気が付けば社会人。仕事が終わったらご飯をたべてゲームをする日々。すっかり小説執筆からは遠のいておりました。
ふと自分の作品を開き、投稿した年月日を見て、ふいに涙が止まらなくなり再度PCを立ち上げました。しばらく書いていないので、見るに堪えない文章になっていると思います。まだ待っていてくれた方、ありがとうございます。初めましての人、どうぞよろしくお願いします。
ヒノエから一喝された春弥は気合を入れなおして簪探しに励んだ。けれどいくら探しても見つからない。犬の会は相当遠くまで足を運んでいるが、簪のかの字も見つからなかった。
俺はと言えば、簪を探していることから、様々な妖に声をかけられる。それは案の定というか、友人帳を狙う妖ばかり。稀に簪探しに手を貸そうとしてくれる妖もいるが、それでも全く手掛かりはなかった。
――……春弥があんなにも必死に探している簪。愛しい人からの贈り物。絶対に見つけて、春弥の手に戻ればいいのに。
そんなことを考えながら、その日も簪を探して野山に分け入っていると、妙に冷たい風が傍らを吹き抜ける。初夏に入ろうとしているこの頃にしては珍しいとさえ思う、そんな俺にふと声がかかった。
『ひとのこ』
仰ぎ見ると目の下を隈で真っ黒く染め、険しい顔をした男性がいた。目じりには紅が引いてあるが、それが険しい顔を更に厳しい表情に見せている気がする。着ている物は豪奢な着物。それも着崩れているから、なんというか、底知れぬ恐怖を感じさせられた。まごうことなき、妖である。
「……何か用か」
妖は俺をまじまじと見つめて、何度かスン、スンと鼻を鳴らす。そして俺の両肩をつかんで口を開いた。
『やはり、おまえだ。おまえから、においがする』
何のにおいだろうか。
『あのこはどこだ。おまえがうばったのか、ひとのこよ』
――……あの子?
『やはりひとなどおろかしきもの。ふみいれてはならぬせんをよういにこえる』
『あのこはわたしのゆいいつ。あのこさえ、あのこさえいればなにをすることもないのに』
周りの木々がざわめいて、音となって耳に入る。
カエセ
カエセ カエセ
いとしいこ カエセ
桜のあるじ いとしいこ
さみしいこ カエセ カエセ カエセ
カエセ カエセ カエセ カエセ カエセ カエセ
どんどん不穏になっている雰囲気に、血の気が下がる。
「悪いけど俺には何のことが分からない。この手を放してくれないか」
妖は言う。
『わからないはずはないだろう。おまえからたしかににおうのだから』
肩をつかむ手の力が強くなって、痛みが生じる。
――話が通じる相手じゃない!
俺は妖を振り払って逃げ出した。山の木々が行く手を遮るかのように行く先が暗い。
『とまれ、ひとのこ。あのこをかえせ』
後ろを見れば、ゆったり動いているように見えるのに、まったく距離感の変わらない妖の姿がある。
捕まったらまずいことになる。
それだけは分かった。
そこまで深い山ではなかったはずなのに全く出口が見つけられない。行く先は暗く、草木が茂っていて走りにくいことこの上ない。この山の自然があの妖の力になるのだとすれば、状況は最悪に近いものがあった。そう、逃げられないという点で、である。
「にゃにをしておるか夏目ー!」
必死に走り続ける俺の横に、白い丸いものが並走し始めた。
「にゃんこ先生!」
乗れと言われるがままに本来の姿に戻った先生に乗る。
空を駆ける先生は後ろを見て、引いた顔をした。
「お前あの妖と何があった!? めちゃくちゃ怒って追いかけてくるではないか!」
「俺にもわからないんだよ先生! 急ににおいがどうとか、あの子を返せだとかで追いかけっ……!」
先生が急に止まる。俺の言葉も止まる。
目の前に、ずっと後ろから追いかけてきていたはずの妖がいた。
『おまえも ひとのこのなかまか』
ザワザワと髪と着物が騒めいている気がする。
『おまえも あのこをかえさないのか。さみしくてかなしくていとしいあのこ。こけたほほがふっくらとして、あかくなった。ひかりのない めが わたしをみとめてうつしだす。わたしのゆいいつ。わたしのさい』
あぁ、はるや
――……春弥!?
「っあなたが探しているのは、銀の髪の、万年桜の妖との夫婦ものの春弥か!? なら彼は今俺たちと一緒に探しものをしています! 探し物が見つかれば必ずあなたの前に姿を現すでしょう!」
目の前の妖が首を傾げる。
『……さがしもの。あのこのさがしもの? ……おろかなひとめ。あのこのたいせつなものでもうばって そのみをとらえたか』
――なんでそうなる!?
『あのこはさがしものなどできない。わたしのそばで とわのあんねいをともにすごす。そとはあのこにとっておそろしいせかい、あのこがながいあいだひとりでそとにでていくことはない』
眼下に見下ろす木々のざわめきが耳元で聞こえるようだった。
フッと冷たい風が傍らにとどまる。すぐ横に、妖がいる。
『あのこのくるしみは わたしのくるしみ。おまえもあじわうか』
にゃんこ先生の毛の柔らかさが離れたと思えば、俺は空中に投げ出されていた。
『いきながらに ちにあしつかぬおもいに みをすくませ くるしんだ』
『かたわらにあるはずのぬくもりがなくなるきょうふ』
――……あぁ
――……泣いている
【どうしてどこにもいないのだ、春弥。私の、愛しきもの】
【どこに、何をしている。春弥……春弥……】
悲しみと焦り、心配が流れ込んでくる。
【また人の子がきた。祓い屋……春弥、無事であれ……】
――さみしい。帰ってきてほしい。
――きみが私の光。温もり。彩り。
妖の気持ちが流れ込んできて、涙がこぼれて宙に残されていく。
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ふと風を切る音が耳に届いた。
「夏目!!!」
ここで切ります。次話、春の小噺完結。
題名思いついたので変更しています。