東方古神録   作:しおさば

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今回でこの章は終わり!



63話/声の届く限り……らしい

霞が開いた穴を抜けると、そこは見覚えのある竹林だった。

私が駆けつけた時には、あんなに追い込まれていたっていうのに、良くもまぁ咄嗟にココを思いついたわね。

私は傷だらけの夢乃を担ぎ直すと、迷いそうになりながらも竹林を走る。いくらあの女でも、早く向かわなければ治るものも治らないでしょう。

この子がまだ助かるなら、の話だけど。

「……まったく。世話が焼けるわ」

 

 

 

「あの者は……何者なんです?」

意識を失った霞様を一先ず神社へと運び、天照様が治療を続けている。私は治癒術や神力の細かい作業は苦手な為、この場合は戦力になれない。

「それは父上様が目を覚ましてからお話しますよ。八坂神」

初めて目にする龍神という神。天照様が言うには、霞様からこの星を管理するよう言い渡された、つまりは霞様の次に位置する神だという。

そんな方と言葉を交わすことすら、本来ならば私如きでは出来ないのだが。

それに、世界各地の神々ともこうやって相見える事も無いだろう。改めて、霞様がこの世界の最高神だと感じさせられる。

 

だが、逆に言えば、あの男はその最高神をここまで追い込んだという事だ。私1人では凡そ勝つどころか傷一つ付けることも出来ないだろう。

圧倒的なまでの神力を持ち、不可能な事すら無いと思っていた霞様。

その霞様が神力を奪われ、自らの社の巫女すら守れないとなると、あの男の異常さ、異様さが際立つ。

「……母上様、父上様がお目覚めになられました」

と、奥の間から天照様が姿を現した。よほど神力を使ったのだろう、その顔からは疲れが見えた。

「そうですか。では我々も奥の間に」

そう言って、龍神様は立ち上がり、歩を進めた。

一体、この世界に何が起きているのだろう。

私や諏訪子ですら抗えない、畝りに似た運命とも言える流れが、急激に変わったような気がした。

 

 

 

布団の上で目が覚めると、そこには疲れきった顔の天照と、今にも泣きそうな諏訪子がいた。

その奥に見えるのは見覚えのある天井。どうやら此処は博麗神社らしい。

目が覚めたのに気が付いた天照は、突然抱きつき、涙を流す。

いや、苦しいんだが。

そんで諏訪子、お前はガチ泣きしてんなよ。

 

漸く落ち着いた天照は、向こうの部屋に龍神がいると教えてくれた。その言葉で、俺は気が付く。

そうだ、俺は負けたのだ。死のない身体で死を覚悟し、それでも足りず力を奪われた。

それに、夢乃も。

あの時、まだ夢乃に息があったかどうかもわからない。それでも何も出来ないよりは、と思って姫咲に頼み永琳の下へと送ったのだが。どうなったのだろうか。

「お久しぶりです。父上様」

「龍神か……」

襖を開き、現れたのは龍神と神奈子。長い間会っていなかったが、変わらないその姿に、何故か安心感を覚えた。

「すまなかったな。今回は……助かったよ」

「いえ。もっと早くに来ることが出来れば良かったのですが……」

多分、世界中の神に招集をかけたために遅くなったと後悔しているのだろう。確かに、アレだけの神が居ても、状況が好転したとは思えないが。それでも俺が助かったのは事実だ。

「龍神は、あの男を知っているのか?」

「……申し訳ございません。詳しくは私でも解りかねます」

俺の次に位置する龍神ですらわからないとは、それだけで気味が悪い。

「ただ、父上様はあの男に1度会って……アレを会うと言っていいのかわかりませんが。お会いしているのですよ」

「アイツに……会っているのか?」

そんな覚えは無いのだが。コレだけ俺を圧倒する様な奴だ、1度会えば忘れるわけがないし、何より俺以上の人間など存在すらしないはずだ。

「その昔、都に大量の妖怪が押し寄せた事件を覚えていらっしゃいますか?」

「……」

都には何度か訪れた事はある。

だが、都に妖怪が押し寄せるとなると、多分アレだろう。

「神子と出会った、あの時か」

「はい。豊聡耳神子と呼ばれる人間とお会いになられた時です。その時の事件の首謀者があの男のようです」

…………思い出した。

確かに俺はアイツと言葉を交わしている。

「紫達を操っていた奴か」

「……はい」

なるほど。ならばあの時、紫から能力を奪ったのだろう。だからアイツはスキマを使えたのだ。

なら何故紫は生きていた。能力を奪われたら死ぬんじゃないのか?それとも奪われた能力は、本人からは失われないのだろうか。

「詳しくはわかりません。ですが、あの男は各地で幾つもの能力を奪っているようです」

「……何が目的なんだ」

奴は言っていた。目的など無いと。だが、何もなく能力を奪う事などしないだろう。

「……くそっ」

考えてもわからない。頭の中はグルグルと同じ疑問と回答が回る。

今回、奪われたのは夢乃の能力。そして俺の神力。

その2つだけでも、その気があれば世界は崩壊してしまう。だいたい、アレだけの神を簡単に殺せるであろう男が、あの場から逃げたのも解せない。

「……今はお休みになられるべきです。些事は我々にお任せください」

俺は身を起こす。流石に天照たちに回復してもらったとは言え、まだ多少は傷が痛むし、倦怠感が抜けない。

それでも……。

「まだ俺にとって今回の事件は終わってないんだよ」

 

そう言って、俺は両手を合わせた。

 

 

 

 

「驚いたわ。あの子がいきなり女の子を担いでくるんだもの」

俺を迎えてくれたのは、この世界での一番古い友人である永琳だった。

ここは永遠亭。姫咲に向かうように穴を開いた先にある。

「すまなかった。……それで、あの子は?」

「こっちよ」

俺は奥へと案内される。鼻をさす薬の匂いが部屋中に充満している。

幾つかの部屋をすぎると、永琳は足を止めた。

「一応、やれるだけのことはやったわ」

 

襖を開けると1組の布団が敷かれていた。そこには神妙な顔の姫咲と、眠るように目を瞑る夢乃がいた。

「霞……」

夢乃からは生気が感じられなかった。

だが死んでいるわけではない。能力が関係しているのだろう。

夢乃と無明の『予想を超える程度の能力』が反発し合い、死んでもいないが生きてもいない状態になっているのだ。

「身体の方は完璧に処置した」

「ありがとう」

永琳に礼を言うと、俺は夢乃の側へと近寄った。

夢乃は安らかな息をしつつも、その眉間には皺がより、苦しそうな表情をしている。

「……ここからは俺がやる」

「できるの?今の貴方に」

どうやら、完璧に回復していないことは永琳にも、姫咲にもわかっているようだ。でもそんな事を言っている場合じゃない。

夢乃がこうなったのは、結果的に見れば俺のせいでもあるのだから。

「できるか、じゃない。やるんだよ」

そう言って俺は両手を翳す。

天照に分けてもらった神力を、直ぐに使い切ってしまいそうだが、今は時間が惜しい。俺の回復を待っているなんて、出来ない。

「……帰ってこい。夢乃……!!」

 

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暗い海の中を漂っている。そんな気分でした。

上も下もわからない、何も無い世界で。私は抗うことも出来ず、流れに身を任せて、このまま『死』が私を迎えに来るのを待つしかありません。

流れは右に流れたと思えば、今度は左へと戻され。一向に沈みゆくこともなく、それでも浮かび上がることもない、宙に浮かんだまま、その場に留まっていて。

私は次第に何も考えられなくなっていました。

思い出されるのは霞様や姫咲さんとの楽しい思い出。多分、これが走馬灯と言われるものなんでしょう。

「……霞……様」

辛うじて動かせた右腕を伸ばしても、そこはやはり暗闇で、なにも触れる事なく空を切ります。

……あぁ。もう少し。もう少しだけ、あの日常の中で生きていたかった。

出来ることなら、もう一度だけ、霞様にお会いしたかった。

 

「迎えに来たぞ。夢乃」

 

懐かしい声が聞こえた気がしました。暖かい光のような、私を包み込むその温もりは、間違うはずもないあの方のもので。

「……霞様……?」

「……俺を信じろ」

そう言って、霞様は腰に差す刀を抜き放ち、私に向けました。

何をするつもりなのかわかりません。でも、何をするのだろうと、私は霞様を信じています。

「……すまなかった」

何故か霞様は悲しそうな顔をしています。何故謝るのですか?

寧ろ私は感謝をしなければならないのに。

幼い私を救っていただき、ましてや大切な巫女という大役まで任せていただきました。

私の人生は、霞様と出会ってから一変したのです。

世界はこんなにも明るいのだと、教えてくれたのは霞様なのです。

だから……。

 

「だから……泣かないでください」

 

そう言った私の身体を、刃は通り抜け、その瞬間に視界は光で埋め尽くされていきました。

 

 

 

--------------------

 

「何をしたの?」

夢乃は漸く生気を取り戻し、今度こそ安らかに眠っている。その顔は先程のように苦しげな表情をしていない。

「……全ての能力を断ち切った」

あの男から受けた影響も、夢乃自身の影響も。

その結果、夢乃を縛っていた反発し合う能力は消え去り、また夢乃からもその力は失われた。

「……そんな事をして、大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないさ。魂自体に絡みついた鎖を無理やり切ったようなもんだ、最悪の場合、夢乃はその命になにか変化を起こしてしまっているかもしれない」

例えば、強制的な不老不死。

命を縛る鎖を切るのだから、その可能性は十分にある。

「……それ以外、無かったの?」

姫咲の表情は険しいものだった。

「俺には、それしか出来なかった」

 

俺がこの世界に降り立った時から決めている事がある。

それは人の寿命には絶対に手を加えないこと。

俺が助けるのは、まだ死ぬ時ではない場合。それ以外は決して命や寿命には手を出さなかった。

それなのに今回、俺は自ら決めた戒めを破った。それが夢乃の為だとしても、許される事じゃない。

「……まったく。神様失格だな」

 

あの時。神子と出会ったあの都で、あの男を倒していれば今回のような事は起きなかっただろう。

あの時、全てを終わらせていれば、夢乃を危険に晒すことも無く、今も縁側で並びお茶を飲みながら、他愛もない話をしていただろう。

何が創造神だ。

結局、救えた命なんてほんのひと握りで、失ったものの方が余りに大きいじゃないか。

 

 

 

 

 

こうして、俺と姫咲は夢乃の前から姿を消した。

後の治療は永琳に任せ、俺達は再び旅に出た。

 

もう、夢乃に会うことも無いだろう……。

そう決意をしながら。




作「はい。シリアスで終わり!」

霞「いや、後書きで一気に空気が変わりすぎだろ」

夢「私、生きてたんですね!!」

作「……生きてますけど。不老不死になっちゃいましたよ?」

霞「……」

夢「?ダメですか?」

作「……まぁ、不老不死なんてなるもんじゃないですよ。親しい人の死を見続けて、自分は老いることも死ぬことも出来ない。そんなの辛すぎますよ?」

霞「俺は夢乃をそんな目に合わせたくなかったのに……」

作「あぁ!!ほら!そんな落ち込まないで。次からは少し、他の目線での話になりますよー!」



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