アルスター伝説の大英雄クーフーリンとクニァスタの2人でもっとも有名な逸話が「太陽神ルーとの決闘」だ。ケルト神話の主神で太陽を司る神ルーに挑む。
2人はお互いの事を心から信じあえる親友である。そして愉しみも苦しみも2人は分ちあっていた。しかし本来。クニァスタが作られた意義とは太陽神ルーを殺す事であり、父バロールの仇を取る事である。クニァスタは親友と時間を過ごす事を心から楽しんだが、それと同時に自分の使命を果たせねばならないとも思っていた。確かにこの身はもはやバロールの傀儡ではないがそれでも自分を生んだ父親である。与えられた使命を果たせねばならないと思っていたのだ。その悩みをクーフーリンに打ち明けると笑い飛ばされたのだ。
「そんなちっちえ事で悩んでんのか。ホントにお前はケルトの男らしくない堅ささね。そこがお前の良い点なんだが」
「笑い事じゃない。真剣に悩んでいるんだ」
一見険悪な雰囲気に見えるが、さっぱりとした気質で軽い調子のクーフーリンが感情を表に出さずひたすら実直なクニァスタをからかって拗ねられるという事は多々あった。
「いやいやそこは簡単な話じゃねぇか。ルーの野郎をお前が討ち倒せば良い」
「それはそうだが……」
表情を変えずに淡々というクーフーリンにクニァスタは眉を顰めた。ルーとはクーフーリンにとって実の父親にあたる神である。つまり平然と自分の父親を殺す事を薦めているのだ。ケルトでは家族間で殺し合いをする事は多々あり、そこに葛藤など言ったものを入れる余地はない。戦場に立った以上は一人の戦士だからだ。ケルトのそういった死生観をあまり受け入れていないクニァスタからすれば聞き心地の良い言葉ではなかった。
「どうせお前の事だから俺の親父を殺すのは駄目だとか思ってんだろう? お前が気にする事じゃねぇよ」
「しかし、奴はお前の実の父親で……」
「俺は別にルーの事を父親とか思ってねぇよ。お袋を孕ませたのが、ただルーの野郎だっただけだ。義理もクソもねぇよ」
クーフーリンの母デヒテラは妖精の丘に行ってある夫婦の家に妖精に招かれた。その夫婦には子供が生まれデヒテラは可愛がるが、その子供は病気で死んでしまう。悲しみに暮れたデヒテラは夢の中でルーに出会いその死んだ子供が腹の中に宿ったと告げられる。その子供がルーの血を引き、後のクランの番犬と言われるセタンタなのである。
セタンタは自分を生んだルーに感謝こそするが、自分の親友の宿敵ならば槍を向ける事に躊躇いはない。もしルーを殺す事を望むならばそれを手伝ってやるというのが親友というものだ。
「それにだ。俺は会った事もねぇ神様の父親なんぞよりもお前の悩みの方がよっぽど重要ってもんだ」
裏表のないその表情にすっかり毒気が抜けたクニァスタはフッと笑った。
「俺は本当にお前に与えられてばかりだな」
「何を今さら。俺とお前の仲で水臭ぇ事言ってんじゃねぇ。だから礼は言うな」
「そうだな……俺も決心がついた」
こうして2人は太陽神ルーに挑む事になる。相手はアルスター伝説のおける最強の神。かの『光の御子』と『邪眼の御子』と組んだとしても勝てるか、いや生き残れるかどうか分からない。何しろクニァスタの持つ邪眼のオリジナルのバロールを討った程の強さを持つ万能神である。
あらゆる攻撃を防ぐフォモール族の身体能力を持つクニァスタの弱点。それは奇しくも父のバロールと同じ邪眼そのものである。そこを狙われたら一溜まりもないだろう。クニァスタは隣に立つ親友を信じ、クーフーリンもまた親友を信じた。
神であるルーや妖精となったダーナ神族はアイルランドの外側からやって来たマイリ―ジャ族に追いやられ地上から姿を消した。中には人間として生まれ変わったりしている者もいるが、大半はひっそりと山奥や地下奥に隠れている。そして神であるルーは世界の裏側にいるだろう。
その道のりは命がけで困難であった。様々な幻想種が2人を襲った。時には人間に化け背後から襲われる事もあった。しかし影の国でもっと凶悪な魔物をしっている2人にとって倒すのはたやすい。これならば己の師匠達の方がよっぽどスパルタだと笑い会った。
そしてついに2人は、妖精にその道中を案内されてルーの元へ辿りついた。
ルーは初めに自らの息子に問うた。
何故ここに来たのか、と。クーフーリンはただ一言。
――我が親友の為に――
ルーは何も答えない。ただその光り輝く瞳で見つめ返した。並みの戦士ならただそれだけで気絶してしまうであろう神気。ケルト神話の最高神が2人を試していた。自分と戦うのに相応しい戦士かどうかを。クーフーリンはこれまで戦ってきた戦士の中でもこの神は文字通り格が違った。神と人間の差。自分の師匠は神を殺しているが、この太陽神はそこらの神とは違う最高神である。さしもクーフーリンも冷や汗をかくほどだ。
ただそんな事を相手に悟らせる訳にはいかない。ただ不敵に笑って見せた。その程度なのか、と挑発したのだ。
そこで満足そうに頷くルー。自分の息子の成長を確かめたのだ。
そしてクニァスタの方を向いた。圧倒的な敵意を込めて。
――我が宿敵たるバロールの眼を持つ……フォモールがまだこうもそちら側で生きているとは。しぶとさだけは我らが一族を優に勝る――
「私を見逃したのがお前の過ちだ。その過ちはここでお前を殺す遠因となる。我が父の仇だ。墜ちろ。太陽の化身よ」
もはや両者に言葉は不要。光り輝く太陽の化身に『光の御子』と『邪眼の御子』は朱き愛槍を向けた。ルーも自分が操る最強の槍「ブリューナク」を構える。その槍はダーナ神族の王ヌァザより譲られた魔槍で稲妻のごとき神速と熱量を持ってして敵を焼き尽くすと言われている。
2人は自分の槍を投擲する態勢へと移った。ルーは様子見と言わんばかりに黙って眺めていた。初手は譲られた。2人はその事が剛腹でもあったがその勇ましさに感服もした。ならばこの一撃でルーの目を覚ませてやろう。
――――
――――
2つの朱い流星がルーを襲った。大地を抉り、周囲の地形を木っ端微塵にしてもはや何も残っていなかった。砂埃に映る一つの人影を除いては。
「かすり傷一つねぇのかよ。クニァスタの槍は神さんには効く筈なんだがなぁ?」
クニァスタのゲイ・ボルク・タスラムはバロールを殺した魔弾であるタスラムの欠片を埋め込んでいる。神であるルーにも訊かない訳ではないが……
「いや、間違いなく効いている。その証拠に――――奴が立っていた場所から一歩下がっている」
言われてセタンタも目を凝らすとルーの右足が一歩分下がっていた。その事実に、から笑いしか出てこなかった。しかし寧ろクーフーリンの心中に火がついた。これで良い。自分達の2人がタッグを組んで戦うのだ。それぐらいはやってもらわねば困る。あぁ、これほどまで闘志が燃え滾ったのはクニァスタとの決闘以来だ。
ルーは表情全く変えず淡々と2人を讃えた。最高神である自分の身体を一歩とは言え下がらせたのだから。
――よくぞ。我が身を退けた。これは褒美だ。我が一撃を受け取るが良い――
――――廃塵に帰せ。これこそが天より下される我が裁き――――
――――
その瞬間、五つの流星が天より降り注いだ。圧倒的な熱量と光があらゆるものを覆いつくし焼き尽くした。世界が焼却すると錯覚せんばかりに。
「迎え討てェ!
そしてクランの番犬はただ眺めているだけではない。親友を守る形で前に飛び出し再び愛槍を投げた。それはクーフーリンのの肉体を崩壊させる勢いで限界を無視した投擲が大地に降り注ぐ五つの流星のうち一つを迎え討った。苦痛に顔を歪めるクーフーリンだがルーン魔術により自壊するまでには至っていない。もし後、数秒遅れれば2人は間違いなくこの流星に焼き尽くされていただろう。
周りの大地はあまりの熱に溶岩化しておりルーと2人が立っている場所以外は灼熱地獄と言わんばかりの光景だった。すぐに2人はルーン魔術で自身を守った。
――ほう、これを耐えるか。我が子と邪眼の忌み子よ――
「はん。この程度どうって事ねぇよ。親父殿?」
「……だが流石にこのままではまずい。セタンタ、私の邪剣を解放する」
背中の鞘に収まったままのそれは呪符で覆われており一見、ただの長剣にしか見えない。しかしそれはバロールを殺したタスラムのバロールの死体を加工して作られた魔剣を上回る邪剣である。
「……ま、そらそうだわな。アレ相手に突っ込むなんざごめん願いたいね」
「こいつを最大解放すれば奴を倒せるかもしれない。しかしそれをすると大きな隙が出来る」
まだクーフーリンもクニァスタも邪剣で本気で解放した時の威力を見た事がない。ただその規模を50パーセントに抑えただけでクニァスタと敵対した赤枝の騎士団の戦士を殲滅した。つまり100パーセントの威力ではクニァスタ本人ですら想像がつかない。しかし。
「この邪剣が震えている。目の前にいる奴を切らせろと叫んでいる。おそらく奴を殺せる威力は出る筈だ。我が父の怨念がこもった本気の一撃だ。いくら奴とはいえただで済むはずがない」
「俺にその時間稼ぎをしろって事だな」
「あぁ、あいつもさっきの一撃をもう一度放つには時間がかかるはずだ。頼めるか……?」
するとその問いにクーフーリンはニィといつも調子で笑った。
「俺を誰だと思ってやがる。お前の準備が出来るぐらいまでが耐えてやるさ。見てろよ」
「あぁ、任せた!」
「応ッ!」
活動報告でアンケートやっているので良ければ覗いてやってください。
ちなみに今一番多いのはFGO編ですね。
追記 地の文が少し薄かったので追加しています。大筋は変わりません。