艦これ的怪談   作:千草流

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9.アヤカシ

海に潜む異形のモノ達、ヒトは彼らを時に怪物と、時に化生と呼んだ。

 

「えっと、あれは随分と前の事なんですが」

 

赤城、航空母艦を務める彼女が今回の語り手であった。

 

―――ザブン

 

高波が押し寄せてくる。ヒトでは逃れ得ぬ自然、或いは物の怪であれば乗り越えることが出来る自然。

 

「あの日はひどい嵐でした、視界はほぼ通らず艦載機の発着も不可能と言わざるをえませんでした。そもそもそんな天候の中で空母を運用することからして間違っているのですが、当時は提督も経験値不足で天候やその他諸々の要因を考えた編成が出来ていなかったので仕方ないといえば仕方ないのかもしれません」

「とにかく、そんな中での戦闘は困難を極めるため、出撃を中止し帰投命令が出た所であれは現れました」

「あれが生き物なのかそうでない何かであるのかは判別出来ませんでした。ただ、恐ろしきものとだけ理解出来ました」

 

―――ザブン

 

「あれが現れる直前、深海棲艦との交戦状態になっていました。あいては駆逐艦が一体のみ、晴天であれば難なく卸せる相手でしたが嵐の中では圧倒的に敵が有利でした」

「非常にマズイ状況で私は一目散に撤退を選択しました、勿論敵も追いかけてきます。必死に回避行動を取りましたが駆逐艦が相手では速度で勝てる訳もなく徐々に距離を詰められていきました」

「このままでは嬲り殺しにされてしまう!なんとかしなければ!そう思ってもどうしようもない状況で波が、黒い波が見えました」

 

―――ザブン

 

魚雷の恐ろしさを知る誰かが恐怖を思い出し僅かに身を震わす。それに構うことなく赤城は語りを続ける。

 

「悪天候の中で視界が遮られたその状況でも何故かその波はハッキリと目に移りました」

「真っ暗な海の上にあって、その波は黒い色をハッキリと目立たせていました。あれは何だ?それがただの波ではないことに私はとうに気が付いていました。それでもなんとなくアレの姿の全貌を見たいとは思いませんでした。きっとああいった物は目に移すものではないとそう思いました」

「そこで敵も奇妙な波の存在に気が付いたようでした、一端私から注意を逸らし今度は波に向けて砲を放っていました。しかし、波は器用にも身をくねらせるようにして敵の砲を回避していました」

 

―――ザブン

 

波が見えた、黒く黒く蛇のような龍のような波が見えた気がした。

 

「その時、絶好の撤退の機会だったのでしょうが、私は逃げることを止め敵と波を見ていました」

「どうしてそんな行動に移っていたのかは私にも分かりません、でも何故か目が離せなかったんです。波が、一波、二波と敵に近づいていきました。あれはまるで目の前に敵がいることなど気が付いていないかのようにゆっくりと進んでいました。更に攻撃を強めた敵ですが、波に当たることはありません。やがて波と敵がぶつかりそうな距離まで近づいた所で、敵はこれならどうだと言わんばかりに魚雷を放ちました。あの距離ではどんな高速船でも回避は不可能だと思いました。実際、魚雷はあの黒い波に直撃しました。そう確かに直撃したんです」

「でも、波は何事も無かったかのように敵に迫っていきました」

 

魚雷を受けても損傷を受けていない、その事実を聞いて今度は魚雷を持つ誰かが思わず身を震わした。

 

―――ザブン

 

波が迫ってくる、恐ろしき黒き波が。

 

「あ、と思った時にはもう手遅れ、波は悠々と敵に圧し掛かりました」

「敵ももがいていたようですが、どこまで続いているのかと言いたくなるほどの波の繋がりが絶えることはなく、いつしか敵の姿は海の底に消えていきました」

「そして波はまた何事も無かったかのように流れていきました」

 

―――ザブン

 

向かって来ては去るのだ、それが波なのだ。いつしかそこからその姿はいなくなる。

 

「恐らくですが、あの波はただ単純にあの場を通っただけで、何も私を助けようとか敵を沈めようとかそういった意志は無かったと思います」

「現に、波は私の事など気にも留めずそのまま去っていきました。それを私はただ茫然と眺めていました。どこまで孤高でどこまでも優雅で、そしてどこまでも自由、そんな印象をアレからは受けました。そして私がふと明かりを感じて我に返るとアレの姿はどこにもありませんでした。嵐はいつの間にか過ぎ去り、雲の隙間からは薄く太陽の灯りが顔を覗かせていました」

「私はついさっき見たモノが一体なんだったのかと、少しだけ頭を捻らせながら鎮守府に帰投しました」

 

―――ザブン

 

海には怪しきモノ達が棲む、彼らは誰の指図も受けない。ただ自由に自分達のやりたいようにする。それが例え、ヒトの生活を脅かす事であろうと、彼らには関係ない。彼らはヒトではないのだ。

 

そんな海に潜む異形のモノ達、ヒトは彼らを時に天災と、時に妖と呼んだ。

 

人知の及ばぬ何か、ただの生物であるかそうでないのか、それすらも分からぬ何か。ただ分かるのは抗えぬ恐ろしきモノである事、それだけ。

 

「最初にも言ったように、あれが何であるかは現在でもよく分かっていません。報告書にもただ、謎の巨大生物と接触としか書いていないのできっと鯨か何かを見間違えたのではないかと思われていることでしょう」

 

「でも私にはあれがそんな単純なモノであるとは思えません。私が見たモノは、そうですね、例えるならば巨大海蛇とか龍だとか言えるかもしれないような形状をしていたからです」

 

「アレが何であれ、きっと今もアレはどこかの海を自由に彷徨い続けている事でしょう」

 

波に飲まれ、蝋燭の明かりが消えたような気がした。

 

一瞬だけ目を閉じて、開けた時にはそこには静かに輝く蝋燭の火が確かにその存在を揺らめかしていた。

 

まだ火が消えることはない。




アヤカシ:特定の妖怪を指す名称ではなく、海の怪異全般に対する名称。言ってみれば海坊主なんかもアヤカシの一種。妖怪の妖もアヤカシと読むことから、不思議なモノ全てをとりあえずアヤカシと呼んだのではないだろうか。物の怪とか化け物とかそういった言葉と同じような種類の言葉に当たるであろう。

今回は海蛇のような何かにアヤカシの代表として登場して貰った。因みに沖縄の辺りでは海蛇の料理もある。おいしいかどうかは食べたことがないから分からない。赤城さんなら食べたことありそう。

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