一騎打ちで戦う事が決められた。

 しかし、メイヴはこの取り決めを利用して自分が産んだ戦士達にクニァスタに休息を取る暇も与えず、連続して一騎打ちを仕掛けるように命じた。あらゆる男を意のままに自分の物のした彼女にとってクーフーリンの拒絶はこの上のない屈辱だったのだ。誘いを断ったクーフーリンを跪せて、必ずや自分のものにすると誓った。その為に、まずクニァスタを排除しようとした。

 

 

 

 

 取り決めにより一騎打ちとなった両国の戦いだが、メイヴはこれを破り、二人が一騎打ちしている間、少しずつ進軍していたのだ。約束を違えたメイヴに二人は怒り、クーフーリンがクニァスタの分の敵を引き受け、クニァスタは一人でコノート軍に立ち向かった。一騎当千の強さを誇る二人は次々とメイヴの戦士を倒していったのだ。

 これをみたメイヴはコノート最強の戦士であるフェルディアに二人を倒すように命じた。フェルディアは影の国でクーフーリンとともにスカサハに教えを受けた同門の兄弟子で最古参にあたる。かのゲイ・ボルクの継承を掛けてクーフーリンと争い敗れたとはいえその実力はほぼ互角だったという。特にその精鍛な身体はあらゆる物理的、魔術的な攻撃を弾き返す程である。

 フェルディアはライバルであり親友のクーフーリンを倒せというメイヴの命令に反対した。しかしメイヴは当時の吟遊詩人が歌った詩は実現するという吹聴を利用して、吟遊詩人にフェルディアを馬鹿にする歌を作ると脅したのだ。

 フェルディアも生粋のケルトの戦士。主の命令には逆らえず二人の元へ向かったのだった。

 

 二人の前に現れたフェルディアは戦うのではなく、説得を試みた。二人にコノートに来るよう誘ったのだ。クーフーリンはやはりそれを拒絶し、槍を構えた。

 

「フェルディアよ。俺達が影の国を出る時に言ったはずだ。俺がお前にアルスターへ来るように言った時、お前も同じ事を言った。その時、引き抜きは駄目だと言ったはずだ。自分達の主に仕える事を良しとしたはずだ。それを今さら破るのか?」

 

 フェルディアは悲嘆に叫んだ。兄弟子であり親友の俺と殺し合うのか、と。しかしクーフーリンは、敵として立ちはだかるならば親友だろうと家族であろうと戦い殺すだけだ、と述べた。

 生粋のケルトの戦士であるクーフーリンに迷いはなかった。ただただ親友を殺すという行為に痛ましい表情をしていた。

 

「槍を構えろ、フェルディア。安心しな。一応は俺達の戦いは一騎打ちって事になっている。クニァスタは参加させねぇよ。お前んとこの女王様はそれを破ったがな」

 

 フェルディアももはや覚悟は決めた。彼もケルトの戦士だ。主の命令には必ず従わなければならない。お互いに槍を構えた。しかし、その時クーフーリンの肩を掴む者がいた。

 

「セタンタ、お前は先に往け」

 

 それは今まで成り行きを見守っていたクニァスタだった。

 

「あぁ? 何言ってんだ。フェルディアの相手は俺がする。お前こそすっこんでろ」

 

「いくらお前でも同門の兄弟子と戦うなんてやりにくいだけだろう。ここは私が出る」

 

 一騎打ちに水を差され、親友であろうと邪魔する者は容赦しないというクーフーリンの意思にも全く気にも止めない。

 

「俺がフェルディア相手に手加減するとでも?」

 

 これに不愉快だったのはフェルディアも同様だった。しかしフェルディアも主であるメイヴからクニァスタの排除も命じられておりクーフーリンを捕らえた後に戦うつもりだったのだ。

 

「別にお前が戦わなければならない決まりはない。確かにフェルディアと戦う事は避けられない。しかしわざわざ好き好んで、顔なじみと戦う必要はないだろう。それが同門で親友が相手ならば尚更だ」

 

 クーフーリンは舌を打つと槍を肩にかけた。確かにクーフーリンからすれば、相手がフェルディアならば好き好んで殺し合いたい相手ではない。避けれるならそれに越した事はなかった。

 

「フェルディアよ。セタンタが欲しくばまずは私を倒せ。メイヴは私を狙っているのだろう。お前からすれば私と戦う事は遅いか早いかだけの違いだ。もっともここで、私がお前を殺すがな」

 

 その挑発にフェルディアは黙って応じた。並みの戦士ならば気絶するであろう殺気をクニァスタに向けながら。

 クーフーリンは自分の親友同士が殺し合うという状況に歯がゆい思いに捕らわれながら、その場を去った。最早この場に自分の居場所はないからだ。

 

「……戦場で待ってるぞ」

 

 その言葉はどちらに向けられたものかはわからない。ただフェルディアはそれを痛ましい表情で見送り、クニァスタはその方向に目線も送らなかった

 

「お前の事は知らない相手ではない。スカサハの最古参だ。話は聞いている。その腕前はセタンタとほぼ互角だった、とな。その実力見せてもらうぞ」

 

 フェルディアは思う。敵国同士となり殺し合う事になってしまった俺達の気持ちなど人間に成りすました怪物風情に分かるはずはない、と

 二人は槍を構える。今から行うのは一騎打ちではない。人間に化けた怪物退治だ。自分の弟弟子に取り入った『邪眼の御子』をここで殺すのだ。

 


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