章のタイトルは軽いですが、今回の話は結構シリアスです。
ここがマートルの第一の分岐点だったりします。
栄えている筈なのだが、何処か空気の重い街並み。いや、これは気分のせいなのかもしれない……。段々と天気まで悪化してきて、街全体が私達を食べてしまいそうな恐ろしさがこの街にはあった。
ここはリトル・ハングルトン。私は早朝から我が君に「行くよ」とだけ、告げられて何が何だか分からないままに電車とバスを乗り継いでここまでやって来た。我が君の雰囲気がピリピリしているので、ナギニも私の服のポケットに入っていて、ずっと無言な状態が続いていた。
「……ここは僕が産まれる筈だった場所だよ。」
唐突にそう告げた我が君は何処か遠くを見つめて何だか寂しそうに見えた。
「今から、とある人物に話を聞いてくるから、ナギニとそこで待っていて。」
そう言ってさっさと先に歩き出してしまった我が君に戸惑ったが、何故か彼を1人にしてはいけない気がした。ナギニと相談した結果、意見が一致した私達はこっそりと我が君の後をつける。
我が君は迷わずにスイスイと道を進んで行き、やがて1つの家の前へと辿り着いた。その家はボロボロで、今にも潰れてしまうのではないかと思ってしまう、粗末な物だった。
我が君がノックと共に来訪を伝えるが、中からは誰も出て来ない。もしや不在かと思ったが、それでも我が君は中へと来訪を伝えるのを止めず、やがて中からずんぐりとした男が出て来た。男は髪はボサボサで顔が碌に見えず、服は継ぎ接ぎだらけて不清潔であった。お世辞にも良い暮らしをしていないだろう男に我が君が何の用なのだろうと遠くから観察していたが、家の中へと入って行ってしまい、流石にバレない距離を保っているので会話の内容は聞こえて来ない。
『主様、あんまり歓迎されてないみたいだね……。』
『えっ? 会話が聞こえるの?!』
『……マートルは聞こえないの??』
そうか、蛇は視覚と触覚が衰えた代わりに嗅覚と聴覚が良いのだった。ナギニに伝えて貰えば、2人が何を話しているのかが分かるかもしれない……。
『ナギニ、2人が何を話してるのか教えて。』
『うーんとね、主様は主様のお母さんの事が知りたいみたい。だけど、あの男の人、モーフィンさん? は何だから主様の事を馬鹿にしてて取り合ってくれないみたい……「あのマグルにそっくり」って、どういう意味かな?』
あぁ、そうだったのか。我が君と話しているあの男の人はモーフィン・ゴーント。我が君の母親であるメローピー・ゴーントの実の兄であり、我が君にとって叔父に当たる人物だ。確か我が君の父親と我が君は顔が似ていて、モーフィン・ゴーントは父親の事を嫌っていたために我が君にも辛く当たったのだったか…………!? いや、そんな事よりもマズイ!!
『ナギニ、急いでポケットに入って!!』
『え? うん、分かった。』
私はナギニがポケットに入ったのを確認すると、杖を懐から出して急いで駆け出した。間に合え! 間に合え!! 間に合え!!! 必死に祈りながら走るが現実は残酷な物で、バシッという音と共に男が床に倒れた音が聞こえた。我が君が失神呪文を男に浴びせたのだ。慌てて扉を開けて中へ入ると、男から杖と何か光るもの、恐らく指輪を奪った我が君は口の端を上げて男を嘲笑っていた。……これから行われる事を、私が止める事は出来ないだろう……。
「あそこで待ってろと言ったのに……。マートル、そいつを見ててね。」
「はい、我が君。」
すると、遠くに見える豪華な屋敷へと足を向けていた我が君が止まった。
「…………君は何も言わないんだね。」
振り返らずにポツリと呟かれた声に私もそのままの状態で答える。
「我が君の事は全部分かってますから、大丈夫です。」
「ふっ、何それ生意気……。」
少しだけ何時ものペースへと戻った我が君は、今度は止まらずに屋敷へと進んで行った。
『ねぇ、主様は何をしに行くの?』
空気を読んで黙っていたが、耐えきれなくなったであろうナギニが聞いて来る。私はその体をポケットの布地越しに撫でて優しく答えた。
『とっても痛くて辛くて、恐ろしい事よ。』
『えぇっ?! 主様大変! 助けに行かなきゃ!!』
ポケットとの中でジタバタ暴れ始めたナギニを宥めて、ポケットの中から取り出す。
『今は1人じゃないと駄目なの。……だから後でたっくさん、ほっぺたを舐めてあげてね。』
『うぅ、分かった……。じゃあ! マートルは主様の頭を撫でてあげてね!!』
『うん…』
『……マートル?』
ナギニがポケットから上手く服を伝って私の肩へと到達する。
『そこは、ほっぺたじゃ、ないわ……。』
『だって、マートル泣いてる……。』
目元を舌で舐められるのは、何だか擽ったくて。それがちょっとだけ可笑しくて、少しだけ元気が出た。
嘆きのマートルというゴーストを誕生させるのは阻止出来たが、私の力は未だ小さい。他の人の命を救う事など、まだまだ出来ないだろう。もしかしたら、捨て身になれば可能なのかもしれないが、私は私の身が最も大事なのだ。
自分の身の可愛さに、我が君にあんな選択をさせてしまった私に、今回は凄く失望しただけの話である。私は勇猛果敢なグリフィンドールでは絶対ないなと、どうでも良いが思った。
しばらくすると、屋敷の方から緑の閃光が見えた。私は慌てて残りの涙を拭いて、何でもない様に取り繕う。その後すぐにやって来た我が君は顔は笑っている筈なのに、何だか泣き叫んでいる様に私には思えた。
「そう言えば、マートルは記憶の修正が得意だったね。」
「え……まぁ、レイブンクロー生の殆どには魔法を掛けましたけど。」
「……カマかけたつもりだったけど本当に修正してたのか。しかも全員って……。」
「あっ……。」
してやられた。というか、このやり取りは何時もの我が君にしか見えないのだが……………………いや、そう見せているのか。なら、私も下僕としてそれに乗っておいた方が良いだろう。
「まぁ、それは置いておいて…………この男の記憶を弄れば良いのですね?」
「はぁ……そうだよ。内容は……聞かなくても分かるよね?」
「勿論です。何せ、我が君の事は全部分かってるんですからね!」
全部は嘘でも、少なくとも我が君自身よりかは分かってる自信がある。何せ私には原作知識があるのだ。
「またそれか……。随分と自身満々に言うね。何? 脅しのつもり?」
「いいえっ!! それはっ、それだけはっ、絶対に違います!!!」
こんな事で我が君と敵対したくない私は、それはもう必死に首を振った。
「はいはい、分かったから早く
「…………分かりました。」
この暴君!という気持ちを抑えて私は杖を男の頭に当てた。そして呪文を唱える。
「
〝自身は我が君の父親とその両親の合計3人を殺した〟という誤った情報を正しいと認識する様に魔法を掛ける。
「ん?」
男の記憶を整理していると、随分と比重の大きな記憶が存在した。気になって見てみると、そこには黒髪の綺麗な女の人が。何処と無く見覚えがある気がするのは原作知識の人物だからなのだろうか? だが、思い出せない。この人は一体…………
「どうした?」
「あぁいや、何でもありません。終わりました。」
「うん、どれどれ…………」
我が君が取り敢えずの確認のために杖を私と同じ様に、しゃがんで男に突きつける。すると、しっかり修正が成されていた様で1つ頷き顔を上げた。
「それじゃあ、こいつの目が覚める前に孤児院に行こうか。」
「はい、我が君。」
行きとは打って変わり、帰りのバスでは何かから逃れる様に私達は談笑して帰った。
我が君の指には、モーフィン・ゴーントから奪った指輪が嵌められ、黒く怪しい光を放っていた。
我が君が人を殺すのを、分かっていたがらも止められないマートル。我が君の心配はしますが、トム・リドル・シニアとその両親、モーフィン・ゴーントへの罪悪感は皆無です。
そして、マートルが生きているので分霊箱がやっと1個出来ました。マールヴォロの指輪です。これは真っ黒なダイヤ型の大振りの宝石の付いた指輪です。我が君はまだ知らない筈ですが、この石が死の秘宝の1つの〝蘇りの石〟で、指の部分は金色で蛇を象っているんですよね。
ところで話が変わりますが、オブリビエイトって相手に忘れさせるだけでなくて、記憶の修正も出来るんですよね。いやぁ、便利便利。