邪眼の御子 ~光の御子の親友~   作:プロテインチーズ

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慌てていたのでいつもより誤字脱字多いかもしれません。また読み直して訂正します。


魔術師殺しと邪眼の御子

 切嗣の目の前に現れたその存在は、神話に伝わっている「邪眼の御子」クニァスタに違わなかった。背中まである艶のある長髪に、形の良い鼻立ちに乙女のように透き通った肌、無骨なバイザーで目を隠していてもわかる程、恐ろしい程整い過ぎた顔立ち。美しい妖精の姿を真似たという伝承通りの姿をしていた。切嗣は妻が人外のホムンクルスであり、人間離れした美しさは見慣れていた事もあって、そういった容姿の美醜に関しては多少の耐性はあった。しかしもし切嗣以外の人間が、この英霊の姿を一目見たならば、その美貌に見惚れて呆けてしまう者が性別問わず続出しただろう。実際、アイリスフィールは召喚の際の衝撃もあって、硬直から立ち直るのに時間が掛かりそうだ。

 

「それで? どちらが私のマスターなんだ? ここで呆けていても何も始まらん」

 

 少し低いテノールといったところか。流石に声質は性差の判別がつく程度の低さはあった。しかしそれでも英雄らしい、男の野太さといった要素は感じられない。

 

「あ、あぁ、僕が君のマスター、衛宮切嗣だ。こっちは妻のアイリスフィールだ。君は『邪眼の御子』クニァスタかい? まずはそこを確かめたい」

 

「アイリスフィール・フォン・アインツベルンよ。貴方のマスター、エミヤキリツグの妻よ」

 

 切嗣にとってサーヴァントとは自身の戦略にとって必要な駒だ。切嗣にとってこの目の前の英霊がどれだけ使える駒であるか、その能力を十全に把握しておく必要はある。ただし必要以上の干渉は不要。英霊とはいえ所詮、駒であり兵器。そんなものに一々気を使う必要などない。

 まずは最低限のコミュニケーションを取ってお互いの立ち位置を明確にしておく必要がある。

 

「ふむ。確かに貴方から魔力のパスが感じられる。エミヤキリツグ、貴方を私のマスターと認めよう。私はかつて『邪眼の御子』と呼ばれていた身だ。我が真名はクニァスタ。此度の聖杯戦争においてセイバーのクラスで召喚された」

 

 「セイバーのクラス……これは当たりだな」

 

 7つのあるサーヴァントのクラスのうち、全体的に高い抗水準の性能力値を持つ事から最優と謳われるセイバーのクラス。切嗣は、神話における英霊クニァスタの万能さから該当するクラスが多く、クラスによるステータスの上下を気にしていたのだが、その不安はたった今解消された。マスターはサーヴァントの性能を能力値として見る事が出来るが、セイバーは5つの基本ステータスのうち2つが最高ランクのA、そして魔力はB+で、保持スキルも実用的かつ強力なものばかりだったからだ。

 

「お褒めの言葉を頂いて光栄だな。ちなみに宝具も教えておこう。私が使えるのは主に3つだ。魔神である父から譲れられた邪剣に、師匠のアイフェの魔槍、それにこの『魔眼殺し』だ」

 

「宝具が3つですって!? なんて無茶苦茶な」

 

 アイリスフィールはが驚きの余りに声を上げてしまう。セイバーの性能は聖杯戦争に関して熟知している御三家の魔術師をして際立って強力な能力のようだ。

 

「英霊の宝具は一つであるなどという決まりはない。そんな先入観に囚われていると敵サーヴァントも複数の宝具を使ってきた時に足元を救われるぞ。そもそも戦いにおいて武器が一つしかないというのが危険すぎる。剣がなければ槍で、槍がなければ石で、それがなければ手足で、戦う為の手段とはいくつもあっても無駄ではない」

 

 セイバーの意見には切嗣も内心、賛同していた。切嗣も戦場において主武装というのはあるが、それがなくなって終わりではすぐに殺されてしまう。主武器がなくなってもいつでも戦えるように第二、第三の副武装を用意している。意外にもこの英霊との相性は悪くないのかもしれないと思い始めていた。

 

 

 

「アイリスフィール、マスターもご息女と戯れる時はあんな表情をするのだな」

 

 セイバーは銀白の雪景色の中を、マスターであるキリツグが娘のイリヤスフィールと遊んでいるのをアインツベルン城の一室から眺めていた。

 

「あら、意外だったかしら。キリツグはもっと冷たい人かと思った?」

 

「いや、マスターがどんな人物か、という事はこの数日で少しずつ分かってはきている。ただあんな感情的になっている表情は見た事なくてね。マスターとしての顔と父親としての顔は全く別物らしい」

 

バイザーに隠れて目元こそ見えないが、セイバーの口元は緩んでいた。いつもは剣呑とした雰囲気の切嗣も家族との団欒では平凡な一人の父親になるらしい。その変化がセイバーは微笑ましく見えるのだろう。

「……ねぇ、セイバー。貴方から見てキリツグはどんな風に見える? 貴方の印象で良いから教えてくれないかしら?」

 

「……まだ短いこの数日間で抱いた感想になるがいいか?」

 

「えぇ、それで構わないわ」

 

 セイバーは、切嗣がイリヤスフィールを肩車して森の中へ歩いていくのを眺めながら、最初に召喚された時の事を思い出していた。

 

「最初は掴み切れなかったな。マスターがずっと戦場で生きてきたのは、あの雰囲気でわかった。しかし、貴女やご息女とのやり取りで、それにしては温かみを持った人間だとも思った。世界に希望を見出していたがゆえに裏切られた。冷酷になる必要があったんだろう。非情さと人間味の両方を持った、極めて繊細な人間なのかもしれないな」

 

 まさにセイバーの言う通りだったからだ。まさか切嗣と聖杯戦争の為の戦略上、最低限必要な会話しか交わしていないのにそこまで見抜けるものかとセイバーの人を見る眼にアイリスフィールは感心していた。

 

「驚いたわ。キリツグはあまり第一印象が良くないから避けられる事が多いのに、セイバーには分かるのね」

 

 アイリスフィールの表情から言わんとしている事が伝わったのかセイバーは軽く肩をすくめた。

 

「私の隣に立っていた友人が王族だったものでな。こう見えて人と接する機会は少なくなかった。ある程度、人を見る眼はあるつもりだ。もっとも『邪眼』持ちの私が言っても説得力はないな」

 

 セイバーの語る王族の友人と言えば、一人しかいない。ケルトの大英雄、クーフーリンである。確かに彼はまぎれもなく王族の身で、セイバーの死後、王位にも就いている。そんなクーフーリンとともにいたのであれば確かに人と触れ合う機会は多くなるだろう。もっともセイバー自身はその出自のせいで畏れられていたが。

 セイバーの軽い冗談にクスッと笑うアイリスフィール。召喚当初はもっと生真面目な印象を受けたが、どうやらこちらが素の性格のようだ。

 

「今は貴方がキリツグのサーヴァントで良かったと思っているわ」

 

 当初は今話題に上った英霊を召喚する予定だった事を思い出す。しかし今となっては夫の内面を理解してくれているセイバーで良かったと心の底から感じていた。

 

「それはサーヴァント冥利に尽きる。しかし、先程はああは言ったが、マスターは我々英霊に対して、思うところがあるらしい。それが節々に態度に出ている。マスターと上手くやるのは中々に骨が折れそうだ」

 

「キリツグは少し強情なところがあるのよ。悪く思わないで、っていうのは難しいかもしれないけれど……それでもキリツグは私達が願った理想の為にこの戦いに挑む。セイバーならこの戦いに勝ち残れると、私は信じているわ」

 

「もちろんだ。この身はその為に召喚されたのだから。マスターの為、貴女の為、ご息女の為、必ずやマスターに勝利を捧げると誓おう」

 

 

 

 切嗣が遊びで疲れ果て寝てしまったイリヤスフィールを抱えて、自室へ戻った時、何故かセイバーが実体化していた。

 

「ご息女との戯れは中々に微笑ましい光景だったぞ」

 

「何故ここにいる。そもそも実体化は必要な時以外はするなと言った筈だ」

 

「その必要性の判断は私がすると言っていたはずだ。ならば問題はない」

 

切嗣はイリヤスフィールを起さないようにベッドで寝かせると、厳しい表情でセイバーを睨んだ。確かに元々切嗣はセイバーと別行動をする予定で、サーヴァント戦の如何はセイバー自身に任せるという手筈であった。実体化の件もそれに含まれていると言いたいのだろう。

 

「屁理屈だが……まぁいい。用がないなら早く出て行け」

 

「用ならばあるさ。少しマスターと話がしたくてね」

 

「……なんだ。つまらない内容ならば、すぐに追い出すぞ」

 

「何、少し腹を割って話そうというだけだ。短い間とは言え、我々は命を預け合う仲なんだ。少しは親睦を深める機会があっても良いだろう?」

 

 切嗣にとってサーヴァントとは兵器だ。意思があろうともその認識は変わらない。そんなものと腹を割って話そうなどと言う気にはなれなかった。

 

「マスターがサーヴァントをどう思っているかなど、貴方のその態度から大体分かる。しかし貴方が私を値踏みしたように、私がサーヴァントとして貴方に仕えるに値するのかどうか、確かめるのは当然だろう? 私も含めてサーヴァントは皆、聖杯に願いを託すためにこうやって召喚に応じたのだから」

 

 セイバーの言い分も切嗣にとって分からないでもなかった。マスターがサーヴァントを選ぶように、サーヴァントもまたマスターを見極める必要があるというのだ。切嗣も別に開戦前から自らのサーヴァントと不仲にはなりたいわけではない。それにセイバーは王族の周囲にいた事もあって、切嗣のような他人と距離を置きがちな人物との関わりも少なからずあり、距離の測り方も上手にこなせるのだ。

 切嗣も英雄という存在に忌避観をもっているだけでセイバー個人的に思うところはない。その為、この英雄が、切嗣の聖杯に託す願いを知った時、どんな反応をするのか気になった。

 

「いいだろう。そこまで言うならばセイバーに話しておこう。僕が聖杯に託す願いをね」

 

「お、そっちの話か。そこが一番気にはなっていた部分だからな。愛する家族のいる貴方がどうして聖杯戦争なんぞに参加するのかを」

 

「……僕は聖杯戦争の為にアインツベルンに招かれた。アイリと出会いイリヤが生れたのはその後だ」

「ならばどうして、聖杯を求める? 愛する妻と娘を差し置いてまで叶えない願い、それを聞かせてもらおうか」

 

「いいだろう。セイバー、君は今のこの世界をどう思う?」

 

「私はまだ召喚されてからずっとこの城にいたので、あまり現代の世間の状況は分からないが、聖杯からの知識だと、私の時代よりも人々の寿命が延び、科学という学問分野が発達して人々の生活が豊かになっているな。しかし一方で、どれだけ時代が下ろうと、人の歴史から争いはなくならかった。無意味な争いによる無辜の民の犠牲も減る事はない……実に嘆かわしい事にな」

 

セイバーはあどけない表情で寝ているイリヤスフィールの絹のように柔らかい髪を優しく触れた。セイバーの言う通りだ。

 このイリヤスフィールのように理不尽で過酷な人生を歩まされている者もこの世界には数多いる。

 

「そうだ。人類は愚かにも未だに争いを続けている。それでいて効率的に人を殺す術は発展し続けているがその本質は石器時代から何も変わっちゃいない。僕が聖杯に願うのは全人類の救済だ。今回の聖杯戦争を以って人類史上最期の戦争とさせる事だ」

 

 それは人が願うにはあまりにも子どもっぽくて、絵空事でしかない願い。そんな切嗣の願いをこの英霊をどう感じたのだろうか。馬鹿げていると笑うだろうか。愚かだと諭すだろうか。

 セイバーは切嗣の語った願いを、自分なりに上手く咀嚼するのに少し時間を要したらしく、少しただならぬ沈黙が流れた。イリヤの寝息以外何も聞えなかった。

 

「全人類の救済か。人と人が傷つけあわない世界、誰もが幸せになる世界。個人が願うにはあまりにも欲深く大きすぎる願いだ。しかし私はそういった身の丈を超えた願いを追いかける輩が嫌になれないんだ」

 

 セイバーの脳裏には、かつて一つの神話の頂点である太陽神を倒すという大それた野望を語った親友の顔が思い浮かんだ。個人が成し遂げるにはあまりにも遠く無謀な願い。しかし彼はその野望を果たした。

 

―――私は人の縁にはつくづく恵まれているらしいな、セタンタ。

 

「君は否定しないのか、僕の願いを」

 

「否定などする誰がするものか。マスター、貴方のその願いは決して間違いではない。聖杯にふさわしいのは他の誰もない。貴方だ、エミヤキリツグ。貴方を必ずや勝利に導こう、この誓約(ゲッシュ)に誓って」

 

 ケルトの戦士が誓約(ゲッシュ)を持ち出すという事は命をかけるよりも重い誓いを意味する。

切嗣はその意味を理解して何も思わない程、情がない訳ではない。アイリスフィール以外に自分の胸の内を明かす事はなかった。これまで抱えてきたものが軽くなったようなそんな気がした。切嗣の剣呑な表情が今までよりも少し柔らかくなっていた。

 

「セイバー。この戦い必ず勝つぞ」

 


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