超能力者は勝ち組じゃない 作:サイコ0%
「お爺様……」
ポツリと呟く奥さん。どうやらアレが、例のお爺様で間違いないようだ。
袴を着込み、腰に刀を携えて立つその姿は武人の様。着物を着ていてもわかる、盛り上がった筋肉は立派である。もはや、爺という言葉が似合わない程の逞しいお姿だ。生前もこうだったのだろうか。
「奥さん、あの霊がそのお爺様とやらで間違いないですね」
「え、えぇ。前にお会いした時と変わらぬお姿で、間違いありません」
強く頷く奥さん。その瞳には恐怖の色が見えた。そんな奥さんを庇うように立つオレ達。いつでも来ていいように、バリアを張れる準備はしておく。ゴクリと誰かが唾を飲み込んだ。
オレ達の姿を見て、そして霊幻さんを一瞥してから、その悪霊は鼻で笑った。
『ハッ、女狐め。今度はそこの霊能力者でも誑かしたのか?』
「そんな事……!」
ここまで毛嫌いされているとは。お爺様はどうやら、奥さんへの怨みが強いらしい。それで悪霊化と。何をしたんだ、奥さん。
ふるふると首を振る奥さんは儚くて、多くの男は助けたくなるだろう。目には薄っすらと涙が浮かんでいた。それを見た影山くんが、オロオロとし始め、霊幻さんを見たり、悪霊を見たり、此方を見たりして忙しない。
影山くんを見て確信する。使いモノになりません。
「し、ししょう。奥さんが泣いて……」
「霊幻さん、ここは話を聞くべきでは?何か事情があるようですし……影山くんはこうですし」
「……日向の言う通りか。モブ、今回は下がってろ」
え……?と呟いてから固まる影山くん。普段より感情が表に出てるな、珍しい。そんな影山くんの肩を掴み、ズルズルと引きずって奥さんの隣に並ばせる。手を目の前で振ってみても、反応を返してくれない。どうやら、戦力外通告された事が少しショックだったらしい。
コイツは何かと優しいからな。多分、半泣きした奥さんの為に何かしようと思ったけど、肝心の上司からはオマエはいらない、と言われた。怒っていいと思うぞ。
下がってきた影山くんを驚きながら見る奥さん。その様子にオレは違和感を覚える。思わず眉を寄せるが、表情筋が死んでいるのでそんなに動かなかった。いつもの事だ。
「おい、爺さん」
『なんだ、霊能力者。儂はあの女狐をやらなきゃいかんのでな。邪魔をするでない』
「因みに、どの〝やる〟で?」
『勿論、殺る方だ』
その言葉に眉間に皺を寄せる霊幻さん。隣に並んだオレを一瞥した後、悪霊を見ながら、ふむと思案する。何を考えているのだろうか。霊幻さんは前世のオレよりも年上だ。人生の経験者の先輩なので、多分オレにわからない事なのだろう。多分だが。
影山くんの方を見る。奥さんが此方を心配そうに見つめながらも、今だ固まっている影山くんをチラチラと二度見ならず何度見もしていた。うん、気になるよなぁ。
「ちょいと聞きたいんだが、何故あの奥さんを殺そうとする?」
『お前に関係あるものか』
「それがあるんだなぁ。俺は奥さんに依頼された霊能力者だ。その内容は書斎に出る霊をなんとかして欲しいと……こうも言ってた、やり方は任せる、とな?」
『ほう、それで?』
「俺は別に今すぐ消してやってもいいが、俺の弟子がそうは望んでいない。弟子の期待に応えるのも師匠の役目だろう」
それで、だ。霊幻さんは続ける。
「お前は、悪霊だが話を聞ける。話し合いで解決しようじゃないか。どうだ?悪い話ではないんじゃないか?お爺様」
この人。力も何も無いのに、何故こんなにも堂々と出来るのだろうか。考えてみる。
子供の前だから。依頼人の前だから。しかし、霊幻さん自身には力が無いのに対して、あの悪霊は壁に大きな傷を作る程の威力を持つ斬撃を飛ばしてくる。構えからして居合斬りだと思うが、あんなにも速くできるのは、魂だけの霊だからに過ぎない。だが、強力だ。
だからこそ、あの悪霊が刀を抜いた瞬間、霊幻さんは死ぬ可能性がある。もち、オレもだ。バリアが押し負ける可能性もあるからな。
なのに、この堂々とした佇まい。怖いわけでは無いだろう。けれど、それを悟られない余裕の顔。つーっと冷や汗が流れているのは幻覚でも何でもない。
オレには力がある。影山くんには劣るだろう。しかし、コイツから逃げれる程にはあるつもりだ。だからこそ、目の前に立てる。
悪霊は思案する。ジッと此方を見据え、そして奥さんを見やる。一秒、いや何分か経ったような感覚の後、お爺様はわかった、と言った。
『いいだろう。だが、霊能力者!それとそこの冴えない小僧!貴様らだけに話してやろう』
ビシッ!ズビシッ!と指差した方向は、霊幻さんと影山くん。オレと奥さんはお呼びじゃないらしい。今度は霊幻さんが了承する番だった。
「モブ、行くぞ」
「は、はい」
トテトテとスーツ姿の大人に駆け寄る小学生。絵面は可愛いが、それは死地に飛び込む前でなければの話。
「日向、奥さんは任せた」
「はい、お任せください」
霊幻さんの言葉に強く頷き、閉まる扉を固唾を飲んで見送った。
バイト一日目。思わぬ強い悪霊と出会ったが、あの二人なら大丈夫。そんな気がした。
別にそこは死地じゃないよ。