音楽室で平塚先生と話した後、私は職員室に音楽室の鍵を返しに行ったあと、そのまま下校した。
(ただいま)
私の両親は共働きで帰りはいつも遅い。これは私が子供のころから変わらないことで、私の病気とは関係ないらしい。
「いつも帰りが遅くてごめんね」
「何か辛いことがあったらいつでも話していいんだぞ。私たちは美波の味方だ」
二人が家に帰るころはいつも遅い時間。その時間帯にいつも寝ている私の様子を見に、両親は私の部屋を訪れ、ただいまという言葉を残していく。
(部活をはじめるっていったら、どんな顔するかな……)
私が部活をやることに驚くかな、それとも応援してくれるかな……
私はリビングのソファーに寝転がりながら、携帯の音楽アプリを起動させた。
(悩んだり、迷ったりしたときはいつも音楽を聴くようにしてるんだよね)
私はイヤホンを耳にさし、音楽アプリにあるものを適当に再生する。
その日は寝る前に両親に部活に入ることにしましたというラインを送った。
翌朝、起きてから携帯を確認すると、両親からラインの返事が返ってきていた。
お父さんからは「頑張れ。何かあったら、いつでも相談に乗るからな」
お母さんからは「音楽に関係するものをやるの?またどんな部活なのかを教えてね。美波の決めたことなら、お母さんは全力で応援するよ」
それぞれのラインにありがとう!という言葉とキャラクターのスタンプを送信した。
そして、HR前に私は職員室にて、平塚先生に入部届けを提出した。
「確かに受け取った。さっそくだが、今日から部活にでてもらってもいいか?」
(今日ですか……)
今日は施設に行く予定がある。別の日に変えることもできるけど……どうしようかな。
「何か用事でもあるのか?」
(今日はお世話になってる施設にいくので……明日は大丈夫です)
私が通っているのは私と同じく生まれつきの病気や何かしらの障害を抱えた子供たちがすごしている施設だ。
私は週に一回、そこに通っており、今日はその日だった。
「そうか。それなら強要することはできないな。昨日もいったが、自分がこれると思った日に顔を出してくれればいいからな」
平塚先生の態度は用事なら仕方ないという感じだった。
(わかりました。ありがとうございます)
私は平塚先生に軽く頭を下げてから、職員室を退室した。
***
山中が職員室を退室してから、山中が持ってきた入部届けを見ていると、あいつのクラスの担任がやってきた。
「平塚先生……それは何ですか?」
「これですか?山中の奉仕部への入部届けですけど」
担任に入部届けを見せると、驚愕していた。
「こんなこと……私は聞いてない」
「話す必要がないと思ったんでしょうね。昨日話して、そして翌日に入部届けを持ってきたということは本人の心は決まっていたということです」
部活に入ることを相談するほど、山中も子供じゃないし、それくらいの判断は自分でするということだろう。
「わかってるんですか!山中さんを部活に入れることがどれだけのリスクを伴うか!」
「わかってます。だから、私は強要してません。それでも、入部したいと思ったのは本人の強い意志の表れだと私は思います」
「奉仕部って、平塚先生の顧問の部活ですよね。まさか……勧誘したんじゃ」
「声はかけましたよ。なかなか興味深い子なので」
私はそういって嘲笑すると、担任は信じられないといっていた。
「山中さんは話せないんですよ。部活に入れずに、あくまで生活面でサポートする。それが私たちのすることじゃないですか?」
「そうですか。では山中が成長できなくてもそれでいいと?」
「成長とかの話じゃありません。部活をすることによって、山中さんに何かあったらどうするつもりですか?」
「ではあくまで現状維持でいくということですか?」
「そうです。それが私たちにとっても、山中さんにとってもいいことだと思いますから」
この担任はどこか間違っている。生徒の成長を促すこともせず、ただ現状を望み、変化が起こそうとするとこうやって騒ぎ立てる。
「山中は先生が思っている以上に前を向いてますよ」
「なんですって?」
「昨日、本人と話して気づきました。山中は現状に悲観することなく、前を向いている。そして本人は気づいていないかもだが、変化を求めてる。それが今なんです」
昨日の山中の弾いていた曲が有名な歌手のもので、その曲に当てた意味が自らの変化と成長にあてたものであると私は知っていた。
比企谷、雪ノ下、由比ヶ浜。奉仕部には3人の部員がいる。
協調性のない比企谷、雪ノ下を協調性もあり、若干だが行動力のある由比ヶ浜が支えている。
このまま3人でいくのもいいのだが、この3人は私が知らない何かを抱えている。
何かのきっかけでそれが崩壊し、3人がバラバラになる危険性もあった。
「変化を求めてるといっても、何も奉仕部に入れなくても……」
「ではこの学校内で変化を求めている山中を受け入れてくれるところがあると思いますか?」
私の問いに担任は口を噤む。
ほかの場所では間違いなく山中の居場所はないことはここにいる全員が理解している。
「今のクラスでは山中の居場所はあるかもしれない。でも、それは来年になったら消えてしまうかもしれない」
「そんなこと……」
「ないとはいいきれませんよね。でも、奉仕部なら、山中の居場所を作ってあげられる。山中の変化を促進することもできる。何より、私はそんな生徒の成長を見守りたい」
山中はあの3人と性格や考え方も違う。
「そうですか……でも、私は絶対に認めませんからね。そんな変な部活で変化を求めるより、きっとほかにいいほうがあるはずなんです」
担任は明らかに私に敵意を向けている。大事な教え子をとられたそんな気分なのだろう。
だが、いい方法があるなら、何で行動できないのか。私はそれを疑問に感じずにはいられなかった。
時系列は職業見学前になります。