日々の暑さは本格差を増し、TVの朝のニュースでは連日の猛暑のことを伝えていた。
そんななか、私は由比ヶ浜先輩と共に家庭科室にいる。その理由は一つ。料理の勉強のためだ。
(由比ヶ浜先輩、隠し味を入れたらおいしくなるっていう考え方はやめましょう…)
「ううっ……」
目の前には焦げたクッキーが置いてある。見た目もそうだが、味も最悪だった。
途中までは完璧だったんだ。ただ、最後の仕上げで何を思ったのか、由比ヶ浜先輩がとんでもないものを隠し味に使ったんだ。
(何でブラックコーヒーの粉をいれますかね……)
「だって味がマイルドになると思って」
(なりません)
由比ヶ浜先輩いわく、カレーにりんごを入れるような形らしいのだが、いくらなんでもクッキーにそれを入れたらまずい。
「ごめんね。こんなことに付き合ってもらっちゃって」
(別にいいですよ)
私は目の前のクッキー(木炭)をゴミ袋にいれた。
(今日はこのくらいにしましょう)
「わかった」
今の状態ではいくら練習してもだめなのはわかりきってる。
どうしたらうまくなるのか、どこを直せばいいのかを時間をかけて教えていけばいいと思うから。
「そういえば、この前の日曜日にゆきのんとヒッキーと一緒に私の誕生日プレゼントを買いにいってくれたんだよね。ありがとね」
(付き合っただけで、私は何も渡せてませんから。お礼を言われる理由はないですよ)
雪ノ下先輩と比企谷先輩はきっと何かを渡している。
一方の私は何も渡せてない。プレゼントは買ったのだが、どう渡していいのかわからなかったからだ。
「それだけでも充分うれしいから」
(そうですか)
この先輩はどうしてこんなにも優しいのだろうか。私が逆の立場だったらこうは思わないのに。
そして、片づけが終わった後、私たちは家庭科室を出た。
「おや、こんなところにいたのかね」
私たちが家庭科室を出ると平塚先生と遭遇した。
「何かあったんですか?」
「夏休み中の奉仕部の活動について話をしにいこうと、部室に顔を出したんだが、だれもいなかったからな」
今日の部活は雪ノ下先輩が用事があるということでお休み。比企谷先輩は早々に下校し、特にやることにない私はこうやって由比ヶ浜先輩の料理の特訓に付き合っていたということだ。
「どんなことをやるんですか?」
「合宿をしようと考えてる」
合宿となると泊まりか……うちの親は絶対に認めそうにない。
(それって絶対参加しないとだめですかね?私の親は多分認めないと思うので)
「そうなの?」
(うちの親は私の外泊は認めてないので。部活の合宿だっていっても、認めないと思います)
一般の家庭からするとどれだけ過保護だよと思われるかもしれない。
うちの場合は私がしゃべれないのもあり、そういうことは基本禁止というルールをつくったらしい。
「そうか。親御さんがだめと言うなら、いかせるわけにはいかないな」
平塚先生は残念そうに肩を落としていた。
「私は大丈夫ですよ。多分ゆきのんも」
「そうか。後はあのひねくれ者だがどうやって声をかけるか…」
雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩はいくらしい。
「そう不安そうな顔をするな。山中にも部の活動として別のことをやってもらう」
(具体的にはどんなことを?)
「それはこれから考える」
どんな内容までは決まってないんだな。まぁ、断られるなんて予想もしてなかったことだろうからしょうがないとは思うけど。
「じゃあ頼んだぞ。由比ヶ浜、山中」
そういって平塚先生は職員室に向かっていった。
「この後なんだけど、美波ちゃんって時間ある?」
(ありますけど、どうかしましたか?)
「美波ちゃんって先月が誕生日だったんだよね?」
私の誕生日は6月30日だ。でも、何でそれを知ってるんだろう。
(そうですけど…何で知ってるんですか?)
「メールアドレスに日付が書いているから、もしかしたら誕生日の日付なのかなって思ったんだけど、外れてる?」
ああ、そういうことか。
(いいえ、あたりです)
「じゃあ、お祝いしないとね。私のときもしてもらったし」
(でも、私は何もしてませんよ…)
何もしてないのに、お祝いなんかしてもらってもいいのだろうか……
「それでもプレゼントを買いにいってくれたんでしょ。そのお礼をしたいんだ。ゆきのんにも話はしてあるから」
(そういうことなら……)
由比ヶ浜先輩って意外に押しが強い。あんな小動物の目で頼まれたら断れない。
もしかしたら雪ノ下先輩は普段由比ヶ浜先輩と接するときはこう思っているのかもしれないと私は思った。