ゼロの使い魔ちゃん   作:402

7 / 8
使い魔との一日(5)

 午前の授業が終わって私達が教室を後にすると、ようやく大量の使い魔から解放されたサイトが、ほう、と安堵の吐息を付いた。

 

「ホント、動物に好かれるのね」

「はう~……。動物は嫌いじゃないんだけど、あんなに大勢で来られるのは……」

 

 分かる気がする。私もちい姉さまの部屋に入る時は覚悟を決めて入るもの。人懐こい動物は非常に愛らしいのだけどそれが大軍で来られると人間の力ではどうしようもないくらいに滅茶苦茶にされてしまう。大自然のパワーって凄いわね。

 

「ちい、姉さま?」

「ああ、それはルイズのお姉さんの事よ。カトレア……カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ。トリステインでは有名な人よ」

「か、かと、れあ、いべ……ラ?」

「カトレア、イヴェット、ラ、ボーム、ル、ブラン、ド、フォンティーヌ、よ。長いってのは……まあ、その通りなのだけど、私の大切な姉さまだから出来れば覚えてほしいわね」

「はう……。が、ガンバリマス。―――でも、ルイズちゃんとか、キュルケちゃんもだけど、お名前の長ーい人って、多いの?」

「あーまあ、貴族はねえ……」

 

 貴族の名前というのは、普通の姓名に加えて爵位とか続柄とか領地とか、とにかくその個人に付随する様々な情報を詰め込むものだから、どうしても長くなってしまうものだ。どの地方の生まれでこの爵位を持っていてここの領地を治める誰さんの娘の何某、みたいな。

 

「名前を聞けば身分とか序列とかそういうのが一発で分かるから、慣れると便利なんだけどね」

「ふーん。そうなんだ……、あれ、でもタバサちゃんは?タバサちゃんも、もしかしてお名前は長ーかったり、するの?」

 

 ……、と無言のタバサがサイトを見つめて、そして私に視線を向けてくる。あー、うん。まあ、いつかは突っ込まれるだろうとは思ってたけどね。

 ……どうする?というアイコンタクトが送られて来ている。さてどうしようかしらと私も一考。タバサの正体は、多分、いつかは話す事になるんだろうけど。けど今はまだ、その時じゃないかしらね。

 というわけで、とりあえず今はうやむやなままに誤魔化しておこう。

 

「いい、サイト?タバサはね、タバサなのよ。うん。そうなの。だからね、気にしちゃ駄目なのよ。……駄目なのよ。いい?いいわね」

「は、わ、う、うん……。よ、よく分かんないけど、もう、この話題は口にしない方がいいん、だよね?」

「偉いわよ、サイト」

 

 そんな下らない話をぽつぽつ間に挟みつつ、私達は昼食のために食堂へと足を運んでいる。

 先導するのはタバサだ。朝食でタバサが摂取した膨大な量のカロリーは、一体どこに消え去ったのか、午前中の内にすっかりと消化し尽くされて空っぽになった彼女の胃袋は授業の終わる数刻前から、きゅるぅ、と可愛く自己主張を繰り返していた。

 

「ごはんごはん」

 

 とは、授業終了と同時に飢えた子犬のような目で私に訴え掛けたタバサの一言だ。

 食欲旺盛なのはいい事だけど、その栄養がまるでまったく自身の身体に還元されないのがこの子の悲しいところ。私にも同じ事が言えるけどね。そういう星の下に生まれちゃったのよ。

 

 なんて内に、私達は朝食ぶりにアルヴィーズの食堂に到着。

 中に入ると、まあ朝も随分カロリーオーバーキルだったけど、お昼はそれ以上にボリュームあるメニューがテーブルに並べられている。お昼は朝よりもお腹が空くから美味しそうだ。

 朝と同じように席につくと、朝と同じようにオールド・オスマンが短く挨拶を済ませ、皆で始祖への祈りを捧げる。

 いよいよ食事の時間だ。私のお腹が待ち遠しそうに鳴き声を上げている。さあて、昼食戦線の始まりよ。

 

「…………(ぱくぱくぱくぱくぱくぱく)」

 

 タバサは無言で料理を口の中に放り込む。スタートダッシュから凄まじいスピードね。朝食などはタバサにとって前菜に過ぎないという事が如実に分かる。あの小さい口でよくそれだけ勢い良く食べられるわね。顎が微細振動しているから、きっと咀嚼の速さが尋常じゃないのだろう。

 

 厨房のシュレッダーが自分の存在に疑問を持ちそうなほどのスピードで肉の塊をペーストに変えるタバサの食いっぷりから目を離して、私は自分の料理に集中する事にする。タバサの食欲に任せるままにしているとテーブルの料理が全て消え去ってしまうのでうかうかしていられないのだ。ほら、サイトもそんな可愛らしい食べ方じゃ間に合わないわよ。

 

「あ、わ、うぁ、た、タバサちゃん、それ、あ、ダメ、それは私の……あ、あれ、なんでルイズちゃんも私の食べてるの!?」

 

 それはね、私の分がもうタバサに食べられてしまったからよ。

 わたわたしながら負けじと自分の口にちまちま食事を運ぶサイトの皿から鶏肉のソテーをつまむ。駄目ね、そんな程度じゃこのフード戦争には勝てないわよ。私達のテーブルは弱肉強食なんだから。

 

 ……しばらくして。

 

「けぷ」

 

 すっかりテーブルの上を空にしたタバサが満足そうに息をつく傍らでほとんどの料理を私とタバサに取られたサイトが涙目で皿を見つめていた。視線というものに物理的な力があったならその皿ごとテーブルを突き抜けて床を貫通していた事だろう。

 

「あなた達やりすぎよ。サイトが可哀想じゃないの」

 

 この食事でサイトの胃袋に収まった食物は一欠けらの鶏肉と一口のスープと一枚の葉野菜だけだ。朝より食べれてるじゃないの。

 なんて冗談だけど、まあ、確かにやりすぎたかもしれない。でも、このサイトを見ていると、つい、こうやって苛めたくなるのだ。別に私がSだとかそういう話じゃないわよ。それはサイトの持つ元々の雰囲気の話で、私は使い魔を鞭で引っぱたいたり口汚く罵ったり魔法具で拘束したりして快感を得るような特殊性癖は持ち合わせていない。何が悪いかと問われればそれは苛めてオーラを出してるサイトが悪いのよ。

 とは、流石の私も口に出しては言わない。少し悪いとも思ってるしね。ほら、そんなすぐに泣かないのよ。

 

「シエスターー!」

 

 と、私が声を上げれば、ぱたぱたとメイド服を翻して彼女がやって来る。私がこの学院で一番初めに声をかけたメイドだ。やっぱり世話をして貰うなら信頼できて馴染みのあるメイドがいいもの。まあ馴染みがあるのは“私”の方なんだけどね。

 

「お呼びですか?」

「ええ、お呼びよ。サイトに料理のおかわりをお願い」

「サイト……?あ、もしかしてこの方がルイズ様の呼び出した使い魔さんですか?」

 

 朝は忙しそうだから紹介していなかったけど、この際に私のサイトをシエスタにお披露目しておこう。前のサイトはいつの間にか仲良くなってたけど。

 

「そ。サモンサーヴァントの儀式で呼び出した、私の使い魔。ヒラガサイト。サイトでいいわ」

「ぐす。えと、よ、よろしくおねがいします」

 

 もう、泣きながら自己紹介なんて特殊なことしないでよ。シエスタが困った顔してるじゃないの。

 そんなサイトとは打って変わって、シエスタは太陽のような笑顔で自分の名前をサイトに告げ、

 

「困った事があったら何でも言ってくださいね」

 

 と自己紹介を締めくくった。いい子だ。早速だけど、とりあえず現在進行形でサイトが困ってるから料理をお願いね。

 

「はい、すぐにお持ち致します」

 

 ぱたぱたぱた、と来た時と同じようにシエスタは去って行った。

 

「わあ。良い人だあ……」

「学院のメイドですもの。そこらのお屋敷に居るメイドよりも優秀よ。あんたも、困った事があれば頼ればいいわ」

 

 ほどなくして戻って来たシエスタは、サイトの分の料理と私達の分のデザートまで用意してくれていた。なんて気が利く子なのだろうか。ナプキンと食後の口直しに飲む水も忘れていない。優秀というのはこういう事だ。

 

 サイトが、ありがとうありがとうと言いながら料理をちょこちょこほお張る横で、私とキュルケは小皿に盛り付けられたフルーツに舌鼓を打つ。

 タバサの方には、ずでんっ、と置かれた大皿に皮だけ剥いたフルーツが丸ごとどっさりと転がっていて、しかし、その皿が程なくして空っぽになってしまう事は彼女の相変わらずの食いっぷりを見れば明らかだろう。

 あれだけ食べたのに、一体どこに入るのか、というのは私がごはん時に常に考える疑問だ。デザートは別腹とはよく言うけど、タバサの場合は前菜やメインディッシュを含めた全てが別空間に運ばれているのかもしれないわね。

 

 

 

・ ・ ・

 

 

 

 さて。

 昼食も終わって、これからしばらくはお昼の休み時間。自由に過ごす事が出来るので、ちょっと外の広場に行くかサイトに学院を案内してあげるか、私は水で喉を潤しながら思案にふけっていたのだけれど、そこで、ちょっとした問題が起きた。

 

「わきゃぁっ!?」

「うわっ、なん、がっ!ぐあっ!ぎゃぁぁぁ!」

 

 ギーシュだ。正確には、サイトとギーシュだった。短い悲鳴がサイトで、多段ヒットしてる悲鳴がギーシュ。

 

 何が起きたのか。

 事の始まりは、食事を運んで来てくれたお礼にと、サイトがシエスタの仕事をちょっと手伝ったことだった。

 

 シエスタと一緒に食後のデザート配りをしていたサイトなのだけれど、そのサイトが特に何も無い所で足をもつれさせて転んで、立って話をしていたギーシュを勢いよく突き飛ばし、ギーシュは目の前のテーブルの角に頭から行って、起き上がろうとするギーシュに、はわわ言いながら近づいたサイトが今度はマントを踏んで、つんのめったギーシュがもう一度机にヘッドバンギングして、更にマントでまた転んだサイトがテーブルのスープの大皿をひっくり返してまだ熱かったらしいそのスープがマントに引っ張られていたギーシュの襟首から背中に流れ込んで……。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと君!そこの君!躓いたのは、まあ、良くはないが、良いとしよう。しかし、な、何だね今のは!?ほ、本当に何があったね!?今!」

 

 うん、まあ、今のは怒ってもいいわよね。相手が学院随一の女の敵であるギーシュだとしても、怒る権利は皆平等に持っているものよ。

 

「は、わ、う、ご、ごご、ごめんなさい!」

「ごめんで済んだら無礼討ちなど存在しないのだよ、君。君は……なんだ、見ない顔だな。新しいメイドかい?……ふむ。なるほど巨にゅ……、ああいや、ごほん。うむ。よし分かった。この僕、ギーシュ・ド・グラモンの寛大な心に免じて今回の件は不問にしてあげようじゃないか」

「は、え、うん、ん?あ、あり、がとうございます」

「はっはっは。いいとも。いいともさ。もしかして怖がらせてしまったかい?すまない事をしたね。ならば、今度の休日に遠乗りにでも連れて行ってあげよう」

「とおのり……?ねえ、ルイズちゃん遠乗りってなに?」

 

 振り向いて、こっちに話を振るサイト。私としては、完全に私のサイトを引っかけようとしているギーシュの無謀さをもう少し見ていたかった所だけど。

 

「……る、ル、イズ?」

 

 サイトの一言でこっちに視線を向けたギーシュに軽く微笑みかけてあげると、ギーシュは一瞬で表情を紺色に近いくらい青ざめさせた。面白い顔色ね。

 

「遠乗りっていうのは、二人で、馬で遠くまで出かけようって事よ。残念だけど、今度の休日は予定を考えてるから断っときなさい」

 

 と、サイトはこくこくと頷くと、今の私の言葉を、まあギーシュにもばっちり聞こえてはいるのだろうけど、伝えようとした。

 けど、サイトが向き直った時には既にギーシュはサイトから視線を完全に外して、サイトのやや右後ろ側のテーブルでチキンの丸焼きを頬張っているマリコルヌを捕まえて、

 

「まあ、そういう訳だから休日どうだい、一緒に」

「い、今の流れの中に何で俺が!?」

「君、去年に比べて体重が増えたと言っていただろう。遠乗りで走って、少しはスリムになったらどうだい。うん?」

「馬と一緒に走れって、君も無茶を言う奴だな」

 

 話を逸らすのはいいけど、随分と力技で来たわね。

 

「そりゃ、アンタの使い魔と知って手を出すほど無謀じゃないわよ、ギーシュも」

「面白くないわね。何なら、こっちからいちゃもん付けてやろうかしら」

「やめときなさいな。……流石にギーシュが可哀そうよ」

 

 仕方ないわね、なんて。まあ別にこっちから揉め事を起こすつもりは無いのだけれど。サイトもギーシュから解放されて、特に何も無く話はまとまりそうだ。

 

「あ、こ、これ、えと、ギーシュ、くん?落し物だよ」

 

 なんて時に、サイトが床から小壜を拾い上げた。あ、この場面は覚えてるわ。“私”の記憶の中でも取り分け印象に残っているシーンだ。その小壜は確か、

 

「おや、ギーシュ。それはモンモランシーの香水じゃないか。ははあ。君さては、ついにミス・モンモランシーを口説き落としたのか。やるじゃないか」

 

 そう。マリコルヌの言うとおり、それはモンモランシーが自分の為だけに調合しているという香水だ。一体どんなご禁制の素材が使われているのかは知らないけど、この学院では知る人ぞ知る一品ね。

 

「む。な、何を言っているんだマリコルヌ。それに、君。悪いがこれは僕のではないよ」

「へ、え、あれ?でも、ほら、ここにちゃんと名前が……」

「どれ。あ、ほんとだ。おいおい、ギーシュ。君、モンモランシーを落とせて嬉しいのは分かるけど、わざわざ壜に名前を書いたりするかい?」

「あ、くそ、しまった!昨日、酔った勢いでテンション上がってつい……」

 

 どの次元でもギーシュは馬鹿だ。

 そして。この瞬間、がたんっ、と勢いよく椅子を跳ねさせて立ち上がった人影があった。

 その音の方向、一年生の方のテーブルを見ると、栗色の髪の毛をした小柄な女の子が立ち上がっていた。名前は……えっと、誰だったかしら。

 

「ねえ、タバサ。あの子誰?」

「ケティ・ド・ラ・ロッタ。ロッタ地方の領主の三女でラインメイジ。一年生の中では極めて優秀」

 

 流石は歩く大図書館。何処から仕入れたのか、個人情報もばっちり網羅されていたわね。困った事があればとりあえずこの子に聞いてみるといい。知りたい事も知りたくなかった事もいっぺんに教えてくれる事だろう。

 

「そうそう、そんな名前だったかしらね」

 

 とりあえずは今の状況に戻りましょう。

 立ち上がったケティが、私やタバサ、そして他大勢の食堂に居る皆の視線を一手に浴びながら、ギーシュの下までゆっくりと歩いて来ている。

 歩くたびに揺れる長い髪と同じ、栗色の瞳には大きな涙の粒がいっぱいに湛えられていた。それでも一滴の涙もこぼさずに運んで来るのは、女の意地だろう。

 

「ギーシュさま……」

 

 しかし、件の馬鹿の目の前に立ったケティの瞳からは、抑え切れずに涙がこぼれた。ギーシュなんかには勿体ない程に綺麗な涙ね。

 

「やはり、ミス・モンモランシーと……」

「ち、違うんだケティ。これは誤解なんだ。僕の心に住んでいるのは、そう、君だけ。君だけなんだケティ」

「その香水が何よりの証拠ですわ!名前まで書いて、言い逃れをするおつもりですか!?」

 

 涙をこぼした表情のまま、ケティの顔に怒りの色が差した。右腕を後ろに思い切り振りかぶって、その手の平をパーに。しかし私の隣のキュルケが、

 

「そこはグーよ!」

 

 咄嗟に握り込まれた拳がギーシュの顔面を打ち抜いた。良い打撃音が入り、吹っ飛ぶような勢いでギーシュがこちらへたたらを踏んで来る。

 

「キャッチ」

 

 と、タバサがそのギーシュの背中を捕まえる。

 私の隣ではキュルケが、よくやったと言わんばかりの満面の笑みでケティに親指を立てて見せている。ケティも同じように、握って振り抜いた拳の親指を立てた。ああ、ケティにも笑顔が戻ってなによりね。

 

「は、わ、わ、だ、だだ大丈夫……!?」

 

 そんなギーシュの身を心配する者も一人。サイトだ。サイトは目の前の展開にびっくりどっきりしながらも慌ててギーシュに近寄り、その顔を覗きこむ。私も同じように覗き込んだ。

 

「くぅ……。き、効いたぁ……」

「あんた、大丈夫?いい音がしてたけど、骨格変わってない?」

「あ、ああ、何とか、無事なようだ……。あ、鼻血が……」

 

 鼻血を垂らしながらも自力で身体の芯を立ち直らせるギーシュ。うん、まあ良し。という訳で。

 

「じゃあ、はい、第二ラウンド……、ファイ!」

 

 カチーン、とキュルケがグラスを鳴らして、タバサがギーシュの身体をそっと前に押し出した。ギーシュの方は、え?、というような困惑顔。しかし次の瞬間には事態を完全に把握した恐怖の色をその表情に追加した。

 

「ギーシューーーーー!」

 

 モンモランシーが来ていたからだ。しかも空中から。両脚を揃えた見事な姿勢のドロップキックがギーシュを、今度は言葉通りに吹っ飛ばした。

 

「キャッチ」

 

 そしてタバサがこれを捕まえる。私が顔を覗きこんで、

 

「大丈夫?死んでない?……まだやれそうね」

「お、おい!まだ僕は何も言っていないのだけど!?」

「ッファイ!」

 

 無視して再開。タバサがそっとギーシュの身体を押し出した。ギーシュは慌てて逃げようとするけど、しかしマントをモンモランシーに掴まれて引き戻されてしまう。

 

「や、や、や、やめてくれモンモランシー!彼女とは、ただ、馬でと、遠乗りをしただけで、君は大きな誤……、」

「あなたの為に涙まで流した女の子の事を、ただの誤解だなんて言うつもりじゃないでしょうね!?」

「うぐっ!」

「ギーシュ。あなた私に、女の子の気持ちには、いつでも真剣に応えるんだって言ったわよね」

「い、言った、ね」

「じゃあ、どうなの?あの一年生の気持ちにも、真剣に応えたわけ?…………真剣に答えなさいよ?」

「そ、それは……………………、は、はい、そう、です」

 

 おお……!と。モンモランシーの迫力と、ギーシュの言葉に食堂全体がざわついた。

 モンモランシーはギーシュのマントを放してギーシュを立ち上がらせると、自分の目の前に立たせて、ぽんぽんっと服の汚れを払う。そしてにっこりと笑顔を浮かべた。

 対するギーシュは今にも泣き出しそうな顔だ。

 

「モ、モンモランシー……。まさか、僕を、」

「誰が許すか!!」

 

 まずはローキックが入った。

 

「この私に、愛の言葉を囁いておいて、一週間も経たずに浮気って、どんだけ軽いのよ、あんたは!」

 

 体勢の崩れたギーシュの襟首を掴んで体勢を戻させると、言葉の区切り一つ一つの合間に蹴りを主体とした打撃技を打ち込むモンモランシー。

 

「しかも一年生に手を出すって!しかもその目の前で新しい女の子を引っかけようとするなんて、最低!サイッテーよ!」

 

 そして往復ビンタの連続だ。十発は入れた所でモンモランシーはギーシュの後ろに回り込んで腰を抱え込むとそのまま思い切り仰け反って、

 

「この、大うそつき!!」

 

 ごすうっ!という擬音と共に綺麗なアーチが描かれた。食堂の床も揺れる。テーブルの上の食器がカチカチと音を鳴らして、そしてそれがギーシュの最後だった。

 タバサがその二人の隣に滑り込んでカウントを取るけど、どう見てもギーシュはノックアウトされている。

 やがてモンモランシーが立ち上がると、周囲からの歓声が食堂に轟いた。主に女の子の。ギーシュの日ごろの行いが知れるわね。

 

 そうしてモンモランシーが自分の席に戻る最中、モンモランシーが振り向いた先には涙を拭うケティの姿があった。ケティとモンモランシーはしばし見つめ合う。その短い邂逅の後、二人はどちらともなく歩み寄ると、無言で熱い抱擁を交わした。見守っていた皆もついにスタンディングオベーションだ。傷ついた二人の女の子を、喝采が包み込む。

 

「友情って、こうやって生まれるものなのね」

「ほんと。なんだか、感動的ね」

「……雨降って地固まる」

 

 さあて、じゃあ面白いものも見れたし外にでも行きましょうか。

 

「は、え、え、ええ!?い、いいの!?ギーシュくん放っといていいの!?白目向いてるよ!」

「大丈夫よ。一年の時は私が直々に倒しても一日で歩いてたし。とりあえず秘薬でもかけとけばオッケーよ」

 

 馬鹿は頑丈だと相場が決まっているものだ。懐から取り出した応急用の秘薬を頭にかけてあげる。すぐに呻き声が聞こえ始めたので、生きてはいるようだ。

 

「これで良し、と。後はシエスタにでもお願いして、じゃあ行くわよ」

 

 まだ気にしているサイトの腕を引いて、私は食堂を出る。途中、シエスタにギーシュの介抱を頼んでおいて。

 まだまだ、一日はこれからだ。

 

 

 

・ ・ ・

 

 

 

 さて。

 そんな慌ただしかった昼食の時間も終わり、私達は連れ立って広場の方へと足を運んだ。

 時刻は午後を僅かに過ぎた頃。平時なら午後の授業が始まる時間なのだけど、今日は昨日のサモンサーヴァントで召喚したばかりの使い魔と交友を深めるという名目で、午後からの時間は自由にしてもいいとの事だ。

 

「ほら、サイト。ここがヴェストリの広場よ」

 

 広場に着くと、そこには何人ものメイジと使い魔が楽しそうに戯れていた。考える事は皆同じよね。

 

「はう。まだ、こんなに居たんだあ……」

 

 同じ学年のメイジでも、皆が一緒に授業を受ける訳じゃない。数が多いものね。だからさっきの授業中には見なかった生徒と使い魔もかなり居て、またサイトは目を真ん丸にして驚いていた。

 幸いだったのは、広場の使い魔達がご主人さまの相手に夢中だった事だろう。あの教室みたいに、サイトに向かって平場中の使い魔が大挙して押寄せるような事にはならなかった。サイトもほっと胸を撫で下ろしている。

 

「ふぅん、やっぱり色々な使い魔が居るのねえ」

 

 そりゃあね。ハルケギニア全土から呼び出されたんだもの。色んな生き物がいるのは当たり前だ。そういえばキュルケの火トカゲ(サラマンダー)はどうしたのだろう。姿が見えないけど。

 

「あの子ならお昼寝中よ。けっこう気ままなのよね」

「あなたの使い魔だしね。らしいといえばらしいわ」

「ま、珍しさで言えばあんたとタバサの使い魔がとびっきりでしょうけどね」

「タバサちゃんの?そういえば、タバサちゃんの使い魔ちゃんって何処に居るの?」

 

 そう言ったサイトの表情を見つめ、タバサは、……、と空を指差した。

 

「お空……?」

 

 タバサの指を追って私達も空を見上げる。広場の上空を旋回していた大きな影が翼を羽ばたかせて降りて来たのは、まさにそんな時だった。

 轟、という風の一陣が広場を吹き抜けた。

 

「ふぇ、え、え、りゅ、え、え、え、ええ!?」

「落ち着きなさいよ。何を言っているのかまるで分からないわよ」

 

 しかしサイトが驚くのも無理は無い。私達の目の前に降り立った大きな影、全長六メイルもあろうかというその影の正体は、なんと竜だった。風竜だ。

 竜、という種族の中で見れば、六メイルという大きさはまだまだ小柄な方だろうけど、でもやっぱり人間視点から見るとそれはそれは大きな翼に見えるもの。

 

「わ、わ、わ、ど、ど、ドラゴンだぁ……」

 

 私の隣、サイトは今まさに大狂乱状態。サイトの世界には、六メイル級の空飛ぶ爬虫類なんてものは存在しなかったようね。いい反応で大変よろしい。

 私はといえば、すっかり“私”の記憶の中で見慣れているのと、全長80メイルもの成竜が実家に居るのとで、それほど驚きはしない。

 

「昨日も見たけど、やっぱり素晴らしいわね。あなたの使い魔は。名前はもう決めたの?」

「シルフィード」

 

 キュルケの問いにタバサは短く答えた。きゅいきゅい、と姿に似合わず可愛らしい鳴き声でシルフィードも挨拶をする。そういえばこの子は雌だったわね。まっしゅかまろんに紹介したら喜ぶかしら?あれ?あの子達は雄だっけ?ごついから雄だと思っていたけど、実際のところどうなのかしら。こんどちい姉さまに聞いてみようかしら。

 

 などというたわ言のような私の思考は、次に響いた、もう随分と聞き慣れたサイトの泣き出しそうな悲鳴で中断を余儀なくされる。

 

「ふぇ、や、わ、こ、こな、来ないで、や、わあ、あ、や、や、わ、わ―――!」

 

 ふむ。どうやら私のサイトはテンパるとうまく口が回らなくなるようね。

 シルフィードにつつかれながら一音のみをひたすら繰り返すサイトは、ついに腰を抜かしてへたり込んでしまった。そしてシルフィードのいいように顔を舐め回されている。キュルケのフレイムに続き、タバサのシルフィードにも私の使い魔は大人気のようだ。本人はびっくりするだろうけど、別に悪いことじゃないので私は何も言わない。

 

「ふぇぇ、や、やめ、やめて〜〜……!」

 

 きゅいきゅい鳴きながらサイトを舐め回すシルフィードと、そのシルフィードに迫られてたじたじのサイト。面白いのでもう少し見ていたいけど、放っておくとその内にまた泣き出してしまいそうなのでここら辺で止めに入ろう。

 

「タバサ、シルフィードを止めてあげて。サイトがまた泣いちゃうから」

「ん」

 

 と一言。タバサは無造作にシルフィードに近付くと、手にした自分の背丈よりも長い杖で風竜の頭をこんこん、と叩いた。きゅーい、と抗議の声を上げるシルフィードを無視し、タバサは己の使い魔に短く命令をする。

 

「駄目。離れて」

 

 きゅーいきゅーい、とシルフィードは悲しそうに二つ鳴き、ついでにサイトの顔をもう一舐めしてタバサの後ろへと下がった。

 段々べとべとになることが板に付いてきたサイトの顔を拭いてやると、サイトはほっと息を吐いて、ありがとう、と言う。

 

「ありがとうも、まあいいけど。そんな事より今は自由時間よ」

 

 立ち上がったサイトに、私は満面の笑みを向ける。

 さあ、私達もこの時間に交友を深めましょう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。