邪眼の御子 ~光の御子の親友~   作:プロテインチーズ

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別れ

 魔神による大魔術はこの辺り一帯の汚染した大地もろともを破壊しつくしその威力は地形を変える程であった。しかしクーフーリンの姿はそこにはなかった。余りの威力に遺体が残らなかったという事だろうか。

 

「いや、奴はいる……! どこにいる!」

 

 フォモール族特有の獣を超えた気配感知はクーフーリンの気配を捉えていた。魔人のいう通り、クーフーリンは死んでいない。大魔術の隙に、ルーン魔術で限界まで強化された脚力で遥か上空、高高度まで飛び上がっていたのだ。魔神が気づいた時、既にその位置から魔神に向かって必殺の一撃を放とうとしていた。

 

刳り穿つ神殺の槍(ゲイ・ボルグ)!」

 

 その槍には噛み砕く死牙の獣の鎧(クリード・コインヘル)に付与されていた呪いを植え付け、威力を凶悪に増したものだった。さらにその速度も音速など優に超えて、神速を呼ぶべき域にあった。今のクーフーリンが放てる最強の一撃だった。

 赤き流星が魔神に降り注ぐ。魔神はその一撃は自らに致命傷を与えると直感で理解していた。解放したその邪眼は頭上の流星へと向けられていた。

『死』を付与する邪眼は神をも殺す流星すら呑み込んだ。すぐに地上へと降り立とうとするクーフーリンにも邪眼を向けた。

 

「太陽神を思わせる一撃だ。だがその手は二度も食わん。死角からの攻撃は前と同じ……!」

 

 クーフーリンは空中で身を捩り、バロールの視界から逃れる。その手には朱槍がもう一つ握られていた。

 

「まだだ! これはアイフェからの手向けだ! 受け取りな! 突き穿つ模倣の槍(ゲイ・ボルグ・オマージュ)!」

 

 それは既に亡きアイフェの槍だ。クーフーリンはアイフェが手放した槍を見つけて、二段構えの一撃としたのだ。クーフーリンの最初の一撃を消し飛ばした魔神だが、その輝きに目を奪われて死角から放たれたもう一つの一撃に気づけなかったのだ。魔神唯一の弱点である瞳に朱槍が吸い込まれていく。人間とは思えないまさしく怪物のごときおどろおどろしい悲鳴を上げながら魔神は、自らの瞳に突き刺さった朱槍を引き抜いた。

 

「おのれ……! 何故この我があの程度の攻撃に気づけなかったのだ……死角からの攻撃には最大限、気配を研ぎ澄ませていた筈だ……またもダーナの血族に対して我は……!」

 

 鮮血で染められた瞳を抑えながら身体はクニァスタのものとはいえ、気配感知能力は他の追随を許さないフォモール族がクーフーリンの二段構えの殺気に気づけない訳がなかったのだ。自らが察知できなかった事を悔やみながら、かつて、まだ本当の『魔神』であった頃、太陽神ルーに瞳を射抜かれた記憶が魔神の脳裏に蘇った。またもやダーナ神族の血を引くものに殺されたフォモール族の王、魔神バロール。ダーナ神族に対して怨嗟の声を上げながらも、その意思は薄くなっていった。

 

「おのれ、そうか貴様が……我を……!」

 

 ある悟りを得て、二度目の生を受けた魔神は無へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔神とクーフーリンの戦いが終わった後、残されたのは瞳が射抜かれたクニァスタの身体だけだった。バイザーで隠されていたその美貌は瞳より溢れ出た血で赤色に濡れていた。それを黙って見つめるクーフーリン。かすかにその指先が動いた。

 

「クニァスタ!」

 

 慌てて駆け寄るクーフーリン。クニァスタは自らの顔に触れて状況を理解したようだった。

 

「あぁ、目が見えないんだ。この気配はセタンタか。これはセタンタがやったのか?」

 

「……あぁ、止めを刺したのは俺の槍じゃなくてアイフェの槍だけどな」

 

 クニァスタはスカサハとアイフェはもうこの場にいない事は分かっていた。自分が自らの師匠に対して何をしたかは朧気ながら理解していた。

 

「皆には迷惑をかけた。すまない」

 

「何を言ってやがる。普段は全く俺達を頼りにしねぇからな、お前は。寧ろ、俺の方がお前に世話になってる。今回で帳消しだ」

 

「そうか……そうだな」

 

 クニァスタの謝罪をクーフーリンは笑って流した。今回のそもそもの原因はメイヴであり、悪いのはクニァスタではない。そう伝えたかった。しかしそう言ってもこの親友には効かないだろう。それを知っているから、それ以上は何も言わなかった。

 ただクニァスタはクーフーリンの言葉を聞いて満足そうに力なく笑った。クーフーリンもそれにつられて笑った。

 

「セタンタ、私はもう長くはない。最期に頼みが2つある」

 

「何だ? 俺に出来る事なら言ってみろ」

 

「一つはウアタハとその身に宿る子を頼む……そしてスカサハも……」

 

 クニァスタの数少ない身内の名前を挙げられてクーフーリンは「もちろんだ」と頷いた。親友の形見だ。何を置いても守る事を誓った。

 

「もう一つは……私をその師匠の槍で殺してくれ」

 

「クニァスタ、お前……! そんな事、俺がする訳……!」

 

「いや、もう私は助からない。それにまた私の意思が奪われて怪物化するかもしれない。まだ私が私であるうちに……人であるうちにその槍で殺して私の遺体を跡形もなく焼いてくれ。頼む」

 

 クーフーリンは悩んだ。今ならスカサハや叔父のコンホヴォル王に頼んで何とか助かるかもしれないという希望が考えにあったからだ。しかし理性ではここで殺さないとまた、アルスターの脅威になるかもしれない事は分かっていたのだ。

 

「早く! 時間がないんだ。また師匠のように私の大切な人達を私はまた殺したくない……お前やウアタハ達を殺したくない。どうせ討たれるのならば、まだ人であるうちに親友のお前が良い。師匠の槍で殺されるならば本望だ」

 

 クーフーリンは迷った。自分の親友をその親友の師匠の槍で殺すという行為が果たして今、本当に一番の答えなのだろうか。

 

「早くしてくれ! 私がまだ私であるうちに!」

 

 クーフーリンはその必死の嘆願に悲しみに暮れながら、朱槍を放った。雄たけびを上げながらクニァスタの心臓に向かって突き刺した。

 

「師匠、ウアタハ、コンラ、すまない。俺は助けられなかった」

 

 親友を助けられない自分の無力さを悔やみながら涙を流した。最期にクニァスタの口が微かに動いた。

 

「すまない……ありがとう。お前と過ごした日々は私の宝物だった。この邪眼をお前に使う事がなくて本当に良かった。人としてお前の顔を見ながら死ねるなんて俺は……」

 

 そこで言葉は途切れた。生気が失っているのがクーフーリンから見ても分かった。初めて素顔で笑ったクニァスタの顔は晴れやかだった。クーフーリンは遺言通りに、ルーン魔術でその遺体を焼いた。見る見る内にクニァスタとしての姿が崩れていった。やがて全てが灰になった親友を見ながら、クーフーリンは、親友の最期の言葉が脳裏に繰り返されていた。

 

「くそ! くそ! これが結末か! 邪眼を解放して本気となったお前といつか戦うと約束しただろうが! なのにお前がこんな最期であってたまるか! なんでこうなっちまったんだ!」

 

 風に乗って消えていく灰を見つめながら叫ぶクーフーリン。後悔と悲しみ、そして憤怒が入り混じったその声はダーナの神々にすら届いたであろうが、その問いに答える者は誰もいなかった。




あともう少し続きます……

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