超能力者は勝ち組じゃない   作:サイコ0%

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第十話③ 花沢輝気

 

 

花沢輝気は日向湊の事を疑っていた。

 

始まりは一本の救援メールからだった。輝気の舎弟である黒酢中学校番長、枝野剛からのメール。

彼は自身が不利になると必ず輝気に助けを求めるメールや電話をする癖がある。それは自分よりも強い輝気を尊敬し、羨ましいと思っての行為であり、決して怠慢というわけでもない。彼はわかっているのだ。自身の力量というものを。だからこそ、裏番長の輝気を頼り、尊敬し、崇める。全ては裏番長の部下であり、黒酢中学校の番長である彼の役目。

それをわかっているからこそ、輝気もすぐ呼び出す癖にとやかく言ったりしないし、寧ろウザいとは思っていても大歓迎であった。枝野剛は、花沢輝気という主役を盛り上げる脇役、モブに過ぎない。枝野はわかっていないが、少なくとも輝気はそう思っていた。彼は自分を成り立たせる一つのピース。欠けてはならない、今の自分を形作るもの。だから、輝気はそういう彼の救援メールを無視した事はない。今回も無視する、という選択肢は生まれなかった。

 

「(他校の生徒がテルさんに用事があるらしいっす。自分が締め上げますんで!安心してください!けど、一応来てくれると嬉しいです……ねぇ)」

 

それはつまり、来いって事ではないだろうか。

そもそも、その他校の生徒やらは自分に用があるはずだ。なのに、締め上げる。やれやれ、これだから不良は考え方は野蛮だ。まずは話し合い、それから話し合いが成立しなかったら殴れば良いだけの話だ。何故その話し合い=殴り合いなのか、輝気には理解できなかった。

その考え方も野蛮なのだとは、本人は気づいていない。

これから彼女とのデートが控えている。無能力者に負けるつもりはさらさらないが、万が一に備えて怪我だけは避けないといけない。はぁとため息をついて、重い足取りを輝気は必死に動かした。

 

暫くして校門前に辿り着いた輝気の目に映ったのは、自身の部下が黒い学ランの少年に一本背負いをされている場面であった。

ほぅ、と輝気は息を吐く。枝野は弱いとはいえ、そこらの小柄な少年に負けるほど弱くはない。となれば、彼は相当のやり手なのだろう。少しは楽しめそうだ。

 

「僕は攻めの方が良いと思うね」

 

何かと有利だからさ。

何故か攻めか守りかの話をしていたので、加わりたかった輝気は自分の意見を述べた。輝気の考えは、守りよりも攻めに徹した方が良いということ。攻撃は最大の防御と言う様に、有利なのは明白。ジッと機会を窺うよりも、怒涛の攻撃で相手の手を防いだ方が自分の性に合っている。だからこその攻め。

必然的に少年とは気が合いそうにない、と輝気は思った。

ふと少年が顔を上げた。何処にでもいる普通そうな少年、それが第一印象だった。ボサボサとしたあまり整っていない髪、眠たげな三白眼、少しも動かした事がなさそうな表情筋が表す無表情。その無表情さがなければ、極々普通の少年だと、輝気は思っていただろう。

計り知れない表情。元々人の笑顔の奥にある心理を見抜く事が得意な方だと自負している彼は、少年の虚無感に後ずさる。得体が知れない、こんなのは初めてだ。

しかし、輝気が怖気づいたのは、それだけが原因ではない。彼にはあったのだ。〝傷〟が。

左耳に疾る一本の線。再生した痕だと思われるその稲妻は、輝気が持っている知識と一致した。自分を追う超能力者の組織〝爪〟。その幹部の特徴と、完全に一致。相手は超能力者だ。これは、警戒せねばならない。

ぐっと湧き上がる恐怖に耐えて、笑顔を取り繕う。口角を必死に上げたおかげか、目はちゃんと笑えなかったが。

 

「それで、僕に何の用かな?」

 

相手は爪の幹部。自分と実力が同等、あるいはそれ以上だと思わなくては。

目的は何だろうか。勧誘を避けて引越しした自分に逃れられないと忠告しに来たのか、それとも本格的に攫いに来たのか。

ぐるぐると輝気の中で考えが巡る。どう転んでも抵抗するのならば、戦闘は必須。格下相手にばかり戦ってきたおかげで、勝てるかはわからない。けれど、全力を持っていかなければ。

何故か自己紹介をしだした相手は、右手を差し出し口角を上げてニヤリと笑った。

 

「オマエと友達になりに来たんだよ」

 

気構えていた輝気に届いた言葉は、あり得ないもの。思わず、身体が硬直してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日向湊と名乗った人物は、輝気とリネンを交換した。電話番号とメールアドレスを知ったわけではないが、リネンには通話機能も搭載されているので、実質連絡先を知ったも当然だろう。

その時、これから遊ぼうと言われたが、何とか輝気は、放課後は彼女とのデートで忙しいと断った。結果、五日後の土曜日に遊ぶ事になったのだが、毎日(・・)彼女とのデートがある、だなんて嘘を吐いてまでした甲斐があったというものだ。

日向湊と遊ぶ日を延期にした理由は至極単純だ。ただ、考える時間が欲しかった。相手は自分を攫おうとした組織の幹部。何を考えているのか、輝気は分からず、只々怖かった。

今まで通り、暴力、武力で来るようなら此方もそう返せばいいだけであったので楽だった。しかし、今回は、友達になりにきたと言う。得体の知れない奴。それが輝気の日向湊へと今の印象。

あぁ、どうしてこうなったのだろう。己の行動を悔いる。超能力なんて使って、人生をエンジョイしていたから、目をつけられたのか。しかし、仕方がないというものだろう。頭の良さやルックスを与えられ、それに加えて人智を超えた力なんて与えられては、自分は特別だと思ってしまう。きっと、日向湊という彼もそうに違いない。自分は下等生物なんかと違う、と思っているはず。

けれど、輝気は思うのだ。超能力を与えられた人物は特別だとしても、そう超能力が使える者達が集まり、一つの目的を持っていたら、それは特別じゃ無くなるのではないか。組織に属してしまえば、集団から飛び出た個ではなく、集団に埋もれる個になる。

 

「(嫌だな……)」

 

嫌だ。僕は、特別なんだから。凡人共とは違う、特別な存在……。

絶対に、ぜったいに爪なんかに入るものか。僕は、埋もれたくはないから。一つの、一人の人物として、成り立ちたいから。だから。

相手が何を考えていようと関係ない。今まで通り、相手に追求して真実を知るだけ。何故、自分を執拗に狙うのかを知るために。

輝気は決意を新たに、土曜日を迎えた。

 

 

迎えた土曜日。輝気は店員さんに見繕って貰った服を着て出かけた。

つい数週間前に引っ越してきたマンション。調味市内ではあるが、結構広いマンションであり、家賃は少々高い。中学生には到底払えない額だが、そこは親が出してくれているので問題はない。そのマンションの一角、所謂角部屋の扉を閉めて鍵を閉める。戸締りは完璧、さぁ出かけようか。

目的は相手の意思を確認する事。敵対組織の幹部なのだから、何も打算もなく此方に接触してきたわけではないはすだ。取り敢えず、何かを聞き出さなければ。

 

「やぁ」

 

待ち合わせ場所である、調味駅前の広場のベンチ。底に座ってスマホを弄っていた輝気は近づく気配に気づき、スマホをポケットにしまって立ち上がった。

パーカーにジーパンというラフな格好で来た日向湊は、此方が声をかけると駆け足で近寄ってきた。

 

「すまん、遅れた」

「いいよ、僕も今来たところだし」

 

遅れた、と言って謝ってきた相手に輝気はいつも通りの返事をする。輝気は黒酢中学校にいる女子達と付き合いデートするとき、決まって相手が遅れてくる。遅れて来た方が可愛いなどと思っているのだろうか。疑問に思っていた輝気だが、まぁいつもの事なので先程のように相手に気を使うようにして、別に何とも思ってない様に装う事にした。偶に何十分も遅れてくる奴がいるが、それはそれだ。

何処かの行きたいところは無いかと訊くと、誘ったくせに何も考えてなかったらしい相手は、どうしようかと目線を彷徨わせている。基本的に無表情な彼であるが、焦ったりすると目線が泳ぐのが特徴的だ。

その目の意味を汲み取った輝気は、苦笑し肩をすくませた。こういう大袈裟な動作の方が良いらしいと何処かの雑誌で読んでから、こうしている。

 

「じゃちょっと付き合ってくれ」

 

丁度良い。輝気はそう思いながらも、相手が頷いた事を確認して歩き出した。

向かう先はショッピングモール。家具家電、服、雑貨等などの店が揃う所。場所によっては、飲食店やスーパー等もあり、ゲームセンターもあったりする場所。

調味市内の一番大きいとされるショッピングモールに着くと、輝気はスタスタと目当ての店へと足を進める。場所は分かっていた。何度も足を運んだ事があるし、付き合っている子とのデート先の一つでもある。ショッピングは女子が好きそうな事の一つだ。現にそこの服屋でも一組の女子達がキャッキャと騒いでいた。

さて、このまま目当ての場所へ行くのも良いが、相手に揺さぶりをかけてみようか。危険な賭けでもあるが、このまま戦闘に入る事は無いだろう。ここには何人もの人がいる。此奴が、人を巻き込む事に躊躇しない性格ならいざ知らず、今までを省みてもそんな性格ではない筈だ。大丈夫、そう自分に言い聞かせた。

 

「数週間前に引っ越してね。家具は揃えたんだけど、食器はまだなのさ」

 

急に話しかけられたからか、ピクリと反応した相手はコテリと無表情で首を傾げた。おや?と片眉を上げる。

 

「引っ越し?」

 

もしかして、知らない?

 

「そ。今は親元を離れて一人暮らしをしてるよ」

 

そう答えた輝気にはぁー、と感心した様な声を出す。そして、凄いなと言う。

本当に心からそう思っている様だ。どういう事だろうか。爪の団員なら、自分が引っ越した事なんて既に知っていても可笑しくは無い。なのに、知らなかった。

 

……本当に関係無い?

 

「(いや、そんな事は無いはず)」

 

本当に関係無いのならば、その左耳の傷は何なのだろうか。爪の幹部達の顔に傷があるのは、ボスに挑んだ証拠であるから、と引き出した情報の中にそうあった。だからこそ、幹部だと認識したのだが、そもそもの前提から間違っているのかも知らない。

 

もし、その傷がそのボスに付けられたものではなく、何か理由があってできた傷だったら?

 

本当に彼は関係無い人になる。幹部だと決めつけ、超能力者だと警戒していたが、自分よりもオープンな団員が、超能力を使わないなんて可笑しいし、爪という組織は脳筋の様にも思える。いつも、無理矢理連れて行こうとするからだ。

だが、目の前のこのチビはどうだ?

何もアクションを起こさない。起こしたのは、遊ぼうという年相応の提案。じゃぁ、白、なのでは。

 

「(いや、違う。違うはすだ)」

 

では何で、わざわざ少し遠い黒酢中に来た?友達になりに?何故、自分の存在を知った?何故、名前を知っていた??

思い出してみれば、可笑しな事ばかり。何も仕掛けてこない事にばかり囚われていたが、そもそもな話、自分にわざわざ会いに来た所から可笑しかったのだ。

何故、どうして、考えれば考える程その疑問が浮き上がってくる。

ショッピング中、ずっとそんな事を考えていた輝気だったが、やはり疑問を解消する事が先決だと、帰りに決心した。ずっと隣をちょこちょこと必死に親について行く雛鳥のような彼に、真実を聞くための、決心を。

未だ、彼が白なのか黒なのかわからないグレーだ。自分が持つ判断材料では些かパーツが少ない。それを拾って結ぶのは輝気だが、それを提供するのは日向湊の役目。だから、これは賭けだ。相手が、重要なパーツをくれるかどうかの。

 

「今日はありがとう」

 

さりげなく、輝気の知っている人気の無い所へ移動する。人を巻き込んではいけない、と輝気は思っているからだ。

 

「いや、オレこそ誘ったのに」

「別に良いよ、大丈夫。けど、そろそろ誘った理由を教えてくれると嬉しいかな」

「え?」

 

完全に人気が無くなるも、目の前の彼は気づいていないらしい。輝気の言葉に首を傾げていた。

 

「ただ単に遊びたかったからだが?」

 

選んだ場所は、つい最近引っ越しが相次いでいる住宅街。そのため住宅街にも関わらず人気も少なく、何も用事も無い人は通らない場所。

彼に振り返った輝気は、ニコリと笑う。口角を上げて、目は一切細めず笑った。

 

「そうじゃなくて、本当の理由だよ」

 

此方を振り向いた彼はほんの少しだけ目を見開いて、辺りを見渡した。いつの間にか人通りが少ない場所に居たのだから、驚いたのだろう。なんて間抜けなのか。これが、本当に幹部なのだろうか。

ハッキリさせる為にも、輝気は震える口を必死に震えないようにしながら、開く。

 

「〝爪〟の幹部さん?」

 

大袈裟に首を傾げながら、問いかける。彼は何を考えているのかわからない、闇が深い真っ黒な目で此方を見つめてきた。

ぐるぐる。巻き込まれそうな、まるで宇宙の神秘であるブラックホールの様にぐるぐる回る目に、輝気は後ずさりをしたくなる。けれど、ここでぐっと堪えなければ。そう思い、誤魔化すように笑みを深める。

 

「何とか言ったらどうだい?爪の幹部、通称〝傷〟?顔のその傷が特徴的だって聞いたけど、違うのかい?」

 

パチリと瞬きをする。

今、この瞬間がとても長く感じられる。一時間一分一秒、そのどれが時を刻んでいるのかがわからなくなるほどの、緊張感。知らず知らず、生唾を飲み込んだ。幸い、喉は上下していない。

輝気が言った言葉に彼は首を傾げ、そして苦笑した様な笑みを見せた。

 

「つめ……?何言ってるんだ?」

 

笑みが消えた後はきょとりとした無表情が残る。本当に疑問に持っているようだ。どこか怪訝そうにも見えた。

あれ?と輝気は首を内心傾げる。ハズレ?本当に白?

 

「何って、超能力者の組織の事だよ」

「超能力者の組織?」

「そう。それで、顔に傷があるのがその組織の幹部の証。君はその幹部じゃないのか?って話をしてるのさ」

 

ん?と首を傾げたままの彼に輝気は慌てた。白だというのが濃厚になってきた。半々で混ぜたはずの絵の具は、白が多くて、少しずつ少しずつだけど、灰色が淡くなっていく。

 

「さっきから、組織とか幹部とか……オマエ、厨二病か……?」

「違う」

 

それだけは否定したかった。例え、超能力を持っていたとしても、それを駆使して自分を彩って、凡人ではなく選ばれた存在だと思っている自分には、その言葉が突き刺さる様な気がした。厨二病ではない、断じて。輝気は心の中でそう反復する。

 

「お、おう……ともかくだ、その爪?ってのは知らない。幹部の証拠?ってのも知らないしな」

「嘘だ!じゃぁ、その耳の傷はなんだよ!」

「え、あーこれか?」

 

耳の傷と言われ、彼は思い出した様に左耳を触りだす。指先を動かして弄る姿は、どこか女性が横髪を弄る姿に少し似ていた。

 

「これは、悪霊にやられた傷。こっくりさんって知ってるか?」

「知ってる……けど」

「そのこっくりさんに、爪でザクッと。あの時は少し怖かったな」

 

あぁ、怖い。と無表情で両腕を摩る。その姿は、到底爪の幹部とは思えず、輝気ははぁとため息を吐いた。今まで気を張っていたからか、その吐いた息は重く感じた。

この少年が嘘を吐いていなければ、白確定だ。だが、やはりまだ白に近いと言ってもグレー。灰色だ。取り敢えず、危害を加える気はないらしいし、無理矢理連れて行こうともしていない。此奴が幹部だとしても、今は様子見でいいだろう。

なにか、どっと疲れた気がする。

 

「(今までの葛藤は何だったんだ?……そもそも元から様子見で良かったんじゃ?)」

 

はぁ。とまた息を吐く。

そんな輝気を不思議そうな表情で見ていた日向湊は、空を見上げて、もう帰ろうかと言ってきた。陽は沈み、辺りはオレンジ色に染まっている。確かにいい時間だ、帰った方が良いだろう。

帰ってから何をしようか、まずは風呂に入って、晩御飯、そして寝よう。明日も休みだ。早く寝て早く起きたとしても得だろうし、ずっと寝てられる。ふぅと息を吐いて、歩き出した。

 

「ねぇ」

 

行きとは違い、先に前を歩いていた湊に声をかける。疑いが晴れたわけでない。けれど、証拠もなければ意味もないだろう。白に限りなく近いグレー。それは、だった一つの黒い水滴でもまた濃く黒くなる可能性があること。

けれど、それとは別に輝気は気になっていた事を質問した。

 

「悪霊って本当にいるの?」

 

十四年間生きて来て、見た事がない存在。悪霊とは、悪い幽霊。俗に言う、先程言ったこっくりさんや、貞子みたいなものだろう。有名どころしか知らないが、合っているはずだ。

けれど、その有名な悪霊にさえ会った事がなく、普通の幽霊すら見かけた事がない。まぁ、普通の幽霊、善良な幽霊なんてこの世に殆どいないのだが。

振り返った湊は輝気の質問に、瞬きを繰り返す。余程予想外の言葉だった様だ。確かに、今までの、組織だの幹部だのと話をしていたのに、急に悪霊っているかどうかの話だけ。困惑しない方が可笑しいかもしれない。

湊はそんな輝気を見ながら何を考えているのかわからない無表情から、一変して微笑む。

 

「いるさ」

 

オマエが知らないだけで。

 

ドコにでも。

 

 




例えば嘘吐きと言う名の悪霊とか。

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