ゼロの使い魔ちゃん   作:402

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私の使い魔(2)

「な、な、何なのよーーー!!」

 

 私は叫んだ。そりゃもう叫んだね。“私”も叫んでいる。

 それはそうだろう。

 だって“私”の記憶にある使い魔ヒラガサイトは、ただの冴えない平民の少年だったのだから。黒髪で、気が強くて、こんなに可愛いご主人さまが居るというのにあっちへきょろきょろこっちへきょろきょろするような駄犬だったのだ。

 

「え?う、あ、えと、その……」

 

 なのにどうだ。今私の目の前にへたり込んでいるヒラガサイトは。

 見れば、成る程、前のサイトの面影は確かにあるかもしれない。髪の色はほとんどそのままだし、瞳とか口元と、けっこう似ている。

 だけど。ああ、それなのに。この、ヒラガサイトは、ああ、もう、どういう事なの!?トリステインでは見ない、珍しいその服を内側から起伏させている、それは何?わかってる。それは胸。おっぱい。

 

 始祖に誓ってもいいが、“私”の記憶にあるサイトにそんな物騒な代物はくっついていなかった。ありえない。何の間違いだろうか。夢?夢なの?だとしたらこれは分類的に悪夢のカテゴリに入れるべきだわ。ご主人様より胸の大きい使い魔なんて。喧嘩でも売ってるのかしら。いいわよ、いつでも来なさい!

 

「―――ヴァリエール、ミス・ヴァリエール。呼び出した使い魔を威嚇していないで、契約を済ませてください」

 

 はっ!いけない。

 ミスタ・コルベールが私の事を困惑した目で見ているわ。

 そうね、サマン・サーヴァントは飛び出した使い魔と契約を交わすまでが一連の儀式ですものね。分かってるわ。呼び出した以上はそれを使い魔にしなくちゃいってのも、十二分に承知している。

 使い魔を送還する手段が無いからそもそも契約しないとどうにもならないとか、そんな召喚魔法の欠点を儀式だからとか言って有耶無耶にしてる感があるとか、そういう事も言いっこ無しよね。神聖とか始祖の時代から続く聖なる儀式とかもっともらしい事を言っておけば全部おっけーよね。

 

「ま、まあそう言わずに……。無事、召喚は成功したのですから……」

 

 腰の低いミスタ・コルベールに促される。まあこれ以上ストレス爆撃で彼の頭頂部を焼け野原にする訳にもいかないかしら。どう見ても手遅れだけど。そこは気分と罪悪感の問題だ。

 そうして、私は未だ呆然としているサイトの方へと歩み寄った。契約はしなくちゃいけないのだし、こんなサイトでもこの際致し方ない。胸元のソレについては後でじっくりと肉体言語を織り交ぜつつ問いただしてやろう。

 

「ひ……!」

 

 私が一歩近づくと、びくり、とサイトが身を震わせた。その瞳の中には明らかな恐怖の色がある。まったく、女の子みたいに脅えてるんじゃないわよ。女の子だけど。

 

「ほら、そこ動かないの。大丈夫よ。―――痛くなんてしないから」

 

「ひぃ……!」

 

 びくっ、と。またサイトが身を震わせた。いやちょっと、私が優しく微笑みかけてあげてるのにその反応は何なのよ。本気で怯えてる目をしてるんじゃないわよ。

 

「ルイズ、笑顔に邪悪の相が出てるわよ」

 

 だまらっしゃいキュルケ。誰の笑顔が邪悪よ。この超絶可憐美少女の私に向かって、失礼じゃないの。

 

「魔性」

 

 タバサまで何を言ってんのよ!

 

「ごめん」

 

 それでいいのよ。

 なんて、私達が言っている間にサイトはこちらに背を向けて全力疾走。逃げ出していた。

 

「あ!待て!」

 

 だけど私も足には多少の自信がある。“私”とは違って私はそれなりに体育会系なのだ。胸が無いから非常に走りやすいってうるさいわね!

 

「はあ、はあ……、っふぁ……、はう……」

 

 三メイルも追いかけると彼女の背中と苦しそうな吐息が、もう私の手の届く距離に近づいていた。なんて遅いんだ。どばどばミミズの方がもっと遠くに逃げただろう。

 そうして、私は何の躊躇もせずに記憶よりも一回り以上は小さい背中へとタックルをぶちかました。

 

「どっせい!」

 

 我ながら乙女らしくない掛け声だったと思う。だけど今は反省の時間ではない。

 タックルの勢いそのままにサイトの身体を押し倒した私は、そのまま後ろから彼女の腰を抱え込んで立ち上がらせないよう動きを封じる。しかしこの位置からでは契約のキスが出来ない。なので私は、逃げられないよう腰をホールドしたまま身体を少し浮かせて隙間を作り、片方の手を放して素早くサイトの身体をひっくり返した。……こんなキスの事前準備あるかしら?

 

「きゃあ!」

 

 女の子みたいな悲鳴が聞こえた。

 しかしそんな物で躊躇する私ではないのだ。ようやくマウントポジションを取った私は、上から体重を押し付けるようにサイトを地面に組み伏せる。

 線の細い身体だ。腕力も無い。胸は大きい。ああ、本当にこのサイトは女の子なんだなあ、と私はしみじみ思った。

 

「は、は、離してぇ……!」

「もう、暴れるんじゃないの!大人しくしなさいよ。あと、そんな声出さないで。まるで私があんたを襲ってるみたいじゃないのよ」

「襲ってる“みたい”じゃないわよねえ?」

「現行犯」

 

 外野からうるさいキュルケとタバサはこの際無視だ。さっさと契約を済ませてしまおう。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ!」

 

 右手で、サイトの両手を彼女の頭の上で纏めて押さえつけ、余った左手はがしっと顎をホールドする。いやいやと目に涙を浮かべながら頭を振るサイト。私は何をしているのかと、ふと、罪悪感のようなものが心に生じた。

 ふむ。

 客観的に見ると、今の自分が非常に完全にアレっぽいんじゃないだろうかと心配になる場面だ。しかし思い出してほしい。これはサモン・サーヴァント。私は神聖な儀式の最中であり、これは始祖の時代から連綿と続く至極真っ当な行いなのだと。

 

「く、く、う、うぐぐぅ……!」

 

 なんて、私が粛々と儀式の最終段階に入ろうというのに、サイトは最後の力を振り絞って腕の拘束を解いて抵抗してくる。

 ええい、無駄な抵抗はやめなさい。ていうか、何で抵抗するのよ!

 

「えと、その、あう、えと、お、乙女のピンチかと……」

 

 鋭い。そして乙女言うな。サイトのくせに。

 

「大、丈、夫、だから!その手を離しなさいぃぃ!」

 

「や、やめて〜〜〜……」

 

 私達の力比べは均衡していた。細腕にあるまじき火事場の馬鹿力的な腕力でサイトは私に抵抗している。

 と、そんな私達の様子に痺れを切らしたのか、とてとてとて、と可愛い足音を立ててタバサがこっちにやって来た。

 無表情ないつもの顔で、タバサはじたばたと暴れるサイトの両腕を掴むと、そのまま力任せに組み伏せた。こう見えて体育会系のタバサだ。一般平均的な女の子程度の腕力しか持たないこのサイトに、それがたとえ火事場の馬鹿力発動中だろうと、満足な抵抗が出来る筈がないのだ。

 敢え無く、サイトはバンザイの体勢で両手を固定させられることとなった。

 

「ひ、ひええ!た、たす、たすけ、助けてぇぇ~~!」

 

 悲鳴を上げるんじゃないの。男らしくないわよ!もう抵抗できないんだからさっぱりと諦めなさい!

 

「わ、私は女の子ん、んんぅぅ……!?!?!?」

 

 うるさい口を私の唇で塞いでやる。柔らかい。男ではない、女の子の唇だ。サイトの目が飛び出さんばかりに見開かれている。面白い顔ね。前のサイトもこんな顔をしていただろうか。

 短い契約が終わって唇を離すと、サイトは呆然と私を見上げた。口をパクパクさせてまるで魚みたいだ。なによ、そんなにショックを受けなくてもいいじゃないの。私に文句でもあるの?

 

 と、その時。ぽわぁ、とサイトの右手が光った。ルーンが刻まれているのだ。前のサイトはえらく痛がったけど、今度は大丈夫なのだろうか。茫然自失な今のサイトの表情からでは何も読み取ることは出来ない。

 

「よ、ようやく終わったようですな……」

 

 後ろからの声。振り向くと、そこには若干引き攣った笑みを顔面に貼り付けたミスタ・コルベールが立っていた。さらにその後ろには割とマジ引きしているクラスメイトの生徒諸氏が居る。何よ、神聖な儀式なんだから仕方ないでしょ。

 ……まあ、いくら使い魔とはいえ、女の子を二人がかりで組み伏せる姿は美しくはなかっただろう。しかもその上で唇を奪ったのだからその光景は、分かってはいたけど、やっぱり少し自重したほうがいいかもしれない。すぐ実力行使に走ってしまうのは“私”から引き継いだ私の悪い癖だ。少しは省みよう。三日間くらいは。

 

「む。ほう、珍しいルーンですな」

 

 気を取り直したミスタ・コルベールが、持ち前の好奇心を遺憾なく発揮して、未だ放心から帰らないサイトの右手を取り上げた。羊皮紙にその右手のルーンを書き写している。

 右手。あら、“私”の時のサイトは確か左手だった気がするけど、今度のは右なのね。右かぁ……。左はガンダールヴだったけど、そうか、今回は右のヴィンダールヴという訳か。“私”の時とは少し違うのね。まあ、そもそもサイトが女の子な時点で少しどころじゃなくて違うから、それはいいのだけど。武器使いじゃなくて獣使いって、なんか地味だな、とか思ってしまったのは内緒のお話。

 

「それでは、全員が無事に終えたようですし、今日はこれでお開きとしましょう」

 

 そんな感じで私が“私”の時との相違点を考えている内に、コルベールはフライの魔法でとっとと学院へと帰って行ってしまった。そんなにこのルーンが気になるか。まあ伝説だしね。せいぜいじっくり調べるといいわ。

 

 そのコルベールに続いて他の生徒も次々と校舎に帰って行き、最後に残ったのは私とタバサとキュルケだけになった。

 私はフライが使えないから歩いて帰るしかない。

 そんな私に、タバサとキュルケの二人が付き合ってくれるようになったのは、私達が一年生の時に遭遇した色々な事件と冒険がきっかけなのだけど、その話は多少長くなるのでここでは割愛する。いつかは話す時が来るかもしれないけど。

 

「その娘、大丈夫?」

 

 と、口を開いたのは三人娘の中で特定部位が一番大きいキュルケだ。

 キュルケは未だ忘却の彼方に意識を置きっぱなし状態で呆然唖然としている私の使い魔、ヒラガサイトの顔を覗きこんだ。タバサもそれに習う。私も。

 なんとまあ間抜な顔だ。瞳孔が開いている。ショック死でもしたのだろうか?

 死因:キス

 犯人は私で、共犯者はタバサ。トリステイン魔法学院が始まって以来の珍事件となるだろう。私はタバサを亡き者にして何処かへ姿を眩ますのだ。そしてキュルケが新入生にこの事件を語り継ぐ。嫌な、事件だったね。あほか。

 

 そうして時間だけが無為に過ぎ去り、私がけっこう本気でアンドバリの指輪を探した方がいいかなと思い始めたころになって、ようやくサイトがピクリと肩を震わせて忘却の地平から帰ってきた。ぎりぎりぎり、と彼女は鈍い音を立てて首を振る。

 

 私→タバサ→キュルケ→タバサ→私……。

 

 私~キュルケ間を三往復はしただろう彼女の視線はついに終着地点として私を選んだ。大粒の涙を湛える黒い瞳が私を見つめる。 

 たっぷり一分くらいは見つめ合っただろう。無限にも思えるほど引き伸ばされた時間を経てようやくサイトは、

 

「ファ、ファーストキスだったのに……」

 

 と、それだけの言葉を喉の奥から絞り出した。はて。それは“私”のセリフではなかっただろうか。


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