遡ること数分前。
千冬や箒たちがいるのとは別のピットのモニタールームでも、事態収束の為に動いている人たちがいた。
イザベラはアリーナの客席に入場した生徒たちのリストを照合、信を置ける上級生の個人の端末に連絡を取り生徒たちの避難誘導を任せる。取り残された彼女たちが言うには、幸いなことに深刻なパニックは起こっていないがアリーナから戦闘の音が響くたびに生徒たちが怯えているそうである。救出は急いだ方がいい。
イザベラはいつ教員部隊が突撃しても大丈夫なように非常口の扉の前を空けるよう指示をしながら、界塚ユキを手招きで呼び寄せた。
「…… 織斑先生との連絡は?」
「駄目です。アリーナの通信設備が麻痺したせいで、皆が織斑先生個人の端末に連絡を取ろうとしているみたいで……」
「臨機応変に動くしかないようですね」
IS学園に非常事態が発生したとき、その事態を解決するための陣頭指揮権は織斑千冬に与えられている。これは彼女が地上最強の称号を持つことに由来しており事態の収束能力そのものよりも人を束ねるカリスマ性を買われたという部分が大きい。マニュアルに無い事が起こった以上、彼女に全てを委ねるわけにはいかなかった。
「アリーナの戦況は? あとどれだけ持ちそうですか?」
「正確な判断は難しいです。白式とスレイプニールは機動性で正体不明のISと渡り合えるので、客席に被害が出ないようにするだけならそれなりの時間は稼げます。ただ問題は打鉄です。敵ISの攻撃にも数発は耐えるだけの防御力はありますが機動性で劣ります。攻め手に回ればその防御力が活きると思いますが……」
「戦いは当事者に任せるしかないでしょう。正体不明の敵。戦っている本人たちにしか分からないこともあります」
「大丈夫です。なお君のこと、信じていますから」
「ならば私たちは私たちに出来ることを急ぐしかありませんね。恐らく織斑先生は学園外部にも協力要請を出しているはずです。しかしアリーナのシステムセキュリティーが破られている以上、利用できる通信回線であっても使う訳にはいかないでしょう。私は新しい情報共有経路の確立に回るので、この場は界塚先生に任せます」
「分かりまし―― ちょっとあなた!? なにしてるの!」
モニタールームの窓から下のピットを覗いたユキが叫んだ。
今まさにモニタールームから出ようとしていたイザベラが慌てて引き返しピットを覗き込む。
そこには一人の女生徒が立っていた。
ピットは客席と異なりシールド一枚でしかアリーナと隔てられていない。
「そこは危険よ! 今すぐ離れなさい!」
「待て界塚先生! 彼女は――」
『私なら大丈夫ですよ』
少女が口を開くと、ガラスで隔てられているはずのモニタールームに彼女の口の動きの通りに声が響いた。
「これは、プライベートチャネル!?」
「ええ。彼女も専用機持ちの一人です。IS学園生徒会長、ロシアの国家代表操縦者『更識 楯無』」
「生徒会長……?」
『それより先生方がここから避難して下さい。このピットのシールドを破壊します』
「待って! どうやってシールドを破壊するつもり!?」
『ちょっと荒っぽい手段を使うので、少しだけ揺れますよ』
そう言って更識楯無はISを右腕だけ部分展開し、さらに装備を呼び出す。
「――《
そして円錐型の突撃槍を振り回し合金製のピットの床に亀裂を生じさせる。だが彼女の行動はこれだけに終わらない。
「……なにあれ、煙?」
「霧、ですね。アレもまた彼女の武器です」
楯無の周囲にうっすらと霧が立ち上る。そしてその霧は流れるように床の亀裂に注ぎ込まれていった。
(アリーナの設計は頭に入っている。構造的にはきっとこの奥に――)
霧の正体は特殊ナノマシンを含んだ水の粒子。楯無の専用機は、ISのエネルギーを伝播する性質を持つこのナノマシンを操り武器とすることができる。
やがてそのナノマシンを有する霧はピットの床の奥、目的の場所に辿り着いた。
(―― 見つけた。この流形エネルギー、シールドのエネルギー供給パイプに間違いない)
「いくわよ……《
瞬間、ピットの床の奥底で爆発が起こりモニタールームまで大きく揺れた。
教師二人は床に伏せ頭を抱える。
「な、なにをしたの!?」
「クリア・パッション……! ナノマシンにより伝えたISエネルギーによる熱と爆発でISの装甲内部にダメージを与える技です! 彼女が破壊したのは恐らく――」
起き上がった二人がピットを見ると、そこには既に楯無の姿は無かった。
イザベラは急いで計器を確認する。するとやはりピットとアリーナを隔てるシールドが消失していた。
「やはり、シールドのエネルギーを供給するための設備のうちのどれかを破壊したでしょう。ハードさえ破壊してしまえばソフトをハッキングされたとしても問題はない。……彼女の言った通りこのモニタールームも危険です。退避し、手動でピットへ通じるシャッターを閉じます」
「……はい!」
◇
「……更識、さん?」
思いがけない増援に、一夏は呆然と問いかける。
「ふふっ更識だと紛らわしいし、『楯無』って名前で呼んで♪」
更識楯無と名乗った少女は、独特な形状のISに乗っていた。
サイズは普通のISより一回り小さく、人に近いシルエットを持つ打鉄と同じくらい。だが装甲がかなり少なく、剥き出しになった肌を覆うように水のヴェールを展開している。非固定浮遊部位として浮かぶ二つのクリスタル・パーツからそのヴェールは伸びていた。
「IS『ミステリアス・レイディ』。霧纏いの淑女の名の如く、敵を翻弄し打ち倒すISよ」
その外観からいったいどのような戦い方をするISなのか、一夏には見当がつかない。
突然アリーナに現れた姉に、簪は敵の攻撃も忘れて質問をした。
「お姉ちゃん、どうしてここに……?」
「大切な生徒と可愛い妹のピンチだもの。何処へだって駆けつけるわ。――それより簪ちゃん、早くそいつから離れなさい」
「わ、わかった……」
地面に倒れていた簪が起き上がると、襲撃者のISはピクリと反応した。
「あら、余所見は禁物よ」
ミステリアス・レイディはその手に蛇腹剣《ラスティー・ネイル》を展開し、敵の動きを牽制する。
その隙に打鉄は距離を取る。スレイプニールは打鉄を庇うかのように襲撃者の後ろに降り立った。
『…………』
四機のISが襲撃者を取り囲む。
「ねえ一夏くん。こいつ、オープン・チャネルで話しかけても返事をしないのだけど。降伏勧告が通じないのかしら?」
「ずっと呼びかけてても反応しないですよ。むしろ俺らが話し合ってるのを聞いてる方が多いです。もしかしたら、無人機かもしれない」
「無人……? それは斬新な意見だけど試してみる価値はあるかもしれないわね。なにか作戦はあるの?」
「作戦とかは伊奈帆が……」
「作戦と言うほどのものではありませんが、手順ならいくつか。でもそろそろこいつが――」
「――動く!!」
襲撃者がその巨大な腕を振り回し独楽のように回転しながら熱戦を撃ちまくる。碌に狙いもつけていない攻撃だが連射速度故にその密度はかなりのものだ。
四機は上空へ退避し熱線から逃れた。
大人しくしていたと思ったら急に攻撃を再開するそのリズムを、戦ってきた三人は既に知っている。
「一夏! 僕が援護する。もう一度《零落白夜》を!」
「分かった! でもエネルギー残量的には後二回が限度だ!」
「それでいい」
スレイプニール、そして打鉄がアサルトライフル《焔備》を構え、巧みな連携で襲撃者を追い込んでいく。伊奈帆は更に追い打ちとして虎の子のグレネードを放り込んだ。
爆風で抑え込まれ襲撃者の動きが止まった瞬間、瞬時加速で突撃した白式が零落白夜による一撃を放つ。
それを敵ISは躱した。全身のスラスターを利用した操り人形のような動きで雪片の一撃を紙一重で避ける。
「くそっ! まただ!!」
「それは違うわ、一夏くん」
ミステリアス・レイディが振るう蛇腹剣《ラスティー・ネイル》が、鞭のように敵ISの巨大な腕に絡みつく。
「楯無さん!」
攻撃をした本人である楯無も、自分の一撃がここまで綺麗に入ったことに驚いていた。
事前に伊奈帆から知らされた作戦の通りに攻撃をしたところ本当に命中したのだ。
『―― 一撃必殺の零落白夜の危険性を、あのISは高く評価設定している。最優先で避けなければいけない攻撃だと判断してるからこそ、今までの一夏の攻撃は全て回避されていた。ならば零落白夜と同時に来た攻撃に対しては優先順位が低くなる。攻撃をダメージの値でしか換算していない機械の弱点だ』
(……ご明察よ、界塚伊奈帆くん!)
敵ISが絡みついた蛇腹剣を解こうとするも、刀の節がガッチリと噛み合っているため容易くは抜け出せない。ピンと伸びた蛇腹剣が二機のISを結びつける。
だがパワーで勝る襲撃者のISにミステリアス・レイディはジリジリと引き寄せられていた。
「――いけない!! お姉ちゃん!」
敵ISが勢いよく腕を振るうと、小柄なミステリアス・レイディはハンマー投げのハンマーのように宙に浮かぶ。そしてそのまま振り回し、楯無を地上に叩きつけようとした。
「甘いわよ!」
だが地面に激突する瞬間、ミステリアス・レイディはPICで姿勢を制御。慣性を殺し柔らかに着地をする。
「……すげぇ」
戦いの途中だが、一夏と簪はその鮮やかな動きに見とれていた。
「それじゃあ仕返しよ! 《ラスティー・ネイル》!!」
瞬間、蛇腹剣の刃の節々から高圧水流が噴き出す。高速で噴射される水にISエネルギーを上乗せした刃は瞬間的に恐るべき切断能力を発揮。
四方八方からその刃に切り刻まれた襲撃者の腕はズタズタに引き裂かれる。生身の人間で例えるなら剃刀製の鎖で腕を縛り上げるようなモノ。襲撃者の腕の傷口から覗くのは機械でしかなかったが、その無残な姿はグロテスクですらあった。
「エグすぎるだろ……」
「一応私の名誉のために言っておくけど、今の技、競技だと封印してるからね!」
切裂かれた襲撃者の右腕はだらりと垂れ下がり、大きく火花を散らしている。もはや熱線攻撃も怪力も発揮することは出来ないだろう。
「ここまで追い詰めて、逃げられるわけにはいかないわね。機動力のある白式、スレイプニールで頭を押さえて。トドメは私が」
「……私もいく」
「簪ちゃん!?」
「ごめんお姉ちゃん。もう助けられるだけは嫌なの。ヒーローみたいにかっこいい自分にはなれなくても、お姉ちゃんの足は引っ張りたくない」
「そうね……。分かったわ。二人とも、挟撃でいく。伊奈帆くんは簪ちゃんを上空援護。一夏くんも突撃の用意だけはしておいて。牽制の役目もそうだけど、もしかしたらトドメを任せることになるかもしれないから」
「了解」
「わかりました!」
「それじゃあいくわよ!! 簪ちゃん!」
「うんっ!」
左右に散らばった打鉄とミステリアス・レイディは挟撃の形で敵ISに接近する。数の上では四対一、おまけの主兵装たる腕を片方失いつつも敵は撤退を選択しなかった。
周回軌道を描きながら近づく打鉄に熱戦を放ちながら、距離を詰め迎撃に出る。
「このまま、突っ込む……!」
「援護する」
簪は熱戦を左右に躱しながら接近、打鉄の手に近接格闘ブレード《葵》を展開する。そして敵が左の拳を振り上げた瞬間、一気に体勢を低くした。
(―― 瞬時加速)
敵の剛腕の下を最大速度で潜り抜け、擦違いざまに斬撃を見舞う。
脚を狙った斬撃を襲撃者は前転するように飛びあがり回避。その頭上から零落白夜の輝きが迫るが、さらにスラスターを吹かして横に旋回するように回避する。
そして図らずも上空を仰ぎ見る体勢になった襲撃者のカメラに映ったのは、今まさに攻撃を繰り出そうとする白式の姿だった。
「喰らいやがれぇぇっ!!」
瞬時加速の勢いを乗せた白式の飛び蹴りが、襲撃者の頭部を踏み砕く。最初の零落白夜は一夏が投合した雪片によるもの。
「頭を押さえた!」
頭部をつぶされても襲撃者は動き続ける。
自分の上の白式を捕らえようと巨大な左腕を伸ばすが、それを上空から降下したスレイプニールが加速した勢いで
「一夏、本当に頭を押さえる必要はないよ」
スレイプニールは敵ISの腕に跨り、展開した《葵・薄葉》を突き刺し地面に縫い付ける。その二本で僅かに動きを封じ、そして新たに展開した二本で左腕を付け根から切り落とす。
「……そんなに持っていたのかよ」
もはや襲撃者は虫の息。このまま抑え込むことも容易だろう。
だが楯無に攻撃の手を緩めるつもりはなかった。
「退いて!! 二人とも!」
飛び上がったミステリアス・レイディの手に握られているのは戦闘開始時に投擲されたランス《蒼流旋》。
「のわっ!!」
二人は慌てて飛退く。
そして楯無が振るい、ナノマシンの水流を竜巻のように纏い破壊力が増したそれは襲撃者の胴をあっけなく貫いた。
最後にもう一度だけ火花を散らし、力なく倒れる襲撃者のIS。四人のISのハイパーセンサーもターゲットの無力化を表示している。
「…………」
「……勝ったのか? 俺たち」
「目標は機能停止。客席への被害は無し。僕たちの勝利だ」
襲撃者だったISはピクリとも動かない。何度かハイパーセンサーで調べても危険性は感知できなかった。
『本当に無人機だったのだろうか?』、そう思って装甲の中を覗き込もうとした一夏の前に楯無が立ち塞がる。
「楯無さん……?」
「離れて一夏くん。ISは国家機密の塊。一見して安全そうに見えても巧妙に自爆装置が組み込まれてるかもしれない」
「自爆!?」
「そんな心配しないで、簪ちゃん。私から見てもこれが自爆する可能性はあまり高くない。離れるのは念のためよ」
「……分かりました」
「うん。よろしい♪」
一夏が言われた通りに襲撃者から離れているとプライベート・チャネルから通信が入る。
『織斑くん! 織斑くん無事ですか!?』
「うわっ! 山田先生!?」
『ああよかった、無事ですね。えっと織斑くんたちがISを倒してくれたおかげでアリーナの制御も取り戻しました。客席の避難誘導も始まっています。これから教員部隊がアリーナに出るので、皆さんは安全が確認されるまでの間ISを展開したまま待っていてください』
「はい」
一夏が返事をした直後から、ピットから教員用ラファールを装着した先生たちが続々と降りてくるのが見えた。
「……本当に、助かったんだね私たち」
簪がぽつりと呟いた。近づいてくる大人たちを見て、ようやく安心したのだろう。
その気持ちは一夏にもよく分かった。
「ああ……。そうだな」
既に更識姉妹が出そろいました。アニメ二期でやっていた『専用機専用タッグマッチトーナメント』の展開を一つのイベントにまとめてしまった感じです。
そろそろ原作一巻の範囲が終わりですが、初投稿からここまで一年もかかってしまいました。