黒森峰学園艦で躍りましょう   作:まなぶおじさん

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我慢できずに書きました。


スタッフロール

 

 差出人西住まほ 青木様宛て

『こんにちは。手紙を出したのはここ数日前ですが、やはり『ここ最近の調子はどうですか?』と書きたくなってしまいますね。

もう大学四年になりましたが、この文通は永遠に続いて欲しいものです。

 

――私は、それほど変わりはありません。ただ近々、大学戦車道全国大会がありますから、身を引き締めてはいますが。

自惚れは危険ではありますが、キーとなるのは私率いる『まほ軍』と、ダージリンはリーダーを務める『ダージリン派』とみなされています。

皆から期待はされていますが、私は決して怯みません。逃げません。ただ、堂々と戦うのみです。

最後の全国大会は、何としてでも勝ちます。去年は敗北してしまいましたが、今年こそはと、今年だからこそと、あなたからいただいたドックタグに誓います。

 

黒森峰学園艦を守る警察官になれるよう、私は心の底から祈ります。西住家はあなたを応援します』

 

差出人青木 西住まほ様宛て

『こんにちは。いつも自分の安否を気遣ってくださり、本当にありがとうございます。

僕のほうは大丈夫です。警官になるという夢も……妥協なく目指しているつもりです。

 

全国大会ですが、去年は本当に残念な結果で終わってしまいましたね。それでもまほ様は、決してめげることなく、むしろ敗北から何かを学んだのでしょう。

それはとても、素晴らしい姿勢だと自分は思います。

――大会の開催日には、赤井とともに観戦しに行くつもりです。自分の応援が、ドックタグが力になるのでしたら、自分は何度でもあなたを支えます。

プロになれますよう、自分も、心から祈ります。どうか西住流に繁栄を、そしてまほ様に幸せが訪れますように』

 

差出人西住まほ 青木様宛て

『こんにちは。お元気ですか? 私は元気です。

この手紙が届いているということは、あと数日で大会が始まることでしょう。戦う相手はどこも強豪ばかり、決勝戦までは遠いですが……遠いだけです。

私は必ず勝ちます。皆で、勝ってみせます。私には、私を支えてくれる仲間が、あなたがいてくれています。

私はもう独りではありません。大学では、共にカレーを食べ合うサークル仲間が沢山います。ダージリンも、しょっちゅうちょっかいをかけてきます。

この間は陶芸勝負をしましたが、惜しくもですが、惜しくもですが負けてしまいました。ですが正座我慢大会で勝利しましたので、結果的に勝敗はイーブンです。

――このように、毎日のように鍛錬を、そして楽しく暮らしています。私のことは何も心配しないでください。

大会も、この調子でがんばります。お母様も、あなたならできると応援してくれています』

 

差出人青木 まほ様宛て

『こんにちは。お元気でしょうか、自分は変わらず元気です。

大会もあと少しになりましたね。当日になりましたら、絶対に駆けつけます。赤井も、逸見さんの活躍を見ると張り切っていました。

手紙を拝見しましたが、ダージリン様とは変わらず仲が良いみたいですね。あなたからは『そんなことはない』と何度もご指摘を受けましたが……。

文面から察するに、あなたの笑顔がよく見えてくるようです。本当によかったと、自分は思っています。

心に余裕があり、実力があるあなたならば、今年こそは大会で優勝出来ると僕は考えています。

西住流の強さを、僕に見せつけてください』

 

差出人西住まほ 青木様宛て

『こんにちは。この手紙が届く頃は、もう明日か明後日には大会が始まっているでしょう。

あとは、戦うだけです。この時ばかりは、まほ軍もダージリン派も手を組み合い、戦うだけです。

大会当日ですが、青木様はもちろん、お母様やお父様、みほも観戦しに来てくれるようです。去年もそうでしたね。

こうして家族が見守ってくれる、そうさせてくれたのはあなたの支えがあってこそ。あなたには感謝してもしきれません。

青木様、どうか黒森峰学園艦の警察官になるという夢を叶えてください。私で良ければ、何度もお力になります。

 

――それでは、大会にいってきます』

 

――

 

「いよいよか」

 

 赤井の一言。

 あっという間に大会が訪れ、当然のように決勝戦まで突き進み、晴天の下で青木と赤井が、そして西住家が観客席にどっしり腰掛ける。どこか遠い会場を映し出している特設モニターは、敵を撃破したばかりのまほのティーガーIを、岩陰に潜んでいるダージリンのチャーチル(手紙で何度も書かれたので覚えた)を、残り一両の敵戦車を映し出していた。

 赤井が、まるで呼びかけるように呟く。青木は、無言でモニターを見つめているしかない。砲撃が激しい頃は観客席も賑やかだったものだが、今となっては沈黙だけが支配するだけ。あとは勝ち負けで今後が決まる。

 頼む――

 青木は、歯を食いしばる。手を握りしめる。爪が肌に食い込むが、もはや手を解く余裕すらもない。

 赤井も、両肩で呼吸するほど静まるしかない。逸見エリカのティーガーIIは既に白旗だが、それでも赤井は大学選抜チームを見守ってくれている。それが力になると思っていたし、心の底から嬉しかった。

 

 その時、チャーチルが動いた。

 その時、敵戦車の砲が動いた。

 

 まずい。

 素人でもわかる。チャーチルは焦れて、先に動いてしまったのだと思う。敵戦車がその隙を逃すはずもなく、的確に狙いを定めて、

 まほのティーガーIが、敵戦車前を全速力で通りがかった。

 主砲が、まほのティーガーIをぶち抜き吹き飛ばした。

 青木がまほの名を叫び、赤井が「あ!」と大声を出す。観客がどよめきを発し、一瞬にして粘ついた爆炎が風に払われたと思えば――チャーチルの主砲が、敵戦車の首根っこめがけ狙いを定めていて――

 

 

 ――これも全ては、支えてくれたみんなのお陰です。

 ――私達はこれからも仲間とともに、無限軌道を走らせていきますわ

 

 特設モニター越しから、まほとダージリンのヒーローインタビューをしばらく眺める。カメラのフラッシュが炊かれて、数々の質問を投げかけられ、青木がひと息つき、

 

「――おめでとうございます。まほは、立派にやり遂げましたね」

「はい。まほは、西住家の誇りです」

「お姉ちゃんは、日本一の戦車乗りだよ!」

「うん。僕もそう思う」

 

 赤井が、「うし」と背筋を伸ばし、

 

「……それじゃあ、そろそろ帰ろっか」

「そだな。逸見さんも、カッコ良かった」

 

 一同が、そっと席から立ち上がる。名残惜しいし、まほとも会いたいが、いまは戦車道履修者たちが喜びを分かち合う時間だ。

 それでいいと、青木は思う。

 赤井も、「エリカ」と嬉しそうに呟く。

 しほも、みほも、常夫も、どこか疲れたような、けれども明るい表情を露にしている。

 夕暮れ模様すらも、もはや心地よい。

 ――それじゃあ、またあとで。

 青木が、モニターから背を向けようとして、

 

 まほが、ドックタグを高らかに掲げていた。

 

 カメラのフラッシュが、またたく間に殺到する。ダージリンが、赤いスカーフをそっと撫で始める。

 かっこいいな、ほお、まほさーん、携帯出せ携帯――観客がそれぞれの反応を示す中で、青木は、そっと息をする。

 

 暑くなかったら、ミリタリーコートを着ていたのに。

 

 そう思う、ほんとうにそう想う。まほは誇らしく口を曲げていて、堂々とドックタグを見せて「くれていて」、僕は頷くことで応える。

 

「青木さん」

 

 しほから、そっと声をかけられる。

 

「わたしは、とても幸せです」

「僕もです」

 

 大会が終わる、今日という空が暗くなってくる。

 余韻を引きずったままで、青木と赤井、そしてしほとみほと常夫は、それぞれの帰路についた。

 

 

「――なんで?」

「何だ? その、迷惑、だったか?」

 

 もちろん、青木は首を横に振った。

 青木があっけに取られている理由はといえば、「全国大会の優勝者」である西住まほが、「日本一の戦車乗り」となった西住まほが、「この後いろいろ忙しいはずの」西住まほが、キャリーケース片手に、青木のお宅へと訪問してきたからである。

 それ故に、青木は間抜け面を晒していた。頭の中が真っ白になりかけた。ただなけなしの理性は残っていたらしく、迷惑ではない、という意思は伝えられた。

 

「それは、良かった」

「うんまあ良いんだけれど、その、いいの? ここに来ても。色々と忙しいんじゃないの? 祝勝会とか」

「まあ、それもあるにはあるんだが、」

 

 瞬間、まほが少しだけうつむく。頬を赤らめ、口元をへの字に歪ませて、

 

「――お前に、会いたかったから」

 

 上目遣いでそう言われては、青木なんて木っ端微塵に砕け散るしかなかった。

 

「……あ、そ、それは、その、ありがとう」

 

 後ろに控えている母は、いったいどんな顔をしているのだろう。

 チャイムが鳴り、「電話を取って、まほの声を聞いたであろう」母は。

 

「それに、な」

 

 ふう。まほが、ため息を付き、

 

「チームメイトが、彼氏に会いに行かないんですかって急かしてきてな」

 

 うわ。

 

「祝勝会に参加するつもりだったんだが、その、『ここは私達に任せて隊長は先に行ってください!』って言われて、な」

「なんか、そういうの良いね」

「ああ、だな」

 

 そうして、まほと目があった。

 星になったはずのまほが、青木の目の前にいる。このどうしようもない事実が、たまらなく嬉しい。

 

「青木」

「うん」

「――やったぞ」

「うん。本当に、本当にカッコ良かった。おめでとう、まほ」

 

 もう、たまらなくなって、

 青木は、まほのことをそっと抱きしめる。今この時だけは、まほの身は自分だけのものだ。

 ――まほが、青木の背中めがけそっと手を回す。吐息が、首にかかる。

 たとえ日本一になろうとも、まほは女の子だ。身長が一回りだけ控えめの、ひと一倍我慢強い女の子なのだ。

 だから青木は、男としてまほを癒そうと決めた。身も心も、肯定し続けると決意した。抱擁してまほを笑わせられるのなら、永遠に続けるつもりでいる。

 

「まほ」

「うん」

「……これからも、僕は君を応援する。プロになっても、ずっと」

「ありがとう」

 

 そのままでいたかったけれど、

 

「あ」

 

 青木から、腹の音が鳴った。

 めちゃくちゃ恥ずかしくなって、たははと苦笑してしまった。

 

「――夕飯、とらないとな」

「そうだね」

 

 そっと、まほから距離をとる。「離れる」ではない、あくまで「とる」だ。

 心の中で、青木はそう思う。

 

「まほちゃん」

「――はい、おばさま」

 

 振り向く。

 母は、ほんとうに上機嫌そうに微笑みながら、

 

「今日、泊まってく?」

 

 すごいことを口にした。

 まほが「え」と反応し、青木が「は」と吐く。

 

「はるばるここまで来てくださったんですもの、よかったらどう?」

「……いいんですか?」

「もちろん」

 

 母が、当然だとばかりに言う。

 父が「どうしたんだ」とリビングから首だけを覗かせてきて、「おお、まほちゃん」と喜色満面の笑みで近づいてきた。

 

「こんばんは、おじさま」

「こんばんは。いやあ、息子に会いに来てくれたのかい?」

「はい」

「そっかー。……この野郎、いい彼女に巡り会いやがってぇ」

 

 父から背中をばしばし叩かれ、青木はあえて「ってー」と悪態をつく。それを見てはまほがくすりと笑い、母は受話器を取って、

 

「あ、もしもし西住さんのお母さんですか? あ、いつもお世話になってますー」

 

 瞬間、青木とまほの視線が母に集中する。

 ――母の言う「いつもお世話になってます」というのは、挨拶でもあり事実だ。何度か、しほとは顔を合わせたことがある。

 何せ青木は、まほにプロポーズしたのだ。そうなれば親子同士の挨拶は必須であり、コミュニケーションも必然と発生する。戦車道のことをよく知らない母だからこそ、しほに対しては「善き普通の奥さん」として対話が出来たし、しほの方も「まほと青木君はですね」と共通の話題で繋がることが出来た。

 恋バナとなれば「私の若い頃は」が飛び出るのも理であり、それで盛り上がり合うのも大人の条件であって、父も常夫もお酒片手にやんややんやしたものである。残念ながらみほは不在だったが、いずれは紹介する機会があるだろう。

 そういった過程があって、母はしほに対し、楽勝に電話をかけられるのだ。

 

「はい、実はまほちゃんが家に来まして。……それで、よければ一緒に夕飯をとって、泊まってはいかがですかと提案したんです。……はい、ああ、良いんですか? ありがとうございます。ああいえ、いえ、こちらこそ息子がいつもお世話になっています。今日一日は、まほちゃんのことはお任せください。はい、そちらもお疲れ様です。はい、失礼しました」

 

 がちゃん。

 スムーズに母同士の会話が終了し、青木めがけ母が顔を向け、無言で親指を立ててきた。

 やめてほしい。

 

「じゃあ、今日はカレーにしないとね」

「いいんですか?」

「もちろん! 今日はまほちゃんが日本一になったんだから、たっぷり用意するわ!」

「お、いいねー母さん。俺も手伝うよ」

「お父さんはテレビでも見てて」

「へーい」

 

 そうして父が、青木の肩に手を乗せて、

 

「……よかったな」

「……まあね」

 

 苦笑いしてしまう。

 

「まほさん」

「はい」

「今日はお疲れでしょう。ここをあなたの家だと思って、ゆっくりしてください」

「ありがとうございます、おじさま」

 

 そうして父が、鈍足な動きで、リビングへと立ち去っていった。

 

「さーて、腕によりをかけなきゃね」

「手伝います」

「いいのよ別に、疲れているでしょうし」

 

 まほは、小さく首を横にふるって、

 

「花嫁修業が、したいんです」

 

 ぎこちなく破顔させながら、まほはきっぱりとそう言った。

 ――母の顔が、全くもって上機嫌そうに明るく染まる。

 

「わかったわ。じゃあ、お手伝いをお願いしちゃおうかな」

「はい、おばさま」

「――男の僕は、テレビでも見て待ってるよ。今日の大会のニュース、やってるかな」

「恥ずかしいな、インタビューが放送されるのかな」

「されるんじゃないかな。『あの』ポーズも放送されるだろうね」

「うわ、やめてくれ。見ないで欲しい」

「やだよ、まほの晴れ姿を見逃すなんて嫌だね。――とうさーん、今日のニュース録画してー」

「あいよー」

 

 まほが、「まったく」と鼻息をつき、そして笑う。

 ――この瞬間、青木は思った。ひとまず、終わったんだなって。

 

「まほ」

「うん?」

「僕も、警察官になれるように、頑張るよ」

 

 まほは、ひとつ、ふたつ瞬きを重ねて、

 

「ああ、応援する。お前の尊い夢は、私にとってもかけがえのないものだ」

「ありがとう」

「守ってほしい。私の愛した母校を」

 

 それを言われて、青木は「んー」と唸り、

 

「それなんだけどさ、実は、」「まほちゃん、エプロンつける?」

 

 被った。まほの視線がまたたく間に母へ向けられて、まほは「はい」と即答する。

 ――まあ、別の機会に話そう。まほにとって、マイナスなことを抱えているわけではないし。

 

「じゃ、待ってるよ」

「ああ。私のマウス級カレーを食わせてやろう」

「やった」

 

 そうして、まほと母が台所へ姿を消していく。

 背中を見届けた青木は、「さて」と気分を取り直し、リビングめがけ早歩きで進んでいく。今日のニュースは何としてでも見届けなくてはならない。

 

 ――その後はもちろん、青木の部屋にまほを招待して、今日の出来事を述べあい、気づけば抱きしめあっていた。

 そっとキスを交わし、青木とまほは共に眠りにつく。

 

 

差出人まほ 青木様宛て

『こんにちは。喜びのあまり、乱文になってしまっているかもしれませんが、今回だけはご了承していただけると幸いです。

私はやりました、大会で優勝しました。嬉しい、を越えた表現ってどう書けば良いのでしょうか。わかりません。

何だか実感が湧きませんが、ヒーローインタビューも受けましたし、ダージリンからは『まあ、あなたのお陰ですわね』とぶつくさ言われましたし、あなたと抱きしめ合いました。

ですから、間違いなく現実です。

ここまで来れたのも、すべては今の自分が居るからこそ、そしてみんなのお陰です。前の私のままでしたら、この目標を達成できたかどうかは……。

まったく想像できません。あなたとの出会いがない人生を考えるだけで、寂しい気持ちになります。それほどまで、あなたの存在は大きいのです。

ここまで付き合ってくださったこと、本当に感謝しています。これからも、共に歩んでいってください』

 

差出人青木 まほ様宛て

『こんにちは。この前の大会は、本当にお疲れ様でした。

西住流が、あなたが日本一の戦車乗りになれた時、自分は最高に喜びました。録画したニュースは、永久に保存するつもりです。

あなたをここまで支えられたこと、そしてあなたに恋することが出来て、自分はとても幸せです。だからこそ自分は、必ず警察官になってみせます。

――このことについてなのですが、大切な話があります。前は話しそびれてしまいましたので、次に直接出会える時に話したいと思います。

悩みなどではなく、単なる決意表明ですから、重く考えなくても大丈夫です。ただ、あなたと直接伝えたいだけです。

都合はあなたに任せます。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました』

 

 

 女子大における昼食後はといえば、戦車道の授業と相場で決まっている。

 

 大学戦車道全国大会で優勝は果たした、しかしこれからも歩みは止まらない。慢心せぬよう、初心を忘れないよう、逸見エリカは今日も無限軌道を回していく。

 ――しかし、今日の試合結果は「負け」だ。試合相手はダージリン派、まほ曰く「これで勝率は五分五分になってしまった」とのこと。

 互いにありがとうございますと一礼を交わし合い、その後の反省会の為にうんと背筋を伸ばす。ダージリン派の雰囲気は上機嫌そうで、まほ軍は「次は勝つ」と不屈の炎を燃やしている。

 その一方で、エリカは顎に手を当てていた。

 

 ひょっとしたら、今回の敗北の原因は、自分にあるのではないかと。

 舞い上がってしまっていたのではないのかと。

 

 何も、優勝の余韻にノっていたわけではない。優勝もまた飲み込むべき結果であり、いつまでも縋ってはいけないものだ。戦車道は、西住流は前に進むべきものなのだから。

 じゃあ、何かといわれれば――

 

「エリカ」

「はい」

 

 あやうく舌が空回りするところだった。

 まほから声をかけられ、平然とした調子で視線を向ける。

 

「今日のお前は――」

「はい」

「なかなか、いい動きをしていた。重戦車ならではの勇猛果敢さを、粘り強さをよく体現しきっていた」

「あ、ありがとうございますッ!」

 

 頭を思い切り下げる、同時に「ああ」と思う。

 

「お前は最後まで生き残り、そして全力で負けることが出来た。今回のMVPは、間違いなくお前だ」

「感謝します」

「こちらこそ……しかし今日は、本当に凄かったな。何か秘密特訓を? それとも、本かなにかを?」

「あ、それは」

 

 たぶん、パンツァーハイになっていたからだろうな。

 言ってしまってもいいのかな。

 まほの目を見つめる。その瞳はエリカのことを射抜いていて、是非教えてほしいと問うていた。

 ――まあ、いいか。いずれ知れ渡ることだから。

 

「実は今日は、コンディションが最高だったんです」

「ほう? 何かいいことでも?」

「ありました」

 

 きっぱりと。

 

「私、じつは」

「ああ」

「私、そのー、実は……」

「うん」

 

 途端に、恥じらいの感情が全身から溢れ出てくる。頬なんて人差し指で掻いてしまっていたし、視線も斜めに逸れっぱなしだ。まほは「うん?」と唸るが、今だけは許してほしいとエリカは思う。

 

「実は」

「ああ」

 

 晴れ空の下、エリカは思いっきり息を吸い込み、

 

「大学を卒業して、プロになったら、赤井と結婚することに決めたんです」

 

 晴天のもと、エリカははっきりと告げた。

 

「――え」

「あ、あはは……まあ、そういうことになりまして」

「ほ、本当なのか? そうなのか?」

 

 どうやら、思った以上に声が響き渡っていたらしい。

 恋バナの空気にアテられた女子大生達が、こぞってエリカに近づいてくる。マジとか、本当とか、やーじゃんとか、おんめでとーとか、それぞれの反応が乱射されていく。

 肝心のまほはといえば、変わらずの真顔だ。しかし声は、震えに震えきってしまっている。

 無理もないな、と思う。

 「赤井の家で」プロポーズされた時、自分もそうだったから。

 

「……本当です。だからこそ、絶対に負けられないと張り切ってしまいました」

「なるほど」

「それで、手ごわかったわけですのね」

 

 ダージリンが、平然とした表情で乱入し始める。ダージリン派もきゃあきゃあ言っていて、恋とは垣根が無いんだなあと実感する。

 

「おめでとうございます、逸見さん。恋する乙女同士、喜んで祝福しますわ」

「ありがとうございます、ダージリン先輩」

 

 ダージリンも、れっきとした恋愛乙女である。時折「この前はあの人と食べに」なんて話も聞くし、交際は順調のようだった。

 目の前にいるまほだって、そうだ。

 

「そうですか、卒業したらご結婚を」

「プロになれば、ですが」

「確実でしょう、優勝を果たしたのですから」

「妥協はしませんよ」

「さすが」

 

 紅茶を片手に、くすりとダージリンが笑う。

 

「私も、負けてはいられませんわね。私も逸見さんと同様、プロになってからご結婚をする予定ですし」

「なるほど」

 

 エリカがうんうんと頷く。やはり戦車道履修者同士、考えることはほぼ同じらしい。

 ――まほが目に入り、

 

「――隊長も、プロになってから、その、ご結婚を?」

「私か」

 

 あれ。

 まほの真顔が、未だに解かれていない。何だかんだで、笑う時は笑える人なのに。

 

「私は残念ながら、少し遅れそうになる」

「そうなんですの?」

「……ああ」

 

 やっべ、地雷踏んだかもしれない。

 エリカは、心の奥底でそう思う。

 

「青木は、警察官を目指していてな」

「はい、知っています」

「だからこそ、大学を卒業した後は、数ヶ月ほど警察学校に入らなければいけないんだ」

「――なるほど」

「私はプロに、青木は警察官に。この二つの夢が叶ったあとで私達は、その……」

 

 瞬間、まほの顔が瞬間沸騰する。視線が、ちらちらと地面に寄せられる。内股になってしまっていた。

 

「け、結婚をする予定、でな? だからその、少し遅れてしまう」

 

 ダージリンがうなずき、紅茶をひと口。

 成る程と、エリカは思考する。結婚は、いわゆる「ゴール」というわけだ。

 

「あ、ああ、別に不満があるわけじゃないからな? こういうことは、最後にとっておいたほうがいいだろう?」

「はい、私もそう思います」

「同意しますわ。――こんな格言を知ってる?」

 

 聞き慣れた前振りに対して、まほが「なんだ」と口にする。

 

「寝床につく時に、翌朝起きることを楽しみにしている人は幸福である。スイスの法学者、カール・ヒスティの言葉ですの」

「ほう」

「あなたは、人生を長く楽しむことが出来るのね」

「……そうか、そういう捉え方もあるか」

 

 ダージリンが、にこりと微笑む。

 その言葉を聞けて満足出来たらしいのか、まほも首から下げたドックタグを軽く握りしめていた。

 

「やっぱりお前は、私の生涯のライバルだ」

「褒め言葉をどうも」

 

 どうやら、気まずい空気はお流れになったらしい。

 恋バナに明け暮れる女子大生たちも、ダージリンのことを、まほのことも、そして自分に対しても「式には呼んでくださいねー」と笑ってくれていた。

 もちろんだとも。エリカは、ほっと肩をなでおろし、

 

「隊長」

「うん?」

「――一緒に、プロになりましょうね」

「ああ」

 

 まほは、にこりと返してくれた。

 ――頑張れ、青木さん

 

 戦車の回収も終わり、あと少しで反省会が行われる。

 私はこれからも戦車道を通じて人生を学び、そして必ず幸せになってみせる。

 

――

 

 気づけば、もう週末だった。

 つまるところがまほと出会える日で、青木が無駄に早起きする時間帯でもある。何度もデートしているはずなのに、ちっとも慣れやしない。

 まあ、いいのかなと思った。それだけ、まほのことが好きという証明に繋がるのだから。

 

 上半身のみ起こして、役目を果たせなかった目覚ましを片手にとってみる。時刻は朝の六時半。

 目覚ましの機能をオフにして、下半身をベッドに預けたままで鼻息をつく。これだけ早くに起きれたのも、浮かれているからか、今日伝えるべき事に緊張してしまっているからか。

 まほと会うのは、昼頃だ。あと六時間もの猶予があるが、脳ミソはギンギラに覚醒してしまっている。二度寝なんて出来そうにもない。

 ――仕方がない。

 身も心もほぐすために、少し走ってみるとしよう。この習慣は、黒森峰学園に通っていた頃とまるで変わっていない。

 

 □

 

 ジョギングし終えて、朝のニュースを見ながら朝食をとり、母と父からは「頑張ってこいよ」と軍資金を手渡される。毎度「いいからそういうの」と断っているのだが、父はカッコつけて奢れとやかましいし、母に至っては「相手はお嫁さんになるんだから、全力で交流しなさい」だ。母だけに、その言葉が重い。

 そうして、今日も今日とて軍資金を受け取る。11時になれば家から出て、父と母から見送られる。

 

 まほは、少し遠くから電車で来てくれる。集合場所は地元の町中で、食うにも買うにも遊ぶにも不自由はない。

 駅にたどり着き、腕時計を眺めては「11時半か」と呟く。既に調子は出来上がっていたし、気温も暖かい。天候にも恵まれている。

 ――あとは、男気を見せるだけだ。

 自分はまほに対して、とあることを伝えなければならない。夢のちょっとした変更を、どう考えても正しい自分の決意を。

 

「青木」

 

 親の次に聞き慣れた声が、青木の耳に届く。

 改札口の向こう側から、まほが手で挨拶を返してくれていた。

 

 □

 

 十二時になって、早速とばかりに行きつけのカレー店へ寄る。数年前に見つけた個人経営のカレー店で、名前を「電光堂」という。

 初めて口にした時は、青木もまほも「うまい」と絶賛した。それには店主のおじさんも喜んでくれて、それ以降は行きつけのカレースポットとして活躍中である。

 入店し、店主のおじさんから「いらっしゃい、また来てくれたんだね」と微笑まれる。青木は「どうも」と返して、いつもの相席へ腰掛けた。

 店主が近づいて、お冷を二人分置く。続けて注文を問われ、数秒だけメニューを覗いた後に「チーズカレーで」「それでは、私も」。

 店主が「かしこまりました」と調理し始める。そうしてまほとは見つめ合う形になって、

 

「聞いてくれ」

「何?」

「逸見のやつ、卒業したら赤井さんと結婚するらしい」

 

 青木が、上機嫌に笑ってしまう。

 

「赤井の奴から聞いた。まったく、幸せ者だなあいつは」

「ああ。……ダージリンも、卒業後は結婚するつもりらしい」

「へえ、ダージリンさんも」

「ああ。だから、一番遅く結婚するのは、私達ということになるな」

 

 青木は、申し訳なく、重く鼻息をつく。

 

「ごめん。警察学校を卒業するまでは……」

「いや、いいんだ。お前には、黒森峰学園艦の警官になるという崇高な夢があるんだから」

「まほ」

「私は、そんなお前を尊敬している。だから気にするな、私とお前は文通で繋がれるんだからな」

「――そのことなんだけどね」

 

 え。

 微笑んでいたはずのまほが、あっという間に無表情と化す。

 

「そのことで、ひとつ伝えなければならないことがあるんだ」

「それは?」

 

 別に悩みでもないのに、まほを傷つけるわけでもないのに、血液ごと身体が熱くなっていく。意識が緊張で強張る。

 ――恥ずかしいんだろうな。

 けれど、話さなければならない。まほの為にも、そして自分のためにも、何としてでも告げなければならない。

 

「――それは」

 

 夢の、変更を、

 

「伝えにくいのか? 焦らず、ゆっくり、水でも飲んでみろ」

「うん」

 

 本当の夢を、

 

「ふう、少しすっきりした、かな」

「それは良かった。……それで、何だ? 何か問題でも?」

「問題ってわけじゃないんだけれどね。その、決意表明というのか……」

「なるほど」

 

 叶えたい夢を、

 

「聞かせて欲しい。今度は、私がお前を支える番だ」

 

 口にすべき決意を、

 

「まほ」

「ああ」

「僕は、黒森峰学園艦の警官になるのをやめる」

「――え」

 

 まほに、伝えたいから。

 

「黒森峰学園艦のことは好きだ。あそこには沢山の思い出があって、君というかけがえのない人と出会えた。だからこそ、あそこを守りたいという気持ちが、あった」

「あった……?」

「うん。僕は、夢をほんのすこしだけ変える」

 

 まほが、か細い声で「すこし?」と返す。自分は、心の底から笑ってみせて、

 

「本土の警察官に、なる」

「――どうして?」

「それはね」

 

 まほに、じっと目を合わせる。

 まほの瞳は、まるで水面のように揺れている。動揺しているのか、顔は無そのものだ。

 仕方がないと思う。だって自分は、前から散々、ハードルが高き黒森峰学園艦の警察官になりたいと告げてきたから。

 

「それは、」

 

 けれど、考えたのだ。

 学園艦は、遠い遠い世界だから。そこに居る限り、まほとは離れ離れになってしまうから。

 ――だから、

 

「警察としての仕事を終えたあとは、君のもとへ帰りたいから」

 

 青木は、叶えたい夢を叶えることにした。

 伝えるべき事柄はこれだけだ。青木にとってはとても重要なことで、必ず伝えなければならない意思だった。

 

 そして、これだけのことを聞いて、まほは小さく口を開けた。

 カレーの匂いが、透き通るように伝わってくる。店主の視線を、強く感じる。その中で、まほはいつまでもいつまでも無表情でいて、音もなくうつむいて、

 

「いいのか?」

「君がいてこその、僕だ」

「……そうか」

 

 しばらくはそのまま、

 

「そうか」

 

 まほが、そっと顔を上げて、

 

「――ありがとう」

 

 西住まほという僕の星が、この地上で涙を流してくれた。

 笑いながら、迷惑をかけないよう静かに。

 ――まほは、ドックタグを抱く。

 まほの感情を、思う存分溢れさせよう。

 これからも自分は、まほと共にいる。

 

 このあとは、店主が半額でチーズカレー大盛りを提供してくれた。おめでとう、そう告げて。

 

――

 

「――これからも西住まほさんは、青木さんとともに、道を歩んでいきますか?」

「はい」

 

 広々とした式場の中で、牧師役の赤井エリカが満足げに笑う。

 

 私が日本戦車道のプロリーガー選手となって数ヶ月、青木が本土の警察官に就任して数日が経つ。互いに、夢が叶ったのだ。

 それからは、もうあっという間だった。

 青木から指輪を手渡された瞬間、私はいてもたってもいられずに結婚式の予定を組んだと思う。まさに電撃だ。

 

 やっぱり自分は、西住の血が流れ込んでいるらしい。

 それが、今となっては迷いなく誇らしく思える。

 

「これからもずっと、青木さんを愛し続けると誓いますか?」

「――誓います」

 

 西住まほとして生まれたからこそ、私はここにいられるのだから。

 

「青木さん」

「はい」

「――青木さんは、これからもずっと、西住まほさんを支えていきますか?」

「支えます」

 

 西住まほだからこそ、この人と出会えたのだから。

 

「……これからも、西住まほさんを愛し続けると誓いますか?」

「誓います」

 

 青木と目が合う、笑ってくれる。

 本当に、ほんとうに長い人生を歩んできたと思う。あっという間だったと、実感した。

 

「それでは、誓いのキスを」

 

 向き合う。

 ――感じる。たくさんの視線が、私に降り注いでいるのを。

 

 私の自慢の妹であるみほが、

 私の尊敬するお母様が、

 私の背を押してくれたお父様が、

 私の言葉に頷いてくれるおじさまが、

 私の事を受け入れてくれたおばさまが、

 私の生涯のライバル、ダージリンが、

 私の大切な仲間たちが、

 私の友人、赤井さんが、

 私の親友、エリカが、

 

 私の愛するひとが、わたしのことを見守ってくれている。

 

 私はきっと、もう独りでは生きられないだろう。

 それが、心の底からたまらなく嬉しい。

 

「青木」

「まほ」

 

 見つけたぞ、私の戦車道を

 

――

 

 

 みほが大洗女子学園へ転校して、数日が経った。

 私は西住流を継ぐ女として、みほの救助活動を称賛したりはしなかった。けれど一方で、非難したりもしなかった。

 それは、私がみほの姉だから。みほは人として、立派な役目を果たしたから。だからこそ私は、沈黙というごまかしの立場をとることしか出来なかった。

 

 ――そこまでして私は、西住の女を貫き通したいのか。姉という唯一無二の立場で、妹を褒めることすらできなかったのか。

 

 みほが転校して以来、私はずっとずっと自問自答してばかりいる。時折、誰かに相談したりもしたかった。

 けれど私は黒森峰戦車隊隊長で、西住流の後継者だ。みほの行いを肯定し、それを口にしようものなら、黒森峰戦車隊に迷いが生じてしまう。

 だから私は、これからも一人で、この疑問を抱え続けるのだろう。だめなお姉ちゃんにはぴったりな罰じゃないか。

 

 けれど、

 

「みほ」

 

 放課後の格納庫で、私はみほの戦車に手を触れていた。

 こうする理由は、間違いなく未練だ。私の元から離れていってしまったみほに対しての、どうしようもない謝罪行為だ。

 この行動も、ずっとずっと繰り返していくのだろう。私は、ほんとうは妹想いの姉だから、みほのことが愛しているから、

 何を今更、か。

 みほの戦車に接したまま、私はうつむく。そうして、同じことばかりを思考していく。

 

 その時、外から音が聞こえた。

 

 なんだろうと、私はグラウンド方面に目を向けてみれば――ジャージ姿の男子と、目が合った、気がした。

 男がいても、別に不思議ではない。黒森峰学園のグラウンドは広く、男女共有の名目でよくよく利用されるケースも多い。体育の授業は決して被らず、おいそれと男女で接触したりはしないが。

 ――走り込みをしているのか。偉いな。

 少しばかりそう思う。そして、私のようになるんじゃないぞと、自虐的に思考する。

 

 さて、そろそろ帰ろう。

 

 □

 

 戦車道を歩み終え、私はひとり、帰路についていた。

 

 紫がかった夕暮れの下で、なるだけ今後の戦車道について考えようとするのだが――そのたびに、みほの顔がちらついて離れない。

 仕方がない必然だと思う。みほも戦車道履修者であり、かけがえのない仲間であって、私の妹なのだから。

 これもきっと、受けるべき罰なのだろう。血が繋がっているからこそ、納得できる。

 すまない。

 そうして戦車道の思案をしていれば、もう寮の前だ。一区切りついた気がして、肩から呼吸する。

 まずは寮に入る前に、郵便ポストを確認する。鍵を使って私のポストを開けて、三つの白い封筒が目に入り、「ふう」と息をつく。

 

 また、か。

 

 三つの手紙を回収し、ポストの鍵を閉じる。あとはそのまま寮へ入り、自分の部屋へ入室し、三つの手紙と学生鞄を学習机の上に置く。

 さて。

 椅子に座り、一つ目の手紙――菊池智子の手紙を読む。

 

『こんにちは。私は戦車道履修者の、2-B所属の菊池智子です。

私は昔から戦車道に憧れていて、こうして今も歩み続けています。だからこそ、西住様のご活躍にはいつも感銘を受けてばかりです。

私は二軍ですが、いつかは一軍に昇格して、西住様の戦車道を支えたいと考えています。

去年は惜しくも優勝を逃してしまいましたが、今年は絶対に優勝できるよう、応援します。

西住様、頑張ってください!』

 

 やっぱり、か。

 私の元には、よくファンレターが届く。大抵は西住流を称えるものだったり、私個人を評価するものだったり、時には男子からもメッセージが届くことがある。よく見ているものだ。

 返信はする、するが、大抵は同じようなお礼の文章を書くことが多い。最初こそどうしていいか悩んだものだが、今となってはすっかり慣れてしまった。

 返信をし終えた後は、もう一度だけお礼の手紙が届いてくるか、或いはそのまま終了、というケースが多い。黒森峰学園艦には生真面目な人間が多いから、あまり馴れ馴れしくしないように配慮してくれているのだろう。

 今は、それがありがたいと思う。

 今は、私の中は一杯一杯だから。

 

 二つ目の手紙――桜坂舞香の手紙を開く。

 

『こんにちは。私は黒森峰女学園3-A、茶道を歩んでいる桜坂舞香といいます。

私は戦車道履修者ではないのですが、あなたのご活躍はいつも拝見させていただいています。

力強く、決して妥協しない、真の大和撫子を体現するそのお姿は、まさに私の憧れそのものです。手本にさせていただいています。

道は違えど、私はあなたのファンです。これからもどうか、西住流の名を広めていってください。

応援しています』

 

 ――ありがとう。

 小さく、そう呟く。そして、「でも、私のようにはなるな」と口にする。桜坂には、流派よりも肉親を選ぶような、そんな情が深い人になって欲しい。

 

 西住流は、私の全てだ。

 これからも、繁栄を築いていくつもりでいる。

 だからこそ、妹を見捨てることが出来てしまった。

 

 ため息をつく。

 そして、三枚目の手紙――名前からして、男からだろうか。

 まあ、今となっては珍しいものでもなくなった。男女の隔てなく、西住の名が有名になる事は、実に喜ばしい。

 ……喜ばしい。

 

 そして私は、手紙を開いた。

 

『初めまして、このたびは突然のお手紙を差し出し、まことに申し訳ありません。

僕は黒森峰学園3-B組の青木といいます。

黒森峰女学園の戦車隊を率い、勝利を得ていくその姿は、まさに黒森峰学園艦の英雄であり、憧れの象徴です。尊敬しています。

西住流という誇り高き血を守ることは決して簡単ではないでしょう。だからこそ、適度に息抜きをしてください。

ご自分のことを最優先に考えることは、けして悪いことではありません。これからもどうか、ご自愛ください。遊んでください。

貴重なお時間をとらせていただき、本当にありがとうございました』

 

 わたしの目が、またたく間に釘付けになった。

 これは確かに、ファンレターではある。西住流のことも、称賛している。

 ――けれど、

 この手紙は、西住流「よりも」私の安息を求めている。遊んでくださいと、はっきり書けてしまっている。自分のことを最優先に考えてもいいと、そう教えてくれている。

 こんな、こんなファンレターは「はじめて見た」。

 何度も一から、読み直してしまった。

 

 己のことよりも西住流を、黒森峰戦車隊隊長という義務を抱えていたからこそ、私は甘えに縋ることができなかった。してはいけないと、自分に言い聞かせていた。

 だから私は、妹に対して沈黙を貫くことしかできなかったんだ。

 

 けれど、でも、

 

 第三者からこう言われるだけで、こんなにも安堵を覚えるなんて。保証されるだけで、自分の中の本心が溢れ出そうになるなんて。

 

 青木――

 

 わたしは慌てるように、シャープペンを手にとった。急いで返信しないと、そう思えてしまえたから。

 

 わたしの心が、躍り始めた気がした。

 

 

 

 

 




これで、まほのメタルな誕生日企画はおしまいです。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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