マートルの生存戦略   作:ジュースのストロー

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「休み明けまでにこの紙に保護者のサインを貰って来る様に、お願いします。」

学年末試験も終わり(私は成り代わる直前なので実質受けてないが)、クィディッチの試合も終わると皆が待ち通しかったであろう夏休みがやって来た。
そして先程の先生のセリフで大事な事を思い出した……いや、逆に何故今の今まで忘れていたのだという位にうっかり忘れていたのだが。

「私の家ってどこ……」

私が約半年の間、迷子だったという事が判明した瞬間である。








只今の場所は談話室。来たる夏休みに向けて各自自由に休みの事を話していた。

「夏休み楽しみー! 私、絶対遊びまくるよ!!」

いつもよりも数倍笑顔が眩しいエイミーは、それはもう嬉しそうである。

「宿題を忘れないで下さいね。」

「はっ! そんなのラスト3日で何とかなるよ。」

「言うだけじゃなくて、実現出来る所がコナーの凄い所よね。」

まぁ、私はボールペンを魔法で動かして作業するから、下手すれば半日で終わるが。

「休み中に手紙出すから皆も返事宜しくね。楽しみにしてるから。」

「実験のレポートで良いならいくらでも送るよ。」

コナーの返しにエイミーの顔が引き攣る。そんなエイミーには悪いが、私もコナーと同族である。

「是非、楽しみにしてるわ。私もレポート送るわね。」

コナーと2人で悪い笑みを浮かべていると、他2人が微妙な顔になった。実験は料理みたいで結構楽しいし、身のためになるのだが……。

「あ、ちょっと私先生に用事あるの。またね。」

そうして手を振って寮を出て向かうのは寮監の先生の所である。これから絶賛迷子中の私の状況を何とかしにいくのだ。
流石に先生に「私の親って誰ですか?」、「家は何処ですか?」と聞く訳にはいかず、ちょっとだけ搦め手を使い聞き出せないかと考えている。勿論、先生に魔法を使ったら後が怖いので、魔法は使わずにだが。

トントン

「先生、マートル・エリザベス・ウォーレンです。入っても宜しいでしょうか?」

すぐに聞こえてきた了承の返事で室内に入る。レイブンクローの寮監のメイヤール・イーディス先生は女性ながら闇の魔術に対する防衛術を務めている先生であり、キリッとした出来る女然としている。何年も科目を担当しているベテランだと聞いて、闇の魔術に対する防衛術の担当は呪われている(1年で必ず先生が辞める)というのは原作に限った話なのだと安心した覚えがある。
イーディス先生の部屋は、その性格を如実に表したキッチリとした内装で、本や資料がしっかりと系統分けされ、無駄なものがなかった。

「どうしました?」

先生が先程までやっていたであろう試験の採点を隠して私に問いかける。別に怒られているわけでもないのに、眼鏡の奥に見える鋭い目で問いかけられると自然と背筋が伸びた。

「あの、夏休みに書いておく保護者のサインなのですが…………」

ここで言い淀み、しばらく時間を掛けることにより、イーディス先生から何か情報を聞き出す。何か1つでもキーワードを出してくれたら、また他の質問も出来るのだが……。

「…………。」

イーディス先生は続きを促す様に腕を前で組んだ姿勢で待っている。どうやら真面目だからか、ちゃんと最後まで生徒の話を聞く先生の様で何も話さない。こうなったら次の手段に移るしかない。

「……保護者にサインを貰うのが厳しい場合はどうしたら良いでしょうか?」

その理由を言わずに質問したら、きっとイーディス先生も色々と勘ぐって私の家の事を話してくれる筈だ。逆にこれで理由を聞かれてしまうと適当に答えるしかないので拙いが、どうにかキーワードをくれないだろうか。

「それは孤児院の院長先生に問題があるという事でしょうか?」

孤児院! 私は孤児院出だったのか……。
親がいないのは成り代わった身としては楽かもしれないが、保護者がいないのは不安でちょっとだけ残念でもある。もしかしたら……が手に入るかもしれないと期待していたのに。まぁ、そう簡単にはいかないか。それに孤児院出なのは分かったが場所が分からない。……マグルで調べれば分かるだろうか。

「えぇっと、決してそういう訳ではないのですが……保護者イコール院長先生としてしまって良いのかが分からなくて……。」

「マートル……大丈夫ですよ。学校説明の時にお会いした院長先生はとても優しそうな方でした。マートルがお願いすれば、喜んでサインをして頂けるでしょう。」

優しく微笑んで頭を撫でられたが、何だかとても気恥ずかしくなってしまった。この先生はよくこうして頭を撫でて来るが、それが何だか母親の様でくすぐったくなる。すると余計に保護者のいない自分が惨めになるから、少しだけ私はこの先生が苦手だったりする。

「イーディス先生、ありがとうございます。院長先生にお願いしようと思います。」

「えぇ、良い夏休みを過ごして下さいね。」

「はい、失礼しました。」

バタンと扉が締まり、私は来た道を戻る。嬉しい様な悲しい様な、複雑な気持ちを誤魔化すために、気分じゃない口笛を吹いて廊下をスキップして寮へ戻った。





家なき子の方がマシ

 

ホグワーツ特急、マグルの蒸気機関車を当時の魔法省が借りパクして今に至るというとんでもない経歴の乗り物である。

赤のボディとホグワーツ特急と書かれた金の文字は、趣味の悪い魔法界にしてはセンスが良く、とても美しい。「特急」と名前に付く割に何も特別でない普通の列車なのだが、魔法族が珍しくもまともにマグル製品を使っている、とても貴重な物である。何せ魔法族がマグル製品を使うと、車が空を飛んだり、配管に蛇が住んだり、蛇口が秘密の鍵になったりするのだから驚きだ。

それに伴って9と3/4番線という特殊な駅のホームを入口にするのではなく、新しく別の駅を作れば尚良かったのだが、過ぎた事は仕方ない。マグルから隠すならもう少し上手くするべきだと思うのは私だけなのだろうか。駅へのゲート付近は感知阻害の魔法が掛かっていても、それまでに梟と大荷物を抱えた集団が通るのはとても目立つ事だろう。

 

「はぁ……。」

 

「大丈夫ですか、マートル。チョコレート食べます?」

 

「ありかとう、ルイス。頂くわ。」

 

ホグワーツ特急のコンパートメントをいつもの4人で占領した私達だが、その中で私は蛙チョコレートを脚から食べながらも気分は沈んだままだ。先程からグチグチと心の中でホグワーツ特急を馬鹿にしていたが、余計に惨めな気分になったので止める事にする。もうはっきり言ってしまおう…………そう、私は孤児院に帰りたくないのだ。

そもそもあの後、時間も無かったので未だどの孤児院が私の帰る家なのかは分からないのだ。私は不安で一杯である。イーディス先生はあぁ言っていたが、院長先生は本当に優しい良い人なのか? 生活環境は? ご飯はどれ位出される? 働く必要があるのか?? 疑問は尽きず、気分がとても重い。

 

先程から、珍しく沈んでいる私にルイスが気を遣ってくれているのは嬉しいが、それでも浮上しない気持ち。本を読むのも手に付かない私は1つ決心をした。

 

「よしっ!」

 

私がコンパートメントで急に拳を握りしめて立ち上がったのをポカンと見上げた3人に「ちょっと出て来る」と声を掛けて、さっさとコンパートメントを出る。廊下を通って、列車の最後尾まで来ると、扉を開けて外のデッキに出て魔法で服をマグルの物に変えた。

少し言い訳させて貰うと、この時の私はそれはもう余裕が無かったのである。だからこれは仕方ないだろう。私はそこで……

 

姿くらましをしてマグルの世界へ飛んだ。

 

勿論、そのまま帰る訳ではなく、ホグワーツ特急から生徒が1名行方不明何て事件を起こすつもりは毛頭無い。では何をしに行くのかと言えばそう…………孤児院を見に行くのである。

ホグワーツでは特殊な結界のせいか、姿くらましも姿表しも出来ない。だが、ホグワーツ特急では出来るのではないか? という考えのもと、やって来た私inマグルの世界。早速近くの役所にて孤児院の事を尋ねると、専門の団体があるそうで電話番号を教えて貰えた。そこにすぐ電話をかけ、「昔生き別れた友達に会いたいので、その友達がいるであろう孤児院を探してくれないか」と頼むと快く引き受けてくれ、私は見事自分の孤児院を見つける事が出来たのである。

電話対応の係員の情報によると、随分と田舎にある孤児院の様で、院長先生は高齢のお爺さんだそうだ。豊かな髭と白髪の、優しそうな顔つきの人らしい。それは何処のダンブルドアだ。

時間もないので、キングス・クロス駅へと行くと人目を気にしつつ姿表しで孤児院を目指す。住所と地図が分かったので、取り敢えず大雑把な方向に飛んでから地図を見て孤児院を見つける寸法である。ちなみに、魔法を学校外でも使えるのは〝匂い〟の穴を付いているからに他ならない。成人した魔法使いの近くで魔法を使えば、未成年が魔法を使ってもバレないのである。

 

「ん、ここよね……?」

 

おそらく孤児院の住所だろう場所へとやって来たのだが、看板とそれらしき建物が見当たらない。取り敢えず近くに大きな教会を発見したので、ここで孤児院の場所を聞いてみる事にした。

 

「あの、すみません。ここら辺で孤児院を知りませんか?」

 

丁度タイミング良く歩いていた修道士さんに声を掛けると、丁寧な対応をされたが驚くべき事実が判明した。

 

「孤児院でしたら、つい1月前に無くなりましたよ。」

 

え…………、まさかの家なき子ですか、私。

話を聞いて行くと、どうやら院長先生が亡くなってしまい、子供も少なかったために他所の幾つかの孤児院と子供を引き取って貰ったそうだ。私の名前を出すと、無くなった孤児院の職員から頼まれていて、連絡を取りたかったのだが方法が上手く出来なかったのだと謝られた。(マグルの人達が、梟で伝達するなんて方法を思いつく筈がないので仕方ないだろう)

院長先生の葬儀は2ヶ月程前に行われており、院長先生の記憶が全くない私は正直他人でしか無いが、何とか花を手に入れてお墓参りをした。随分と慕われていた院長先生だった様で、2ヶ月経った今でもお墓に大量の綺麗な花が備えられていて、私もその中に自分の花を紛れ込ませておいた。

まさか孤児院の院長先生が死んでいるとは思わなかったが、この人と生きている内に会いたかった。写真やお墓を見て伝わって来る雰囲気でも、とても朗らかな人柄なのが分かる。きっと、それはそれは素晴らしい人だったのだろう。手を合わせてお祈りを済ませた私は、教えて貰った孤児院へとさっさと移動する事にした。ここには恐らくもう、来ないであろう。……私に感傷に浸る暇はないのである。

流石にこんなマグルの田舎には魔法使いはいないので、今度はバスで移動する。そして到着した建物は真っ白で何処か寂しさを感じさせる物だった。それに何処か既視感を感じながらも中に入ると、何人かの子供達の視線が刺さる。職員の部屋を訪ねると、やっと私と連絡が付いてかホッとした様子だったので、多少なりとも安心する事が出来た。随分と早い到着だと指摘されたが適当に誤魔化して、すぐに自分の部屋を貰い、そこで1つ息を吐く。まだまた不安な所もあるが、しっかりと現実を見たお陰か、よくやく地に足が着いた気分だ。想像する事しか出来ずに戦々恐々とするのは、随分と私には堪えていた。こうして建物や職員を見て、多少なりとも情報が入れば今までが考え過ぎだったのだと分かる。

 

「んーー、そろそろホグワーツ特急に戻らないといけないわね。」

 

伸びをして凝った体を解し、こっそりと部屋から抜け出すと、再びバスでキングス・クロス駅に戻る。しっかりと部屋の鍵を掛け、少し眠ると職員には話しておいた。

姿表しでホグワーツ特急へと戻ると、もう十数分で駅へと到着する所だった。孤児院が移動していたのとホグワーツ特急自体も移動しているので探すのに手間取ったため随分と遅くなってしまったのである。

 

「マートル、どこ行ってたの?! 心配したんだよ。」

 

「良かったです、何事も無くて。」

 

コンパートメントを開けると私を心配していたであろう声が聞こえてきたが、1人足りない。不思議に思って中を見渡すとルイスに膝枕された状態のコナーの姿があった。

 

「本を読んでいたら気持ち悪くなったみたいでして、横になる様に勧めたら寝入ってしまいました。」

 

しぃっと指を立ててそう言ったルイスは、その指でコナーの頭を撫でた。

 

「たまに自分が女である事に自信が持てなくなるよね……」

 

エイミーがボソッと私に言ってきた事に激しく同意したい。ルイスの無限の包容力は異常である。

そこから煩くない程度の声の大きさで話をして、私以外の3人は制服から私服へと着替えて、時間も無かったので直ぐにホグワーツ特急はキングス・クロス駅へと到着してしまった。

私にお迎えは来る筈がない(孤児院の人は部屋にいると思ってる)ので、簡単に別れの挨拶をすると、人目を盗み姿くらましをして孤児院の自室へと私は戻った。

 

 

 

 

 

 

夕食の時間、やっと私が孤児院に戻って来たからと遅くなったが歓迎会の様なものを開いてくれた。少ない予算だろうに、これには少しだけ感激してしまったがそこで出てきた名前に私は発狂しかけた。

 

「あ、あの……さっき教えてくれた子の名前は何て言ったかしら?」

 

「トム・リドル? あいつは悪魔の子だよ! 変な力を持っていて皆怖がってるんだ!! 僕も前にペットのウサギを殺されて……」

 

ご飯の時間は広間には来ず、いつも自室でご飯を食べるらしいが注意した方が良いと親切で教えられた人物の名前に思わず叫びそうになった。

 

何故、夏休中も我が君と一緒にいなければいけないんだ……

 

全くもって羨ましくない展開に、私は自分の影を極限まで薄くする方法を考えるしかなかった。

ミスディレクションを何とか習得出来ないものか……

 

 

 

 

 




休まる事の無い不憫の波。
今回、後から考えるとマートルは
迷子 → 家なき子 → 我が君と1つ屋根の下
と波動の展開でした。ドンマイ。


そして訪れてくれない恋愛フラグ。我が君と1つ屋根の下なんてまさしく! っと思った貴女は待って下さい。
次回はそのフラグをバッキバキに折っていく強敵が登場します。



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