そして翌日の放課後のこと。私は読みかけの本を鞄にしまうと、部活に向かうため、荷物をまとめ、教室を出た。
そして特別棟の近くで待っていた平塚先生と合流した。
「緊張してるか?」
(少しですね)
「そう硬くなることはない。お前のことはあいつらに話してある」
昨日の朝に入部届けを出したから、放課後の部活内で話したのかな。
平塚先生に案内されて、ある教室の前についた。
「邪魔するぞ」
平塚先生はノックもせずにずかずかと教室の中に入っていった。私は遅れながらも、平塚先生の後を着いて教室に入った。
「平塚先生……ノックをって……」
教室の中にはこの学校の有名人であり、上級生にも、下級生にもその名が知られている、雪ノ下 雪乃先輩がいた。
「平塚先生、もしかしてその後ろにいる子が昨日話してた子ですか?」
その隣に座っているのは、短い髪を染め、お団子に括っている人がいた。
「ああ。こいつが新入部員であり、一年の山中 美波だ」
平塚先生の言葉の後に私は小さくお辞儀をした。
「昨日も話したとおり、こいつは病気でしゃべることができない」
「じゃあ、どうやってコミュニケーションをとればいいですか?」
雪ノ下先輩の隣に座っている人に質問されたので、私は手持ちのメモに短く言葉を書き込んで渡した。
(こうやって筆談で返すことができるので、コミュニケーションは大丈夫だと思います)
「そうなんだ。私の自己紹介をするね。二年の由比ヶ浜 結衣だよ。よろしくね。美波ちゃん」
(よろしくお願いします。由比ヶ浜先輩)
「私は二年の雪ノ下 雪乃よ」
(よろしくお願いします。雪ノ下先輩)
それにしても、雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩から離れた所に座っている男性は誰なんだろう。
「ほら、ヒッキーも挨拶しなよ!」
「もしかして、見慣れない女子が来たから、興奮して言葉が出ないのかしら?キモ谷君」
「そうなの!?ヒッキーまじキモイ!」
「ちげぇよ……こいつをどっかで見たことあると思っただけだ」
男性は読んでいる本から顔を上げると、まるで死人のような目を私にむけてきた。
(わ、わ、わたしはあったことないです……ひ、ひ、ひと違いだと思います)
男性の死んでいるか、生きているか、わからない、その腐った目に私はすっかり恐怖していた。
「ほら。あなたを見ておびえてるじゃない。その腐った目で後輩をおびえさせるのはやめなさい。ゾンビ谷君」
「そうだよ!書いてるとき、美波ちゃんの手が震えてたし!」
「俺は●●●●ぐらし!に出てくるゾンビかよ……二年の比企谷 八幡だ」
比企谷という名前に私は聞き覚えがない。通っていた病院が一緒とかかな、でもそれだと私も覚えてるはずだし……
(別人じゃないですかね。わたしはあったことないですし)
「俺もそう思うことにするわ。さっきのことは忘れてくれ」
比企谷先輩はそういって私から視線を離し、再び本に視線を戻していた。
平塚先生はというと、じゃあ後は頼んだぞーといって部室から出て行った。
「あなたの趣味について聞いてもいいかしら?」
(趣味ですか?)
「何でもいいよ。料理がすきとか、ヒッキーやゆきのんみたいに読書がすきでもいいし」
「由比ヶ浜さんが料理が趣味とか言い出したら、明日はきっと雨ね」
「いや、大雪だろ」
「二人の言葉がひどい!?私だって練習してるのにー!」
3人の先輩のやり取りを見て、私はとても趣味が料理ですとは言い出せない空気になっているのを感じたので、別の趣味を話すことにした。
(音楽を聞いたり、絵を書くことです)
「音楽ってどんなのを聞くの?」
(昔の演歌や最近のものまでいろいろです。その時の気分によって変えてます)
「演歌ってしぶいね…」
そうなのかな?最近の人って演歌って聞かないの?曲によっては神だと思うものもあるのに。
「絵はどんなものを描いたりするのかしら?」
(パソコンのソフトで動物を書いたり、窓から見える風景を書いたりしてます)
「パソコンってそんなことできるんだ!こんど教えて!」
(いいですよ)
簡単なものなら教えることはできるだろう。
「昨日から、どうしても聞きたかったことがあるのだけど、聞いてもいいかしら?」
(いいですよ)
「あなたは今の自分をどう思ってるの?」
今の自分をどう思っているか…。雪ノ下先輩の質問は私は日々思い続けてることを同じものだった。
(そうですね。勉学が普通、容姿も普通。趣味も普通の人とは変わらない。なのに、私は病気のせいでしゃべることができない。普通の人を見て思うのが、何で私はこんなにも普通の人とは違って見られるのだろう……ともうこのことを考えるたびに、今の自分に絶望感を感じてました)
雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩は私の返した言葉に息を呑み、本を読んでいた比企谷先輩もこちらを見ていた。
(でも、そのことで逃げ道を作るのはやめようって思うんです)
「それはなぜかしら?」
(世の中には私以上につらい思いをしている人も沢山います。私以上に重い病気や重い障害を持ち、体を自由に動かせない人。その人たちに比べると私はしゃべることができないだけで、体は普通に動かせます。だから、しゃべれないことで他人より楽な道を選ぶのはやめようって思うんです)
よくTVや雑誌の特集でそういう人たちの生活を見る機会があるが、その人たちを見るたびに思うように体を動かせないこの人たちより、今の普通の生活ができている私は恵まれている。
だから、恵まれている自分がその人たちと同じように弱音を吐き、他人に泣きつくようなことは絶対にしないと心に誓っている。
「そう…少なくともそこの男よりはまともそうで安心したわ」
「おい。何で俺が比較対象になるんだよ」
「美波ちゃん、ヒッキーみたいになっちゃだめだよ」
(あはは…)
3人の先輩たちのやり取りを見て、私は苦笑を返した。