ゼロの使い魔ちゃん   作:402

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第一章 え?アンタ誰よ? 編
私の使い魔(1)


 私ことルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、自分で言うのもなんだが、随分と達観した幼年期を過ごしていたと思う。物心なんてものは言葉が喋れるようになる前からついていたし、それが異常な事だというのにも気付いていたし、その理由も既に解っていた。

 

 私は、生まれながらにして私以外の全く違う“私”の記憶を持っていたのだ。いや、記憶だけじゃないわね。その別の“私”の経験、考え、感触……、それこそ、生まれてから死ぬまでの何もかもを私は覚えているのだ。だけど、その“私”は私ではないという事も私は理解していた。その“私”も私だけど、決して今の私ではなく、それは別の“私”が生きた別の“私”の記憶と経験なのであり、現在の私とは人生的にも物理的にも一切関係無いものなのだ。ややこしいって?私もだ。

 

 とにかく、私の頭の中には別の“私”の記憶と経験が、何故かあるのだ。

 こういうのって何ていうのかしら。

 二重人格?

 違う気がする。突発的に凶暴になって鞭を振り回して「バカ犬!」とか叫び散らしたりは、私はしない。…本当よ?本当だってば。しないわよ。多分ね。

 過去世?一万年と二千年前から愛してる?

 私はそんなに長い時間は待てない。せいぜい運命とやらが私を散々に引っ張り回して波乱万丈が高潮のように襲ってくるその時が来るまでの10年かそこらが限界ね。そんなものは来なくていいという意見にはおおむね同意だけど。

 生まれ変わり?“私”が私に?

 まるで宇宙の法則が乱れてるわね。世界が一巡でもしたのかしら。加速の虚無は使えるのだけれどね。

 

 まあ、それはいい。苦労したのはせいぜい7年ほどだったから。

 私という、私が生来生まれ持った存在としての自己が形成されていくにつれ、私は頭の中の“私”と自分とを区別するようになっていた。

 7歳にもなる頃には私は“私”とある程度の折り合いを付けて生活する術を身に付けていたのだ。私は私なのであって、“私”は決して私ではないのだから、“二人の私”が時間と共に剥離していったのは、当然と言えば当然のことじゃないかしら。

 

 さて。

 そんな私の過去、特に7歳までの私は、いや、自分で思い出すのもアレなほどに荒れていた。私の中の“私”は、とにかく堅苦しいのやら束縛されるのやら馬鹿にかれるのやらを嫌ったのだ。コンプレックスとプライドの塊だったのだから仕方ないのかしら。“私”の幼少期も、まあ、違った意味でひどかったものだ。

 そしてそして。

 まだ、その“私”の記憶と自己との区別が曖昧だった私は“私”の記憶に引っ張られるように、何か事ある度に問題を起こしていたのだった。

 一番上の姉とは毎日のように喧嘩していたし、たまに訪ねてくるスカしたインチキ子爵の事はその度にぶん殴ったし、母様と喧嘩しては魔法で屋敷の壁を吹っ飛ばしていたし、自分の“力”の研究の為にこれまた屋敷を吹っ飛ばしていた。今思い出しても痛い過去ね。枕に顔を突っ込んで足をバタバタさせてしまうほどに。

 もういい。これ以上は思い出したくない。一番上の姉にはその事で今もいじめられるし。くそう。ガチの勝負なら絶対に圧勝出来るのに。でも、たまに遊ぶ姫様とは相変わらず仲が良かったわね。馬が合うってやつなのかしら。まあ、何故か姫さまはお医者さんごっこが好きだったけど、はて、“私”の頃もそんな遊びをやってたかしら?

 

 

 

・ ・ ・

 

 

 

 そういう過去も多々にありつつ十六年。

 私も随分と大きくなった。別の“私”同様にあまり成長していない部分もあるけど。いくら“私”と私が同一人物だからといってそんな負の遺産までもをきっちりトレースすることはないと思うのだけどどうだろう。

 もっとスラッと背の高くて胸ももっとボイン的でくびれとかもキュッとしていて全体的にアレがアレな私というのも一定以上の需要があるのではないだろうか。毎度毎度、とはいっても“私”と私の二回だけだけど、タバサと私とでその辺りの双璧を成す必要があるのかと私はサイレントマジョリティに問いたい。いい加減私もこのマイノリティ的な体形とポジションから脱したいのだ。

 

 こほん。さて。

 私がトリステイン魔法学院に入学したのが去年の話なのだから、学院側の制度改変が二学年の初頭学期直前に行われることがない限り私は今年で二年生へと進級できる筈だ。サモン・サーヴァントさえ成功すればの話だが。

 

 サモン・サーヴァント。

 慣例となった進級の試験であり、一生を共にする使い魔を召喚する大切な儀式だ。授業の一環でやってしまう儀式ではないと思うのは、決して私が頭の中の“私”同様に系統魔法が使えないからではない。だって、変なのが出てきたらどうするの?蛙とかもぐらとか出て来ちゃった人を“私”は知ってるわよ。それが運命だと言われればそれまでなんだけど。でもどうせなら、もっと格好良くて綺麗で凛々しくて頼れる運命に私は出会いたい。

 

 ……別にアイツの事じゃないわよ。

 しつこいぐらいに重ねて言ってるけど、私は私であって、“私”と私は等符号で結ばれた存在ではない。いくら別の“私”の経験や記憶があったところで、それはあくまで“私”の経験で、私には全く関係の無いことだからね。記憶と夢の中でしか会った事の無い何某の人物に恋焦がれるほど私は純粋で純情な夢見る乙女ではないのだ。

 

 でも、それって別に特別に変わった事じゃないでしょ?

 記憶と経験だけで考えれば、私は二人分の人生を生きている事になるんだからね。

 私が十六年で“私”の方がだいたい四十年ちょっとくらいだから、通算で六十年ほどの人生というわけだ。……以外と少ないわね。まあ、“私”の人生の末期はかなりの激動だったしなあ。戦場から戦場へ赴く日々に暗殺と裏切りの危機と世界の陰謀とまで戦っていたわね……。うん、私はもっと平穏に生きたいと思う。

 とりあえず、虚無なんてインチキ臭い過去の遺物が無ければ多少なり穏やかな人生になったのだろうけど、残念ながら今度も私は“私”と同じく虚無の担い手に選ばれてしまっていた。

 幼い頃、戯れで使った“私”の記憶の中の|爆発(エクスプロージョン)で屋敷の半分を消し飛ばしてしまったことがある。突発的かつ局地的な天変地異だということで事なきを得たが、流石にあの時は焦ったわね。威力的な魔法の才能ならば、今の私は“私”以上だろう。始祖ブリミルはよほど私のことを気に入ってくれているらしい。感謝の意と祈りの言葉と藁人形と五寸釘と剃刀の刃を一緒に贈りたいのだけど手紙の宛先にはなんと書けばいいのだろうか。

 

 まあ、それはいいわ。頭を抱えてもどうにもならない問題なんてものはそこらじゅうにあるもの。受け入れるしかない、という言葉は諦めではないと私は思いたい。

 

 

 

・ ・ ・

 

 

 

「では、ミス・ヴァリエール」

 

 そして来たるべきは運命の日。運命の刻。

 雲も少ない見事なトリステイン晴れの日の下に、数十名の学生が各々の杖を片手に集まっていた。皆、学院の入学から見知った顔ばかりの一年生だ。現在は二年生へとなる為の進級判定試験の真っ最中。

 つまりは、サモン・サーヴァント。

 

「―――どうしたね、ミス・ヴァリエール。前へ」

 

 ふと気付くとミスタ・コルベールが私を呼んでいた。考え事をしている内にいつの間にか私の番になったらしい。

 見れば、広場には様々な動物や幻獣で溢れていて、“私”の記憶に残っている使い魔の姿もちらほら見える。特に、あそこの風竜は良く覚えている。タバサの使い魔だ。きゅいきゅい鳴いているそれが実は喋れるという事を“私”の記憶が教えてくれて、なんとなーく懐かしい気分になった。もっとも、それは私ではなくて“私”の持つ感情なのだけれど。

 

 まあそんな事はともかくとして。

 私はミスタ・コルベールに促されるままに生徒の輪を外れ、広場の中心でルーンを唱え始めた。

 

「―――五つの力を司るペンタゴン、我の定めに従いし、使い魔を召喚せよ!」

 

 さて。

 一体、何が出てくるのだろうか。誰が定めたのかは知らないけど、規定に従うならばここで現れるのはアイツの筈だ。黒髪の生意気で度し難い平民のアイツだ。

 けど。けど、万が一その規定が覆ったらどうなるだろうか。犬とか猫とか。高望みをするなら幻獣とか竜とか。あ、竜はタバサと被るからパスで。幻獣でもグリフォンはパスね。あまりいい思い出がないもの。

 

 でもそうなると、私に相応しい使い魔というものは何なのだろうか。

 私の隣で、私と共に居てくれる使い魔。私の想像力が極度に貧困という訳でもないのだろうけど、でもやっぱりアイツ以外の使いまではしっくりこない。

 私がそう思ってしまうほど“私”のアイツへの想いは強いという事だ。

 私の自己が“私”というゴーストから独立して独り歩きを始めてからもう随分経つけど、胸の奥で常に渦を巻くアイツへの想いはいつまで経っても消え去らない。どころか、このサモン・サーヴァントの日が近づくにつれて、その想いは強くなっていっている。

 

 私の中で、“私”が叫ぶのだ。早く逢いたい、と。

 

 黙れと言いたいところではあるけど、その叫びの根幹は私なのであるから、それは結局は私がその出逢いを切望しているのと大差が無く、どんなに頑張ったところで“私”と私が等号で結ばれている内は私の意志は“私”の前では無視され続けるのであろう。やれやれだ。

 

 そんな、苦言に近い言葉をつらつらと並べ立てる私ではあるけど。

 でも、絶対アイツに会いたくないのかと言われれば、別にそういう訳でもないのだ。実は。

 何と言えばいいだろうか。例えるならば、絵本や歌劇の中のキャラクターに会いたいと思う、そんな気持ちに似ている。作者でも役者でもない、そのキャラクターそのものに会える事なんて普通ならまず無いだろう。だけど、アイツは違う。壮大な演劇のような“私”の記憶に出てくるアイツは、紛れも無い本物で、現実なのだ。しかも、今から私はアイツに会えるかもしれないのだ。

 

 うん、そうね、楽しみだわ。そう言い切ってしまって構わない。だから早く出てきなさい。私の使い魔。私の運命。仕方ないから、また私が面倒みてあげるわよ。

 

「―――あ、あれ?え、えと、ふえ?はえ?」

 

 光の中から、ソイツは出てきた。私の中にある“私”の記憶を掬い取ってみる。

 はじめましてと言うべきかしら、懐かしい人。

 

「……んん?」

 

 ……あれ?何か違和感を感じるわね。何だろうか。上から見てみよう。

 艶のある黒い髪。少し、いやけっこう長い気がする。

 きょろきょろと動く黒曜石のような瞳。こんなに艶っぽい瞳をアイツはしていたかしら。

 青と白とレースで縁取られたい見慣れない服。もはや記憶にすら無い。

 

 そして―――ああ、ああ、なんということでしょう。

 

「―――あんた……誰?」

 

 私は聞いた。

 “私”の記憶にある一場面を再現したわけじゃないわよ。口をついたその質問とクエスチョンマークは紛れも無い、この私自身の本心だ。誓ってもいい。なんなら始祖ブリミルへの祈りもおまけでつけよう。

 それほどまでに、その私の質問は|真剣(マジ)だった。

 

「え?…えと、ひ、平賀、|彩人(サイト)」

 

 運命の悪戯?神の試練?始祖の呪い?

 何でもいいし誰でもいいから説明して欲しい。私と“私”にだ。特に“私”への説明は丁寧かつ的確かつ命を懸けて臨んでもらえると助かる。なに、質問自体は至極簡単で、クエスチョンも一つだ。そのかわりにとてつもなく巨大なクエスチョンになるが、そこは勘弁してほしい。

 

 では質問だ。

 何故、私の呼び出した使い魔は女の子なの?

 


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