邪眼の御子 ~光の御子の親友~   作:プロテインチーズ

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息抜きで書いたFate神話改変ものです。矛盾点などがありましたら感想欄にてお願いします。


アルスター伝説編
邪眼の御子


 古今東西に伝えられているあらゆる神話、伝説には全て英雄と呼ばれる存在がいる。彼らは力の差こそあれど、その全てが人の認識を超えた尋常ならざる力を手にし世の人々を畏怖させ、魅了してきた。ある時は悪逆なる怪物を打倒し、弱りきった国土を救済する。神話や伝説の主人公に相応しい圧倒的な存在と言えよう。だが時には、そんな彼らと相対する、俗にいうライバルとも言うべき存在もまたいる。主人公達と遜色ない力を手にするも、その最期は彼らに打倒されたり、神々によって殺されたり悲劇な末路を遂げる者が多い。

 その関係は同じ血を宿す家族であったり、心を分ち合う友であったりその役割は様々だ。それでもなお、現代に生き続ける人々の記憶に彼らが刻まれているのは、そんな彼らもまた英雄だからであろう。

 例を挙げるならばメソポタミア神話における英雄王ギルガメッシュとエルキドゥ、古代インドの叙事詩マハーバラタのアルジュナとカルナ、日本の伝説的な剣豪として名を馳せる宮本武蔵と佐々木小次郎。

 そしてアイルランドより古代から伝わるアルスター伝説の主人公たるクーフーリンとそれに相対する英雄。かの邪眼バロールの子として太陽神ルーを殺す為に生まれ、その最期はもっとも親しい友に呪いの朱槍で弱点たる瞳を貫かれ死んだ悲劇の英雄。これはそんな「邪眼の御子」と忌み嫌われながらも光の御子と肩を並べたとある英雄の物語である。

 

 

 

 目覚めた時、自分には歓喜という感情は湧かなかった。ただ自分を産んだ、いや作った父が一方的に何かを呟いていたのを感じた。

 

――我が邪眼を受け継げし子よ。我が仇を取れ。あの太陽を撃ち落とせ。かの太陽神に死の呪いあれ――

 

 声を発せない。何も見えない。ただただ自分より圧倒的な存在が語りかけるその言葉は生み出された自分の意識にしっかりと響いた。耳はない。鼻もない。腕も、足も人が持ちうる器官の何もかもが自分にはない。だが眼だけはあった。まだ一度も使っていない眼。

 ゆっくりと恐れるようにソレを見た。映ったのは、辺り一面の――死。

 まだ生きている父の姿をその眼で見てしまった。

 

――それでこそ我が子。その邪眼。まさに我が血族。我が子よ……

 

 自分はその眼で初めて命をアヤめた。父をコロした。感情もない自分では泣く事も怒る事も出来ない。ただこの眼に映る黒い線が忌々しい。こんな脆い物が世界だったのだと理解してしまった。自分はまだ影に過ぎない。死を齎すだけの亡霊。でも死にたくない。自分が思った事はそれだけだった。力が欲しい。父のように殺されたくない。父を撃ち抜いた魔弾をこの身体に取り込んだ。神を殺したこの石は自分の力になると思った。

 

――生きたい――生きる! 

 

 

 生きて父の仇を取る。影だけの亡霊はその想いだけを胸にその場を去っていった。

 

 

 

 世界三大神話に挙げられているケルト神話ではユーラシア大陸西端の位置するアイルランドで数千年前に2つの一族による神々の戦いが繰り広げられていたと伝えられている。

 アイルランドの先住民族で、女神ダムヌを母神とし、死の神バロールを王と崇める異業種のフォモール族と、一度はフォモール族に敗れたネミディア族を祖とする生命の女神ダヌを母神とするダーナ神族である。

 厄病をまき散らすフォモール族はその力で他の一族を次々と滅ぼしていった。彼らを倒す為にダーナ神族は知恵をつけ武を磨きフォモール族に味方するフィル・ボルグ族と戦った。

 ダヌの息子でダーナー神族の王である戦神ヌァダは、フィル・ボルグ族最強の戦士スレンと一騎討ちになる。長き戦いの果てにスレンがヌァダの右腕を切り落とし勝利する。

 しかし、フィル・ボルグ族の王ヨーヒーが給仕に化けた7人のドルイドにより暗殺されてしまい、新王となったスレンがダーナ神族と講和を結ぶ。

 戦いの後、勝利したヌァダが王位を継ぐとなったが、身体を欠損した王族の喪失であるというケルトの掟があった為にフォモール族とダーナ神族のハーフであるブレスが王位を継いだ。しかしブレスはダーナ神族に圧政を敷き他の神々を無理矢理酷使した。

 これを見たヌァダは銀の義手を装着し王位を回復させフォモール族を率いてきたブレスに打ち勝った。これが俗に言うモイトゥラの戦いである。

 敗れたブレスはフォモール族の王バロールに助けを求めた。この後、ケルト神話に伝わる伝説的な戦いが繰り広げられたのである。

 

 ある時、フォモール族の王にして死の神バロールは自分の孫に殺されるという予言を受ける。これを恐れたバロールは娘のエスニウを幽閉するが、ダーナ神族の戦士であるキアンによって助けられ、2人は結ばれる。その子供がルーである。

 バロールは自分が孫に殺されまいとして、その子供を海に放り投げて捨て去った。しかし海神マナーン・マクリルによって拾われ育てられた。やがて成長したルーは万能の神になり復位したヌァダに認められ王位を継ぐ。

 そうしてバロール率いるフォモール族とモイトゥラで二度目の決戦を行った。

 

 マグ・トゥレドの戦いでバロールは万物に死をもたらすという死の魔眼を見開きヌァダを殺した。ルーは投擲用の石を握り、バロールが眼を開いた瞬間その眼を射抜いた。石は頭ごと貫き、その眼は宙に浮き後方にいたフォモール族を瞬く間に殺し尽くしたのだ。その後、太陽に吸収されのだという。

 

 しかし、バロールは死の間際に太陽を呪った。太陽を司るルーを憎悪した。病をまき散らすフォモール族の王の死体は風にさらされ、誰も近寄らなったが、その身体が変形していきやがて人型の影となった。それが後にアイルランドの光の御子と双璧となす「邪眼の御子」と呼ばれた、人ですらないナニカの誕生の瞬間だった。

 

 ケルト神話ではその影がその後どうなったかは伝わっていない。一説によると、地上から姿を消し妖精と姿を変えたダーナ神族に拾われたと言われているが真偽は定かではない。

 はっきりと分かっているのはクニァスタと名付けられ、人としての姿で成長し、父であるバロールの仇を取る為に強さを求めて影の国へ向かったと文献には記されている。そして影の国最強の戦士の弟子となり門番の役目を与えられたという事だ。

 

 

 

 この人間にそっくりな見た目にもだいぶ慣れてきた。母である妖精に拾われたは良いが、母の姿を真似たこの見た目の為に絡んでくる輩が多すぎる。私の華奢で女々しい見た目はケルトでは侮られるらしい。もっとも性的な意味で襲われる事は多々あったが。

 この母が作成した「魔眼殺し」というバイザーは良い。父の死体を加工しているので強力な魔術礼装にもなっている。そういう無粋な輩を追い払うのはちょうど良い。

 それに母の仲間の妖精が鍛えたこの邪剣はまさしく神殺しの剣だ。父を殺した魔弾を改良し、父の死体で造られたこの剣を上回る剣はケルト全土を見回してもそうはあるまい。

 

 私がこの邪剣を携えて向かった先は魑魅魍魎がまこびいる影の国。そこで父の仇を取る為に修行をして力をつけるのだ。私が師と仰ごうと思うのは2人いる。影の国最強の戦士と名高いスカサハとアイフェである。私はまずアイフェの元へ向かった。

 

 アイフェの元へ向かうには道中様々な試練が私を襲った。彼女達2人の弟子になる為に多くの戦士が訪れると聞いた事がある。なるほど、私がもし、脆弱な人間ならば到底不可能なものだっただろう。しかしこの身は邪眼の血を受け継ぎしフォモール族のものである。この程度の生ぬるい試練で私を害せる訳がない。

 

 私が城の門番をしているアイフェの一番弟子という戦士を倒しその門を叩くと、女王自ら私を出迎えに来たのだ。

 他のケルト人の例に漏れず薄い布地をその美しき四肢に張り付かせており、身体の線がくっきりと浮かび上がっていた。きめ細やかな氷のように透き通った白い肌と濃い紫の長髪で彩られた美貌は異性を虜にするのは十分すぎた。この身が人間のものだったならば私も彫刻のような黒き麗人に釘付けになっていただろう。そして注目すべきは見た目だけでない。その立ち振る舞いも一切の隙がなく、これまで影の国で戦ったあらゆる戦士と隔絶した実力の持ち主である事が一目見て理解出来た。

 今の私の実力では彼女を倒す事は出来ないだろう。

 私の内心抱えた考えを見抜いてか、彼女は私に対する賛美を述べながらも、どこか挑発めいた視線を向けていたのだ。それがどうにも私を揺さぶる。影の国最強の戦士と謳われているこの黒き魔女をいずれは絶対に倒すと心に誓った。

 

「ふ、良い眼をしている。女のように線の細い見た目をしているのものだから本当にお前がここまで来たのか一瞬疑ったのだぞ。良かろう。私の教えを受けて見事私に打ち勝って見せよ」

 

「当然だ。それまでは弟子として貴方の力を学ばせてもらう、師匠。それと」

 

「む、何だ?」

 

「女みたいな、は余計だ。貴方も女ではないか」

 

 私のその一言に何故か師匠は怒り、私に鉄槌を下してきた。いきなりの事で私も反撃出来ず吹き飛ばされた。

 理不尽だ。あまりにもそう感じたので反撃に出る事にした。

 その後、私達2人で城が半壊するほどの大惨事じみた大喧嘩が繰り広げられ、兄弟子総員が必死で止めに来た。

 私の見た目が一般のケルトの男からかけ離れているのは理解しているが、あの言い方はないと思う。そういうと師匠は見た目に似合わない豪快な声で笑った。

 

 

 

「今日はここまでだ。今日はもう休め」

 

 師匠の弟子になってから半年が経った。今日は魔術の修行だ。元々妖精である母からの教えで自然干渉の魔術は得意としている。また幼い頃にドルイド僧からルーン魔術を教わっているので、その分野でも師匠より秀でている。その為、今の私の魔術の修行は戦闘で使うような実戦的なものばかりを使用している。何も神秘が宿っていない槍でルーン魔術を使って強化して戦ったり、遠くから火の弾で弾幕を張ったりといささか魔術師らしからぬ修行である。

 

「まだ早くないか? もう少しなら出来るぞ」

 

 師匠の教えは厳しいが、今日はいつもより切り上げるのが早かった。何かあるのだろうか。

 

「相変わらず生真面目な奴だ。ケルトの男らしからぬ堅さよな。まぁ良い。本当ならば明日教えようと思ったのだが、お前だけには教えておこう。明日、隣国のスカサハの元へ攻め入る。今のうちに休めておけ」

 

 師匠がそういうのならば私は従うのみだ。分かったと一言で応じた。

 

「奴は強いぞ。奴が率いる弟子はケルトの中でも強者揃いだ。アルスター随一の豪傑フェルグス・マックロイ。最古参の弟子の1人で頑強な身体を持つフェルディア。そして」

 

 そうだろう。彼らはケルトに名を馳せる英雄達だ。その実力は師匠とも優劣を告げ難い程だろう。しかし私が求めている敵ではない。私は一片的に求めている宿敵。奴の名前は――――

 

「太陽神ルーの息子にしてクランの番犬、クーフーリン」

 

 見ていてくれ、わが父よ。かの太陽神の血を引く英雄をこの手で必ずや。

 

「師匠、奴は私が殺す。他の誰にも邪魔はさせん」

 

「ふ。良いだろう。その代わりスカサハは私が殺す。奴だけはこの手で引導を渡すと決めたのだからな」

 

 そこで会話は途切れた。もはや言葉は不要。敵はスカサハ率いる一騎当千の戦士達。相手にとって不足なし。

 

 

 

 目の前で繰り広げられているのは壮大な戦場。仲間の戦士達が敵の戦士達と雄たけびを挙げながら戦場に突っ込んでいき、殺し殺されていく。ケルトの戦士は死を恐れず例え敵に殺されても恨まない。私は死ぬつもりなどさらさらないが。

 死ぬ気は毛頭ない。お前達は邪魔だ。師匠と私の敵はお前達ではない。眼を覆うバイザーを外し、目の前に敵に死の螺旋を植え付けようという短絡的な思考が一瞬、頭のうちによぎるがすぐに追いやった。この邪眼は太陽神の血を引く者にこそ解放すべき切り札。このような雑兵に断じて使うべきではない。

 敵の中で突出して前に出ている者がいた。昨夜、師匠が挙げたスカサハが率いる英雄達だろう。いやその中でもさらに単騎で仲間の戦士を葬っている者がいた。あれは――

 

「クニァスタ、あれがスカサハだ。話には聞いていたがアイフェ様にそっくりな顔をしているな。やはり姉妹という事か……」

 

 隣に立っている兄弟子がそう呟いた。なるほど、遠目で見ても分かるあの美貌。師匠の姉妹と言われれば誰もが納得する。この兄弟子は師匠が誇る最強の6人の勇士の1人だ。私より師匠との関係が長い彼らには思う所もあるのだろう。

 私は右手に持つ師匠から譲られた朱槍に目を向けた。そして、出陣する直前の師匠との会話を思い出していた。

 

 

 

「この槍をお前に授ける」

 

 それはどこまでも朱い鮮血の如き長槍だった。目立った装飾もなくただただ朱いだけの槍。だがその槍に宿る神秘はそこらの業物とは次元が違った。まさしく英雄の使う宝具ともいうべき代物だった。格だけで言えばスカサハが使用するゲイ・ボルクや師匠の槍と匹敵する。

 

「これは貴方の槍ではないのか」

 

「私のはある。これはお前が持っていたタスラムの一部分とお前の血を私の槍の模造品に取り入れたものだ。私の槍はスカサハの槍を参考に作った物だが、お前のこれは神殺しを成し遂げた魔弾が組み込まれている。見た目こそ槍だが、本質は神殺しの魔弾でお前の意思に応じて武器の形状が変わる。お前の持つ邪剣よりは威力は小さいが使い勝手はこちらの方が良かろう」

 

「良いのか? まだ私は貴方からこんなものを貰う程強くはない」

 

「ふ。別に構わん。どの道お前が私の元を去る時に渡すつもりであった。ここで死なれても困る。大事に使えよ」

 

 普段の仏頂面に似つかわしくない笑みを見せる師匠。ここまで期待されているのだ。元より全力を尽くすのは当たり前だが、一層気合いが入った。

 

「……そうか。感謝する、師匠」

 

 

 

 手に握る血塗られた朱槍は自分でも驚く程に手に馴染んでいる。これがあれば奴を、クランの番犬を間違いなく殺せる。

 

「む、敵がアイフェ様に向かってきたぞ。我らが相手になろうか」

 

「大丈夫か? スカサハは師匠が殺すと言っていたが」

 

「確かに。しかしアイフェ様はスカサハを殺す事に躍起になりすぎている」

 

 あまり師匠の事情に首を突っ込むのは躊躇われるが、弟子としてここに至って知らんぷりもするのも、もどかしく感じた。私の考えを読んでか兄弟子は簡単に教えてくれた。

 

「ふむ。お前もスカサハが死ねない存在となっているのは既に聞き及んでいるな」

 

 あぁ、確か師匠がそんな事を言っていた。神や亡霊を殺しすぎてその域に至ってしまったがそれが返って神に畏れられ、存在しない者として扱われてしまったのだと。

 

「アイフェ様は優れた一流の戦士だ。あの方がそんな強者であるスカサハを見て戦いに挑んだのは当然の理だ。しかし結果は敗れ、スカサハに、お前では自分に勝てないと告げられたらしい」

 

 なるほどと思った。影の国に君臨する2人の最強の女戦士。そのうちの1人スカサハはその強さから死ねない存在となってしまった。そしてもう片割れの戦士である師匠は屈辱とも言える宣告に対して憤り、自分の手で殺す事に拘っているという事か。

 

「ケルトの女は情が深く気が強い。つまりそういう事だ」

 

 私の言葉に何を思ったのか兄弟子はこちらを見てからフッと笑った。

 

「……話が過ぎたな。我らはアイフェ様の元へ向かう。お前はどうする?」

 

「スカサハを狙っているのは師匠だ。人の獲物を横から奪い取る気はない。私の敵は別にいる」

 

 そう。スカサハは師匠に任せておけば良い。その結果死ぬ事になっても生粋のケルトの民である師匠は後悔はしまい。私は死ぬのだけは勘弁願いたいし師匠にも死んで欲しくはない。

 

「そうだったな。ならば我らはアイフェ様に向かう敵の露払いに向かう」

 

「あぁ、分かった。貴方達ならばそう遅れを取る事はないだろうが、油断は禁物だ」

 

「当たり前だ。我らを誰の弟子と心得ている。ではな」

 

 そういって兄弟子達はすぐに去っていった。確かに兄弟子の言う通りだ。

 私も早く自分の標的を見つけなければ。私が獣染みた気配感知で五感を研ぎ澄ます。自然を操り、干渉する事を得意とするフォモール族は普通の人間より圧倒的に広い気配感知を持っている。その血を受け継ぐ私もその例に漏れず索敵範囲を一気に広げる。どこだ、クランの番犬。

 いたぞ……どうやらかなりやっかいな場所にいるな、クランの猛犬め。まさか師匠率いる6人の勇士を倒し、既に師匠の元にいるとは。それほどの強さを持つという事か。奴は師匠と戦う気だろう。そうはさせん。お前の相手は私だ! 

 私はフォモール族の人外離れした身体能力を駆使して、その場を全力疾走で離れた。まだ師匠の気配は濃い。しかし存外に苦戦しているようだ。待っていろ。今助けに行く。

 

 

 

 影の国に辿りつくまでの試練を難なく突破した戦士が現れたという話を弟子達から聞いた。

 そんな強者が久方振りに現れたのかと喜び勇んで、その者と対面した時、私は久しく忘れていたモノを全身で感じた。強い弟子を持てる事に対する歓喜か。戦士として新たな強者が現れたという高揚か。いやどれでもない。これはそんな正の感情でない。これは人間が獣として生きていた時代からの名残。自然で生きる為に必要だった生存本能というべきものが悲鳴を上げているのだ。私は恐怖していた。そして目の前の存在が私をたやすく葬る事が出来る存在であると理解した。一目で人間ではないと分かった。神造兵器ともいうべき禍々しい邪剣と両眼を隠すバイザーは圧倒的な神秘を宿している。

 見た目は麗しい女と言われても無理もない華奢な身体だが、全く隙を見せずこちらを圧倒せしめんとする覇気はまさしくケルトの戦士と呼ぶにふさわしい。私が最も恐ろしいと思ったのはバイザーで覆われたその眼だ。隠れているとはいえ禍々しい何かを発している。バイザーはその何かを隠し、同時に人間ではない何かの気配も隠蔽している。

 私の弟子になる者が人間でなければならない道理はない。この戦士は私以上の戦士の才を秘めている。並みの英雄では歯が立たない圧倒的な強さ。私と同じ血を引くスカサハがクランの番犬と恐れられるクーフーリンを弟子に取ったと聞いた時、言葉にし難い不安が胸をよぎった。奴に対するこの感情は嫉妬、憤怒、憎悪と言ったおよそ人間が持ちうる負の感情全てが凝縮されている。

 私と奴は影の国最強の戦士などと呼ばれているが、単にその下に追い縋る強さの戦士がいなかっただけだ。私と奴の強さは圧倒的な開きがある。奴は私に告げた。お前では私を殺せない、と。

 屈辱だった。何が何でもあの女を殺す、と誓った。その反面、心のどこかで私はその宣告に納得もしていた。戦士として相手の実力を計る冷静な理性が受け入れていたのだ。

 あぁ、その通りだ。私の才では英雄を殺せても、神域に達した奴を殺す事は叶わない。

 だから、クニァスタよ。私の最愛にして最凶の弟子よ。もし、私が奴に負けたならばお前が殺せ。お前ならばそれを成し遂げられるだろう。その神殺しの朱槍で奴を刺せ。

 

 だが事態は私が予想していた斜め上に動いていた。クニァスタが敵視していたクランの番犬がスカサハを追い抜いて私の元までやってきたのだ。私の弟子の6人の勇士をスカサハより譲られたゲイ・ボルグで瞬殺したのだ。噂には聞いていたが、これほどの力を持つのか、クランの番犬は。これほどの戦士を弟子に迎えるとはつくづく運の良い奴だ。だが私も負けられん。スカサハの前哨戦だ。

 

 

 

 気配感知の範囲を狭めて、師匠が戦っている範囲の意識を強くするとスカサハもいた。他人の戦いに横やりをいれるのは好きではないがここは介入させてもらう。

 フォモール族の身体に秘めた莫大な魔力を一気に放出する。師匠より譲られた槍を投擲の構えに握りなおす。元々投擲用の石で作られたタスラムが埋め込まれているこの槍は投げた方がその威力が上がる。息を大きく吸い込み、獣の如き咆哮を上げた。

 この程度でくたばってくれるなよ、クランの番犬。

 

「――――劈き穿つ(ゲイ・ボルク)――――神殺の槍(タスラム)――――ッ!」

 

 この一撃が私の運命を変え、そしてただ敵として殺す予定だったクランの番犬、後に光の御子と呼ばれるクーフーリンとの出会いの始まりだった。




一応、続きはあるので良い反響が多くありましたら投稿します。

9/25追記 会話文など違和感がある部分を訂正しました。大筋は変わっていません。

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