ゼロの使い魔ちゃん   作:402

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使い魔との一日(4)

 さて。

 アルヴィーズの食堂でつつがなく朝食を終えた私達一行は教室のある塔まで来ていた。

 食堂では、たった一人で十人前以上の皿を空っぽにするタバサとそれに負けじと対抗する私と私達の隙を縫って食べたい物だけを淡々と食べるキュルケによる朝食争奪戦が繰り広げられて、あっという間に目の前の料理が無くなっていく様子を目の当たりにしたサイトが目を真ん丸くしていたりしていた。

 何となくそうではないかと思っていたけど、やはり食事はスローペースだったサイトは水とパンのひとかけらしか口に出来なかったと言っていた。あれ、前の“私”の時よりひどくなってる?まあ、他のテーブルから強奪した料理をあげたから大丈夫よ。

 

「今日から新しい授業よねぇ。いよいよ、系統魔法も本格的に習うし、ますます私の微熱が昂っちゃうわ」

「ええ、そうね。私何やっても爆発するけど」

「去年で系統魔法は大体マスターした。あとは禁術を網羅すれば……」

「……あなた達に話を振った私が悪かったわよ」

 

 キュルケを先頭に教室へと入る私達。

 教室の中は、昨日のサモン・サーヴァントで召喚された様々な使い魔の動物や幻獣達が姿を見せていてとても賑やかな光景だ。

 それと同時に私の後ろで、ふわぁ、という可愛らしい声が聞こえた。言わずもがな。私達のグループの中でこんな可愛らしい声を上げるのは私を除くと一人しか居ない。サイトだ。

 振り向くと、サイトは本日二度目のおめめまん丸状態の顔で口をぽかんと開けて教室の中を見つめていた。

 

「使い魔達がそんなに珍しい?」

 

 と、キュルケが問う。こくこく、とサイトは頷き、そして絞り出すような声で、

 

「見たこと無い動物さんがいっぱい……」

 

 と呟いた。

 火トカゲ(サラマンダー)一匹くらいなら許容範囲だったかもしれないけど、数十匹以上もの幻獣珍獣は流石に驚くのか。

 そりゃそうだ。サイトはこの世界の住人ではないのだから、平然な顔をされててもそれはそれで困る。思えば、前のサイトも初めの内は色々と驚いていたものだった。

 驚くと言えばまた逆も然りな話で、サイトの世界について私は“私”の記憶の中の世界扉でしか見たことがないのだけれど、私からすればその世界の方が驚きと脅威で満ちていたように思う。

 

 それを鑑みれば、僅か一週間たらずで馴染んでしまった前のサイトはけっこう凄い奴なのでは?むう。ここに来て以前のヒラガサイト凄い奴説が浮上してきた。やっぱりただの犬じゃなかったのね。番犬よ。ケルベロスよ。私の中で何故か前サイト株が急上昇。あの世(?)であのサイトもさぞかし喜んでいる事だろう。

 

 それに引き換え、

 

「ひぃ、きゃあ、や、わ、ひぇ〜」

 

 と、教室中の色んな使い魔に囲まれて悲鳴を上げる私のサイトはさしずめ子猫といった所だろう。何も分からない非力な子猫ちゃんだ。私が守ってあげなくちゃいけない。

 という訳であんた達、私のサイトから離れなさい!まったく、キュルケの使い魔といい、どうしてこの子は使い魔にこうも好かれるのかしら。

 

「はう。ありがとう……」

 

 使い魔の群れから引っ張り出したサイトは、何だかよく分からない粘液でべとべとになっていた。ハンカチを取り出して顔を拭いてやる。誰だ、私のサイトに唾つけたのは。

 また使い魔に取り囲まれない内に席に移動しよう。私はサイトの手を引いて最前列付近の席にまで階段を降りて行った。

 

「…………ルイズちゃん」

 

 まあ、何となくわかってはいたけど、場所を移動したくらいでは使い魔たちは逃げてはくれないわよね。

 席に座った私達を、というか、サイトをぞろぞろと長蛇の列を作って追いかけて来た使い魔たちに、サイトはまたも取り囲まれてしまった。百鬼夜行か。もう仕方ないので放っておこう。さっき私が叱ったので、粘液を滴らすような使い魔も居ないみたいだし。

 

「うぅ~、ルイズちゃん~~……!」

 

 泣くんじゃないわよ……。襲われたりはしないわよ。されても助けてあげるわよ。

 なんて遊んでいる内に生徒の数が揃い、最後に教師であるミセス・シュブルーズが入って来る。

 

「皆さん、春の使い魔召還は大成功のようですね。このシュブルーズ、春の新学期にこうして様々な使い魔を見るのがとても楽しみなんですよ」

 

 定型文に則ったミセス・シュブルーズの挨拶が終わると、ミセスは私の隣で他の生徒の使い魔に囲まれてびくびくしているサイトに目を止めた。人間の使い魔が珍しいのもあるだろうし、そのサイトが周りに大量の動物を侍らせて局地的動物異空間を発生させているという光景も圧巻だったのだろう。しばしミセスはサイトと愉快な中間達を見つめた。

 

「ず、随分と変わった使い魔を呼び出したのね、ミス・ヴァリエール」

 

 私もそう思う。クスクスと教室から忍び笑いが漏れるけど、馬鹿にされてる訳では無い。だって、誰が見ても今のサイトの光景は面白いもの。

 前の“私”の時なんかは何かある度にゼロだ何だと馬鹿にされてきたけど、私は“私”の反省をきちんと生かして学院生活を過ごして来ているから大丈夫だ。具体的には馬鹿にされた片っ端から肉体言語と爆発魔法だ。“私”も私も、基本的な考え方は似通っているからね。舐められたら終わりなのだ。

 

「では、授業を始めましょう」

 

 宣言通り、授業が始まる。

 ミセスが手に持っていた杖を一振りすると、教卓の上に石ころが幾つか現れた。今日は土系統の授業だ。

 

「私の二つ名は“赤土”。赤土のシュブルーズです。系統魔法の基礎は既に一学年の時に習っておいででしょうけど、この一年間はさらに深く“土”という属性について知って、学んで、身につけていただきますわ」

 

 土系統。四代系統の中では、一番便利な魔法ってイメージがあるわね。穴を掘ったりゴーレムを作ったり、家なんかも作れたり。

 

「ねえねえ、ルイズちゃん」

「なあに、サイト?」

「毛糸魔法……って、なに?」

「系統、ね。魔法には属性があるのよ。火、水、土、風の四つね。これを魔法の四大系統って言うの」

 

 まあ、虚無っていう五つ目の系統もあるけどこれは世間一般では伝説扱いのおとぎ話みたいなものだからノーカンで。私は良く知ってるけどそれは今の授業には関係無いわよね。

 授業に関係のある話は、教卓で弁を振るうミセスがしてくれる。

 

「土は万物の創世を司る重要な魔法です。これが無ければ、金属を作り出す事もままならないし、加工もできません。石の切り出しや、農作物の収穫も今より遥かに手間取る事でしょう。土の系統魔法は皆さんの生活に、密接に関係しているのですよ」

 

 杖を振って、レビテーションで浮かせた石灰の欠片で前の大黒板に系統の説明を書きながら、ミセスの説明は続いている。

 その言葉に深く頷いている生徒は土の系統を持つメイジなのだろうか。

 確かに、土と、あと水の系統は生活必需魔法だ。国土整備や地理開発なんかの仕事を引き受けている貴族にはこの系統のメイジが多い。逆に、風や火は戦闘向きの系統よね。そっちはやっぱり軍人に多いかしら。

 

「では、まずは錬金の魔法です。土の基礎ですので、一年の時に覚えた方も居るでしょうけど。しかし基本を疎かにしては発展も成長もありません。おさらいの意味を込めて、ではやってみましょう」

 

 ミセスが杖を振り上げて、口端で小さく呪文を唱える。すると、教卓にあった石ころがピカピカの金属に変わってしまった。

 錬金魔法。

 土を触媒に、それを全く別の種類の土や金属に変えてしまう魔法だ。基礎と言っておきながら、土系統では最も利便性の高い魔法である。礎にして真理、なんていう言葉もあるくらいだ。メイジのレベルが高ければ金だって銀だって作り放題よ。

 

「き、き、金になっちゃたよ!ルイズちゃん、ルイズちゃん!」

「落ち着きなさいな、サイト。あれは金じゃないわ」

 

 サイトの驚き声が耳に止まったのか、ミセスはこちらの方を向くとにっこりと微笑んで自分が錬金した石ころを持ち上げた。

 

「ええ、その通り。これはただの真鍮です。金の錬金……いわゆる黄金錬成はスクウェアの、その中でも更に高位のメイジにしか出来ないものです。私は、ただのトライアングルですから、まだその境地には至れていませんね」

 

 と、ミセスは元・石ころの真鍮を教卓に置いた。では、という前置きをして続きの説明に戻る。

 そうすると、またもサイトが私の袖を引っ張って、

 

「ねえねえ、ルイズちゃん」

「ん?まだ何かあるの?あんたがあんまりこっちに近づくと、一緒に使い魔たちも来るから迫力が凄くて……」

「ぅぅ……、だって、ルイズちゃんが助けてくれないからぁ……」

「あーあー、もう、分かったから泣かないの。で、なあに?」

「う、うん……。さっき、トライアングル、とか、スクウェアって言ってたけど、それってなに?」

「ああ。それはね、系統を足せる数の事よ。魔法は、一つの属性だけでなくて他の属性も足し合わせるとより強力になるの」

 

 系統を四つ足し合わせて魔法を使えるのがスクウェアメイジ。それが三つならトライアングルメイジで、二つならラインメイジ。一系統しか使えないのがドットメイジ。

 

「例えば、土と火を足せるのがラインメイジで、ミセス・シュブルーズは土、土、火、の三つだからトライアングルメイジなのよ」

 

 一般的には足せる系統の種類が多いほど高位のメイジという認識がされるわね。スクウェアメイジでも、地、水、火、風、全部揃っているのといないのとでは周りからの評価は随分違うものだ。

 

「へぇ、えぇ……」

「理解できてる?」

「す、少し、だけ……」

 

 まあ、別にあんたは魔法を使えないから覚えていてもいなくてもどっちでもいい知識だけどね。と、視線をサイトから外して前に戻すと、ミセス・シュブルーズと視線が合った。ミセスは微笑ましいものを見たといった表情で小さな笑いをこぼして、

 

「ミス・ヴァリエールの使い魔さんは随分と勉強熱心のようですわね。興味を持つのは学習の第一歩、素晴らしい事ですわ。―――そうですね、では、そのミス・ヴァリエールに錬金を披露していただきましょう」

 

 ざわわわわわわっ!と周囲の人間が一斉にどよめいたのが私には分かった。

 明らかに椅子から転げ落ちた人も居るし、机の上の持ち物をかなぐり捨てて立ち上がった十名余りが我先にと教室の出入り口に押しかけてドミノ倒しのようにもなっているし、ちょうど今、窓ガラスを突き破って外へダイブしたのはマリコルヌだ。慌てていたので机に杖を忘れている。ここは五階なのに。

 ミセスは、たった一言で訪れた混沌の様子を怪訝そうに眺めつつも、しかしわたしへの指名を解くつもりは無いらしく、さあ失敗なんて恐れずにやるのですよ、なんて事を言っている。

 ほほう、と私は心の中でひと唸り。ミセスの授業を受けるのは初めての事だけど、まさか、まだこの学院に魔法の実践で私を指名する教師が居たとは。

 

「よーし、一発かましてやるわよ!」

「やめなさい!」

 

 久々のご指名に意気込んで立ち上がった私の膝裏にチョップを入れて座らせたのはキュルケだった。

 そして私の隣には、その代わりにと立ち上がったタバサが居る。

 

「ミス……タバサ?私は、ミス・ヴァリエールを指名したのだけれど……?」

「大丈夫です」

 

 タバサはミセスの言葉をまるっきり無視しながら教壇までの一歩を踏み出した。椅子に立て掛けてあった自分の背丈ほどもある節くれだった杖を手に、ゆっくりと進む。そして進みながらこんな事を言う。

 

「近い未来では私はヴァリエール姓です」

 

 訂正のツッコミを入れようと立ち上がった私をキュルケが今度は頭をはたいて座らせた。痛いじゃないのよ!はたく相手が違ってるわよ!

 

「いいからタバサに任せなさい。外ならまだしも、こんな教室の中でアンタの爆発を喰らっちゃたまんないわ」

 

 強制的着席を受ける私を尻目にタバサは教卓の前に到着した。初めは戸惑っていたミセスだけど、タバサが杖を一振りして石ころの一つを水晶の塊に変えたのを見て一気に顔を綻ばせる。

 

「まあ、水晶の錬金なんてそうそう出来るものではありませんよ!ミス・タバサ、あなたは優秀なメイジと噂には聞き及んでいましたけど、これほどとは!」

 

 タバサは残りの石ころにも次々と錬金の魔法をかけていった。ミセスの喜ぶ顔があるのはまあいいんだけど、久々の指名を横取りされてちょっと残念だったりする私である。

 

「爆発しか出せないくせに、何言ってんのよ」

「うるさいわね、キュルケ。最近は色んな爆発が出せるようになったのよ?」

 

 時間差連続爆発とか、閃光爆発とか、やたら目と喉と鼻にクる煙を出す爆発とか。七色にだって光るんだから。

 

「結局、全部吹っ飛んでるじゃないの」

「それが問題よね」

 

 なんて内に、タバサの目の前に錬金されていない石ころは一つだけとなった。

 

「これが最後」

 

 タバサが杖を振る。石ころはまたも水晶に変わり、さらにタバサは杖のもう一振りで造形の魔法を使った。四つん這いでお尻を突き上げているポースの水晶の私が出来上がっていたので、もう一度私は拳を振り上げて立ち上がった。またキュルケに膝カックンで座らせられる。何でよ!

 

「授業が進まなくなるから駄目よ」

「駄目じゃないわよ!なんであんな卑猥なミニ私が教卓に飾られてるのよ!」

 

 しかもタバサは水晶の出来を気にっているのか、どこか満足げな表情でこっちに向かって親指を立てている。飛びついてその親指を噛んでやろうとしたらまたもやキュルケが、今度は私の足首を掴んだのでバランスを崩した私は顔から地面にいった。

 教壇のミセスは、

 

「まあ!造形の魔法も使えるのですか!?噂以上の腕前ですわね、素晴らしいですわミス・タバサ!」

 

 こらーー教師ーー!魔法の成果物についても言及しなさいよ!

 

「さあさあ、皆さんも、ミス・タバサのような優秀なメイジを目指して勉強するのですよ。では、教本を開いてください」

 

 とことん私は無視されるのね。もはや抗議するタイミングを逸した私は大人しく黙る事にした。机に戻って教本と羊皮紙のノートを机に広げる。

 そうすると、私の形をした水晶を持ってタバサが隣の席に帰って来た。タバサはその水晶を机の真ん中に置くと、私の方を見ながら、どう?と聞いてくる。

 

「どうも何も無いわよ。何で私で、しかも、そんな格好で、そしてキス待ちの表情よ」

「練習の成果。そして」

 

 タバサは無言で水晶を軽く傾けた。

 

「この角度で光を当てると作り込んだパンツの皺までバッチリと……」

 

 私がいよいよそれを取り上げようと手を伸ばすけど、タバサはひょいとそれを躱して水晶を私の位置からでは手の届かない机の端に置いた。随分気に入っているらしいのでなでなでと水晶の私の頭を撫でている。

 

「ふわぁ……。魔法ってすごいんだ……」

「普通はこんな事には使わないんだけどね」

 

 私は机の端に居る小さな私をじっと見つめた。

 タバサの造形、というか魔法の腕は確かなので、悔しいけどそれは素晴らしい出来の代物となっている。モデルも素晴らしい美少女だ。卑猥な事を除けば。

 もっと芸術点が高ければ近代美術展覧会に出してあらゆる賞をかっさらう事が出来た作品だろう。何しろモデルが美少女だ。でも、苦言はある。それは一つだ。

 

「―――もうちょっとくらい、胸を大きく作りなさいよ」

 


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