何個目かのクレーターを作った萃香は、不満気に俺を睨む。そろそろ我慢の限界らしい。
「そろそろ本気、出してくれないかなぁ」
大分苛立っているようだ。
周りからははやし立てる様な野次が飛び交う。
「そうは言ってもなぁ」
俺が本気を出したら、せっかく作ったこの世界があっけなく消え去ってしまうし。
「なら、少し……ほんの少しだけ本気になるかね」
「全力できなっ!!」
そう言って、力の限り殴ってくる。
純粋な妖力ならば、ルーミアと並ぶ。そういやアイツも一応大妖怪の部類だったな。
妖力の込められた拳を難なく受け止める。
「1万分の1だ」
そう言って、制限をほんの少し解く。地面が揺れ、地割れが起きた。あれ?以前より霊力が増えてない?
「……くっ!!」
霊力にあてられて、萃香は少しぐらつく。
「どうする?続ける?」
この状態で殺さないように加減するのは結構難しいのだが。
「……いいねぇ」
萃香の呟きはハッキリとは聞こえなかったが、表情は喜んでいるようだった。
「どう考えても、私以上。ってか殆どの鬼以上の力じゃないか」
「それ、褒めてる?」
「流石に勝てそうにはないね。でも、そんなヤツと喧嘩出来るなんて、嬉しくてしょうがないよ!!」
……これだからバトルジャンキーは。
負けるって解ってる相手と喧嘩して、嬉しいとは如何なものか。
「妖怪の山、四天王が1人!酒呑童子、全力で相手をさせてもらうよ!!」
萃香はありったけの妖力を吹き出させ、その身に纏う。
小さな身体とは思えないほど、膨大な量の妖力は、遠目に見ている他の鬼も恐怖で顔が引きつっている。
「それは光栄だね」
俺は右手を萃香に向けて差し出し、手のひらに霊力を溜め、球体状に集められた霊力を握る。
「掌握」
その瞬間、砕けるように辺りに散りばめられた俺の霊力は、世界を青く染めていく。
「な、なんだい?これは」
俺と萃香、2人はいつの間にか見慣れない空間に立っていた。
「俺の能力さ。この場を俺の空間と入れ替えて掌握した」
いつも使っている異空間を創り出す能力の応用。
アレは俺が認めたモノだけが『入れる(はいれる)』空間で、今回使ったのは強制的に俺の空間に『入れる(いれる)』。この場、この時間、全てを俺が掌握し支配する。
「ここなら山にはこれ以上被害が及ばないだろ」
「なるほど、化物じみた能力だって事は理解した」
まぁ、この力を使えば、どんなヤツでも殺せるし、消すことすらも出来る。この空間で、俺に出来ない事は無い。
「さ、来いよ萃香」
「……遠慮なく!!」
駆け出した萃香を、正面で迎え撃つ。
「三歩壊廃!!」
あれ?どっかで聞いたことある様な。
-1歩目。
纏っていた妖力が、俺の霊力と接触し、火花が散る。
-2歩目。
拡散した妖力を1点に集中し始めた。俺の空間である筈なのに、今の状態ではその妖力を抑え込むことが出来ない。
-3歩目。
集中された妖力の塊は、まるで小さな太陽のように輝き、萃香の頭上に存在した。そして萃香が両手を振り下ろすと同時に、太陽は俺を目掛けて落ちてくる。
「諸共吹っ飛べ!!」
「なるほど、いい攻撃だ」
普通ならばこんなモノ避けきる事も出来ず、その身に受ければ跡形もなく消滅してしまうだろう。下級の神なら抗えない程の妖力だ。
「でも、まだまだだな」
俺は腰に差した夜月に手をかける。
「断ち切れ、『夜月』」
鞘走りをしながら抜き放たれた夜月は妖力の塊を目掛けて、斬撃を飛ばす。
「なっ!?」
斬撃に触れた太陽は、霧のようにその形を崩れさせて消えてしまう。
「こいつで断ち切れないもんはないよ。それが妖力でもね」
そう言うと刀を振り、鞘に納めた。
見ると萃香は力を使い果たしたのか、仰向けに大の字に倒れている。
「いやぁ〜!負けた負けた!!」
その言葉とは裏腹に、顔は清々しいほどの笑顔だった。
「アンタ、ホントに何者なんだい?」
近付いた俺に目だけを向けて問いかける。
「言ったろ?神条霞、ただの旅人だよ」
誰か今の状況を説明して欲しい。
いつの間にか辺りは鬼だらけ。隣には萃香が座り、俺が持つ杯に酒を注いでくる。
ってかこんだけの鬼、何処から湧いて出た。
「お前、強ぇんだな!あの萃香姐さんに勝っちまうなんて!!」
誰かからそう言われた。萃香、お前姐さんなんて呼ばれてるのか。
鬼達は先ほどの、俺と萃香の喧嘩を肴に酒を飲み、好き勝手に騒いでいる。
「ウチらは鬼だからね!楽しい喧嘩をしたならば、楽しい宴を開くものなのさ!」
「お、おう……」
俺は注がれた酒を飲み干し、見回す。確か、この山を登る時には感じなかったコレだけの妖力。どうやって隠していたのだろうか。
「なんかこの山はウチらには都合が良くてね。勝手にウチらの妖力を隠してくれるみたいなんだよ」
「山が隠している?」
意味がわからん。特にこの山からは霊力も神力も感じないが。
「なんか、昔に人間の男がココを訪ねて以来、そんな事が起こるようになってね」
ん?
「不思議な男だったね。最初は喧嘩を売ろうと思ったのに、結果としてはそんな気が失せちゃったんだよ」
萃香は酒を飲み、懐かしそうに話す。
「……そう、アイツがなんか言ったら喧嘩したくなくなったんだよ」
……あぁ、律のことか。アイツ、こんなところまで来てたのか。
アイツの能力ならばこの山の事も納得がいく。
そんな話をしていると、1人の鬼が近づいてきた。萃香と同じく、女の鬼だった。まぁ、萃香より色っぽい大人の女だが。
「なんか失礼な事考えてた気がする」
「キノセイダ」
「……あんた、萃香に、勝ったんだってね」
あ、これなんか面倒臭い気がする。
萃香「ウチは幼女じゃない!」
霞「……飴舐める?」
萃香「舐めるー!!」
霞、作「……」