超能力者は勝ち組じゃない 作:サイコ0%
影山くんの話によると、こっくりは元々動物霊であったということ。彼女は生前も動物であり、狐であった。その時から人間は憎んでいたという。
生前、彼女の住んでいた森が破壊された。
人間による仕業だった。
生前、彼女は友達を殺された。
人間による仕業だった。
生前、彼女は人間の村に近づいてしまった。
人間に捕獲され殺された。
彼女は恨んで、怒った。何もかも人間の所為だ。人間が彼女の住処を奪い、友人を奪い、そして己の命さえも奪った。
その怨みがいつしか力となり、そして霊としてこの世へ戻った。最初は驚いた。何せ自分が生き返ったかのように思えたのだから。
しかし、動物霊となった彼女が仲間に会いに行こうとしても、彼らから敵と認識され警戒された。仕方がなく、彼女は森を抜け、人間が住む街へと繰り出した。
村が街となっており、心底驚いた彼女だったが、死んでいる間に時間は進んだのだと認識して納得した。そして、喜んだ。怨みが晴らせる、と。
死後、彼女は呪った。
人間は苦しんだ。
死後、彼女は姿を見せた。
人間は恐怖した。
死後、彼女は呼ばれた。
そこには人間の子供がいた。
小さな小さな子供。彼女の背よりも小さく、年は幾年なのかわからないが、人間の言葉で幼児と呼ばれる物。恐る恐る近づいた。
今まで見てきた人間とは違う純粋な瞳。そのキラキラとしたその瞳に彼女は惹かれた。
『こっくりさんこっくりさん。おいでください』
小さな柔らかい唇から零れ落ちる音。鈴の音のような音に彼女は頬が紅潮したのを自覚した。
なんて、なんて愛らしい子。可愛らしい、儚げな子。人間の子供がこんなにも愛おしく感じるなんて。
彼女は恋をした。その子供に恋した。
その時からだという。その子供に呼ばれるようになって、いつの間にかこっくりさんなんて名前がついてしまったのは。
彼女は様々な人に呼ばれた。こっくりさんこっくりさんおいで下さい。彼女を呼ぶ言葉はそれだけで良かった。手軽な降霊術は瞬く間に浸透していき、世間を賑わした。
彼女は恨んだ。己を呼ぶのはあの子供だけでいいのに、何故呼ぶ?わっちは御前さん達に用は無い。
世間は震えた。手軽な降霊術、こっくりさんをした大人や子供達が意識不明の重体になったり、行方不明になったりした。こっくりさんに攫われた、呪われた。そのお陰か、彼女の力は強くなり上級霊に達しようとしていた。
その時だった。
彼を見つけたのは。
こっくりさんとして呼ばれるようになり幾年か過ぎていた。それは人間の寿命にして約二十年以上。彼女が恋をした子供はもう十分な大人であった。
彼女は悲しんだ。もう、あの愛らしい声は聞こえないのか。もう、あの綺麗な瞳はもう見れないのか。彼女は嘆き悲しんだ。
彼と再会したのはこっくりさんとして呼ばれた時だった。もう彼も良い年であり、会社の跡取りとして嫁を取らなくてはいけなくなっていた。だが、彼は世間で言う冴えない男性で、彼女はもっぱら女友達でさえ少なかった。そんな彼が彼女を呼び出したのは、合コンでの暇潰しの催し物の際だ。
動き出し十円玉に彼は懐かしい雰囲気を感じ取り、他の男性や女性達はギャーキャーと騒いだ。テンションが上がった女性達は彼女に質問を繰り返し、一部の男性達以外はそれを見守った。彼女は淡々と質問に答えていた。
幾つか質問を繰り返した時、一人の女性が彼にこう言ったのだ。
『質問、してないの貴方だけですよ?』
その女性は彼の想い人であった。今回の合コンで初めて会った時から惚れていた。所謂一目惚れをしていたのだ。
彼は困った。口下手である彼は少々吃りながら、別に良いと断った。彼は下手に出る人間だった。
しかし、女性はそれでは面白く無いと、私が質問すると言った。彼は首をぶんぶんと勢いよく振ったが、女性の勢いに負け、結局は了承した。してしまった。
『こっくりさんこっくりさん、彼の好きな人は誰ですか?』
嫌な質問だ。
彼女はどうしようかと迷った。彼を思うならば、いない、と答えた方が良いのだろうが、自分はこっくりさんだ。真実のみを伝え、その代償に彼らの肉体や精神を奪う。今まで奪っていなかったのは彼だけだが、それは今は関係なかった。
こっくりとなって数十年。彼女のプライドが、彼よりも勝った。
『あ』『な』『た』
彼女がそう答えた瞬間、女性は顔を徐ろに歪め、彼は悟った。自分の恋が実らないモノだと。
「それから、指を十円玉からはなした女の人に取りついたらしい……です」
一息という程ではないが、一気に話をした影山くんはぜぃぜぃと苦しそうに息を吐いている。普段、あまり喋らない影山くんがこうも話す事は珍しいが、それは同時に話し慣れていないという事になる。そんな人間が、こんな長話をするとどうなるか。答えは単純。息切れになります。
「そうか。その〝彼〟ってのは、此奴の旦那さんだな?」
「そ、そういうっ、こひゅっ、とになりま、ハァ、すね」
「無理すんなよ、モブ」
話し終えた安堵感からか、先程とは違い、途切れ途切れに言葉を返す影山くん。見た感じ大丈夫じゃなさそうなんだが。こひゅって聞こえたし。酸素マスクが必要かもしれない。
「御前さんに言われて話したが!別に和解しようとはわっちは思っとらん!戦いの続きと行こうかの……っ!」
影山くんの念動力の圧力から抜け出そうとするこっくり。別に悪い奴では無いようだが、やはり戦う気満々ならしいので、離すのは賢明な判断では無い。影山くんが圧力を加え続けているが、話し過ぎでの疲れが来ている今、弱まってきている。この好機を逃すまいとこっくりが、床に指を突き立て、脚に力を入れた。
だから、そうはさせまい、と言っているだろう?
「ぐっ、ぅ……っ!?」
突然強くなった圧力に、こっくりは肘をついた。まだ耐えているらしい。此方も彼方も満身創痍なのだから、もうやめて欲しいのだけども。
「こっくりさん」
息を整えたらしい影山くんがオレより一歩前に出て、膝を突くこっくりへと向きなおる。いつにも無く、影山くんの目が真剣だったので、オレは手を出さないでおこう。まぁ、出したとしても返り討ちに合いそうだが。
「あなたの事はわかりました。あんたはあんまり悪い悪霊じゃないみたいだ」
こっくりは黙る。
「だから、消さない。溶かしません」
こっくりは目を見開く。
「あんたとあの旦那さんが幸せになるためには、これがさいぜんかもしれないけど……けど、あんたは一人の人間の人生を台無しにした」
それはゆるされない事だよ。目を伏せる影山くん。長い切り揃えられた前髪が、目にかかって何を考えているかわからない。だが、少し顔が歪んだ気がした。
「だから」
決意は固まったようだ。やれやれと首を振る霊幻さんにオレは苦笑しながら、影山くんを見る。その整った姿勢がどこか眩しい気がした。
「だから、その人の分まで幸せに生きてください。それがぼくがあなたを消さない、さい底じょう件だ」
ぽたり、と雫がカーペットの上に染みを作った。
小三ってどこまで漢字を覚えているのか。