side ルーミア
荒れ狂う二つの力の奔流は、ぶつかり、受け流し、溶け合いながら周囲を包み込んでいく。
もう、お互い語ることはなく。
いいわね。こういう雰囲気、嫌いじゃないわ。
霞みたく、余計な事をグダグダと喋って、相手のペースを乱すなんて、私の性にあわない。
肩に担いだ大剣を、高く持ち上げ、そのまま振り下ろす。
私の妖力を吸った斬撃は、真っ直ぐに鬼へとその矛先を向けた。
それを片手で受け止めると、握り、砕ける。
視界から消えた鬼は、一瞬にして背後へ回り、渾身の力を込めた拳が振り返った私の目の前に迫った。
屈んで避けつつ、体を捻り胴を薙ぐ。切り裂かれた腹部から、赤い血が勢いよく流れた。なんだ、鬼と言っても流れるのは赤い血なのね。
しかし傷口に妖力が込められたかと思えば、見る見るうちに塞がっていく。なるほど、不死ではないけど、「死ににくい」という訳か。
バックステップで間合いを開ける鬼。その表情は、傷を付けられたにも関わらず、何処か楽しそうだ。多分、私も似たような顔をしていると思う。
きっと、私とコイツは似たもの同士。
今まで自分を傷付ける存在など、皆無だったはず。そこに来て、やっとマトモに戦える相手が見つかったのだから。嬉しいに決まってる。
私は駆ける。一気に間合いを詰め、下から斜めに切り上げた。
妖力を込めた右手に止められるが、そのまま握る手を離し、空いた拳を叩き込んだ。
咄嗟の事に反応出来なかった鬼は、数十メートル吹き飛んだが、どうせ無傷みたいなものだろう。
なら、畳み掛ける。
大剣を右手に引き戻し、切っ先を土煙に隠れた鬼へと向けたまま、真っ直ぐに突っ込む。
煙を割って出てきた鬼は、切っ先を避けながら、私の顔面を掴む。そのまま地面へと叩きつけられ、私は数千年ぶりの血を吐き出した。
地面は窪み、ひび割れる。
ったく。痛いじゃない。
剣を杖がわりに起き上がる。
拳で口元を拭い、不快な鉄の味を吐き出した。
単純な力は鬼の方が上。速さで言えば私の方が上。
能力が使えない以上、短期で決めるべきなのだろうけれど、それには余りにも不利な状況。
まったく。これが地上最強の鬼なのね。
厄介なことこの上ない。
元々、鬼に殴り合いを挑むこと自体、間違ってるとしか言えないけれど。
アイツに頼まれた事もあるし。しょうがない、全力で行くしかないわね。
私はポケットから霞に渡された札を取り出す。それは見たことのある札。私としては二度と見たくもないし、触りたくもなかったけど。
「そろそろ終わりにしましょ、鬼の頂点」
そう言って私は大剣をしまう。次の一撃は、大剣での大振りなものではダメだ。確実に当てるためには、拳に限る。
腕をダラリと下げ、余計な力を抜く。必要なのは一瞬の最大出力。
「えぇ、私が勝って、それで終わりよ」
鬼は重心を低く構える。割って入った時の必殺技っぽいのを、また繰り出すつもりらしい。
一瞬の静寂。
何を合図にお互い動き出したのかは、今となっては分からないけど。2人は同時に動いた。
後ろに爆音を響かせながら、互いの距離は詰まり。
鬼の拳は正確に私の顔面を捉えようとしていた。世界が間延びした様に、ゆっくりと見える。
私はもっと低く、地面スレスレまで潜り込む。
頭上を過ぎる拳。私は今出せる、全ての妖力を右手に集中させた。
妖力を固くするだけじゃない。
鋭く、研ぎ澄ます。
私の抜き手は鬼の胸を貫いた。
時間は再び流れ出し、私の右手を血で濡らす。
右手を抜くと、鬼の傷口からは血が溢れ出した。
これだけの傷ならば、もはや妖力だけでは治癒出来ないだろう。
膝から崩れ落ちた鬼は、そのままゆっくりと倒れ、仰向けに寝転んだ。
「……私の……負け?」
見上げる鬼と、見下ろす私。この勝負の結果を物語る。
「そうね。私の……
会話をしている間も流れ続ける血は、その勢いを止めようとはしない。
「今度ばかりは助かりそうにないわね」
「さぁ、どうかしらね。鬼って意外としぶといから、その傷でも生きていられるんじゃない?」
嘘だ。自分で負わせた傷くらい、分かっている。
「……出来れば、もう一度アイツに会いたかったんだけどね」
あんなヤツの何処がいいんだか。
流石にこの状況下でそんな事は言えないけれど。
「……死にたくない……」
まったく。こんな回りくどいやり方をしなきゃいけないなんて。ホント、あの創造神は性格悪いわ。
私は鬼の目の前に札をチラつかせる。
「……アンタには二つの選択肢があるわ」
遥か昔。私があの神に出された選択肢。
「このまま死ぬ」か「どうなってでも生きる」か。
どっちにしろ、ろくな目に合わないのは分かってるけどね。
私の頭に付けられた、リボンの様に結んだ札と同じものを、見せながら私は言う。
「アイツの式は、少なくとも退屈しないわよ」
来週中には最終話まで書き切る予定です、はい。
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