艦これ的怪談   作:千草流

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5.河童

「河童っているだろ?」

 

次なる語り手は天龍であった。

 

世間話を始めるかの如く軽い口調で彼女は語り始めた。

 

「あの川辺に出るっていう、胡瓜が好きで頭に皿が乗ったあの河童な」

「海の話しているのになんで川の河童なんだって顔しているな?まあ最後まで聞いてくれれば分かるんだけどさ、とにかく俺はその河童にあったんだよ、遠征に出てるときにな」

 

河童とは字の如く、河の童である。とても有名な妖怪であるが遠征に出ている時、つまり海で合う怪異としては不自然ではないかと、誰かが首を傾げた。

 

「正確なこと言えば海の上で合ったわけじゃないんだ」

「あれはどの辺りだったか、南に下った所で赤道直下くらいまでいった所にあった小さな島でアイツらに出会ったんだ。かなり長距離の遠征に出てた時のことだったから、そろそろ一休み入れるか、そう思ってその小島に寄ったんだ。それで皆で飯食ったりしながら少しのんびりしてたらな、島の森の方から、ガサゴソ、ガサゴソ、ていう音がしてきたんだ。風も吹いていなかったし、人が住めるような大きさの島には見えなかったから獣かなんかかと思ったんだ」

「少し警戒しながら森の方に目をやってたらそいつらが出てきたんだ」

 

―――ガサゴソ

 

暗闇の中で、誰かが蠢いた気がした。誰もが身じろぎせずに語りを聞いている。

 

「河童だ!そう言えたら面白かったのかもしれないけど、残念なことにそいつらはとても河童には見えなかった」

「まずは頭に皿が無かった、それに水かきとかも無かったし、あと肌も少し黒っぽい色合いで茶色の毛も生えていて、なんというか猿と人の中間?そんな感じだったんだ。まあ見たことは無かった生き物だけど、たぶん猿の仲間だろうなあ、なんて思いながら見てたんだよ」

「あいつらも普段は滅多に来ないであろう海からの来訪者に興味があったんだと思う。最初の一匹に釣られるようにまた何匹か森から出てきたんだ」

 

―――ガサゴソ

 

部屋を走り回っている。何匹も、何匹も。

 

「それを見てちょっとマズイかなあ、って思ってた」

「猿ってのは力が強いし結構狂暴なイメージがあったからさ、縄張りを侵されたと勘違いして襲われるんじゃないかって。いざとなればこっちも実力行使に出る必要があるかもしれない、そう思ったからアイツらを刺激しない内に早いとこ島を離れようかと思ったんだ」

「そう思っている内に、アイツらの内の一匹が恐る恐る近づいてきたんだ。敵意は感じられなかったし、なんというか観察してくるような目線で見てくるから、こっちも下手に動かずにじっとしてたんだ。それである程度まで近くに来たところで暫くジッとこっちを見てきたかと思うと、急に森の方に振り向いて鳴き声を上げたんだ」

「なんというか形容しにくい鳴き声だったんだけど、鴨とかの鳴き声をもっと低くしたような感じで何に近いかと言えば蛙だったかもしれない、ギャ、ギャ、って感じで鳴いてんだ」

 

―――ガサゴソ

 

踊っている?笑っている?それはそれは楽しそうに、それはそれは愉快そうに。

 

―――ガサゴソ

 

誰かが後ろを振り返る、そこには誰もいない。

 

「ヤバいか?そう思って撤退しようとしたんだが、アイツらはまるで踊っているみたいな動きで、手を叩きながら森から出てきたんだ」

「普通なら威嚇かなんかだと思うんだろうけど、そいつらの姿はなんというか遊んでいるみたいでな、すっかり警戒心が解かれちまった。そんでもって近くまで寄ってきて踊るもんだからこっちもなんだか楽しくなってな、俺も皆も笑ってた。今思えば、きっとあれはアイツらなりの歓迎の挨拶だったんじゃないかと思っている。それでその後も森の方から食えそうな木の実みたいなの持ってきてくれたり、チビ共は向こうのチビ共と追いかけっこし始めたりしてさ」

「それでかなり賢い生き物なんだなあ、とか思ってたら、アイツらが砂浜になんか絵みたいなのを書いていたのを見つけたんだ。俺も興味本位で何かやってるのかと覗いてみたんだ。そしたら丸とか棒とかを並べたり組み合わせたりしたような奇妙な絵を書いてたんだ。しかも書きながら仲間と、ギャ、ギャ、っていいながらまるで会話してるみたいなんだ」

 

―――ガサゴソ

 

嗚呼楽しや楽しや、踊れ歌え。誰かが踊り誰かが歌う。室内には天龍の語る声だけしか響いていない。

 

「それでよく見ると同じような絵が、いや絵というより記号みたいなのが何度か描かれていて規則性みたいなものが感じられたんだ」

「まさか!そう思ったさ、それはまるで文字じゃないかって。ずっと昔の象形文字に似たような物があったような気がして、コイツらには確かな知性があるんじゃないかってな。これはもしかしたら大発見なんじゃって思った。でも結局、この事を公式に報告することはしていない」

「だってさ、可哀想じゃんか。いつからあの島に住んでいたのかは知らないけど、もしアイツらのことが明らかになったらきっと大勢の奴が寄って集って調べ始めるだろ?そうなったら、アイツらがいままで平穏に暮らしてきた物が台無しになっちゃうんじゃないかってな。それが良いことか悪いことか俺には判断出来ないけどさ、こいつらが楽しく暮らしてんのを邪魔するのはなんか違うだろって、そう思ったんだ」

 

―――ガサゴソ

 

手拍子の音が、合わせて歌う声が、釣られて踊る足音が、楽しき宴が、闇の中で静かに盛大に執り行われる。

 

誰かが辺りを見渡す、顔を知る誰かがそこにはいた、それだけ。

 

「それで暫くの間そいつらと戯れてたんだけど、流石にそろそろ出発しないといけない、それで別れの挨拶がてら近くにいたそいつらの頭を軽く撫でて、海に出たんだ」

「少しばかり名残惜しい、また近くに来ることがあれば寄ってみるか。そう思いながら島の方をもう一度だけ見返したんだ。するとアイツらも名残惜しいのか海に身体が半分くらい浸る所まで入ってきてこっちを見てたんだ」

「そこで、アイツらに変化が起きた」

 

宴もたけなわ、賑やかな宴もいつかは終わる。

 

―――ガサゴソ

 

―――ガサゴソ

 

―――ガサゴソ

 

天龍は楽しかった思い出を語るように、そこまで語り切ると、一度言葉を止め息を吸った。

 

「驚いた!初めに毛が抜け始めて、皮膚も少し艶が掛かって水を弾いているようだった!やがて手足の指の間の皮膚が広がって水かきみたいになった!それで抜け落ちた頭の毛の下からツルンとした皿みたいな頭が出てきたんだ!それで手を振って、歌うように鳴いてたんだ!ギャ、ギャって!河童だ!あれは河童だ!」

「その時になってようやく気が付いた、アイツらはきっと河童だったんだって」

「まさか河童が陸の上であんな毛むくじゃらな猿みたいな恰好だとは知らなかったから心底驚いたさ」

 

―――

 

静寂が広がる。宴は終わり心地よい余韻だけが残る。

 

「ここからまた少し不思議なんだけど、遠征から帰ってあの島を探そうと海図を開いたんだ。だいたいの位置は覚えていた、その筈なのに何度調べてもあの島の位置がはっきり分からないんだ」

 

「それで記憶を頼りに近くまでいって探したこともあったけど、島は全く見つけられなかった。確かに間違いなくあの島は存在する、一緒にいたやつもアイツらの事を覚えていたからそれは間違いないんだ。それなのにあの島はまるで消えてしまったかのように、見つけることが出来なかった」

 

「残念だとは思ったさ、でもきっとそれでいいんだ。アイツらはきっと今も、あの島で楽しく暮らしてんだからさ」

 

天龍は語り終える、遠く遠くの島を見つめるように、懐かしむように。

 

どこか冷たい物が感じられていた室内が、ほんの少し、蝋燭の明かりの分だけ暖かくなった気がした。

 

―――ガサゴソ

 

どこか遠くで、宴が始まった。




河童:言わずとしれた有名妖怪、一説では水難事故の戒めとして生まれた妖怪だと言われている。ただしこいつら山にも入るし海にもいるし、姿形が結構変わるらしい。因みに山に入った河童を山童と呼んだりする。河童は人の尻子玉(肛門の辺りにある架空の臓器)を引っこ抜いたりするちょっと怖いやつ、山童は山仕事を手伝ってくれる結構いいやつ。全国的に有名で様々な呼称がある。これほどバラエティに富んだ妖怪であるので、水難事故の戒めとして生まれたのではなく、元々何か別の妖怪だったものを水難事故の戒めとしたのではないかと作者は勝手に推測している。

特徴:胡瓜が好き
   相撲が好き
   頭に皿がある
   皿が干上がると死ぬ
   その他いろいろ

全国的に分布しているせいで特徴とか名前の派生が半端なく多い、河童というカテゴリーの中の何かと考えるべきじゃないだろうか

妖怪科河童属ゴンゴ、みたいな?
因みにゴンゴは作者の生息県のとある地域でいう河童の名称。

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