その日の帰り道。私は通院のため病院によっていた。
子供のころから通いなれた病院のため、そこに勤務している看護士さんや介護士さんとはすっかり顔見知りの関係になっていた。
主に通院の内容は発声練習と簡単な治療だった。
そして今日もいつもどおりの練習を終えた後、私は先生と少しだけ話をすることになった。
「どうだい?学校のほうは?」
(楽しいですよ。皆、いい人たちですし)
この先生とは私が病気になってから、私の治療担当となっている先生だった。
「それならよかった。美波ちゃんが最近元気がないと親御さんから聞いてたからね」
(ちょっといろいろありまして…)
さすがに部活のことで少し落ち込んでますとはいえない。
個人のプライベートの問題だし、他人に頼ってどうにかしようとも思わないから。
「何があったかは話してくれないんだろ?」
(さすが。私の性格をよく理解してらっしゃる)
「美波ちゃんがそういう子って言うのは、今までやってきて充分理解してるよ」
付き合いが長いと人のことを理解できると聞くが、どうやらそれは事実だったらしい。
「美波ちゃんはいつも何かを我慢してる。気持ちを伝えるのが下手糞といっているが、そうじゃないと僕は思うけどな」
(そうですかね?)
「ああ。何か遠慮してる。自分の本心を伝えることでそれまでの物が壊れてしまう。だから自分の中で必死に隠してる」
先生は当たりだろ?と聞いてきた。
(あたりですよ。先生にはかないません)
正直にいうとあたりでもなく、はずれでもない。それでも、私の中では正解に近かったので、参りましたと両手を軽く挙げた。
「もっと自分の気持ちに正直になってもいいと思うけどな」
(どうもそれができないんですよね。どうしても抵抗してしまうというか……)
私の中では気持ちがぶつかるときが多い。
ここはこういったほうがいい。でも、こういったら相手を傷つけてしまう。だから違う言い方でそれを回避する。その方程式を頭の中でめぐらせている。
「抵抗ってことは気持ちをごまかし続けてるってことだろ?それってつらくないか?」
(あまり実感はないですけど、そうかもしれませんね)
よく話した後に疲れていることがあるので、もしかしたらそういった部分があるのかもしれない。
「だからもっとわがままになっていいと思う。今まで我慢してた思いをもっと開放してみたらどうだ?」
(難しそうですね)
「美波ちゃんならそれくらい簡単だろ?」
この先生は私のことをよく知っている。だから難しい課題を与えても必ずできるという信頼を向けている。
(先生にそういわれたら改善するしかないですね)
「僕にじゃなく、自分で思うようにしようね。やらされてるんじゃなくて、自分からやるという気持ちをもつようにね」
そう念を押さなくてもわかってますよ。
(わかりました。それにしても先生は医療の現場より、教育の現場を目指したほうがいいですよ)
「そうか?」
(はい。もう言い方や仕草が学校の先生ですもん。こんな医療の現場じゃなくて、教育の現場のほうがいきいきしてそうです)
この先生は学校の先生のほうが向いている。数年前から私はそう感じていた。
医療の現場でやるのもこの人にとっては天職かもしれない。
ただこの人の姿勢や考え方やこういった医療ではなく、生徒を影から見守る優しい先生といったものを感じていたからだ。
「そうだな。美波ちゃんの病気を治したら、そういった道に進むことも考えるよ」
(変なフラグを立てないでくださいよ。直らないフラグを立てるのは禁則ですからね)
「そんなフラグは立てないさ」
いや、地味にたってますよ。そして真顔で言うのはやめてほしい。こっちからしたら、マジで怖いから
(先生の腕とこの国の医学に期待してますとだけいっておきますね)
私の声はいつ戻るかわからない、それでもいつか話せるようになりたい。
***
そして美波が帰った後の病院にて。
僕は担当の山中 美波ちゃんの検査を終え、一息ついていた。
「ふぅ…」
まったくあの子は不思議な子だ。落ち込んでいると思いきや、軽口をたたく元気はある。
「もう少し自由にやっていいと思うのにな」
美波ちゃんは周りのことはよく見えてるのに、自分のことはあまり見えてない。
前に自分にはいいところが何もないと言っていたが、僕はそう思わない。
「僕が言うのもありだけど、本人に直接気づかせたほうがましか」
そのことを僕が指摘しても、美波ちゃんはいい方向に受け取りはしないだろう。
そのことによって、今以上に気を使われるかもしれない。
「それにしても、あの子の病気はなんでよくならないんだ……」
子供のときから美波ちゃんを見てきたが、症状がよくなる傾向が見られない。
悪化しているということはないが、もしかしたらほかの病気の可能性も考えなければならない。
「一度検査入院させてみるか……」
今のままの週一回の通院だけではどうしても検査の時間が限られる。
検査入院という方法を使えば、充分に時間も取れるし、ほかの病気という可能性も模索できる。
「一度親御さんに相談してみるか」
このままじりじりと時間だけが進めば、きっと本人の心が持たなくなる。
美波ちゃんをずっと見てきた僕としてはそれだけは避けたかった。