全盛期兄貴をいつか見てみたいもんです。
まともな生命がいない影の国の中でも、何もない荒地は今、神々の戦いで破壊されてしまったかのようだった。大地震が起きたように大地はひび割れ、隕石が落ちたかのように大穴がそこかしこに開き、それらの破片が奇怪なアーツのようにそこら中に転がっていた。
しかし、その場所には誰もいない訳ではない。見る影もなくなった荒地に横になる2人の戦士がいた。クーフーリンとクニァスタである。お互い全力を出し切り、それでもまだ槍が折れるまで、身体が動く限り戦ったのだ。魔力も体力も使いきり、今2人が出せる手札を全て晒した。その結果が引き分け。もっともクニァスタはまだ邪剣と邪眼を使用していなかったが。
「ハァハァ、。てめぇ、スカサハ直伝のゲイ・ボルクを食らってもまだ生きているとはなぁ。大したタマだよ」
「……お前こそ、師匠から譲られたこの槍を全て受けてなおまだ話せる元気があるとは。流石だな」
「おいおい。普通の槍ってのは、剣やらスリングに変わったりしねぇ! 断じてな!」
慌てたように言うクーフーリンだが、対峙している身からすれば槍だと思っていた武器がいきなり形を変えて全く別の武器になるのだ。しかもそれぞれ付与される能力が違うときた。芸達者の彼だが流石に度肝を抜かされたようだ。
「ならその例外の槍に今日当たってしまったというだけだ。良かったな」
「ハッ、言ってろ!」
「あぁ、すまないな。自分でも何か高揚しているというか感じた事のない高ぶりがあってな。こうついいらない事を口に出してしまう。何と言うか、な。少し言葉にしずらいな、これは」
激しいというだけでは全く足りない戦いの後で未だ興奮が治まっていないのだろうかとクーフーリンは思ったが何か違うと感じた。
「お前、今どんな気分だ?」
「さぁな。分からない。師匠といた時もこんな気持ちになった事はない。戦いの前の興奮とは違う」
「そうか? 俺からすればそうは思えねぇけどな。お前今笑っているだろ。 今の戦い楽しかったか?」
「は? 何を言っている?」
「だーかーらー、今の戦いが楽しかったかって訊いてるんだよ。笑ってるならそうだって事だろうが」
「戦いに楽しみも何もないだろう。そんなもの――――」
クーフーリンに反論しながらもクニァスタは自分の顔に触れて、初めて笑っていた事に気づいた。戦いとは自分にとって生きる意味であり、義務でもあった。そこに愉しみを感じた事など一度もなかった。そこにそんな感情を込めている自分に驚いていた。
「何だ。結局はお前もケルトの戦士って事じゃねぇか。ここまで派手でやりがいのある戦いは初めてだ。楽しまないなんて損してるぜ。少なくとも俺は楽しかったぜ。お前はどうだ?」
「……」
「あぁ、まただんまりかよ。お前はどうしてそんな女々しいんだかねぇ。見た目はまんまだが」
「それは関係ないだろう」
「へいへい。でもこれで分かっただろう。お前はただバロールに命じられたままの人形じゃねぇって事だ。俺が宣言してやる。てめぇはれっきとしたケルトに生きる人間だってな」
「……そうか。お前が言うんならそうなんだろうな」
全てを悟ったように呟くクニァスタはそれは穏やかな笑みを浮かべていた。それは今まで笑った事などない由にぎこちなかったが間違いなく本心から来るものだった。
「あーあ、殺し合ってたいうのによぁ。もう一歩も動けやしねぇ。決着はお預けだな」
「……良いのか? この眼と剣を使わなかったのだぞ」
「馬鹿にするなよ。それはただ俺が弱かっただけの話だ。見てろよ。必ずてめぇにソレを使わせて――その上で俺が勝つ!」
「あぁ、覚えておこう。いつか私にコレを使わせるまでに強くなってくれ、クーフーリン」
2人は牙を剥き出しにして笑いあった。
「……セタンタ」
唐突に出てきた聞き覚えのない名前に首をかしげる。言った本人は倒れたままそっぽを向いていたが。
「俺の幼少期の名前だ。誰にも教えた事のない。師匠にもな。俺の事はそう呼んでくれや」
「セタンタ……そうか。フフ。何故だかこう胸の内から湧き上がってくるものがあるな」
「おいおい。気色の悪い事いうなよ。見てくれはいいんだがなぁ」
「だからそれを言うな!」
「仕方ねぇだろう。気の強い女なら抱いてるよ」
そう言って快活に笑うクーフーリン。それに膨れるクニァスタ。その様子は間違いなく傍から見ればただ友人同士がはしゃいでるようにしか見えないだろう。互いに憤っていたとは思えない。
後にケルト神話のアルスター伝説にて語られるこの決闘は実は3日3晩に渡って行われたと言われており、既に業を煮やしたクーフーリンの師匠のスカサハとクニァスタの師匠のアイフェが戦い、アイフェが敗北した事から影の国での両者の争いは終わりを告げていたのだ。
後に光の御子と呼ばれ、太陽神ルーの血を引きアルスターの王族でもあるクーフーリン。片やルーに殺されたフォモール族の王にして魔神バロールにその仇を取る為に創られ、後に「邪眼の御子」と呼ばれたクニァスタ。決して混じり合う事のない2人だったが、彼らはこの時、互いを認め合い唯一無二の朋友となった。常に傍らに在り続ける関係となったのだ。そうして彼ら2人による英雄譚はこうして幕を上げた。
――――その結末が悲劇に終わる事になったとしても彼らは互いを恨まないだろう。それが朋友という何物にも代えられない唯一無二の存在なのだから。
晴れてお互いに生涯の朋友となった2人だが、周囲はそれを認めなかった。元々敵同士の弟子であり、彼らの血族は殺し合っているのだから当然だろう。そこで2人は互いの師匠に戦いを挑み勝利すれば2人の関係を認めるように要求した。
スカサハは自分を殺すかもしれないクニァスタに期待を寄せて、アイフェは弟子に邪魔されたクーフーリンとの決闘を望んだ。互いに激戦となった。クーフーリンは勝利したが、クニァスタはその背にある邪剣を放ちその力を持ってしてスカサハを破ったのだ。
クーフーリンは自分の好みだったアイフェを抱き両国の永遠の平和を約束させた。しかしクニァスタもスカサハに両国に永遠の平和を約束させただけで何も手を出さなかった。彼女の弟子であるクーフーリンの事を思ったからだ。スカサハはそれでは釣り合わないと考え、自分を抱くように迫ったがクニァスタはただ黙ってその場を去った。
そうしてその関係を認められた2人はクーフーリンの兄弟子で親友のフェルディアとともに影の国を発った。コノ―トの騎士でもある彼は自国に2人を誘ったが、アルスターの騎士であるクーフーリンは自国を裏切る事は出来ないと断り、クニァスタもそんな朋友に着いていった。
そうして2人は行く先々で武勲を重ねる。
アルスターの豪族で城塞の主のフォルガルの娘であるエメルを狙っていたクーフーリンが彼女を娶ろうとした。それに怒った父親のフォルガルが総軍で戦いを挑んだのだ。2人は影の国で鍛えたその実力をいかんなく発揮し全軍を皆殺しにした。
「……全くお前の女好きにも困ったものだ。うちの師匠の次はエメル姫か」
クーフーリンの腕の中で眠るエメルを見て呆れたようにクニァスタが呟いた。この短い間に既に2人の愛人がいるのだからその反応は当然とも言える。生憎このケルトではそうでもないのだが。
「何言ってんだよ。惚れた女はその手で抱くのがケルトの戦士ってもんだよ。俺程度でそんな事言ってんならフェルグス叔父貴はどうなるってんだって話だぜ」
「それは……」
微妙な目で見つめるクニァスタに苦笑しながらエメルの艶やかな髪を撫でるクーフーリン。
「おめぇが堅すぎんだよ。試しに女の1人でも口説いてみな……その見てくれで出来るんならの話だがな!」
この後、2人の間で大ケンカになりゲイ・ボルク風味の石の投げ合いになった。その騒がしさにエメルが起きて彼らを一喝するまでその喧噪は続いた。
アルスターに帰還した2人だが、やはりその関係が認められる事はなかった。クーフーリンの叔父でアルスター王であるコンホヴォル・マク・ネサは人間ではないクニァスタを追い出すようにクーフーリンと仕える赤枝の騎士団に命令する。主に忠実なクーフーリンは迷うが、クニァスタはただ殺し合うだけでは自分達の友情は何も変わらないとその戦いを良しとした。
流石のクニァスタもこれには本気を出し、かの邪剣と邪眼を解放した。赤枝の騎士団は自分達が何をされたのか分からぬまま壊滅してしまった。
これには流石のコンホヴォルも参ってしまい2人の関係を認め、その実力で赤枝の騎士団へ誘う。こうして「赤枝の双槍」と呼ばれた2人の英雄が誕生した。
赤枝の騎士団になったクニァスタはクーフーリンと酒を酌み交わしていたある日の事だ。
「セタンタ」
それまで陽気な雰囲気だった2人だったがクニァスタが急に真剣な顔つきになったのだ。朋友以外に教えなかった自分の幼名を呼ぶ声にクーフーリンも酒の手を止めた。
「恐らく私は騎士団で、いや国中の者に畏れられているだろうな」
クーフーリンは黙したままその続きを促した。
「現にお前は『光の御子』と呼ばれている。それに比べ私は『邪眼の御子』と呼ばれ『厄災』なんて異名も最近ついたぐらいだ。お前がいなければ討伐命令が出されていたかもしれないな」
自嘲気味に笑う朋友の真意が分からず眉を顰めるクーフーリン。まさかその名声の差に嫉妬していると一瞬考えた。しかしこの朋友に限ってそんな事は思わないはずだ。そう自らの馬鹿な考えを追いやった。
「別にそれ自体に何か思うとところがある訳などない。寧ろお前の名がアルスター中に広まる事は誇らしい」
「何言い出すかと思えばそんなこっぱずかしい事今さら言う為にそんなシケた顔してんのか?」
「まさか。本題はまだ入ってない。まぁ何だ。俺の畏怖された負の名声がお前に響くと思うと俺も申し訳なくて――」
その瞬間だった。話を聞いていたクーフーリンが酒の器を床に叩きつけ乱雑に立ちあがった。誰が見ても一目瞭然だ。クランの番犬は怒りに震えていたのだ。その激情は周りにいる騎士達にも伝わり震撼させた。
「その先は言うな。いくらてめぇと俺との仲でもな。言っていい事と悪い事があんだよ。てめぇなら並大抵の事は許せる。が、今回ばかりはそうもいかねぇみたいだな」
並みの戦士なら向けられただけで気絶してしまう殺気を向けられても全く表情を変えないクニァスタ。寧ろ怒り心頭の朋友に溜め息すら吐く始末だ。その様子は随分と人間臭さを感じさせた。
「落ち着け。周りの騎士達が怯えているぞ。誰もお前の元から去るなどと言ってないだろう。早とちりしすぎだ」
「なんだ。そうならそうと早く言え」
「言い終える前にお前が勝手にキレただけだ」
見る見るうちに冷めていく猛犬に騎士達もホッと一息つきもう巻き込まれたは叶わぬとその場を去って行った。それを見たクーフーリンは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「何だ何だ。この程度で尻尾舞いて逃げるなんざ。ホントにそれでも赤枝の騎士団かぁ?」
「優秀な戦士はみんな私が殺してしまったからな。残っているのはまだ半人前の戦士だろうな。まぁ、それはともかくとしてだ」
「ようやく本題か」
「そうだ。兼ねてから思っていた事なのだがな。私の邪剣はともかくとしてだ。この邪眼は強力すぎる」
バイザーで隠れたその両目をクーフーリンはジッと見つめた。彼はその場にいたから分かる、赤枝の騎士団が自分の朋友の邪眼に為す術になく殺された様子を目の前で見ていたからだ。
「もちろんこの眼でなしではルーを殺す事は出来ない。お前が隣に立っていたとしても叶うかは怪しい」
それはそうだろう。何しろかの太陽神は最凶の魔神バロールをその手で討ったのだから。その血を受けつぐクーフーリンだからこそ認めたくないもののそれは理解していた。
「じゃあ何だ。誓約でもするってのか? ルー以外に使いませんってな」
「それはそうだ。私とてルー以外に使用するのは勘弁願いたい。でもそれでは駄目だ。ルーのみに使うのでは意味がない。お前もそう思うだろう」
「ったりめぇだ。お前の本気に勝利してこそ本当にお前より強いって証なんだからな」
「だから私は『ルーの血を引く者以外での戦いに邪眼は使用しない』という誓約を立てようと思う」
「クニァスタ……」
「まぁ、何だ。そんな訳だからこれからもよろしく頼むぞ」
そうしてクニァスタは自身に禁忌を立てることによって自分を戒めた、その眼を放たないようにと願って。
しかしケルト神話において誓約とは他者からの悪意によって破られてしまう事がほとんどだ。そしてクニァスタもその例に漏れず、やがてその誓約は自身を破滅の道へと追いやる事になる。
ケルト神話は話の時系列が結構ごちゃまぜで見落としがあるかもしれません。どこか矛盾があったら教えていただければ幸いです。
追記、活動報告でアンケートやってるので良ければ覗いてください。